『私が花びんで聖女の頭をかち割った』〜デッドエンド確定の悪役令嬢は、宿敵聖女の死体と旅する〜   作:劇団おこめ座

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1話 聖女を花瓶で殺す

 私は花瓶を振り下ろしていた。

 気がつけば、血だらけの聖女アンジェリーナが床に転がり、目を開けて痙攣していた。

 その聖女の横顔に既視感がある。先日、全てのルートを終わらせた『果てしない愛の旅』というオーソドックスな乙女ゲームだ。

 彼女の顔があの主人公の聖女に瓜二つなのだ。

 そのゲームの主人公である平民出の聖女には数々の嫌がらせをして来て、最後は王子から断罪されて婚約破棄されデッドエンドしかない悪役令嬢がいて……。

 絵に描いたような金髪縦ロールの……そうそう、窓ガラスに映っている縦ロールの……花瓶を持っている……あれ?

 私が首を振ったり、手を動かしたりと同じ動きをする……。

 最悪だ。理由はわからないけれど、デッドエンドしかない悪役令嬢リズベットに転生したみたいだ。

 しかし、感慨にふけっている暇はない。床の聖女はいまだ痙攣しているし、廊下からは誰かの通過する気配を感じた。

 

 

 

 まずは状況の整理をしよう。

 花瓶を持って振り下ろした瞬間に転生したみたいだ。振り下ろした先は、主人公の聖女アンジェリーナのやや右側の後頭部。今は、長い淡い桜色の髪で隠れているが。

 そして、聖女は痙攣していて若干の返り血が私のドレスにも付着している。

 

 アニメで見た、体は子供、頭脳は大人の名探偵が、んーあなたが犯人ですぅーうふふ、と指を私に刺す妄想が頭に描かれた。

 

 いや、でも、悪役のリズベットがこんな風に直接手を下してバッドエンドになるストーリーなんて、なかったはずだ。

 転生前のリズベットの記憶を思い起こす。

 いけ好かない聖女に音楽室に一人で来るように言われて来ると、前世の卒業式でよく聞いたことのあるクラシック曲を聖女が弾いていて、私が来たこと気づくとピアノを弾く手を止める。

 

「ねえ、リズベット、後で学園から追い出されて、王子に見放されて、賊に犯されて殺されるの知ってる?」

 

 そう聖女はヘラヘラと笑い出した。

 他の攻略対象者のことを、

 

「イケメンだけどみんなちょろいよねー」

 

と述べて、

 

「ホント、ストレスフリーってやつ? 努力しないでただ先回りして、都合のいい言葉を選ぶだけなんて、楽勝よね。手をかざして、治れ、やっつけろ、で全部解決するし。

 ほんと、転生者の私が来たせいで人生転落して追い出されるリズベット公爵令嬢様は、ご愁傷様よねー」

 

 その時、リズベットは強く手を握りしめた。

 剣と魔法の世界で魔法の適性がなく、公爵家の中で冷遇されていた。努力して、元々の良い容姿をさらに磨き、マナーや知識、気の使い方などとことん学び、王子に見初められ、数々の婚約を勝ち取った。

 そこで、公爵家で認められ、他の貴族からも認められるようになった。

 さらに、王子が一大事の時のために、と隠れて、回復魔法を身を粉にする思いで努力して習得した。

 それをこの聖女は一瞬で奪い去った。

 聖女には努力なんてものはいらない。

 聖女の力に覚醒すると一瞬にして回復魔法だけではなく、聖魔法、結界魔法などの最上級のエキスパートとなる。

 聖女の存在そのものは国宝となるので、代々の聖女は王室に迎えられることになる。そのため、リズベットの正室の座を開け渡される一部の婚約破棄をされた。しかし、側室としては残っても良いという、リズベットとしては、あまりに惨めで、腹の虫が治らない状態を告げられた。

 

 そんな、努力もしたことのない泥棒猫から、一方的に無礼かつ嘲笑される言葉を投げかけられ、自分自身の努力を無駄なんだよ、と笑われる。

 それはもう、魂の冒涜であった。

 

 許せない!

 

 身体中の血が炊き上がり、目は燃えるように赤くなり、感情が溢れるように涙が溢れ、近くにあった花瓶を咄嗟(とっさ)に手に取った。

 

 

 

 聖女に転生したクズがいて、そのクズっぷりに、悪役令嬢リズベットが憤怒し、直接手を下して殺した。

 これが顛末(てんまつ)だ。

 

 その瞬間に転生する私の身になってよー!

 

 全部デッドエンドの悪役令嬢が、しかもゲームの主人公の聖女でかつ国宝の人材を殺したら、絶対デッドエンド確定じゃない!

 

 しかも、ストーリー外の出来事。このあと何が起こるなんて予想できない。

 

 異世界転生ってさ、普通、チート使いまくり、魔法も使い放題、現代知識を使って一目置かれて、イケメンや美少女たちに、ちやほやされちゃうものでしょ!?

 なんで、出だしから殺人の罪を犯しちゃって人生詰んでるの!?

 

 もう神も仏もいない! あー! でも、足元には仏様が転がっているこの事実!

 

 いや、私には回復魔法があった!

 王子の一大事のために、いつか役に立てる日を夢見て、寒空の下指先が裂けるまで祈り、魔力が枯れるまで繰り返して密かに使えるようになった回復魔法!

 

 それが、自分で致命傷を与えた宿敵聖女に使う、この屈辱! 王子のためではなく、自分の保身のためだけに使うこの情けなさ!

 

 暖かい光が聖女の頭を中心に広がり、私の魔力がずるずると引き出されていく。

 傷は消えていき、痙攣は止まり、呼吸と心臓も……止まっている。

 

 ちょっ、おま! 死ぬなよ!

 

 魔力を注ぎ込むが息は止まったままだ。

 額から脂汗が滲み出る。

 このままではクソ聖女の後追いデッドエンド確定だ。

 

 音楽室の扉をノックする音が聞こえた。

 クソだ。こんな時に、人が来るなんて。

 

「誰もいないのか? リズベット様はどちらに行ったのか……」

 

 私の護衛騎士の20代前半のスレンダーマッチョのアンダーソンの声だ。私が人払いして出かけたが、時間が経っても戻らないから検索していたのだろう。ちょっと変な性癖があること以外は優秀なのだが、その優秀さが仇となり、私が案を巡らす前にここまで来てしまったのだ。

 

 アンダーソンが音楽室の扉を開けた。

 

 私の顔を見て、少し安心して、床ぺろしている血だらけの聖女と私のドレスに付着した真新しい赤い点、そして転がる花瓶に気づいて顔面蒼白になる。

 私はここで、聖女が誰かにやられたと言うべきか、判断を巡らせた。

 

 聖女が誰かに殺されたとしたら、誰になるか、詳細に王国の騎士団は調べるだろう。その騎士団は私にたどり着くのは早いだろう。だって、第一発見者でかつ殺意絶対にあるマンの私。

 私以外クロの人いねっすわ!

 

「アンダーソン、私がこの性格クズの聖女を殺した。王家のためだった。王家のためとはいえ、国宝の聖女を殺すのは、一族死罪を免れない。さらに、お前も間違いなく連座で縛り首だ」

 

 イケメンのアンダーソンの顔が歪む。

 

「そ、そんな、お嬢様、あんまりです!」

 

「お前、忘れてはいないよな? 事故であったが、脱衣中の私を覗いてしまい、それを私はあえて何もなかったことにした。

 そうしなかったなら、どうなっていたのかな?

 公爵家、しかも、お前を助けたリズベットの大義のある危機。これからお前は逃げるのか?

 お前の忠義はそんなものだったのか?」

 

 アンダーソンの拳が震えていた。

 忠義と恐怖が、彼の中でせめぎ合っているのがわかった。

 息を呑んで、アンダーソンは膝をついた。

 

「リズベット様、ご指示を」

 

「よろしい。まずは聖女の死体を隠匿(いんとく)する。それには、私の友人である伯爵令嬢のエリーの助けが必要よ。エリーを連れてきて」

 

 

 

 伯爵令嬢のエリー。

 人形使いのスキルとそれに連なる魔法を会得している。今回の死体隠匿計画には必要不可欠である。

 アンダーソンにエリーは連れられてやってきて、血だらけの息をしてない聖女を見て絶句する。

 

 エリーは昔からの友人である。物静かだし、余計な詮索はしない、噂話を好んでする口軽尻軽女ではない。

 まあ、ちょっと特殊な趣味はあるけれど無害だ。

 それに、私の言うことは拒否しない。まさにズッ友キャラ。

 私はことの顛末を話し終えた後、彼女を連れてくるまでに考えた計画を説明した。

 

 計画とは聖女の蘇生である。

 

「忘却の蘇生薬を聖女に使う。

 死んだ人さえも生き返らせる幻の魔法の霊薬なのは知っているだろう。

 愛する人に使うことを多くの人が望むも、代償に恋人は数年間の記憶と愛した人たちへの感情を失う悲しみの逸話のある霊薬よ。

 蘇生と記憶の改竄(かいざん)。この両方ができる。

 最後に使われたのは最果ての修道院という噂がある。

 そこに行って情報集める」

 

 実際のところは、その最果ての修道院にいる錬金術師が作れることを私は知っている。ゲーム知識だ。アイテム入手は確か、王子が修道院の錬金術師を説いて譲り受けたものだった。

 

 そもそもこの忘却の蘇生薬は主人公の聖女のトゥルーエンドで使われるアイテムだ。力を使い果たして死んでしまった聖女を生き返らせるためのものだ。

 王子やその他イケメンズたちの真実の愛によって記憶はそのままで復活ハーレムエンドになる。

 私にはこの聖女には愛も打算もない。私の生死がかかっているだけだから、これを使われた聖女は綺麗さっぱりの初期化パソコンみたいになることでしょう。

 

「その間、つまり、聖女があの世に旅立っている間。エリー、あなたは裏から聖女の死体を人形使いのスキルで操作。

 そして、人形の素材を長持ちさせる保存魔法で死体を傷ませないように防腐処置。

 完璧な計画でしょう?」

 

 エリーはわなわな震えながら声を出した。

 

「完璧以前に、聖女様を殺しちゃったらダメでしょう!

 自首しましょう。

 まだ間に合います!」

 

「自首しても、自分で首に縄を縛るだけよ」

 

「私を巻き込まないで!」

 

 エリーの声は音楽室の壁に吸い込まれていく。

 しんと静まり返り、三人の呼吸の音しか聞こえない。

 

「わかったわ。もうあなたには協力は仰がない。

 その代わり私が公開処刑になり処刑人から『言い残すことはないか』と聞かれたら、聴衆の前で、あなたのベッドの下に隠している男性同士の熱い友情の描かれた『禁断の角砂糖』という雑誌のことを高々に皆様にお伝えしますわ」

 

 エリーは素早く膝をついた。アンダーソンとは比べ物にならないほどの速さだ。

「リズベット様、この日のために保存魔法も人形使いのスキルを切磋琢磨してきました。何なりとご命令ください」

 

「さすがエリーね。信用できるのは美しき友情と……」

 

 私はアンダーソンに目を配らせる。

 

「忠義にございます」

 

 私は白々しくにこりと笑顔を作り、手を叩いた。

 

「素晴らしい。いつまでも褒めて遣わすわ」

 

 ほんと、これが無事終わったらマジでズッ友だよ、あなたたち。

 本当に巻き込んでごめん。

 

 そういうふうにして、私たちは『果てしなき愛の旅』というゲームの中の世界で、『聖女の死の隠蔽の旅』という夢も希望もない保身の旅に出ることになった。




 読んでいただきありがとうございます。
 感想など頂けると今後の参考になりますので助かります。
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