第一話
「ちょっと早く着いちゃったね。少しベンチで休む?」
「そうしましょうか。」
国立魔法大学付属第三高校の入学式の少し前。入学式が行われる講堂から少し離れた並木道のベンチに一組の男女が腰を下ろしていた。二人とも新入生なのだろう。真新しい制服にエンブレムが春の光を受けてキラリと輝いている。
ベンチに座る女子生徒━━三矢あやめは、間近に迫る入学式に対してか緊張気味にため息をついた。
「大丈夫?体調が悪いなら...。」
憂鬱そうなあやめの様子を覗き込む男子生徒━━吉祥寺真紅郎は心配そうな顔をした。
「あ、いえ。緊張しているだけですから。」
あやめはお気になさらずと慌ててかぶりを振ったが吉祥寺はそんな様子に納得はしていないようで変わらず心配そうな顔をしていた。
「そう?何かあったらいつでも言ってね。」
「はい、ありがとうございます。その時は頼らせて貰いますね?」
あやめが微笑みかけると吉祥寺は頬を赤くして目を逸らした。
「そ、それはそうと、そんなにかしこまらなくてもいいって。僕はナンバーズじゃないし、年だって一つしか離れてないんだから。」
「お世話になっている方に粗雑な口を利くのは少し恐れ多いのですが...。」
実際、あやめは吉祥寺に借りが多い。第三高校に進学できたのは、彼の根回しがあったからでもあった。
「お世話になっているのはこっちもだよ。それに、第三高校では同じ一年生なんだからさ。まぁ、無理にとは言わないけど。」
「それでは、そうさせていただ...貰いま...ええと...。」
若干遠慮気味にあやめはタメ口で話そうとしたものの、丁寧な喋り方にしか慣れていないせいで、勝手が分からずどう言い換えれば良いのかと首をひねった。吉祥寺はそんな初々しい様を笑ってはいけないと思いつつも、堪えきれずにクツクツと笑い声を漏らす。
「もう。笑わないでください。」
あやめがムッとした顔をすると吉祥寺はごめんごめんと手を挙げてから近くにあった屋外時計をチラリと盗み見てベンチから立ち上がった。
「もう開場時間だ。そろそろ行こう。」
開場してからまだ十分と経っていないはずだが、入学式を心待ちにしていた新入生が多かったのだろう。二人が講堂に入った頃には六割方席が埋まっていた。二人がどこに座ろうかと辺りを見回していると前列の席から一人の金髪の女子生徒が立ち上がり二人に声をかけた。
「吉祥寺くん、よろしければお隣どうぞ。」
「あぁ、一色さん。じゃあお言葉に甘えて。」
吉祥寺が金髪の女子生徒の隣に座ったが、あやめは金髪の女子生徒のことを知っておらず若干困惑気味に男子生徒の隣に座った。しかし、金髪の女子生徒のお目当てはどうやらあやめの方だったらしく、あやめの顔を品定めするようにジロリと見やった。
「あなたが三矢さんね?お噂はかねがね聞いているわ。私は一色愛梨。こっちは、十七夜栞、四十九院沓子よ。」
「十七夜栞です。よろしく。」
「四十九院沓子じゃ。よろしくな!」
愛梨の隣に座る大人しめな印象のボブの女子生徒、栞は会釈を、栞の隣に座る活発な印象を受けるロングの女子生徒、沓子は元気よく手を振ってみせた。あやめは座ったままだと失礼かと考え、立ち上がって三人に向けてお辞儀をした。
「三矢あやめと申します。よろしくお願いいたします。」
あやめの洗練された所作に愛梨は満足気に頷いた。
「一条くんがいないということは、やはり彼が総代なのね。」
「あぁ、将輝ならきっと今頃スピーチの最終確認でもしてるんじゃないかな。」
一条将輝、十師族一条家に連なる魔法師である彼が十師族の名に恥じぬ成績で見事第三高校の総代を勝ち取ることは彼が第三高校に入学してくると知っている新入生誰もが察していたことだろう。その証拠に彼の美貌を間近で拝みたい女子生徒が真ん中の最前列に密集している。その女子生徒たちの中の一人が少し離れた所に座っている吉祥寺に目を向け、目を輝かせた。
「あ!あの人、カーディナル・ジョージじゃない!?」
「えー!あの!?」
カーディナル・ジョージこと吉祥寺真紅郎は弱冠13歳にして仮説上の存在だった基本コードの一つである加重系統プラスコードを発見した天才であり、その功績の大きさから彼のことを知っている魔法師は多く、女子生徒もその一人だったようだ。己に向けられる好奇の視線に吉祥寺は文句を言うわけにもいかず、居心地悪そうに眉をひそめていた。
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入学式が終わると五人はIDカードの交付の窓口に向かった。それぞれIDカードを受け取り終わると最後に受け取った吉祥寺があやめに駆け寄る。
「あやめちゃんは何組だった?」
「えっと、A組でした。」
「なら、一緒だね。良かった。将輝も多分同じかな。」
嬉しそうに微笑んでから、吉祥寺は人垣の中にいるであろう親友を見やった。そんな吉祥寺の様子に沓子は若干呆れ気味の顔をして己のIDカードを突きだした。
「ち、な、み、に、わしらも同じ組のようじゃな。」
あやめのことしか見えていないようだがと言外に指摘された吉祥寺は気まずそうに顔をそらした。
折角だからホームルームに行ってみようかと教室に行くともうそこにはA組の生徒が大体集まっていた。五人が教室に入ると愛梨と吉祥寺の二人に視線が集中する。吉祥寺はカーディナル・ジョージという異名で、愛梨はリーブル・エペーでの移動魔法を使った剣さばきの鋭さからエクレール・アイリという異名で知られていた。有名人二人の登場に教室内がにわかにざわめきだしたところで、二人の後ろに佇むあやめに気づいた生徒が呟いた。
「もしかしてあの子、三矢家の...?」
その一言で場が静まり返り、またざわめき出した。
「あの子が、飛び級の?」
「滅多に表に出ないっていう?」
あやめが困ったように眉を下げて俯くと、教室内の生徒全員の視線が入り口に向かった。
「ジョージ、おはよう。」
「将輝、おはよう。総代お疲れ様。」
将輝が教室内に入ると先程まで盛り上がっていた教室の話題は一気に一条将輝に一色に塗り替わる。その単純さに感謝しながらあやめはため息をついた。
「三矢さんもおはよう。」
「おはようございます、一条さん。」
将輝の挨拶にあやめは己を刺す女子生徒の視線を気にしつつ挨拶を返した。将輝が三矢と呼びかけたことであやめが三矢あやめであるという確証を得た生徒たち(主に男子生徒が)あやめを盗み見てはコソコソと盛り上がっている。それもそうだろう。幼気ながらも端麗な容姿だけでも人目を惹くというのに、十師族三矢家の令嬢、そして魔法科高校が開校されて初の飛び級入学生とくれば話題に上がるのは当然だ。あやめは再び自分に集まりだした視線にうんざりしながらも萎縮することなく立っていたが、やがて吉祥寺があやめに対する視線を遮るように彼女の前に立ち、心配そうに彼女を見つめた。
「大丈夫、疲れてない?」
「えっと、少しだけ。」
「ならもう帰ろう。今日は他に用もないし。」
本来ならもう少しクラスメートと交流を深めるべきなのだろうがこの様子では交流という交流もできそうにない。あやめが願ってもない申し出だと首肯したのを見てそれならばと吉祥寺はこっそりと将輝に尋ねた。
「将輝、僕らはもう帰るけど君はどうする?」
「あー、いや俺はもう少し残るよ。じゃあな二人とも。」
将輝はそれなら自分も一緒に帰ろうかと考えたところでこのままだと恐らくクラスメートも着いてくるだろうと気づき、首を横に振った。あやめは将輝が気を回してくれたことを察し、会釈して教室をあとにした。
校舎を出ると、春先の柔らかな風が二人の頬を撫でた。煩わしい視線の雨から解放され、あやめはようやく小さく息を吐く。
「...やはり、好奇の視線は避けられないものですね。」
漏らした声は、弱音というより事実確認に近い。吉祥寺は苦笑した。
「あやめちゃんの場合、注目を避けるのは無理だろうね。十師族、飛び級、魔法研究の成果、どれか一つでも十分なんだから。」
「どれも過大評価されているような気がしてしまいます......。」
本心は半分だけ。評価される立場であること十分に理解している。だが“過剰な期待”は、あやめにとって好ましいものではなかった。
「...真紅郎くんは、平気なのですか。」
「何が?」
「“カーディナル・ジョージ”と噂されることです。」
吉祥寺は少し肩をすくめた。
「平気というよりかは慣れた、かな。研究所でも似たような感じだし。」
その言葉にあやめは吉祥寺の苦労を感じて、苦笑した。
第三高校に入学するにあたってあやめは吉祥寺の根回しもあって研究者としての素質を見込まれ、吉祥寺も研究員として働いている金沢魔法理学研究所の特別研究員となった。高校生でありながら研究員でもあるという二人の立場は、研究所の中でも異質だ。
「そういえばすっかりお礼を言いそびれていました。先程は庇ってくださりありがとうございました。」
「あれくらい、当然だよ。」
吉祥寺はあやめの助けになれたのが嬉しかったのか、満足気な様子で微笑んでいる。
(本当に、便利な人...。)
あやめは失礼ながらそう思ったが、もちろん、口には出さなかった。
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駅に着いた二人は、二人乗りのキャビネットに乗り込んだ。乗り込むと同時に、外界の喧騒が遮断される。
「今日から高校生、ですね。」
人目がない場所にようやく辿り着いたあやめは、教室での気疲れを癒すようにシートに背を預けてしみじみと呟いた。
「あまり実感はないけどね。研究所のほうが本業みたいなものだし。」
学業との両立を憂いた吉祥寺のセリフにあやめはまたもや苦笑した。
「……魔法科高校は、やっぱり少し雰囲気が違いますね。」
外の景色をモニター越しに見つめながら、あやめは控えめに呟く。中学までは魔法師も魔法師ではない者も混ぜこぜになって勉学に励んでいたが、魔法科高校は魔法師しかいない。その分、十師族としての三矢あやめとして見られることが多くなる。
「……ずっと見られている感じがして。ちょっと、緊張しました。年上の方と同級生として同じ教室で過ごすのも、初めてですし...どう振る舞えばいいのか。」
あやめは不安な心情を表すように膝の上で手先をきゅっと握ってみせた。その仕草を見て安心させるように吉祥寺は穏やかに笑った。
「振る舞いなんて気にしなくていいよ。あやめちゃんはそのままで。」
「そのまま、ですか……?」
「うん。おどおどしてるところも含めて。」
「お、おどおどはしていません......!」
あやめが不満げに小さく抗議してみせるとそんなあやめの様子を愛おしげに吉祥寺は見つめた。
「僕も将輝もいるんだから、そんなに心配することはないよ。」
あやめは上手く庇護欲を誘えたようだと胸の奥で小さく笑ってそうですねと頷いた。
「……少しだけ、明日が楽しみです。」
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キャビネットが研究所の近くの停留区画へ滑り込む。
二人は降車し、並んで研究員寮へ向かった。
真上から降り注ぐ春の陽射しを見上げながら、あやめは歩調を少し緩める。
「あの……。」
エントランス前で立ち止まり、あやめは少し躊躇ったように視線を彷徨わせる。指先で制服の裾をぎゅっと握った。
「研究所でも、学校でも……きっと、たくさん助けていただくと思います。」
視線を上げ、吉祥寺を見つめる。
「明日からも...よろしくお願いします、真紅郎くん。」
ダメ押しのあやめのセリフに吉祥寺は少し驚いたように目を瞬かせて、それから優しく頷いた。
「こちらこそ。よろしく、あやめちゃん。」
「はい!」
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あやめが自室に帰り部屋の扉を閉めた瞬間、ようやく一人きりの時間が訪れる。
「……はぁ。」
あやめは思いきり息を吐き、ドアに背を預けた。そこには先程までの新しい環境に緊張している可憐な新入生の姿はなかった。
(順調。)
好意も、警戒も、距離感も。ある程度想定通り。
机の研究資料に視線を落とす。
「...明日からも頑張らないと。」
少女の高校生活は、静かに動き始めていた。