魔法科高校の飛び級生   作:湯っ娘

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第二十四話

 大会七日目、新人戦四日目。

 昨日の決勝戦での消耗を心配されていたあやめだったが、試合開始ギリギリまで感覚遮断カプセルで十分な休養を取っていたことで体力を十二分に回復させていた。肉体的な疲労はほぼ抜け落ち、身体の芯にはむしろ鋭さすら戻っている。指先の感覚は冴え渡り、魔法の展開にも一切の淀みはない。

 今日はあやめの出場するミラージ・バットと並行して吉祥寺と将輝が出場するモノリス・コードの予選が行われる。そのため、いつもならあやめにマネージャーの如く張り付いていた吉祥寺は今回ばかりは自分の試合に集中して欲しいとあやめに追い返されていた。その代わりなのか今日は愛梨があやめのサポート役を買って出ている。

「体調はどう?昨日倒れたばかりなんだから無理は禁物よ。」

 昨日の深雪との一件で泣き腫らして帰ってきたあやめに姐心を刺激されたのか、愛梨はやたらと甲斐甲斐しくあやめの世話を焼くようになっていた。必要以上に距離が近く、些細な変化にもすぐに気付いて声をかけてくる。その視線には、心配と同時にどこか放っておけないものを見るような色も混じっていた。同じナンバーズの家の娘として、家からかけられる圧力の辛さを愛梨も理解しているのだろう。

 気にかけてもらえるのはありがたいのだが、昨日の一件を黒歴史認定しているあやめとしては愛梨の対応はむず痒いものだった。あの場で取り乱した自分を思い出すたびに、得も言われぬ後悔に苛まれる。

「はい、十分休みましたから。もう大丈夫ですよ。」

「それならいいけど......本当に無理な時は相談するのよ?」  何度も念を押すように言う愛梨に、あやめは苦笑混じりに頷いた。

「はい、もちろん。」

 そう答えながらも、あやめの内側には昨日とは別種の狂熱ともいえる感情が渦巻いていた。

 昨日の敗北は、あやめにとって決して小さなものではない。単なる一競技の勝敗に留まらず、十師族という看板そのものに影を落としかねない結果だったとあやめは重々理解している。

 十師族は、この国における魔法師の頂点に立つ存在。その一角を担う三矢の名を背負う以上、たとえ飛び級で年下という事情があろうとも、一般魔法師に敗れたなどという醜態が許されるはずもなかった。

 実際、あやめの端末にはすでに三矢家からのメッセージが届いており、開くまでもなく、あやめにはその内容が容易に想像できていた。期待も、立場の重さも、すべて理解している。ミラージ・バットで優勝以外を許されないことも。

 しかし――外野は好き勝手言ってくれるものだ、とあやめはひとりごちた。

 試合を見れば深雪が異次元ともいえる魔法力の持ち主であることは一目瞭然だろうに、彼女を一般魔法師と括るとは中々見る目がないものだ。

 あやめは司波家のことを数字落ちの家系、もしくは偽名だと考えていた。魔法力の強さは血筋で決まると言っても過言ではない。深雪が本当に一般魔法師だという可能性は、一ミリどころか一ミクロンもないとあやめには断言できた。

 司波、しば、しを数字の四として四波、なんてのはこじつけがすぎるだろうか、とあやめが知らず知らずのうちにやや正解に近いことを考えていると開始を告げるアナウンスが響き、あやめはフィールドへと足を踏み入れた。

 ミラージ・バット。空中に投射されたホログラムを主に跳躍魔法を駆使して打つというこの競技は、あやめと極めて相性が良いようだった。単純な運動能力と跳躍魔法のスムーズな展開、その両方を高水準で要求されるこの競技は、彼女の特性を余すことなく引き出す。

 開始の合図と同時に、あやめは宙へと飛び上がった。

「......え?」

 対戦相手が声を漏らす頃には、すでに視界の中にあやめはいない。

 残されたのは、わずかに揺れる空気だけだった。

 跳躍魔法によってあやめは人間のそれとは思えない高度に飛び上がり、狙いを定めてホログラムへと正確にスティックを振り抜く。無駄のない一撃で標的が弾けるのを見ないまま、あやめは着地した。ほんの一瞬、足裏が地面に触れたかと思えば、また跳躍しホログラムを弾いていく。

 跳ぶ。打つ。戻る。そして、また跳ぶ。一連の動作が、淀みなく繰り返されていく。空中での滞空時間は最小限。狙う標的も、あらかじめ最適化されているかのように正確だ。  軌道に迷いはなく、視線の移動すら感じさせない。ただ機械のよう、いや、それ以上に精密に得点だけを積み上げていく。他の選手はそんなあやめに完全に置いて行かれていた。追いつこうとする意識が焦りを生み、その焦りがさらに差を広げていく。

 結果、接戦の機会すら与えないまま、あやめは予選を突破した。

 しかし、あやめは勝利の余韻に浸る様子もなく、淡々と自身の動きを振り返っていた。点差自体は圧倒的だったが、それはあやめが満足するに値するものではない。ミラージ・バットの競技の構造上、第一高校お得意の奇怪な作戦に惑わされることはないと思われるが、あの技術者がいる以上、油断は禁物だった。

 踏み込みの強さ、跳躍の角度、着地から次動作への移行速度。わずかなロスすら見逃さず、頭の中で修正を重ねていく。

 あやめが見据えるのは、優勝の二文字だけ。

 十文字や真由美に並びたてる魔法師であるために、自分はこの舞台で強さを示さなくてはならない。

 確固たる意志を胸に刻んで、あやめは決勝の舞台へと歩みを進めた。

 

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