魔法科高校の飛び級生   作:湯っ娘

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第二十一話

「十七夜さんが負けた......?」

 雫との試合を終え、決勝に備えて休憩しているあやめの元に届いた吉祥寺からの一報は中々意外なものだった。

 昨日、アイス・ピラーズ・ブレイクでは表彰台に上がって見せると息巻いていた栞が負けるとはあやめは思っていなかった。栞の対戦相手である明智選手の対策は吉祥寺が手掛けたと聞いていたし、栞もかなりの実力者であるため決勝リーグまで上がってくるだろうと、予想していたのだ。

 あやめ以外の上級生も同じ星勘定をしていたようで、天幕内では獲得ポイントの見直しが行われていた。

「うん、といっても相手選手もうちと同じく試合後に倒れたそうだから、決勝リーグは恐らく司波選手とあやめちゃんの一騎打ちになるんじゃないかな。」

 吉祥寺のその予想通り、その後第一高校は英美をコンディションの不調を理由に棄権させ、その申し出を受けた大会委員会は新人戦女子アイス・ピラーズ・ブレイク決勝リーグを決勝戦に変更して、執り行うことにしたのだった。

 

---

 

 関係者席の最後列。真由美は辟易とした顔で満員の観客席を眺めていた。その両隣で摩利も十文字も似たり寄ったりな表情を浮かべている。

 後輩たる深雪の優勝がかかった試合なのに三人が浮かない顔をしているのは、いくら決勝戦とはいえ、些か集まりすぎの印象のある観客の真の目的が分かりきっているからなのだろう。

 この決勝戦の対戦カードである深雪とあやめはどちらもこの競技の優勝候補として名高く、容姿も整っており観客ホイホイな側面は否めないが、観客が注目しているのはそこだけではなかった。

 あやめが十師族の天才魔法師と界隈外にもそこそこ有名なのに対して深雪は九校戦が始まるまでは無名の魔法師であり、三回戦であやめに敗れた雫と同じ高校の生徒だ。その情報を知った観客たちは、一般魔法師の少女が敗れた同級生の仇を取るべく天才に挑む、という絵に描いたような青春を思い描いていた。あやめにも栞という三回戦で敗れた同級生がいるのだが、それでも第一高校側に観客が多く付いたのは、深雪の衣装に対してあやめの衣装がどちらかといえば敵役に見えたからなのだろう。

 そんな適当な理由で自校を応援する観客たちに真由美たちは冷ややかだった。

 尤も、二人の試合を勝手な想像で三流ストーリーに仕立て上げられたと感じているのは真由美たちだけではなかったようで、当の雫もこの状況に不満気な顔で関係者席に座っている。

 あやめとの試合の後、雫は確かに深雪に激励の言葉をかけたが、それは決して敵討ちを願うものではない。何も関係のない深雪の勝負に自分の私情を入れ込む程、雫は傲慢ではなかった。

 それでも観客のざわめきは、そんな当人たちの思いなどお構いなしに膨れ上がっていく。

 嫌な空気だ、と雫はため息をついた。しかし、すぐに先程送り出してきた深雪の様子を思い出して、わずかに口元を緩める。

(深雪なら、大丈夫。)

『これより、新人戦女子アイス・ピラーズ・ブレイク決勝戦を開始します』

 やがて、場内アナウンスが響くと観客の視線が一斉にフィールドへと注がれた。

 二人の少女が櫓に上がると、二人が放つプレッシャーに押されてか観客席が静まり返る。

 そんな中、ふわりと風にたなびくヴェールを抑えてあやめは静かに前を向いた。

 その対面では深雪もまた、静かにあやめを見据えていた。透き通るような瞳に揺らぎはなく、ただ淡々と勝負が始まるのを待っている。

 数秒後、開始を予告するライトが灯った。

 観客たちの緊張感が高まっていく中、ライトが色を変えて試合開始を告げた次の瞬間、魔法が撃ち出される。

 深雪の陣地が氷炎地獄によって極寒の冷気に包まれる中、あやめは領域干渉で自陣に向けられた氷炎地獄を不発に終わらせた。

 それと同時に、自陣の氷柱を三本倒して移動魔法を接続――ストーム・ドライブによる射出準備を整える。

 しかし、あやめが砲弾のように撃ち出した氷塊は深雪の減速領域に捉えられ、その速度を鈍らせた。完全には止まらず氷柱にひび割れを入れたものの、その威力は致命打には届かない。

 お互いの魔法の一手先を読みブロックしながら攻撃に転じる二人の試合は到底新人戦とは思えないものだった。

 深雪もあやめも相手に決定打を与えることができず試合が進む。しかし、決定打がないとはいえ後手後手に回ってしまっているのはあやめで、現状深雪の方が優勢なのは誰の目にも明らかだった。

「――っ!」

 焦れたあやめはついに大技を繰り出しにかかった。領域干渉を中断して、情報強化のみを自陣にかけて、魔法を練り出す。

 その隙を深雪が見過ごすことはなく、あやめの陣地に再び深雪の氷炎地獄が繰り出された。灼熱があやめの陣地を包む一方で極寒の冷気が深雪の陣地を守る。

 だが、次の瞬間あやめの手刀が閃き、深雪の陣地、前列四本の氷柱が一斉に薙ぎ倒された。

 これまで倒されることの無かった深雪の氷柱を一斉に四本も倒したあやめに観客たちが思わず驚きの声を漏らす。

 続いてまた構えたあやめを見て深雪は自陣の氷柱に情報強化をかけた。氷柱の崩れ方からしてあやめが加重系統の魔法を使ったのは明らかだった。これでもう同じ手は使えない、という深雪の予想に反してあやめの魔法は再び深雪の氷柱を捉えた。しかし、先程とは違い次列の二本は崩れたが残り二本はひび割れが入っただけで倒れはしていない。

「なに、あの魔法......。」

 思わず漏れた真由美の疑問に答えたのは十文字だった。

「恐らく、氷柱に斥力を発生させるのではなく、氷柱の手前に斥力を発生させる魔法なんだろう。」

 十文字の回答に真由美は首を傾げた。摩利も分からなかったようで十文字に更なる質問を投げかける。

「なんでそんな面倒な魔法を使うんだ?普通に氷柱に斥力を発生させればあんな風に外すこともないだろうに。」

 摩利の言う通り、氷柱の手前に斥力を発生させるとなると氷柱に斥力を発生させる魔法と比べて照準がかなり難しくなる。あやめは照準を手刀である程度補強していたが、無理があったのだろう、最初の一撃目は最初に射出した氷塊によってできたひび割れが効いて破壊できたのだろうが、二撃目は明らかに照準が外れていたこともありイマイチな威力だった。

「撹乱、だろうな。」

 十文字の答えは簡潔だったが、それだけで真由美と摩利は十文字が言わんとすることを理解した。

「なるほどね。破城槌のアレンジって勘違いさせたわけか。」

「不可視の弾丸のアレンジっていう可能性もあったしな、勘違いするのも無理はないだろうさ。」

 真由美と摩利の言う通り、深雪はあやめの使った魔法の正体を破城槌のアレンジ、もしくは不可視の弾丸のアレンジのどちらかだと予測していた。

 あやめと同高の吉祥寺真紅郎が不可視の弾丸を得意魔法としているのはスピード・シューティングで判明している。吉祥寺があやめにアレンジした不可視の弾丸を伝授した可能性を深雪は最初に考えていた。しかし、あやめの顔を覆うヴェールは不可視の弾丸を使うにあたって必要な作用点の視認を妨げている。となれば、答えは破城槌のアレンジ一択だった。

 対象物の一つの面に加重がかかるようにエイドスを書き換える破城槌は情報強化で対処可能。だからこそ、深雪は情報強化であやめの魔法を封じたと思い込んでいた。

 情報強化を掻い潜って薙ぎ倒された氷柱を見て深雪は驚きに目を見開いた。

 その隙にあやめが更に畳み掛ける。しかし、やはり照準が定まらない。

 本来ならば衣装のヴェールをあげて視界をハッキリさせるべきなのだろうが、このヴェールはあやめが観客の視線を意識せずに集中して試合に臨むための一種の洗脳装置のような役割がある。故に外したくても外せないのだ。

 こうしているうちにも深雪の氷炎地獄があやめの陣地を焼き尽くしている。情報強化で氷柱自体の加熱は阻止できても、加熱された空気での融解は止められない。領域干渉を維持しながら攻撃に転じるのが最善策だが、ただでさえ照準が定まらず使いこなせていない魔法を領域干渉を維持しながら使うことはあやめには不可能だった。

 あやめは追い込まれていることを自覚し、冷や汗が額に流れるのを感じた。

 深雪の陣地は残り四本なのに対してあやめの陣地はあやめ自身が倒した三本を除いて健在、観客からすればあやめが優勢に見えるだろうが、あやめに言わせてみれば全く真逆の状況だった。

 氷炎地獄、減速領域という二つの魔法を目にして、あやめは深雪が振動・減速系統の魔法を得意としていると理解した。それを踏まえて氷炎地獄という高等魔法を操る深雪がこれから使ってくるであろう魔法にあやめはもう見当がついていた。

 だからこそ、その魔法を深雪が使う前にトドメを刺す必要がある。

 しかし、あやめの猛攻を受けた深雪は氷炎地獄を中断し、ついにあやめの恐れていた次の札を切った。

 深雪の陣地がたちまち白い霧に覆われる。広域冷却魔法、ニブルヘイムだ。

「くっ......!」

 慌ててあやめは自陣にその冷気を入れないように魔法を展開するが、大技の連発による疲労のせいだろうか、完全な遮断には至らず、あやめの陣地にもわずかな影響が及んだ。

 あやめの陣地の氷柱の表面に液体窒素の水滴が付着し、根元にわずかな水溜まりを作っている。

 このまま深雪は氷炎地獄を再展開しそれによる急激な加熱で液体窒素を気化させるつもりだ。そうなれば、あやめの氷柱の全壊は確実。しかし、もう一度深雪の魔法を妨げる領域干渉を展開できるほどの余力が自分にはないことをあやめは理解していた。深雪もあやめが限界に達しかけているのは薄々察している。

 深雪の氷炎地獄が先に発動するか、それともあやめの魔法が深雪の陣地を全壊させるか。

 互いに、最後の一手を解き放とうとした――その瞬間。

 観客席のどこかから放たれた光が、フィールドをかすめた。

 世界が弾ける感覚と共に轟音と衝撃がもたらされる。

 観客たちは深雪とあやめの魔法が起こした衝撃波に反射的に目をつむった。

 

 そして、観客たちが目をあけるころには、フィールドの氷柱は一本残らず破壊されていた。

 

 

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