魔法科高校の飛び級生   作:湯っ娘

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第九話

 今日からいよいよ九校戦に向けての練習や打ち合わせが始まる。あやめは一人、気合を入れて、指定された空き教室へと向かった。

 CADエンジニアと魔法師にとって体の一部とも言えるCADを任せる選手のコミュニケーションは、円滑な調整を行うためにも重要だ。選手が心を許していないCADエンジニアに満足のいくCADの調整はできない。競技に向けてCADを最高の状態に仕上げるため、メインのCADエンジニアの担当選手ごとに分けられて打ち合わせが行われる。

 あやめは自身でCADを調整できるため、担当エンジニアは必要ないのだが、一応吉祥寺の担当選手となっていた。

「あら、三矢さんのCADも吉祥寺くんが担当するのね。」

 先に来ていた栞があやめに挨拶をする。

「はい、ある程度は自分で調整するつもりですが。」

 あやめはそう答えながら教室を見回した。まだ栞とあやめしか来ていないようだ。

 吉祥寺がメインで担当する選手は吉祥寺自身も入れて五人と聞いた。将輝は確実に吉祥寺が担当するだろうから、栞とあやめも入れてあと一人。まさかと思いあやめは扉を見つめた。しかし、あやめの予想に反して入ってきたのは将輝と吉祥寺、そして二人と同じく新人戦モノリス・コードに出場する男子生徒だった。

 あやめはほっとしたような残念なような複雑な気持ちに囚われた。放課後の図書室での一件以来、愛梨とあやめは会話をしていない。といってもそれまでは愛梨がほぼ一方的に話しかけていただけなため、ただ単に愛梨が話しかけてこなくなったというだけの話であり、そもそもあやめは家柄や実力のないものを見下しがちな愛梨のことを苦手に思っているのだから話しかけられない方が良いはずなのだ。それなのに、あやめは愛梨に話しかけられなかったらそれはそれでモヤモヤしていた。

 グルグルとあやめが考えているうちに打ち合わせは始まっていて、慌ててあやめは思考を打ち合わせに軌道修正する。

「とまぁ、言っておくことはこのくらいかな。メインは僕だけど、ちょくちょくあやめちゃんにもサポートして貰うだろうからよろしくね。」

 前半をまるっきり聞いていなかったことを悟られないよう、ポーカーフェイスであやめは頷いた。

「はい、任せてください。」

 

---

 

 打ち合わせが終わると吉祥寺を除いた各々が自分の競技の練習へと向かう。本来であればCADエンジニアが選手の魔法特性や得意不得意を知るために計測やらヒアリングやらを行う必要があるのだが、吉祥寺の担当選手は全員吉祥寺と知り合いで魔法特性や得意不得意はとっくに把握されている。そのため他のグループよりも早くあやめたちは練習を始められた。

 吉祥寺は早速モノリス・コードに向けて三人分の初期調整を行うらしく、あやめもアシスタントとして手伝おうとしたが、今日はまだ初期調整の段階だから練習に向かって構わないと言われたため、あやめはありがたく練習に打ち込むことにした。

 ただでさえ競技の掛け持ち兼技術スタッフとしての仕事で時間がないのだ、練習を早く始めようとはやる気持ちを抑えきれずにあやめは練習場へ向かった。

 あやめが出場する種目はアイス・ピラーズ・ブレイクとミラージ・バットの二つ。あやめはどちらの練習に向かうか少し悩んでミラージ・バットを選んだ。

 九校戦用に整えられたミラージ・バットの練習場につくとまだどこも打ち合わせが終わっていないのか練習場は無人だった。一人練習に打ち込むチャンスだとあやめはウキウキでスティックを手に取ると、ホログラム投射機のスイッチを入れた。急いで近くの円柱に飛び移り投射されたホログラム目掛けて跳躍魔法を展開した。あやめの身体が勢い良く飛び上がり、閃くスティックがホログラムを打つ。

 あやめは縦横無尽に飛び回って、投射されるホログラムを次々にスティックで打っていった。

 初めてにしては異常ともいえるそのスピードの要因はあやめの得意魔法だろう。

 あやめの得意魔法、ストーム・ドライブは彼女自身が開発を手がけた高速移動魔法で移動魔法や跳躍では叶わなかった、継続的な飛行を可能とするために開発された。偏倚開放と疑似瞬間移動を参考にして開発されたこの魔法は確かに継続的な飛行を可能としたが、使うことができる魔法師はあやめを除いて一人もいない。理由は単純に危険な魔法であるからだ。得意魔法と豪語するあやめでさえ、過去に二度、その魔法によって怪我を負っている。というのもストーム・ドライブは飛行魔法とは呼べない代物なのだ。ストーム・ドライブで飛ぶ様は客観的に見て飛行というより発射の方が比喩として合っている。指向性の突風を身にまとい走るように飛ぶストーム・ドライブは恐ろしいことにトップスピードが時速400キロを超える。スピードはもちろん術者が調整できるが、それでも最低時速が30キロと速い上に突風に体が巻き込まれれば即死は免れない。そして最大の難点は、慣れていない術者ほど安全に意識を割きすぎてしまうことだ。その結果サイオン不足に陥り、まともに飛ぶことすらできなくなる。いくら移動魔法や跳躍に慣れている魔法師でも桁の違う速さに怖気づいてしまいまともに飛べなくなってしまうのが関の山だった。

 ストーム・ドライブはあやめ以外にはまともに使えない魔法ではあるが、その魔法を磨くことで芽吹いた彼女の才能は思わぬ形で発揮されていた。

 ストーム・ドライブによる高速移動で鍛えられたスピード感と動体視力を持ったあやめにとって空での戦いは十八番とも言える。空中戦で彼女に追いつける魔法師など、なかなか居やしないだろう。

 一ピリオド分の投射が終わりあやめが華麗に着地すると、練習場に誰かの拍手が響いた。

 あやめが振り返ると、そこには上級生と思しき女子生徒が立っていた。もう打ち合わせが終わったのだろうかというあやめの疑問が顔に出ていたのか、女子生徒はクスリと笑った。

「私は去年と引き続き同じエンジニアの子に担当してもらってるから、あんまり調整に手間取らないんだ。」

 女子生徒は去年と引き続き九校戦に出場しているようで慣れた手つきでスティックを握った。

「私は水尾佐保。よろしくね。」

 穏やかに微笑んで水尾はあやめに握手を求めるように手を差し出した。あやめは戸惑いつつもその手を握る。

「三矢あやめです。よろしくお願いいたします。」

 水尾は満足げに頷いた。

「もし良かったら練習付き合ってくれないかな。やっぱり相手がいた方が練習しやすいし。」

 あやめはタオルで汗を拭うと水尾の誘いに頷いた。

「はい、もちろんです。」

 投射機のスイッチを押してホログラムが投射されていく。先程までは独壇場とばかりに飛び回っていたあやめだったが、流石に経験者の水尾は強く、中々点が伸びない。ミラージ・バットは予選は四人、決勝は六人で行う競技だ。周りを飛ぶ選手にも気を使いつつ、ペース配分もして点を取る必要がある。想像していたよりも難しい競技だとあやめは感じた。

 一ピリオド分が終わるとあやめは疲れた様子で汗を拭うのに反して水尾はそこまで疲れていない様子だ。

「一色から聞いた通り、凄いね。初めてでここまでできる子は中々いないよ。」

 どうやら水尾は一色と交友関係にあるらしい。

 お世辞なのか本気なのかよく分からない温度感の賞賛にあやめは少し困惑気味だった。

「はぁ......ありがとうございます。水尾先輩は一色さんとお知り合いなんですね。」

 水尾、という名はあやめの記憶にない。血統主義のきらいがある愛梨にしては珍しい知り合いに感じられた。

「うん。家の付き合いでね、幼い頃から知ってるよ。」

「そうなんですね。」

 なるほど、家同士の付き合いならば親しげな口ぶりも納得できるとあやめは相槌を打った。

「だからあなたのことも一色からよく聞いてるよ。最近、喧嘩したんだって?」

 確かにあやめと愛梨の関係性はもはや一種の冷戦状態と呼べるのかもしれないが、あの日のあれは喧嘩というよりも一方的な叱責ではないかとあやめは内心思ったが、当然口には出さなかった。

「一色はさ、言い方は素直じゃないけど、心配してるんだと思うよ。同じナンバーズとして、期待される辛さとかもよく分かっているだろうしね。」

 あの日の一色の叱責は確かにあやめを思ってのことだったのかもしれない。

 それでも、あやめは自分からあの日のことを謝りに行けるほどに大人ではなかった。

 

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