『私が花びんで聖女の頭をかち割った』〜デッドエンド確定の悪役令嬢は、宿敵聖女の死体と旅する〜 作:劇団おこめ座
聖女アンジェリーナの死体と私たちを乗せた馬車が、王都の門を抜けた。
すぐ後ろから、白馬の蹄の音が追ってくる。
王子だ。
そして、その後ろに焦り顔の護衛騎士達が続く。
……来るだろうな、と思っていたが、やはりか。
私は御者(ぎょしゃ)席のアンダーソンに合図を出すと、すぐに馬車が止まる。
止まった馬車から皆降りて膝をつく。
「そんなことせずとも良い……本当に行くのかい、アンジェリーナ?」
王子は、どこか困ったようにそう言った。
責めているわけでも、止めたいわけでもない。
ただ、本当に分からない、という顔だった。
私は一度だけ、視線を聖女に向ける。
白いヴェールは揺れない。
「ええ」
短く答える。
王子は少しだけ息を吐いた。
「君は……彼女が……リズベットのことが苦手だったはずだ」
その言葉に、私より先に、聖女が小さく首を傾げた。
もちろん、動かしているのは人形使いのエリーだけれど。
「問題ありません」
聖女の口が、静かに動く。
「私は、使命を優先いたします」
声は別のところから出ているのに、口の動きを見ると、なぜか不思議とそこから声が出ているように見える。
私は横目で、音源のエリーを見た。
エリーは、顔を少し下に向けつつも、にこりと微笑みながら薄く口が開く。
人形使いの派生スキル、腹話術特有の顔つきと口の動きだ。
それを見て、有能なスキルの使い手とはいえ、バレないか、と少しヒヤリと背中が冷える。
王子は、少しも不自然に思わなかったようで、少しだけ安心したように頷いた。
「そうか……。いや、君たちの『関係』が、少し良くなったのなら、僕は嬉しいよ」
その瞬間、私とアンダーソンの表情が、同時に固まった。ぞわりと嫌な予感がする。
「……『関係』、ですか?」
聖女の死体が、静かに聞き返すように動く。
「うん。『組み合わせ』、というか……その。良い『ペア』だと思う。アンジェリーナは少し世間知らずなところがあるけれど、リズベットはなんだかんだで賢いからな」
組み合わせやペアという言葉に、エリーはピクリと動き、王子の言葉をかき消すように早口になる。
「そうね、聖じ、いえ、私とリズベット様の組み合わせなら、女性同士のはあまり興味はありませんが、いうならば私『左(攻め)』でリズベット様が『右(受け)』……」
私はエリーの足を蹴る。受け攻めがどちらかの討論をしているのではない、気づけ!
「あ、違います。リズベット様は右腕のような存在ですわ」
王子は、不審には思わなかったらしい。
むしろ、安心したように、微笑んだ。
しかし、すぐにキリッとした表情になり、私とアンダーソンを見つめる。
「そうか。それならそれでいい。ところで、修行の旅ということで護衛を限りなく少なくしているのはわかるが、その護衛が男性というのは……こちらで女性の護衛専門の女近衛を用意している。それが嫌なら僕を連れて行け!」
まあ、当然だ。
国宝の聖女を、他家の男性の騎士、それもたった一人に任せるのは普通に考えておかしい。
……でも困る。
王子がついてきたら、全部終わる。
聖女の死体の隠蔽(いんぺい)の旅なのに。
私が言うより、聖女の口から言わせた方が信用するだろうから、エリーの脇をこづいて、合図を送る。すると聖女の死体の口がぱくぱくと動く。
「いえ、必要ありませんわ」
横目でエリーを見る。微笑んでいるが、何か沸るものを感じた。
「このアンダーソンはね、闘技場で武者修行もした実力派の騎士。そして、ガチホモ……同性愛者なのよ!」
そう、アンダーソンは同性愛者だ。
女性に性欲を感じない男性騎士は貴重だ。
だから、わたしの裸が不幸にもアンダーソンに見られたことを、なかったことにしたのだ。
だが、人の性的趣向をおっ広げてはいけない!
その上、あからさまな特殊性癖だ。
だから、少し黙ってくれないかな、エリー!
「アンダーソンはね、女の子と旅をするよりも、男の子と旅をする方が野獣になるのよ。毎夜、アンダーソンと王子の夏の暑い夜が開催されるわ。
私の見立てでは、アンダーソンが攻め、王子が受けね!」
そこで、アンダーソンは口を開けた。流石に性癖を暴露されるなんて困るのだろう。
ここには王国の護衛騎士達、女性の近衛までもいる。
横のつながりってものは、いつの時代も同じ。重要なものだ。
そんな同業の騎士の面々でアンダーソンの性癖暴露なんてされたら、生きづらくなる……普通に困るのだろう。
「いえ、私はどちらかというと受けです」
いや、性癖の否定をせず、むしろ肯定するのはおかしいでしょ!
「えっ、受け派なの!? このギャップいいわ。やだ、よだれが」
やめて!
聖女の社会的評価が体の状態よりも死んじゃう!
エリーが口をこっそり拭う正面で、王子の顔がすぅーと血の気を引いて青白くなっていた。
「そ、そうか、リズベットのところの護衛騎士はかなりの腕の立つ者か。では、心配しなくていいな。では、安心して任せよう」
王子たちは顔を引き攣らせながら素早く馬に乗り、離れていった。
私の回復魔法をエリーの性格とアンダーソンと聖女の尊厳の回復に使えないものだろうか、と思った。
感想やお気に入りへの登録、評価などありがとうございます。
励みになっております。
特に感想を頂けると今後の参考になりますので助かります。