『私が花びんで聖女の頭をかち割った』〜デッドエンド確定の悪役令嬢は、宿敵聖女の死体と旅する〜   作:劇団おこめ座

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6話 汝、禁断の白で殴れ

 色々な薬草、薬品の臭いが充満する部屋に連れてこられた。

 中には黒いトンガリ帽子の、耳のとんがった小さな茶髪の女の子がいた。大きな瞳の下には涙袋のようなクマがある。

 あのゲーム通りだ。

 スチルに写っていたこいつに王子が頭を下げて忘却の蘇生薬を調合してもらっていた。

 

「客人とは聞いているが、何用だ。邪魔するならでていけ」

 

「聖女が万が一死んだ時の保険が欲しい」

 

「忘却の蘇生薬か? そんなものはないし作れない。帰りな」

 

「でも、あなたは作れるはずでしょう?」

 

 テーブルに金貨の入った袋を置いた。ちらりと錬金術師の女はそれを見て、少し細めていたまぶたをカッと開いた。

 

「ちょっ! 金貨多っ! ゲフンゲフン。 蘇生薬を手に入れるために金で解決しようとするやつは、濃密な死の臭いを引きずって歩くんだ」

 

 錬金術師は一瞬取り乱したが、威厳あるように言葉を紡いできた。見た目は小学3年生くらいの女児なのにね。

 エリーは私の耳元で、

 

「えっ、聖女から死臭漂って来てますか?」

 

と真顔で聞いてくる。そういう例えだよ! と耳元に返事をする。

 くんくん、大丈夫だ。心配になるじゃないか。

 

「でも、聖女が死んでいなくなれば、それこそ乱世の世の中になる」

 

「仮にあっても、それ相応の対価がかかる。金じゃない。思い出がなくなる」

 

 ああ言えばこう言う奴ね。なかなか、一筋縄では行かないか……そう思いながら、思考を巡らせていると、

 

「世界のためなら思い出を失ってでも聖女として尽くします」

 

とエリーが気を利かせたと思ってドヤ顔で腹話術で声を出した。

 

「え?」

 

 女児にしか見えない錬金術師が聖女を見つめた。

 今、包帯を口に巻いて固定しているからしゃべれないはずだろうが!

 

「今、聖女様、しゃべった?」

 

 アンダーソンは頭を下げた。

 

「すみません。声がつい裏返ってしまいました。そう、聖女様がおっしゃっておりました」

 

「そんなにクリアに裏声出せるの? 普通の女性の声に聞こえたけれど」

 

「もちろん。やる時に裏声を出してくれと注文してくる方がいたので」

 

 何をやるんだよ。想像つくけどさ。

 うわァァ、と錬金術師が声を出し、きゃあとエリーがくねくねする。

 私は咳払いした。

 

「聖女様を筆頭にそういう心づもりで、ここまでたった四人で来たのです。どうか調合をお願いします」

 

 スチルには金貨が端に描かれていた。だから、金は必ず積む。追加でもう一袋置く。

 

「ふ、ふん、金で動くと思っているのか?」

 

 小物の悪党のようにキョロキョロしながら錬金術師は金貨の入った袋を懐にしまう。

 しっかり受け取っているじゃん。

 

 そして、スチルに描かれていた、ブラックコーヒーの横に描かれていた白い粉末だ。

 

 紙に包んだそれを見せた。

 

「疲れの多いあなたはこれが一番欲しいのでしょう?」

 

 錬金術師の大きな瞳の瞳孔がさらに開く。

 

「これは……!」

 

「三日三晩、元気になれる、と宣伝文句のあれです」

 

 一包、そして、二包、三包とテーブルに乗せる。

 

 錬金術師は足を引きずってテーブルへ近づいた。

 

 指先がぴくりと震える。

 

「……やめろ」

 

 目は粉末から離れない。

 

「どうせ、ろくでもない業者の安物だろ。こんなもので私は動かんよ」

 

 今、吸い寄せられるように来たじゃん。

 

 目の下の大きなクマを作った錬金術師は、粉の上を手で仰ぎ、匂いを自分の方へ寄せる。

 

 深く、息を吸う。

 肩が大きく上下するほど呼吸が乱れていた。

 

「……くく」

 

 小さな笑いが止まっては生まれる。

 

 はっとして背筋を伸ばす。

 

 その様子を見ていたエリーとアンダーソンはわなわなと震えていた。

 

「リズベット様、そんなものにいつ手を染めたんですか!?」

 

「いくらなんでも禁制薬物は! 今の件をなんとかできても、こっちで縛り首になりますよ!」

 

 二人が絶叫している間に、錬金術師は息を整え終わり、私に厳しく低い声で唸る。

 

「私は……これを断って、やっと2年だ」

 

 じろりと私を見つめているが焦点が合っていないような感じだ。

 

「……これは体をダメにする。

 一時的な快楽のために……研究や将来を無くすわけにはいかない」

 

 錬金術師は歯を食いしばり、テーブルに握り拳を叩きつけた。

 

「私は欲望に屈しない!」

 

 白い粉末が少し空気に舞い、煙のようにもわりと立ち上がる。

 

「よく見てください。この完全に白くない、ほんの少しだけ、薄らと黄色がかった、この色」

 

「もうやめて、リズベット様! この人、頑張って禁断症状と闘っているのに! なんて酷いことをするの!」

 

 エリーの止める言葉を無視して、錬金術師はガタンとつまづきながらテーブルに置かれた白い粉末に顔を近づける。

 その目は完全に焦点が合ってない。

 

「ヒッ、ヒヒ、ひひひ!」

 

 見た目の体以上に高い声が漏れ、錬金術師の部屋にこだまする。

 

 錬金術師は粉末を指先でつまむ。

 

「粒子が細かく、でも、ところどころダマができている……そうだ、これは魔法による大量精製ではない」

 

 つまんだ粉末を目の前に寄せた。

 

「最後まで人の手だ……職人が最後まで手間暇かけて作り上げた……これは……これは……!」

 

 顔を上げる。

 

「まさか……本物だ」

 

 瞳孔が完全に開いている。

 

「最高級の……三宝糖だ」

 

「そのとおり。現在の砂糖製造は魔力による不純物の除去。空を突き抜ける、透き通るような甘さはあります。

 しかし、これは、あなたがおっしゃるとおり、職人が最後まで手間暇かけて手で精製した、熟練の技でほんの少しの雑味が残された砂糖。この雑味の程度が多ければ雑な砂糖に成り下がり、少なすぎれば魔法で精製したものと変わらない。

 ほんの少しの雑味は最高のコクと変わります。

 味見してみてくださいませ」

 

 ごくりと喉を鳴らして、三宝糖を指でつまむ。

 そして、舐める。

 

 一瞬、周りは静寂に包まれ、まるで時が止まったかのようになる。

 

 錬金術師の胸元の金貨の詰まった袋が落ちて、じゃらりと音が鳴り、金貨がこぼれる。

 

「……甘い」

 

 小さい声。

 

「ただの砂糖ならただ甘いだけ……甘ったるいんだ」

 

 もう一粒。

 

「三宝糖は、カテゴリーは魔法で大量精製された砂糖と同じ砂糖。でも、このまま食べても美味しい、本物の砂糖なんだ」

 

「冬の麦畑、見たことある? 何にもないのよ。でも、不思議よね、それを見ると遠くの故郷を思い出すのよ。三宝糖は、そんな望郷の念が詰まる味なんだ。

 生きているって味。

 私は今、生きているんだ、ここにいるんだって」

 

 ほんの小さい粒子を人差し指に乗せて、また口に入れる。

 女の子の錬金術師はポロポロと涙を流す。

 

 誰も理解できない。

 みんな、こいつ自分の世界にトリップしてやべえと感じているような、関わりたくないやつと思っている顔をしている。

 

 錬金術師は帽子のつばを握りしめる。

 

「私は……」

 

 少し震えた声が一瞬止まる。

 

「糖尿病予備軍だと医者に言われてな……二年前から甘味は断って……誘惑に負けないように最果ての修道院の門をくぐったのだ」

 

 ゲームでそんなこと語ってないじゃん。なんか砂糖持ってきたの、覚醒剤より悪い気がしてきた。

 そもそも、ゲームで『ブラックコーヒーを飲みながら舐める砂糖はたまらない』、みたいなこと言ってなかったか?

 

 小さい女の子の錬金術師は急に顔を真っ赤にした。

 

「研究を続けるためだ! 命が惜しくてじゃない! 孫の顔見たいからじゃないぞ!」

 

 めちゃくちゃ命惜しそうな言い方!

 ていうかさ、あんた何歳だよ!

 子供いるのかよ!

 

「糖尿病の方は治せないの?」

 

 エリーの言葉に錬金術師の動きがピタリ止まる。

 

「糖尿病は治せる薬はある。だがな……治しても、私がまた甘いものを食べ続けて発症する」

 

 薬で治療してしまうと、生活習慣は変わらないから同じ道を辿る、ということか。

 

「生活習慣がしっかり変わってから薬で治療するのね」

 

「そうだとも」

 

 錬金術師は紙で包んだ三宝糖をそっと棚にしまう。

 

「……今回は特別だ。こんな遠くまで来たお前らの想いを無碍にはできない。忘却の蘇生薬は作ってやる」

 

 三宝糖をしまった棚に砂糖と書かれた袋やはちみつと書かれた瓶が所狭しと置かれていた。

 その棚を私たちは呆れ顔でじっと見つめていた。

 

「院長には黙ってろ。多めに作ってやる」




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