準決勝で雫に敗れた栞は、雫との試合での消耗が激しかったこともあり、続く三位決定戦で第一高校の選手にあと一歩のところで及ばず、連敗という形で四位の座に収まった。
試合後の栞は悔しさを滲ませながらも、どこか納得したように静かに結果を受け入れていた。
だが――その裏で、別の意味で大きな衝撃を受けている者がいた。
午後、第三高校貸し切りの会議室にて新人戦に出場している一年生たちが集められていた。
室内には第一高校の快進撃の影響か、どこか押し潰されそうな重苦しい空気が漂っている。誰もが口数少なく、新人戦女子スピード・シューティング表彰台を第一高校が独占という結果を引きずっているのは明らかだった。
「じゃあ将輝、一高のアレは彼女たちの個人技能によるものではないってことか?」
将輝は向けられた視線の全てにゆっくりと頷いた。
「確かに優勝した北山って子の魔法力は卓越していたが、他の二人はそれほど飛びぬけて優れているという感じは受けなかった。実力だけなら、二位、三位までも独占されるという結果にはならなかったはずだ。」
「それに、バトル・ボードは今のところウチが優位なんだから、一高のレベルが今年の一年だけ特に高いとは思えないよ。」
吉祥寺が端末に表示された戦績データを見ながら補足する。その声は冷静を装っていたが、どこか覇気に欠けていた。
新人戦バトル・ボードだけの戦績で言うならば、第三高校は男女合わせて三名が予選突破、第一高校は男女合わせて二名が突破と数字上は優勢を保っている。
それでもなお、この場の空気が重いのは新人戦女子スピード・シューティングで見せつけられた差があまりにも鮮烈だったからだ。
「ジョージの言う通り、選手のレベルでは負けていない。とすれば、選手のレベル以外の要因がある。」
吉祥寺は将輝の言葉を聞きながら、悔しさにこぶしを握り締めていた。
「その要因って何なんだ?」
男子生徒の問いに将輝は一瞬、気遣わしげに吉祥寺の方を見たがすぐに男子生徒に視線を戻した。
「エンジニアだと、俺たちは考えている。」
栞の試合後、吉祥寺とあやめは将輝に情報を共有し、話し合った。その結果、三人は一つの結論に至っていた。
「エンジニア?」
首を傾げる面々にあやめが立ち上がって説明する。
「北山選手が使っていたデバイスは特化型ではなく、汎用型でした。特化型と誤認させることで、対応を鈍らせていたと考えられます。」
あやめの静かな説明は将輝たちを除く一年生たちに大きな衝撃をもたらしていた。
「そんな、だって照準補助がついていたわよ......?!」
「そんなデバイス聞いたことが......。」
湧き出る反論を将輝は極めて冷静に受け止めた。
「確かに市販はされていないが、汎用型デバイスと照準補助を一体化させた実例はある。」
未だに信じられないといった様子の面々にダメ押しを口にしたのはそれまで黙っていた吉祥寺だった。
「去年の夏にデュッセンドルフで発表された新技術だよ。」
「去年の夏?!最新技術じゃねえか!!」
驚愕に染まる会議室の空気を一新するためか、女子生徒がつとめて明るい声をかける。
「吉祥寺くんはよく知ってたわね。流石は私たちのブレーンだわ......!」
口々に吉祥寺を誉めそやす声が聞こえる中、吉祥寺は依然として曇った表情のまま落ち込んだ顔をしている。
「うん......でも、デュッセンドルフで公表された試作品は実用に耐えるレベルじゃなかったはずなんだ。動作は鈍いし、精度は低いし本当にただ繋げただけの、技術的意味しか持たない実験品だったんだ。」
自身の知識量にある程度自負を持っていたからこそショックが大きいのだろう。吉祥寺のセリフは悔しさが籠っていた。
「だが、今回北山選手が使っていたデバイスはその実験品を遥かに超える出来だった。それが全てエンジニアの腕で成り立っているのなら、到底高校生のレベルじゃない、一種のバケモノだ。」
「一条君がそこまで言う相手だなんて......。」
悲観的な顔で女子生徒が俯く。恐らくは将輝の熱狂的なファンなのだろう、憧れの将輝がそんな風に称する相手に勝てるのだろうかと不安に表情を陰らせている。
「一人のエンジニアが全ての競技を担当するのは物理的に不可能ですが......。」
「そいつが担当する競技は今後も苦戦を免れないだろうな......。少なくともデバイス面で二、三世代分のハンデを負っていると考えて臨むべきだ。」
あやめの言葉を引き継いだ将輝の不吉としか言えない予言は会議室に重苦しい沈黙を招いた。
誰もが言葉を失っていた。デバイスという目に見えない差を突きつけられたことで、どう戦えばいいのか分からなくなっていたからだ。
その中で、普段は将輝と共にチームメイトを鼓舞する側の吉祥寺は、明確に視線を落としていた。拳を膝の上で握り締め、何も言わない。知っていたはずの知識を役立てることができず、その上あやめが気づかなければ試合が開始するまで雫のデバイスの正体に気付けていなかったことがかなり堪えていたようだった。
「......。」
あやめは吉祥寺の様子を横目で見て、心配そうに眉根を寄せる。
やがて、話題を変えるために将輝が軽く手を叩き、一人一人を見渡すように視線を巡らせる。
「だが、技術で劣るならそれを超える実力で勝てば良いだけの話だ。そのための力が俺たちにはある。」
将輝の鶴の一声で、張り詰めていた空気が緩み、やがて会議室に活気が戻ってくる。
それでも――吉祥寺だけは、まだ動かなかった。拳を握り締めたまま、視線を落とし続けている。
「三矢さん、少しいいか。」
会議が解散となりそれぞれが席を立つ中、将輝が小さな声であやめを呼び止めた。
「はい。」
会議室の隅へと移動し、周囲に聞こえないように更に声を落とす。将輝の視線の先には、肩を落として会議室から出ていく吉祥寺の姿があった。
「あのままだと、午後の試合に影響が出る。男子スピード・シューティングはジョージが軸だ。調子を取り戻してもらわないとまずい。」
少しの間をおいて、将輝はあやめに向き直る。
「悪いが、ジョージを頼めないか?」
「......私が、ですか?」
「頼む。」
将輝と吉祥寺は長い付き合いだし、自分よりも将輝の励ましの方が響くのではとあやめは首を傾げたが、将輝は任せたと言わんばかりに頷いていた。
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天幕の前で、待ち伏せていたあやめはやって来た吉祥寺を軽く手を挙げて呼び止めた。
「真紅郎くん」
「……あ、あやめちゃん。」
顔を上げた吉祥寺は、どこか気まずそうに視線を逸らす。
「ごめん、ちょっと考え事してて......。」
「少し、お時間いいですか?」
柔らかな声に吉祥寺の背筋がわずかに伸びる。
「......う、うん。」
あやめに手招きされて吉祥寺は天幕の裏に移動した。
人通りはないが、天幕の方から同級生たちの声が聞こえる。別にやましいことはしていないが、二人きりという状況に妙な意識が働き吉祥寺の心拍はじわじわと早くなっていった。
「試合前なのに、すみません。でも、何か落ち込んでるみたいだったので。」
あやめは吉祥寺の隣に立って少し距離を詰め、吉祥寺の顔を覗き込むようにして言った。その仕草がやけに近くて、吉祥寺は思わず視線を泳がせる。
しかし、黙秘することもできず逃げ場を失った吉祥寺は、観念したように小さく息を吐いた。
「......今こんなこと考えてる場合じゃないって分かってるんだけどね。」
心配そうなあやめの表情に吉祥寺は苦笑いを浮かべた。
「天才だとか、ブレーンだとか言われて持ち上げられておきながら、北山選手のデバイスが汎用型だって気づけなかった。あやめちゃんがいなかったら特化型だって思い込んだまま、対策を組んでたと思う。」
悔しさと、情けなさが滲む声だった。
「知識があるつもりで、実際は何も見えてなかった。思いあがってたんだ......僕。」
俯く吉祥寺の前で、あやめは少しだけ目を細める。
「そんなことないと思いますよ。」
吉祥寺の正面に立ってあやめは優しく吉祥寺の手をとった。
「私一人だったら確信は持てませんでしたし、CADの調整だってできませんでした。だから、そんな風に、自分を否定しないでください。」
ね、と両手を握られて吉祥寺の思考が一瞬止まり、茹で上がったタコのような顔色に変わっていく。
「......私、精一杯サポートしますから、午後の試合頑張ってくださいね。」
激励し慣れていないあやめが若干疑問形な応援の言葉をかけてふわりと笑う。
吉祥寺は数秒固まったあと、大きく頷いた。
「......う、うん。」
顔はまだ少し赤いままだったが、その目に迷いはなかった。
「ありがとう、あやめちゃん。」
先ほどまでの陰りは消え、代わりに強い闘志が宿っている。
あやめはその様子を見て、ほっと胸を撫で下ろした。
陰で静かに二人の様子を見守っていた将輝は親友の現金さに呆れつつ、微笑みを浮かべていた。