第三高校の天幕にて、雫との試合を控えた栞は、メインエンジニアである吉祥寺、そしてそのサポートのあやめと共に、雫の魔法の対策を練っていた。
「北山選手の魔法は空間に対する自分のクレーの密度を高める収束魔法。その反動で相手選手のクレーの軌道を変えているみたいだね。」
あやめと共に解析した結果と雫の試合の様子をリプレイで見ながら吉祥寺が呟く。映像の中では、確かにクレーがわずかに軌道を逸らされ、相手選手が標的を外している様子が確認できた。
「出力規模の違う起動式の使い分けで対応を難しくしているみたいですね。」
吉祥寺の言葉尻を受け継ぐようにしてあやめが興味深そうに頷いた。
中々手強そうな魔法だが、栞は特に怖気づく様子もなく、冷静に二人の分析を聞いている。
「でも、十七夜さんならどれでも対応できるだろう?」
「えぇ、当然よ。」
迷いのない即答だったが、その自信は決して過信ではないのだろう。
勝利は目の前だと言わんばかりの二人と違い、あやめはどこか浮かない顔をして、手元の端末で雫の試合を繰り返し見返している。
雫の隣にいた青年、彼に感じた強烈な畏怖の感情が気のせいでないとするならば、次の試合で何か仕掛けているのは確実だ。彼が手掛ける選手に一筋縄で勝利できるとはあやめには到底思えなかった。
確かに栞の人並外れた空間把握力、そして事象計算力があれば、雫の魔法には対応可能だ。反動でクレーの軌道を変えられても、すぐに対応し連鎖を組み直すだろう。栞が負ける可能性があるとすれば――
「......起動式の数。」
思考が一つの可能性に辿り着いた瞬間、あやめは弾かれたように顔を上げた。慌てて雫の試合のリプレイ再生を停止し、雫の持っているCADを最大限ズームにして確認する。
「どうしたの、あやめちゃん。」
不審なあやめの様子を気にして吉祥寺が端末を覗き込んだ。同じくして栞も不思議そうな顔をして端末を見た。
しかし、あやめは答えず、別の端末でFLTの製品カタログページを開いた。
「......やっぱり。」
一人納得した様子のあやめに吉祥寺は一体何のことかと頭を捻ったがすぐに同じ結論に行きつき、数秒の沈黙の後、彼の表情が驚愕に変わった。
「何か分かったの?」
二人に置いて行かれた気分で栞が尋ねると、吉祥寺が未だ信じられないといった声音で答える。
「北山選手のCADは特化型じゃない、汎用型だ......!」
「え......?」
栞が本当なのかと言いたげに眉を寄せる。
「でも照準補助システムがついた汎用型なんて聞いたことがないわ。」
その疑問はもっともで、栞の言う通り、照準補助システムは特化型に合わせて作られたシステムであるため、汎用型に照準補助システムをつけたCADなど、まず聞かない組み合わせだ。
だが、雫の持っているCADはあやめが開いたFLTの商品ページに載っている車載用汎用型CAD、セントールシリーズと酷似している。無理やり画面を引き延ばしているせいで画質が粗く断定こそできないものの、あやめと吉祥寺は確信めいたものを感じていた。
「いえ、私の記憶が正しければですが......去年に似たような技術が発表されていたかと......。」
「去年の夏にデュッセンドルフで発表された新技術だね、僕も覚えてるけど公表された試作品は実用に耐えるレベルじゃなかったのに......。」
記憶が朧げなあやめと違い、吉祥寺はハッキリとその内容を覚えていたようで、あやめ以上に驚いていた。吉祥寺の言い分が正しいのなら、その最新技術を競技用に最適化してみせた天才技術者が第一高校に居るということになる。その事実にあやめの背筋に寒気が走る。
しかし、雫との試合は一刻一刻と迫っている。いつまでも驚きに浸ってはいられない。
「急いでCADを再調整しよう。今ならまだ間に合う。」
吉祥寺の言葉にあやめは力強く頷き、すぐさま端末を操作し始めた。栞もまた無言でCADを差し出し、時折口を挟みながら二人の作業を見守る。
限られた時間の中で、起動式の切り替えと負荷分散を前提とした調整を施したが、それはあくまで推測に基づいた応急処置に過ぎなかった。
(時間が足りない......!)
あやめは焦りを押し殺しながら、必死に最適解を探る。
だが、相手の手札を完全に把握できていない以上、完璧な対策など立てられるはずもない。
「......ここまでみたいだね。」
吉祥寺が時計を見やって呟く。
時間ギリギリまで調整していたが、とても万全とは言えない。それでも、現状で出せる限界の調整だった。
栞は小さく頷き、CADを受け取る。
「十分よ。ありがとう。」
その声音に迷いはなかった。
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準決勝、栞と雫の試合は、開始直後から激しい応酬となった。
クレーが次々と空を舞う中、栞は持ち前の空間把握能力を活かし、正確に標的を捉えていく。演算、発動、連鎖――すべてが淀みなく繋がっている。
一方で雫は、収束魔法によって空間干渉を引き起こし、クレーの軌道を微妙に逸らしていた。
その影響は僅かだが、確実に結果へと現れる。
(やっぱり......!)
観客席から見守るあやめは、両手をギュッと握りしめた。対策は間違っていなかった。だが――足りない。
雫のCADは汎用型。つまり、起動式の数が圧倒的に多い。多様な起動式を高速で切り替えることで、軌道干渉のパターンが読めない。できるだけ栞の負担を減らせるように調整はしたものの、オーバーワーク気味であることは否めなかった。その結果、栞の再計算にわずかな遅れが生じる。そして、その僅かが致命的だった。さらに、栞の魔法は規模の大きな魔法式であるがゆえに消耗が激しい。
再計算と再構築を繰り返すたびに、栞の魔法演算領域に負荷が蓄積していく。
――そんな栞の様子を、後方から静かに見つめる視線があった。
(......気づかれたか。)
達也はわずかに目を細めた。どうやら第三高校側は、雫のCADが汎用型であることに気づいていたようだった。
(だが......対策は間に合わなかったようだな。)
あの短時間でその事実に気づき、対策を練ったのは評価に値するが、起動式の数と構成、その運用を予測し対策を組み上げるには、時間が足りないはずだ。
(......持久戦になれば、いずれ崩れる。)
達也の予想通り、視線の先でわずかに栞の動きが鈍る。
(このままでは......押し切られる......!)
栞の焦りとは裏腹に、試合は止まらない。やがて、ミスも増え打ち漏らしが現れ始めた。
観客全員が息をのんで見守る中、試合終了の合図が鳴る。静まり返る会場の中、モニターに勝者の名前が表示された。
栞はその場に立ったまま、小さく息を吐く。悔しさはある。だが、悪くない気持ちだった。
「……完敗ね。」