八月一日。九校戦に向けての懇親会が行われる日、第三高校の選手とスタッフたちは朝早くから開催地である富士演習場に向かうため、チャーターした大型バスと作業車両に乗り込んでいた。
何故朝早くからの移動なのかというと、金沢にある第三高校から富士演習場までは約五時間ほどかかるからだ。余裕を持って到着にするには集合を朝早くにせざるを得なかったのである。
技術スタッフとしてそこまで貢献できていなかったからと、自分から点呼役に申し出たあやめはバスの前で、ちゃんと全員揃ったことを確認して、よしと頷いた。
「全選手確認できました。スタッフも問題ありません。」
あやめはバスに上がってチームリーダーである羽田にいつでも出発できる旨を伝えた。
「分かった、ありがとう。それでは出発しようか。」
あやめは羽田の労いに会釈で返してスタッフたちが乗り込む作業車両へ移るべく、バスを降りた。
近くに座っていた同級生たちに引き留められかけるも、やんわりと断り、そのまま作業車両へと乗り込む。
技術スタッフと選手を兼任しているあやめが選手たちのバスに乗っても何も文句を言われないどころか歓迎されるだろうが、ただでさえいよいよ始まる九校戦に緊張しているあやめは、移動時間も周りに気を遣うのはごめんだった。
作業車両であれば乗っているスタッフも少ないし、スタッフたちは物静かな性格の者が多い。バスに比べて遥かにリラックスしやすいだろう。
今しばらくの休息の時間にあやめは一人、息をついた。
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バスが発車してから、ほんの数分。
窓の外を流れていく風景をぼんやりと眺めながら、吉祥寺は作業車両へと向かうあやめの後ろ姿を何度も思い返していた。
(作業車両の方に乗るとは、思ってなかった。)
点呼の報告をして、そのまま選手のバスに残るものだろうと思っていた。理由なんてない。ただ、なんとなく“当然”のように。
「どうしたんだ、ジョージ。」
後悔の念に苛まれる吉祥寺に隣の席に座る将輝が声をかけてくる。
「......いや、別に。なんでもないよ。」
短く答えながらも、胸の奥が落ち着かない。
吉祥寺も選手と技術スタッフを兼任しているのだし、作業車両の方に乗る理由はいくらでもあった。
あぁ、作業車両の方に乗れば良かった。
どうにもならない後悔に吉祥寺は項垂れる。
きっと、作業車両ならば彼女の隣の席だって簡単に確保できただろう。道中でCADの細かい調整や、作戦について意見を交わして。
緊張している彼女を、さりげなく和ませることもできたかもしれない。
━━いや。
もっと正直に言えば。久しぶりに二人で、ゆっくり話せたかもしれない。
バスの中は騒がしくて、選手たちの笑い声が絶えない。それはそれで悪くないが、落ち着いて話せる雰囲気ではない。作業車両なら、もっと静かだったはずだ。
並んで座って、他愛のない話をして。富士までの五時間を、共有できたかもしれない。
うだうだと考える吉祥寺に将輝は呆れた顔をした。
「なんでもないって顔はしてないぞ。五時間なんてすぐなんだからそんなに後悔する必要もないんじゃないか。」
黙っていても親友には何もかもお見通しだったらしい、思わず吉祥寺は苦笑した。
「そうだね。」
吉祥寺は小さく息を吐く。
あやめは他意なく、リラックスできる方を選んだだけに過ぎない。それは分かっている。だからこそ、なおさら。
あのとき一歩踏み出していれば。適当に理由をつけて作業車両の方に乗っていれば。今ごろ、彼女は隣で笑ってくれていたかもしれないのに。
たった五時間。なのに頭に浮かぶのは、もしも隣に座れていたら、という想像ばかりだった。
九校戦はもう目前に迫っている。意味のない後悔をしている余裕なんてない。
そう自分に言い聞かせながらも、吉祥寺はもう一度だけ窓の外を見た。
同じ景色を見ているはずの彼女の姿を、想像しながら。