『私が花びんで聖女の頭をかち割った』〜デッドエンド確定の悪役令嬢は、宿敵聖女の死体と旅する〜   作:劇団おこめ座

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5話 計略はまず己を騙す

 聖女アンジェリーナの瞼(まぶた)を無理やり開く。

 透き通った青色の瞳のままだ。

 死体現象が進むと、目が白濁していく。いわゆる、スーパーのお魚コーナーで並べられて2、3日経過した魚のような目だ。

 

「エリー、あなたの防腐魔法も保存魔法もなかなかなものね」

 

「えへへ」

 

 伯爵令嬢のエリーはお淑やかに微笑む。無駄なおしゃべりも、噂話もあまり好きではない。話もほとんど聞き役。少し天然が入っているのも可愛い。小柄で優しそうな垂れ目の女の子。

 そんな、ぱっと見、大人しく可愛らしいこの子は、目の前で仰向けになっている死体よりも頭の中が腐ってやがる。男同士が絡まないと世界は回らない、と本気で信じている女だ。

 それを知った時は、私の目は死んだ魚のような目になったものだ。

 多様性。素敵な合言葉を思い出して、ふと心に鍵をかけた。

 

「そろそろ、聖女の口に包帯を巻く。エリー、手伝って」

 

「えっ、なんでそんな包帯なんて巻くんですか?」

 

「喋らなければ、無用な心配はないからよ」

 

 先日のエリーのやらかしだ。

 エリーはBLの話題になると、とても饒舌(じょうぜつ)になる。

 何度、ヒヤリとしたものか。

 修道院に行けば、聖女ならば色々と話題が振られることだろう。

 ならば、沈黙の縛りの修行と巡礼、ということにしてしまえばいい。エリーの腹話術のBLトーク事故にも安心である。

 不安があるとすれば、錬金術師の居場所だ。修道院のどこに忘却の蘇生薬を調合できる錬金術師いるか、私は知らない。

 

 悪魔城のように黒く煤けた建物、最果ての修道院にたどり着き、門に立つ、額(ひたい)に鉢金をつけた黒装束のシスターに説明すると門を通された。

 修道院の院長と名乗る黒装束に眼鏡をかけた40代後半くらいの女性が現れ、修道院を案内する。姿勢良く、足音も小さい。

 応接間にたどり着くと、院長は旅路の話を聞かれ、その後、話題は聖女の口の包帯に移った。

 

「聖女様は一切言葉を発さない『沈黙の修行』の最中です。その最中は要塞として運用されるこの最果て修道院に慰問し、殉教者へ祈りを捧げたいとのご希望でございます」

 

 私は事前に決めていた作戦の通り答えると、感極まった院長は涙を流しながら聖女アンジェリーナの手を取った。

 私は、ヤバい、と咄嗟(とっさ)に思った。防腐のために聖女の死体をよく冷やしたのだ。エリーもアンダーソンも息を呑んだ。

 

「あらやだ、聖女様。随分とお冷えですこと」

 

 院長は涙を片方の手で拭きながら、にこやかに言った。

 

 その手は、日陰の地べたに転がる石のように冷たい聖女の指を離さない。

 

 絶対に冷たいはずだ。

 

 生きている体温とは、あまりにも遠い。

 

「……聖女様は随分と静かで、随分と動きませんのね」

 

 にこやかな笑みを作る院長を横目で見る。その笑みは柔らかくない。バレかけている?

 エリーが聖女の死体を慌てて操り動かそうとする。

 それ以上の不自然さを悟られないよう、私は『止まれ』と合図を送った。

 

「心を鎮めております」

 

とだけ答える。

 

「……そう、心を」

 

 院長の眉が、ぴくりと動いた。

 

「……なるほど」

 

 院長が眉をひそめ、私たちを憐(あわ)れむように見た。

 

 ああ、バレた。

 わかる。よく小学生の頃、宿題をやってくるのを忘れて、担任の先生に『センセー! 宿題、やったけど持ってくるの忘れちゃいました!』って言った時の担任の先生の顔してる。

 

 縛り首決定だ。

 一族みんな、私が聖女を花瓶で殺した罪で縛り首だ。

 アンダーソンも連座で縛り首。

 エリーも隠蔽の幇助(ほうじょ)で縛り首。

 エリーの実家は没落。

 私は歴史の教科書に『花瓶で聖女ぶっコロ事件』と載る。

 

「ついに『封じの修行』をなさったのですね」

 

「……はい?」

 

 私は思わず気の抜けた声で返した。

 

 院長は深く頷く。

 

「王都で噂は聞いております。

 祈れば嵐。泣けば洪水。怒れば竜巻。

 聖女様の感情の揺れは天災と同義」

 

 それ、聖女という名のドラゴンですよね?

 聖女の、クズみたいな性格の噂が、こんな遠くでは、危険物に変質している……。

 

 冗談みたいな話をする院長はキラリとメガネが光り、優しそうな顔から鋭く切れ味の良い目つきになっていた。多分、冗談ではなく、本当なんだろう。

 

「ですから封じたのですね。

 声を。力を。体温、心までも」

 

 勝手に話が進んでいく。

 

 私はゆっくりと扇を広げた。

 

「……ええ。制御のため、決心されました」

 

 エリーが横でカクカクと頭を動かし、必死に頷く。

 

「そ、そうです! 今は食事も封じてます!」

 

 エリー、変なところで盛らないで!

 食事を止めたら普通に死ぬじゃん!

 ていうか、既に死んでるよ!

 

 院長の目からさらに一筋の涙が流れた。

 

「素晴らしい決心と努力です!」

 

 ごめんね、院長さん、これただの死体なんだよ。

 

「では、地下の工房へご案内いたします」

 

「地下?」

 

「ええ。あの偏屈な錬金術師なら、全てを封じた聖女様の体調を支える活力剤を調合できるでしょう」

 

 私は瞬きを一つし、息を吐く。

 

 ……なるほど。

 

 向こうから連れて行ってくれるという話だったのね。

 

「今回の慰問は、巡礼と修行、それと活力剤が目的なのでしょう?」

 

 院長はくるりと振り返る。

 

「そ、そうです!」

 

「ご案内しますが、当院は経営が非常に苦しいのです。どうか寄付もよろしくお願いします」

 

「いくらほど払えば?」

 

「リズベット様のお気持ち次第です」

 

 院長に金貨数枚握らせると、シスターを呼び案内をさせた。私たちはそれに続いた。

 ふと歩いている時に、なぜ、聖女ではなく私の気持ちと言ったか考えた。

 院長は最初から気づいていて、この腹芸をしていたのかもしれない。




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