魔法科高校の飛び級生   作:湯っ娘

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第十七話

 九校戦五日目、新人戦二日目。

 今日行われる試合は新人戦クラウド・ボールとアイス・ピラーズ・ブレイクで、ついにあやめと愛梨と将輝が試合に出場する。

 愛梨と将輝は然程緊張を覚えていないようで朝から元気な一方、あやめはいかにも緊張していますといった顔で青ざめていた。

「......三矢さん、顔色が悪いわよ。大丈夫?」

 そんな様子を見かねた上級生の一人が心配そうにあやめに声をかける。

「は、はい。大丈夫です......。」

 あやめはそう答えるものの、その声には明らかに力がなかった。

 覚悟を決めたとはいえ、まだあやめの中には十師族として負けることは許されないという強迫観念が強くある。それ故に試合に対する緊張と追い立てられるような焦燥感がないまぜになり、端的に言って今のあやめの体調は最悪だった。

 負けてはならないという思いが、まるで呪いのように心の内側で反響する。誰かに負けてはならないなどと言われたわけではない。だが、十師族という肩書きそのものが、あやめにそう囁き続けていた。  

 しかし、不幸中の幸いか、あやめの第一試合は午後からだ。有力選手が本調子を出せずに潰れるという最悪のシナリオを回避するため、上級生たちに感覚遮断カプセルで仮眠を取るように強く勧められたあやめは素直にそれに従い、昼休憩まで仮眠を取ることにした。

 

---

 

 やや長めの仮眠を済ませたあやめは、カプセルから出るとゆっくりと深呼吸をした。完全に緊張が消えたわけではなかったが、それでも睡眠不足が解消された分、朝よりは確実に頭が軽く感じられた。

「あやめちゃん、体調はどう?大丈夫?」

 恐らくあやめが仮眠を終えて出てくるのを待っていたのだろう、部屋の外にいた吉祥寺が心配そうに走り寄った。

「はい。朝よりはだいぶ良くなりました。」

 あやめの表情はまだ硬いが、朝よりはかなりマシだった。朝は青を通り越して緑色になりかけていた顔色に赤みが戻っている。

「ならよかった。お昼はどうする?何か買ってこようか?」

「いえ、大丈夫です。ちょっと外の空気を吸うついでに何か食べてきますね。」

「なら、僕も......。」

 吉祥寺の言葉を打ち切るようにしてあやめは首を横に振った。

「少し、一人になりたいので。」

 珍しいあやめの拒絶に吉祥寺は少し肩を落としたが、精神統一の時間も必要だろうとすぐに頷いた。

「そっか、分かった。」

「すみません。」

 そうしてあやめは、一人歩き出した。通路を抜けて、会場の外へと進む。試合の熱気と歓声から少し距離を置くと、不思議と呼吸がしやすくなった。

 かといって問題なく昼食をとれるほどに全快はしていなかったため、何となく目に留まったジェラートしかあやめは口にできなかった。冷たい甘さが口中に広がる。しかし、その味をきちんと感じ取る余裕が彼女にはまだなかった。

 噂によるとクラウド・ボールでは愛梨が優勝したらしい。それは喜ばしいことなのだが、自然と自分も優勝を期待されてしまうのだろうと意識してしまう。

(もうすぐ......私の試合。)

 その事実を認識した瞬間、胸の奥がきゅっと締め付けられる。さっきまで落ち着いていたはずの鼓動が、再び早くなっていく。耳の奥で、自分の心臓の音がやけに大きく響いた。

「はぁ......。」

 人気のない通路に移動して壁によりかかっていたその時だった。

「おい、あんた。どうしたんだ、大丈夫か?」

 不意に後ろから声をかけられ振り向くと、そこには第一高校の制服を着た青年が立っていた。

「え......あ、はい。」

 あやめはいきなり見知らぬ他校の生徒に話しかけられた驚きに目を瞬かせたがすぐに姿勢を正して青年に向き直った。

 青年は手に持っていた水のペットボトルをあやめに手渡す。

「熱中症か?体調が悪いなら、救護室まで案内するぜ?」

 一瞬たちの悪いナンパかと考えてしまったあやめだったが、青年の様子を見てすぐに純粋に善意なのだろうと考え直した。

 どうやら顔色の悪いあやめを心配して水を買ってきてくれたらしい。見ず知らずの、しかもライバル校の選手に親切にしてくれる青年にあやめは素直に好感を覚えていた。

「ご心配をおかけして申し訳ありません。試合前で緊張していただけなので、お気になさらず......。」

 あやめが首を横に振ると、今まで気付いていなかったのか、青年はあやめの制服を見て納得したように頷いた。

「あぁ、そうだったのか。悪いな、早とちりしちまって。」

「いえ、お水までもらってしまってすみませんでした。おいくらでしたか、お支払いしますから......。」

 あやめが深々と頭を下げると、青年は肩をすくめた。

「気にすんなって、俺が勝手にしただけだからよ。」

 朗らかな青年の陽気に当てられてか、あやめの鬱屈とした気分は先程よりも晴れていた。

「レオ〜!あんた勝手にどっかいくんじゃないわよ!」

 遠くから声が聞こえたかと思えば、青年の友人だろうか、数人の第一高校の生徒たちが集まってくる。

 そして、その中に――見覚えのある姿があった。

 達也を目にした瞬間、あやめの背筋に冷たいものが走る。あの時感じた、説明のつかない畏怖。理屈ではない。本能的な拒否感。考えるより先に、身体が動いていた。

「あの、お水ありがとうございました!このご恩はいつか必ずお返しします。それでは、私はこれから試合があるので、失礼いたします。」

 青年にだけ深く頭を下げて、あやめは一目散にその場を去った。

 まるで逃げるようなあやめの態度に青年は若干首を傾げつつ、遠ざかっていくあやめの背中を見送った。

 

「で?あんた他校の生徒に何してたのよ。」

 腰に手を当てたまま、鋭い視線を向ける少女が一人。

 ジト目で睨みつけてくるエリカに、レオは何故そんな視線を向けられているのかと心外な顔をしている。

「何って......ちょっと声かけてたんだよ。」

「は?声かけたって......あんた、まさかナンパでもしてたんじゃないでしょうね?」

 呆れ半分、疑い半分といった口調のエリカに説明が足りなかったとレオは即座に顔をしかめた。

「してねえよ!普通に体調悪そうだったから大丈夫かって声かけただけだっつーの。」

「はいはい、そういう言い訳は聞き飽きてるわ。」

「いやマジで違うからな!?」

 半ば本気で否定するレオに、周囲から小さな笑いが漏れる。

 そんなやり取りを横目に見ながら、静かに口を開いたのはほのかだった。

「でも、中々不思議な偶然ですよね。」

「え?偶然って?」

 ほのかの言葉にレオが首を傾げると雫がまさか知らないで話しかけていたのかと目を瞬かせた。

「あの子、第三高校の三矢あやめさん。今回の新人戦、アイス・ピラーズ・ブレイクの優勝候補だよ。」

 レオだけでなく、エリカや美月、幹比古もあやめのことをただの三高の女子生徒だと思っていたようで表情が驚きに染まる。

「三矢って......あの三矢?」

「そう。」

 エリカの疑問は的を射ないものだったが、雫にはきちんと十師族の三矢家なのか、という意味だと伝わったようだ。

 レオは半ば信じがたいという顔で首をひねった。

「全然そんな風に見えなかったぞ......。」

 レオの頭に浮かぶのは、壁にもたれて小さく息をついていたあやめのどこか追い詰められているような、余裕のない表情だった。

 同じ十師族の真由美や十文字には遠目からでも強者の余裕というものがありありと感じられたが、あやめはその真逆で今にも押しつぶされてしまいそうなか弱さがあった。

「顔色も悪かったし、完全に具合悪い奴って感じだったけどな。」

「緊張されていたんじゃないでしょうか?」

 何となくあやめに親近感が湧いたのか美月は同情的な表情を浮かべていた。

「十師族っていや、トップクラスの実力者だろ?あんなガチガチに緊張するもんなのか?」

 レオの問いに、一同は一瞬だけ考える素振りを見せる。

「まぁ、人によるんじゃない?」

 エリカが簡潔に答えたが、レオの中には引っかかりが残っていた。

 確かに試合前の選手なら緊張するのは普通だが、あやめのそれはどこか追い詰められているような空気だった。

 レオはあやめが去っていった方向に目をやったが、すでにその姿は見えない。

 それでも――

「ま、無理しなきゃいいけどな。」

 ぽつりと、誰に聞かせるでもなく呟いた。

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