魔法科高校の飛び級生   作:湯っ娘

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第二十二話

 あやめと深雪が激闘を繰り広げた少し後、第一高校の天幕は深雪が『新人戦女子アイス・ピラーズ・ブレイク優勝』という快挙をあげたにも関わらず、お祝いムードとはかけ離れた微妙な空気感に包まれていた。

 深雪が天幕に戻ってきた時こそ、雫とほのかを筆頭とする一年の女子生徒たちが彼女を囲み、口々に優勝を祝っていたのだが、その中心にいる深雪の表情がどこか晴れないものであることに気付くと、次第にその熱を落ち着かせていった。祝福の声もどこか遠慮がちになり、やがて自然と会話は途切れていく。

 そんなこともあり、天幕内はイマイチお祝いムードに乗り切れずにいた。

 深雪自身も気を遣われているとは感じていて、表面上は穏やかに微笑みを浮かべているが、その表情はやはりどこか硬い。

 達也はそんな妹の様子を見かねて、静かに口を開いた。

「納得がいかないか。」

「......はい。」

 深雪は反射的に否定しようと口を開いたものの、全てを見透かしたような兄の瞳を見て、静かに視線を落として俯いた。

 深雪が己の優勝を喜べずにいるのは、決勝戦の終わり方があまり気持ちの良いものではなかったからだった。

 というのも試合終盤にあやめに対する妨害行為があったのだ。

 最後の一瞬、観客席から放たれた光が、あやめの視界を阻むように直撃していた。

 一瞬の出来事だったため、試合に集中していた深雪には何の光なのかは察知できなかったが、あれは明らかな妨害行為。本来ならば無効試合となってもう一度やり直しになるのだが、あやめにもう一度試合を行う余裕がないのは分かりきっていたし、手の内が明かされた状態での再試合はあやめに分が悪すぎる。

 もし妨害行為が深雪にも影響していたならお相子ということでお茶を濁せたのだが、観客席から放たれた光はあやめにのみ直撃しており、深雪には一切の影響がなかった。

 その上妨害は、実はあやめを狙ったものではなく深雪を狙っていたもので、観客の不審な動きに気づいた大会スタッフが慌てて取り押さえようとしたところ、暴発した光が偶然あやめに当たってしまった、というのが事の真相だった。

 つまるところ、あやめは完全なとばっちりを受けていた。

 大会スタッフもまさかこんなことが起こるとは思っていなかったのだろう。長い審議の末、告げられたのが深雪の優勝だった。

 そういう経緯で優勝の座に収まった深雪としては、この結果に納得がいくはずもなく。この結果に不満を募らせていた。

「最後のあれは......明らかな妨害行為です。あの影響がなければ――」

 深雪の言葉が、そこで途切れる。

 だが、その言葉の先を達也たちは言葉にせずとも理解していた。 達也としては妨害が無かろうと深雪が勝っていたと断言できるのだが、妹がそんな言葉を求めているわけではないことは達也にも分かっていた。

「......だから、素直に喜ぶことはできません。」

 小さく呟く深雪に、その場の全員が言葉を失う。

 天幕に流れかけた気まずい沈黙を破ったのは真由美だった。

「そう気にする必要はないわよ。深雪さんの責任じゃないわ。」

 真由美の言い分は最もで、周囲の生徒たちも同意するように頷いたが、深雪の表情は、依然と変わらない。

「ですが――」

「それにね。」

 深雪の言葉を遮って、真由美は少しだけ真剣な表情になった。

「きっとあやめさんも納得してのことよ。さっきの審議、かなり揉めてたでしょう?妨害が入ってる以上、このまま判定は出せないって。」

 真由美は少しだけ視線を横に流し、続ける。

「あの時、多分......あやめさんが何か口添えしたんでしょうね。そうじゃなきゃ第三高校側から抗議があったでしょうから。」

 静かに告げられたその言葉に、室内の空気が止まった。今回、最も理不尽な被害を受けたのは、他でもないあやめだ。その彼女が勝ちを譲った、となれば驚くのも無理はない。

「そんな......。」

「だから、深雪さんが気にすることはないわ。」

 真由美の慰めに、深雪はゆっくりと首を横に振り静かに顔を上げた。

 その瞳には、はっきりとした意思が宿っていた。

「......このままでは納得できません。三矢選手と話をしたいと思うのですが。」

 深雪はチラリと伺いを立てるように真由美を見た。真由美も何となくこの展開になるのが読めていたのか、それとも少なからずあやめに同情していたのか、肩をすくめて仕方ないといった顔で了承の意を示した。深雪ならば他校とトラブルになることもないだろうという信頼もあったのかもしれない。

 しかし、その後深雪たちの元に届けられたのはあやめが救護室に運ばれたという報せだった。

 

 

 少し時を戻して試合直後。

『――第一高校・司波深雪選手の勝利です!』

 試合終了のアナウンスと歓声の余韻がまだ競技場に残る中、あやめは一人、静かに通路を歩いていた。

 足取りは普段と変わらないように見える。だが、その実大技の連発でかなり消耗したあやめの身体はすでに限界に近かった。

「――あやめちゃん!」

 背後から駆けてくる足音と声。振り向くまでもなく分かるその主にあやめは軽く振り返った。

「......真紅郎くん。」

 あやめの体調が悪いことは、モニタールームにいた吉祥寺には筒抜けだった。

 いや、あの試合を見ていた魔法師であれば、誰でも彼女の消耗の激しさは察していただろう。

 吉祥寺が心配そうにあやめに駆け寄った次の瞬間――あやめの身体が、ふらりと傾く。

「え、ちょっ――!?」

 慌ててあやめを受け止めた吉祥寺の腕の中に、彼女はそのまましなだれかかった。

 布越しにほのかに伝わる体温と、柔らかな感触に吉祥寺の顔がみるみる赤く染まっていく。心臓の音が耳元で鳴っているかのようにうるさい。

「ちょ、あやめちゃん!?だ、大丈夫!?その、えっと、あの......!」

 完全にテンパっている吉祥寺に対して、あやめは彼の肩に額を預けたまま、小さく息を吐いた。

「ごめんなさい、少しこのままで......。」

「い、いいけど!いいけど!?心臓がもたないっていうか......!」

 意味不明な返答を返しながらも、あやめを抱きしめる形になってしまった腕をどうするべきかと吉祥寺はパニック状態だった。

 一見、吉祥寺があやめを抱きしめているようにみえるその姿は知らない者が見たなら恋人同士の密会か何かだと勘違いしただろう。

 ほんの数秒の沈黙のあと、あやめはわずかに顔を上げた。

「......真紅郎くん。」

「は、はいっ!?」

「......ごめんなさい、私、ちょっと――」

 一瞬だけ言葉を切ってあやめは、

「......気絶します。」

そのまま意識を手放した。

「ちょっ!?あやめちゃん!?」

 力が抜けて完全に寄り掛かったあやめを抱えたまま、吉祥寺は真っ赤な顔で固まった後、

「だ、誰かー!?救護班ー!!」

ようやく叫んだ。

 

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