「……聖女って貴方。随分と調子に乗ってるね」
言葉から自然と煽りが漏れた。リアルが私に敵意がないのも事実だ。しかし彼女は助けたいなんていう善意で動いているわけではない。むしろ必要だから治療してるだけという印象すら抱いた。あれは根本的に相容れない存在。それが私の出した結論だった。
しかし私の煽りがリアルに届くことはなかった。リアルは首を傾げる。まるで意味が分からないと言いたげに。
「え、えっと……その……」
「ルイスと比べ物にならないって言ってるの。お前じゃルイスの足元にも及ばないってわからない?」
ルイス。彼女がいかに化け物なのか身に沁みて理解している。あれは理屈とか通用しない。世界の在り方を変えてしまうような支配者だ。目の前にいるリアルは確かに不気味だ。しかしルイスのような理不尽さを感じない。それなのに聖女を名乗る。あのルイスと自分が同じだと思っている。その事実が私には滑稽としか見えなかった。
ルイスのことを知ってるならば聖女を名乗ろうなんて思えるはずがない。聖女を名乗るとしたらルイスを舐め腐ってる馬鹿でしかない。
「あ、あの……理解……してます」
しかしリアルは反論するわけでもなく、同調したのだ。リアル自身もルイスと肩を並べられるとは微塵も思っていない。
違う。こいつは自分がルイスと同じという思い上がりから聖女を名乗ったわけじゃない。私はなにか勘違いをしている。
「順序が……逆です」
「逆?」
「ル、ルイス様と同じだから……聖女じゃないんです……」
「は?」
「ルイス様と同じになりたいから聖女なんです。私は彼女と同じ聖女になって……1人じゃないよって言いたいのです。ただそれだけなのです」
彼女の言動に絶句する。それと同時に理解させられた。リアルは私以上に聖女ルイスを神聖視している。恐らく誰よりも彼女を認めている。自分が聖女ルイスになれるなど彼女自身が全く思っていない。あの聖女と肩を並べるのは不可能だと理解してる。
「……貴方はなにがしたいの!」
「え、えっと……その……人類の希望になりたい……ですかね?」
「は?」
「だって聖女になるには希望になるのが一番ですよ」
「なにが人類の希望だよ。貴方は自分がなにをしてるのかわかってるわけ?」
彼女の言ってる言葉の意味はなに1つとして理解できない。彼女の言葉と行動が一切結びつかない。人類の希望になりたいというくせにアリスを裏から動かし、人すらも平気で殺める。その神経が理解できない。
今まで八将や魔王ウシカゲという理解できない存在は多く見てきた。しかし彼らとリアルは別物だ。彼らのような邪悪な悪意を持ち合わせていない。そういった悪意を持たずに彼ら以上の非道を行える。それがリアルという存在。あまりに気味が悪い。
「あ、あの……希望になるには大きな絶望が必要なんです」
「は?」
「平和な世界では希望は生まれません……だ、だ、だから世界を絶望に落とさないといけないんです……よ」
「まさか……」
「ア、アリスには頑張ってもらいました。色々な魔物も作って、もうそろそろだったんですけどね……」
こいつは狂ってる。自作自演で世界を救うと言っているのだ。
しかし腑に落ちない。本気でそうしたいならば高みの見物を決め込まず、この場でアリスに手を貸せば済んだ話だ。それこそ隣にいるジークが加勢していれば結果は大きく変わっていた。それにも関わらず、彼女はそうしなかった。あまりに不可解だ。彼女の行動は非合理としか思えない。
「でもアリスはもう必要ありません」
「……は?」
「だってルイス様に攻撃したんですよ? 貴方達が倒さなくても私が殺していました」
ああ。そういうことだったのか。この一言で私の中で全てが繋がった。リアルの瞳にはルイスしか見えていない。彼女の世界にはルイスしか存在していないのだ。行動原理の全てがルイス。それがリアルという存在なのだ。彼女には倫理なんて概念は存在していない。善悪を含めた全てがルイスを軸に動いている。それがリアルという怪物なのだ。
「私はルイス様と同じになりたい。ルイス様と同じ聖女になって彼女の理解者でありたい。それでルイス様に認めてほしいんです。私は最高傑作だと言ってもらいたい。私を造って良かったって思ってほしいのです。それが私の生まれた意味ですから」
「そのために人を大勢殺したわけ?」
「そうですが……」
「貴方。なにも思わないわけ?」
「……? だってそんなこと思ったらルイス様にはなれませんよね?」
本来なら反論すべきなのだろう。しかし反論の言葉が出てくることはなかった。なにせ私も彼女の今の言い分だけは理解出来てしまった。ルイスは人を殺してなにも思わないかどうかで言えば、間違いなく思わない側の人間だ。もちろん不必要な殺しはしないだろうが、必要とあらば
「も、もちろん最初は可哀想だと思いました……だけど、我慢するんです。そんなんじゃルイス様に近づけないぞーって言い聞かせて、自分を奮い立たせるんです。そしたら慣れますから」
「貴方はそれでいいわけ……?」
「え、えっと……どういう意味ですか?」
リアルが首を傾げる。こいつは私の言う意味が理解できていない。ルイスのために自分を擦り減らしてるという感覚がない。だからこそ私の言葉が刺さらない。
「……なんで私を殺さないわけ?」
しかしまだ腑に落ちない。ここで私を殺さない理由がない。彼女がルイスに心酔してるのは理解した。だけど私とルイスは無関係だ。ルイスはともかくとして私は殺すのが一番合理的だ。しかし彼女は私を殺す素振りすら見せない。
「ルカはルイス様の大切なお友達ですから……もし死んだらルイス様が悲しむじゃないですか」
「――は?」
「安心してください。貴方達はもう襲いませんから」
それだけ言うとリアルは医療品を私の足元に置いて、そのまま背を向ける。あれだけのことをしておいて彼女はなにもすることなく立ち去るつもりなのだ。私はリアルを追おうとする。しかし疲労が限界に達し、満足に身体が動かなくなる。
「……そ、それと幼女化させてごめんなさい」
彼女は捨て台詞のように犯行を自白して、この場を後にした。
私は敵に生かされたのだった。
* * *
これは私ことリアルという少女の話です。
私はとある孤児院で育ちました。そこは普通の孤児院じゃありません。特別な孤児院でした。聖女ルイス様が運営し、聖女様に見定められた存在だけが住まう箱庭のような場所でした。
そこで私は不自由なく暮らしていました。とっても幸せな日々で、それは今でも宝物のような思い出として残っています。
だけど私の人生は変わってしまいました。恐らくその事件がなければ私は孤児院を抜けずに、聖女様を支える立派な大人として成長していたと思います。もちろんそれに抵抗はありません。むしろそうなりたいと思っていました。だって私達は聖女様のことが大好き。私達は聖女様の役に立ちたいのですから。
しかし私のスキルがそれを許しませんでした。私に起きた不幸な事件。それはスキルの発現でした。私は『全知』というスキルに目覚めてしまいました。もちろん全知といってもそんな大層なものではありません。頭の中に大きな図書館を抱えてるようなものです。過去から現在までに起きた"事実"だけを知ることが出来る。
もちろん殺人事件が起きれば犯人は分かります。しかし動機まではわかりません。殺人事件が起きる前に企てを見抜き、事前に防ぐことも出来ません。そんなスキルです。
私はそのスキルで自分の生い立ちを知ってしまったのです。本当は聖女様に人工的に造られた人間――ホムンクルスだということを。それで聖女様が……いいえ、ルイス様が桜ヶ崎美柑という転生者であることも知ってしまいました。彼女のことを全て知ってしまいました。
その時に私は思ったのです。ルイス様は私達に理解者となってほしくて、私達をお造りになられたのではないかと。だから私はルイス様に少しでも近づこうと思いました。
ルイス様は桜ヶ崎美柑だった頃、日本に核ミサイルを落としたと知りました。その結果として大勢の人を殺しました。だから私も大勢の人を平気で殺せるようにならないといけません。そのためにたくさん殺しました。最初のうちはたくさん吐いてしまいました。それは本当に大変な日々でした。でも次第に殺人に
今度はルイス様の役割を奪おうと思いました。きっと彼女は聖女であることを望まない。聖女という肩書きを重荷としか思わない。そもそもルイス様は聖女なんていう肩書きに依存するほど弱くない。だから私はルイス様から聖女の肩書きを奪うことにしました。
私はルイス様を聖女の座から引きずり下ろし、彼女を自由にすると決めたのです。
――私は聖女にならなければいけないのです。
聖女という呪いを私が代わりに引き受け、そのために人生を捧げると決めたのです。
だって私はルイス様が大好きですから。
そのために色々な準備をしました。様々な悪霊や怪異を手駒として準備しました。多くの魔法具を収集しました。ジークやアリスといった強力な仲間も増えました。準備が揃ったので攻撃を仕掛けることにしました。エルフの都市を1つ潰して
聖女になるには世界を絶望に落とさなければなりません。そして私が絶望を払い除け、名実ともに誰もが認める聖女となるのです。
そのためにはルカが邪魔でした。彼女はあまりに強すぎた。彼女がいれば世界は絶望に落ちない。ありとあらゆる災害が全て彼女によって対処されてしまう。
彼女が生きてる限り、私が聖女になるための功績が積めません。だから排除せざるを得なかったのです。
若返りの呪術については全知のスキルで知りました。それは遥か太古に失われた呪術。きっと誰も想像できなかったでしょう。だから拍子抜けするくらい簡単に成功しました。
ルカを殺すつもりで全て仕向けました。カオリも殺すつもりでした。あの2人はとっても強いのです。だから障壁になると思いました。
しかし私は殺せなかった。ここで戦力を総動員して、2人を殺すのが正解なのは理解しています。それでも私は誰が見ても明らかな正解から逃げてしまいました。簡単な問題を間違えたのです。
実際に殺そうと思うと心が痛くなったのです。なにせルイス様は私の想像以上に2人を慕っていました。私はルイス様が大好きです。そんなルイス様を悲しませるような真似は出来ません。だから私は一番合理的な手を選べなかった。ルイス様が傷つく道を選べなかった。悪役になる覚悟が足らなかったのです。だって私はルイス様に嫌われたくありませんから。
結局のところ私は正解から逃げてしまったのです。本来ならばルカとカオリは絶対に殺さなければなりません。それが正解です。
でも正解から逃げて気づきました。私が正解だと思ったものは合理性から導き出されたもの。ただ合理性が提示しただけの答え。それは正解ではあるのかもしれないけど、私の望む正解じゃない。私が聖女になるための正解であって、ルイス様を幸せにするものじゃない。
聖女は目的であって手段ではありません。私が聖女となるためにルイス様を泣かせたら本末転倒です。
ああ。そういうことだったのですか。私はその間違いで大切なことに気づけました。
正解をそのまま飲み込むのではなく、一度立ち止まって分解し、自分が心から納得できる形に作り替える作業が必要。なぜそれが正解なのか、どんな理屈で成り立っているのか、自分の言葉で説明できるレベルまで落とし込まなければなりません。そうしなければ本当の正解には辿り着けない。
正解を咀嚼し、自分に合う形へと加工する。きっとそうしなければならないのでしょう。
――私は必ずルイス様を助けます。ルイス様の理解者になってみせます。
この『正解を咀嚼する』という武器で、貴方様に追いついてみせます。だからもう少しだけ我慢してくださいね。
貴方様が望む結末……貴方の大切が全員生存した上で私が聖女になる。そんなエンディングを用意しますから。