魔法科高校の飛び級生   作:湯っ娘

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第十四話

 九校戦三日目、あやめは本戦男子アイス・ピラーズ・ブレイクの試合を見に来ていた。目当ては勿論、十文字の試合だ。

 しかし、ライバルである第一高校の選手を大っぴらに応援するのは憚られたため、あやめは適当に行き先をぼかして天幕を去り、一人で観客席の端に腰を下ろした。

 観客席にはすでに多くの人が集まっており、試合開始前からざわめきが広がっている。九校戦前半のヤマと言われる三日目ともなれば、観客の熱気も一層高まっているようだった。

 あやめが着席してから数分と経たずに、試合開始の合図が鳴った。氷柱がずらりと並ぶフィールドを挟んで、両者がCADを操作する。

 先んじて十文字の魔法が炸裂し、氷柱が成すすべもなく砕けていく。相手選手も必死に抵抗するが、堂々とした動きの巨体から繰り出される魔法は力強く、十文字の攻撃に耐えきれず、氷柱が破壊されるのを止めることはできなかった。試合開始から一分と経たずに完封勝利した十文字に観客から若干引き気味の拍手が送られる。

 その後も結局、十文字は一度も手こずることなく試合を終わらせ、そのまま決勝リーグに進出した。

 あやめは拍手を送りながらフィールドから引き上げていく十文字の背中を見送って、一度第三高校の天幕へと戻ることにした。時刻はちょうど昼時になっており、たまには自分から愛梨たちを昼食に誘ってみようと考えていたあやめだったが、天幕に近づいたところで、あやめは異変に気が付いた。普段とは違う面々の様子に、思わず顔を強張らせる。

 ざわざわと落ち着きのない雰囲気で、何やら物騒な言葉まで耳に入ってくる。朝の和気あいあいとした空気とは明らかに違っていた。

「......何かあったんですか?」

 ちょうど手近にいた愛梨に声をかけると、愛梨はやや険しい顔で振り返った。

「えぇ、バトル・ボードで事故が起きたのよ。」

 事故、という穏やかでない響きにあやめは眉をひそめる。

 九校戦は魔法協会が主催していて、軍の支援を受けている大会だ。安全管理は徹底されているはずで、そう簡単に事故など起きるものではない。

「事故......ですか。となると、バトル・ボードは中止ですか?」

 あやめの疑問に首を横に振ったのは栞だった。

「いいえ、事故で第一高校と第七高校の選手は棄権になったけど、まだ試合は続いているわ。」

「その第一高校の選手というのはまさか、渡辺摩利選手ですか?」

 事故が起きているというのに試合を続行する大会運営に対する不信感を覚えながら、あやめは半ば信じられないといった表情で尋ねた。

 先日、圧倒的な試合展開で独走していた摩利が棄権するほどの怪我を負うとはあやめには考え付かなかったからだ。

「そうよ。第七高校の選手のオーバースピードに巻き込まれる形で大怪我を負ったから、本戦ミラージ・バットも棄権することになるでしょうね。」

 どうやら摩利は第七高校の選手のとばっちりを受ける形で事故に見舞われたらしい。

 あやめはふと、会場で耳にした噂を思い出した。第一高校は会場へ向かう途中、バス事故に遭ったという話だ。ただの事故かと思っていたが、ここまで集中して第一高校へ不運が重なることなどあるのだろうか。

 あやめは嫌な予感に頭を振った。

(まさか、妨害?何のために......。)

 答えは出ないが、依然として胸の奥に引っ掛かりが残る。

 しかし、依然として九校戦は続いている。ならば、自分にやれることをやる他ないだろう。あやめは気を取り直して小さく息を吐いて、ざわめく会場の方へと視線を向けた。

 

---

 

 九校戦四日目。今日からようやく始まる新人戦に各校の一年生は緊張と闘志が入り混じるソワソワとした様子で、今か今かと自分たちの試合を待っていた。

 今日行われる試合はスピード・シューティングとバトル・ボードで、栞と吉祥寺、沓子が出場する。

 いよいよ新人戦が開幕して、第三高校の一年生たちも緊張からか自然と口数が少なくなっていた。

 

---

 

 午前、女子スピード・シューティングの会場では栞が予選から圧倒的な実力を見せつけていた。

 自慢の空間把握能力を遺憾なく発揮し、標的の位置と軌道を正確に捉え、迷いなく撃ち抜いていく。その一連の動きには一切の無駄がなく、まるで最初から結果が決まっているかのような安定感があった。

 観客席からは新人戦とは思えない栞の試合に対する驚きの声が多く聞こえた。それも当然だろう。対戦形式ではないとはいえ、栞の魔法の精度は明らかに他の一年生と比べて頭一つ抜けていた。

「お疲れ様です、十七夜さん。CADの調子はいかがですか?」

 控えスペースに戻ってきた栞にドリンクを差し出しながらあやめが声をかけると、栞はCADを交換するようにドリンクを受け取った。

「問題ないわ。ありがとう。」

 短い返答だったが、その声音には余裕が滲んでいる。どうやら栞は緊張とは無縁の人間のようだ。あやめは軽くCADのチェックを行い、異常がないことを確認してから栞にCADを返した。

 今日のあやめの仕事は栞のサポートだ。栞のメインエンジニアは吉祥寺だが、彼は午後に自身の試合を控えている。できるだけ吉祥寺の負担を減らすため、丸一日オフのあやめが率先して栞のサポートに回っていた。

 サポートとは言っても基本的な調整はもう済んでいるため、栞の要望があれば調整し直す程度だが、今回はその必要もないようだ。

「あら......?第一高校の北山さん?」

 控室から天幕に移動する最中、栞がふと足を止めた。その視線の先には他校の女子選手の姿がある。見覚えのある後ろ姿にあやめもすぐに思い至った。

(......予選でパーフェクト出していた、第一高校の北山選手......。)

 栞に気づいて振り返った選手はあやめの予想通り、第一高校の北山雫選手だった。予選で栞と同じくパーフェクトを叩き出した選手であり、あやめもその際に見せた特徴的な魔法から雫のことが強く印象に残っていた。 。

 栞は迷いなく雫に歩み寄り、声をかける。

「こんにちは、第三高校の十七夜です。予選を拝見しました。大変良い腕をされていますね。」

 礼儀正しい挨拶にも聞こえるが、栞のポーカーフェイスのせいで彼女の思惑が読めない。

 愛梨が懇親会で第一高校に喧嘩を売ったという話を思い出し、あやめは内心ひやりとした。まさか栞まで同じことをするつもりなのだろうか。そう考えつつも、表情には出さないよう注意しながら栞の斜め後ろで様子を見守る。

「あなたと準決勝で対戦するのが楽しみです。」

「そっか。次の試合は当然かつ自信があるってことなんだね。」

 栞のセリフは挑発的とも取れるものだったが、雫は気分を害した様子もなく、むしろ楽しげに目を細めた。

 その瞳には確かな闘志が宿っている。

「わかった。私も準決勝楽しみにしてるよ。」

 雫がニコリと微笑んで平和的(?)に終わった会話にあやめがほっと胸を撫でおろした、その時。

 ふと、あやめは妙に落ち着かない気分に襲われた。まるで、誰かに手の内を盗み見られているような、何もかも見透かされているような、とても愉快とは言えない心地に体を縮める。

 反射的に周囲に視線を巡らせ、そしてすぐにその原因に気が付いた。

 雫の背後。ほんのわずか離れた位置に一人の青年が立っていた。恐らくは雫のエンジニアなのだろう。何も言わずに静かに佇んでいる。

 これといって特徴もない、強いて言うならば鋭い目つきが印象に残る青年だった。しかし、何故か妙に目が離せない。彼の一挙手一投足を監視していなければ気が済まない。まるで、深い水底を覗きこんだときのような、足がすくむ感覚。

(......何、この感じ。)

 本能的に関わってはいけない存在だとあやめは感じた。無意識に息が詰まる。

 青年の視線はこちらには向いていないが、それでも天敵に睨みつけられているような錯覚に襲われた。

 魔法師としての直感が、ひたすらに警鐘を鳴らしている。逃げたいのに、足が床に縫い付けられたかのように動かない。

「......三矢さん?」

 栞の声であやめははっと我に返る。微動だにしないあやめを不思議そうに栞は見つめていた。

「ご、ごめんなさい。少しぼーっとしていたみたいです。行きましょう。」

 そう言って歩き出したものの、あやめの胸の奥のざわめきは消えなかった。何かを見落としているような不安が残る。

 しかし、どういうわけなのか、先程までの恐怖心はもうどこにも無かった。

(気のせい......?)

 一度だけ振り返って青年の背を見たが、雫と並んで歩くその姿はごく普通で、先程の異様な気配は微塵も感じられなかった。

 気のせいだと自分に言い聞かせて、気持ちを入れ替えるようにあやめは視線を前に戻した。

 

 

「......天才魔法師二人がかりでのサポートとはな。中々、手強そうだ。」

 達也は、遠ざかるあやめの背を見つめ独り言のように呟いた。

「でも――達也さんがついてるから、大丈夫。」

 雫がCADを握りしめて口元を綻ばせる。

 その言葉には、迷いが一切なかった。絶対的な信頼。それは根拠を必要としない確信のようなものだった。

 達也は一瞬だけ雫に視線を向け、それから小さく息を吐いた。

「......過信は禁物だ。」

「うん。でも、達也さんのこと信頼してるから。」

 あっさりと言い切る雫に、達也はそれ以上何も言わなかった。

「ところで達也さん。」

 雫がふと思い出したように達也を見上げる。

「なんだ?」

「三矢さん、達也さんを見て怯えてるように見えたけど。知り合い?」

 達也は少しだけ考える素振りを見せたが、すぐに首を横に振った。

「いいや、気のせいじゃないか?何かした覚えはないんだが。」

「達也さんの顔が怖かったのかも。」

 あっさりと言い放った雫に、達也の表情がわずかに固まる。

「......そんなに怖い顔をしていたつもりはないんだがな。」

「客観的に見て、達也さんの顔は威圧感がある。」

 何とも言えない空気感で二人は、次の試合へと歩みを進めていった。

 

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