魔法科高校の飛び級生   作:湯っ娘

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第十八話

 あやめにとって第一試合が始まる前の控え室。

 昼休憩での一件が思わぬリフレッシュになったのか、比較的落ち着いた様子であやめは目を閉じ精神統一していた。

 集中するために控え室には誰も入れないようにしてほしいとお願いしたため、控え室に居るのはあやめ一人。あやめはCADの調整も自力でできるため、付き添いはいらないと断っていた。

 静謐な空気が漂う部屋にノックの音が響く。

「どうぞ。」

 あやめは目を開けて椅子から立ち上がり訪問者を出迎えた。

「あやめちゃん、そろそろ準備を......。」

 呼ばれたのを伝えにきてくれたのだろう、吉祥寺の言葉はあやめの姿を目にして不自然に途切れた。

 吉祥寺が呆気にとられるのもまぁ無理はないだろう。あやめの格好は九校戦のファッションショーと呼ばれるアイス・ピラーズ・ブレイクに出場する選手たちの衣装の中でも中々奇抜といえるものだった。

 上品な白を基調としたドレスは胸元から裾にかけて金の刺繍が施されており、流れるような曲線が彼女の体のラインを優雅に縁取っていた。首元には小さな宝石が控えめに輝き、決して華美ではないのに、どこか神聖さを感じさせている。そして何より顔を隠すようにかけられたヴェールが一層あやめを現実離れした様相に仕立て上げていた。

「どこか、変でしょうか......?」

 何も言わずにじっと自分を見つめる吉祥寺に、あやめが尋ねる。あやめは衣装を仕立ててくれた愛梨以外にはまだこの衣装を着て見せたことがない。そのため、どこかおかしな部分でもあったのだろうか、と不安げな表情を浮かべていた。

 あやめが首をかしげるとふわりとヴェールが揺れる。吉祥寺がその姿を改めて認識した瞬間、ふと浮かびかけたイメージにまたもや思考が止まる。慌てて何を妄想しているのかと頭を振ったが、一度浮かんでしまった印象は簡単には消えてくれない。自分に忘れろと言い聞かせて、あやめに動揺を悟られぬように平静を取り繕う。

「変じゃないよ。むしろ、その......綺麗だと思う。」

 尻すぼみな吉祥寺の誉め言葉にあやめは一瞬きょとんとした後、ほっとした様子で微笑んだ。

「ありがとうございます。」

 吉祥寺は軽く咳払いをして気持ちを切り替えると、改めて真剣な表情になる。

「緊張は、大丈夫そう?」

 あやめは一瞬だけ言葉を選ぶように沈黙した後、ゆっくりと頷いた。

「......はい。完全に、とは言えませんけれど。」

 その声音には、迷いはなかった。

「そっか。それなら大丈夫だね。」

 吉祥寺は安心したように微笑み、そして少しだけ照れくさそうにしながらも言葉を続けた。

「応援してる。あやめちゃんなら、絶対勝てるよ。」

 その言葉は決して大げさではなく、ただ真っ直ぐな信頼だった。

 あやめは一瞬だけ目を見開き、それから静かに頷く。

「はい。行って参ります。」

 その一言に、不安の色は残っていなかった。

 

---

 

「お、始まるみたいだな。」

 会場の観客席、レオが腕を組みながら、フィールドへと視線を向ける。その隣ではエリカたちもそれぞれの位置から見下ろしていた。

「流石に観客が多いな。」

「深雪に続いて優勝候補と言われるだけはあるわね。」

 そんな会話が交わされる中、ステージにあやめが上がると会場が一気に静まり返り、観客席に息を吞む音が漏れる。

 あやめが纏う白を基調としたドレスに施された金の刺繍が光を受けて淡く輝きを帯びた。

 まるで舞台の上の存在のように、現実離れした姿に観客たちは声も出せずに見惚れていた。

「同一人物......?」

 雫も呆気に取られた様子であやめを見ていた。

 レオも確信が持てない様子であやめを凝視している。

 つい先程まで、壁にもたれて今にも倒れそうだったあやめはまるで別人のように、凛とした立ち姿で試合開始を待っていた。

「オーラが......全然違う......。」

 美月が小さく呟く。

 顔を隠すように下ろされたヴェールで表情は伺い知れないが、それでも立ち姿だけで分かる。あやめから痛いほどに感じられた不安や脆さは、どこにも見当たらなかった。

「あの子が三矢あやめ......?」

「綺麗......。」

 あやめに見惚れているのは、対戦相手である第五高校の応援団でさえ例外ではなかった。

 本来ならば味方を鼓舞しているはずの声が、いつの間にか小さくなっていく。あやめの清廉なその姿は、ただそこにいるだけで場の空気を支配していた。

 結果として、第五高校の選手は、完全にアウェーな空気に呑まれてしまっていた。しかし、可哀想なことに試合は待ってくれない。容赦なく試合開始の合図がなされる。

 その次の瞬間。

「......速っ!?」

 レオが思わず声を上げた。

 あやめの魔法は、開始とほぼ同時に既に完成されていた。瞬きの間に氷柱が次々と薙ぎ倒され、破壊されていく。

 その一連の魔法は、まるであらかじめ決められていたかのように流麗だった。

「嘘......。」

 そう漏らしたのは一体誰だったか。

 相手選手も決して遅れているわけではない。むしろ、一般的に見れば十分に優秀な動きだ。

 だが――

「......レベルがまるで違う。」

 幹比古の呟きの通り、あやめの試合運びは圧倒的だった。使う魔法こそポピュラーな移動系統だが、技術、精度、速度、その全てにおいてあやめは一段どころか二段も三段も上にいる。

 気づけば勝負は既に決していた。

 相手選手が絶望の面持ちで膝をつく中、あやめは勝利を喜んでいる様子もなくフィールドを静かに見下ろしていた。

 あやめがこの試合のどこに緊張していたのかは一同には測りかねたが、ただ一つ、彼女がかなりの強敵として立ち塞がってくるであろうことは容易に想像できた。

 

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