魔法科高校の飛び級生   作:湯っ娘

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第十二話

 第三高校の面々は五時間の道のりを経てようやく会場入りを果たし、夕方に控える懇親会のために各々が荷物整理や機器の運搬に駆け回った。

 九校戦のために用意されたホテルの一室で、あやめはようやく自身の荷物の整理を終え、一服していた。技術スタッフも兼任しているせいで会場を駆けずり回る羽目になったあやめは既にクタクタだった。

 懇親会と称した、立食パーティーには他校の生徒たちもいる。あやめは懇親会に向けて気合を入れ直すようにグイッとお茶を飲み干した。

 あやめと同室の愛梨はそれを意外そうに見つめている。

「なんだか意外ね。あなたのことだからてっきり憂鬱そうにしてるかと思ったけど。」

「緊張はしていますが、憂鬱というほどではありませんよ。」

 あやめは失礼な愛梨の反応に苦笑を漏らした。

 アイス・ピラーズ・ブレイクの衣装の手配で、ある程度会話したからか、すっかり愛梨とあやめの冷戦状態は解消され、ホテルが同室となっても気まずくなることなく会話ができるようになっていた。

「じゃあそろそろ行きましょうか。」

「はい。」

 まだお友達とは言えないが、あやめと愛梨は以前よりも縮まった距離感でパーティー会場へ向かった。

 

---

 

 開会の辞が程々に終わり、それぞれが交流や料理を楽しみ始める。一年生は他校に顔見知りがいる生徒がそうそういないため、各校ずつに固まって料理に舌鼓を打ったり、談笑を楽しんだりしていた。

 あやめは一年生の輪からコッソリと離れて、パーティー会場にいるであろう“恩人”の姿を探した。

 第一高校の輪の中に恩人の姿を見つけ、あやめは彼女にしては珍しく小走りで近寄った。

 いきなりやってきた第三高校の女子生徒に、第一高校の生徒たちはなんだなんだと驚きの目を向けたが、あやめの姿を見て、すぐに納得顔で目を逸らした。さりげなく距離を取り、二人の会話を邪魔しないよう空間を空ける。

「十文字様!」

「......あやめか。」

 あやめが満開の笑顔で話しかけた人物の名は十文字克人。十師族十文字家に連なる魔法師であり、あやめの命の恩人だ。

 昔、反魔法師集団に誘拐された自身を助け出してくれた十文字をあやめは命の恩人かつ、尊敬するべき魔法師として慕っていた。

 三矢家はそんなあやめを十文字の嫁としてあてがいたいらしく、十文字とそういった仲に発展することを願って場をセッティングしては両者を引き合わせていた。そんなこともあり、滅多に社交の場に顔を出さないあやめでも十文字との仲については広く知られていた。

「久しぶりだな、変わりないか。」

 無愛想な父を思わせる十文字の言葉にあやめは気分を害した様子はなく、むしろ嬉しそうに答える。

「はい!十文字様もお元気なようで安心致しました。」

 第一高校は春頃にテロリストの襲撃にあったという。あやめはそのニュースを聞いて十文字が怪我を負っていないかと心配していた。━━そんな心配は十文字とは無縁のはずなのだが、それだけ十文字を慕っている、ということなのだろう━━

「第三高校での生活どうだ。楽しいか。」

「はい。優しい方ばかりで、とてもよくしてもらっています。」

 あやめがニコニコと笑うと十文字もそうか、とわずかに口元をほころばせた。

 あやめの一方通行に思える二人の関係だが、十文字もあやめのことを無下に扱っているわけではなかった。

 表情こそ乏しいが、その目はわずかに柔らいでいる。

「無理はしていないな。」

 低く抑えた声での問いかけに、あやめはきょとんと目を瞬かせた。

「はい?」

「兼任していると聞いた。選手と技術スタッフを。負担は大きいだろう。」

 十文字の懸念を含んだ問いにあやめは背筋を伸ばし、誇らしげに胸を張った。

「大変ではありますが、どちらも自分で選んだことですから。精一杯やらせていただいています。」

「......そうか。」

 短い相槌。だが、その声音には確かな安堵が滲んでいた。十文字もあやめのことを心配していたらしい。

「期待している。」

 それだけ言うと、十文字は視線を横へ流した。

 つられて振り返ったあやめの目に、チラチラとこちらを見やる第三高校の面々が映る。十文字はどうやら感じる視線がどこからのものなのか気になったようだ。

 吉祥寺も輪から少し離れた場所で、こちらを見ている。

 正確には━━あやめと十文字の二人を。

 視線が合う前に、吉祥寺はさりげなくグラスへと目を落とした。

 十文字は何も言わず、静かに手に持ったグラスに視線を移した。

 そこへ明るい陽気な声がやってくる。

「十文字くーん!って、あら?誰と話してるのかと思ったら、あやめさんじゃない!久しぶりね。」

「ご無沙汰しております、七草様。」

 会釈したあやめに片手で答えた女性━━第一高校の生徒会長、七草真由美は穏やかな微笑を浮かべた。

 あやめや十文字と同じ十師族、七草家に連なる魔法師である真由美は三矢家の養子として迎え入れられたあやめにマナーや社交場での立ち回り方など、様々なことを叩き込んでくれた恩師だ。あやめは十文字と並んで慕う真由美に会えて嬉しそうに頬を笑ませている。

「やっぱりあやめさんも九校戦、出るのね。新人戦は苦戦しそうだわ。」

 言葉とは裏腹に余裕ありげに微笑む真由美にあやめは心底本戦クラウド・ボールではなく新人戦アイス・ピラーズ・ブレイクを選択して良かったと苦笑いを浮かべた。

 そのまま談笑が始まりそうな空気を察してか、先程まで空気に徹していた十文字が真由美に水を向ける。

「七草、何か俺に用があったんじゃないのか。」

「いっけない!そうだった。そろそろ他校に挨拶に回るから、十文字くんも来てくれる?」

「あぁ、わかった。」

 どうやら幹部クラスの生徒たちは律儀に他校へ挨拶回りをするらしい。第三高校の幹部たちも猛者揃いではあるが、第一高校の面々と並ぶと、その纏う空気の重みが足りないように感じられてしまうだろう。あやめは失礼にも、そんなことを思った。

「それじゃあね、あやめさん。お互い頑張りましょ。」

「......健闘を祈っている。」

 真由美に言いたいことを取られたのか、少し悩んで十文字はあやめに激励の言葉を送った。

「はい!よろしくお願いします。」

 あやめが一礼すると、二人は第一高校の輪の中に戻っていった。

 その背中を見送りながら、あやめは小さく息を吐く。

 二人に対する尊敬と憧憬が入り混じる感情を胸に抱きつつ、ふと視線を巡らせる。

 少し離れた場所で、グラスを傾ける吉祥寺と目が合った。

 今度は逸らされず、ほんの一瞬。けれど確かに、互いの視線が交わる。

 無意識か、あやめの口元に薄い微笑が浮かぶ。

 その笑顔を受け止めた吉祥寺の胸に、言葉にできない感情が静かに広がっていることを、彼女はまだ知らなかった。

 

 

━━その少し前

 グラスを一つ手に取りながら、吉祥寺は会場を見渡していた。

(......あやめちゃん、どこだろう。)

 ここまで忙しくて、朝の挨拶以降、まだ一言も話していない。

 あやめの姿を探して周囲を見回す。

 だが、第三高校の一年生たちが固まっている輪の中に、彼女の姿は見当たらなかった。

 少し首を伸ばし、改めて会場を見渡す。

 そして、すぐに第一高校の輪の中心にいる大柄な男子生徒と、向かい合っているあやめの姿を見つけた。

 あやめと向かい合う男子生徒の姿は吉祥寺にも覚えがあった。

 九校戦の資料で何度も見た人物だ。十師族、十文字家の魔法師。十文字克人、第一高校の主力とも言える一人だ。

 その十文字に向けて、あやめは満開の笑顔を向けていた。

 普段のあやめは、柔らかく微笑むことはあっても、あそこまで感情をはっきり顔に出すことは滅多にない。

 見たことのない彼女の笑顔に吉祥寺は無意識にグラスを強く握っていた。胸の奥に、もやっとしたものが広がる。

 別に、二人が何か特別な関係だと決まったわけではない。同じ十師族なのだから面識があって当然だろうし、男女だからといって勘ぐるのは二人に失礼だろう。

 それでも。

 あやめの隣に並ぶ人間としてふさわしいのは、ああいう人物なのではないか。そんな考えが、勝手に頭に浮かんでしまう。

 自分とは、魔法師としての格が違う。

 気づけば、吉祥寺はじっと二人を見ていた。

「......おい、ジョージ。」

 そんな吉祥寺の横から、呆れたような声が飛んでくる。

 振り向くと、いつの間にか将輝がグラスを片手に隣に立っていた。

「流石に見すぎだぞ。」

 将輝に指摘されて吉祥寺は慌てて視線をグラスにやった。

「ご、ごめん。つい。」

 謝る吉祥寺に将輝は小さく肩をすくめた。

「あの二人は別にそういう関係じゃない。」

「......え?」

「三矢さんの恩人らしい。昔助けられたとかなんとか。」

 あっさりと告げられて、吉祥寺は少しだけ目を瞬かせた。

「まぁ、あんな満開の笑顔を見たら気になるのは分かるけどな。」

 将輝の言葉はからかうような口調だったが、どこか励ますような響きもあった。

 勝手に邪推して落ち込んで、情けない自分に吉祥寺は乾いた笑いを零した。先程将輝に注意されたばかりなのに、視線はついまた二人に向いてしまっている。

 すると━━不意に、十文字がこちらを向いた。

 目が合いそうになり、吉祥寺は慌てて視線を逸らした。

 心臓が一瞬跳ねる。

 まるでやましいことをしているところを見られたような気分だった。

(何やってるんだ、僕は......。)

 あまりの情けなさに、少し悔しくなっていると、話を終えたあやめが、こちらを振り向いた。

 そして━━ふわりと、柔らかく微笑みかけた。

 ただそれだけ。本当に、それだけなのに。

 さっきまで胸の中に渦巻いていた嫉妬や敗北感が、嘘みたいに消えていく。

 吉祥寺は思わず小さく笑った。

(......ほんと、単純だな僕)

 だが、悪い気分ではなかった。

 その直後だった。会場が少しざわつく。

 第一高校の幹部たちが、他校への挨拶回りを始めたらしい。

 その集団の中には十文字の姿もあった。

 そして彼らは、まっすぐ第三高校の輪の方へ歩いてくる。

 吉祥寺はグラスを置いた。

 その胸の奥に、静かな火が灯る。さっきまで感じていた敗北感とは違う。もっと単純で、分かりやすい感情。

━━絶対に第一高校には負けたくない。

 吉祥寺の胸のなかではそんな思いが、静かに燃え始めていた。

 

---

 

 同時刻、達也もまた、会場を見渡しながら他校の生徒たちを静かに観察していた。

 そんな中で、一人の少女がふと視界に入る。第三高校の輪の中に立つ、女子生徒。

 目立つ行動をしているわけではない。だが、周囲の一年生たちとは明らかに毛色の違う空気を達也は感じていた。姿勢、視線の動き、そして僅かな仕草に至るまで、どこか洗練されている。

 ただのご令嬢というよりは、魔法師として鍛えあげられた者特有の雰囲気だった。

 オリーブブラウンの長い髪をワンサイドアップにまとめた、あどけなさが抜けないながらも人目を惹く可憐な美少女。 もし深雪が女神と評される存在だとするならば、彼女は森に棲む精霊を思わせる━━そんな雰囲気を纏っている。

 会場のあちこちから彼女へ向けられる視線が感じられた。好奇、興味、あるいは値踏みするようなもの。

 それは憧れや好意というよりも、初めて実物を見る相手に向けられる種類のものだった。

 達也が分析していたところで、背後から声がかかる。

「達也さん、誰を見てるんですか?」

 振り向くとそこには雫とほのかが立っていた。深雪が挨拶回りに行ってしまったからか、一年の輪から抜けてきたようだ。

「少し、気になった選手がいてね。第三高校の生徒のようだが......。」

 達也が視線で示すと、雫はその先を見て小さく頷いた。

「あぁ、あの人は三矢あやめさんだよ。」

 三矢というと十師族の三矢家かと達也はわずかに目を細めた。

「三矢って十師族の?」

 ほのかが驚いた顔であやめの方を見やる。

 三矢といっても、あの少女は直系の人間ではなく、三矢家に養子として迎えられた人物だったはずだ━━そんな情報を達也は思い出していた。

「うん。魔法科高校開校以来、初の飛び級入学生で、第三高校一年のエース的存在みたい。」

「なるほど。」

 魔法科高校初の飛び級が出たという噂も確かに耳にした覚えがある。

 達也は改めてあやめに視線を向けた。

 三矢家の養子となった経緯もあり、同情や好奇の視線に晒されることが多いと聞く。魔法師社会ではそれなりに知られた事件だった。そのため若い魔法師の交流の場にはあまり顔を出さないとも。

 そのせいか初めて彼女を目にする者が多いのだろう。どおりで視線の十字砲火に当てられているわけだ。

「九校戦では、確か深雪と同じ種目に出るって聞いたよ。」

 雫はそう付け加えた。

 三矢家の魔法特性から考えるなら、クラウド・ボールの方が適性は高いはずだが、と達也は首を傾げる。だが、養子ということもあるし、達也も四葉が得意とする精神干渉魔法を使えるわけではない、変に勘ぐることもないだろうとすぐに考え直した。

(いくら年下とはいえ、十師族だ。深雪にとって、手強い相手になる可能性はあるか。)

 とはいえ。達也の中に不安はなかった。深雪の実力を誰よりも理解しているのは、他でもない彼自身だからだ。

(だが、ミラージ・バットは、個人戦ではない。警戒しておく価値はありそうだな)

 達也はそう結論づけると、静かに視線を会場全体へと戻した。

 

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