魔法科高校の飛び級生   作:湯っ娘

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第三話

━━入学四日目

 本格的な授業開始の日。朝の教室には、これまでとは違う空気が漂っていた。

 周囲の視線は、もはや好奇だけではない。期待と、そして試すような色が混ざっていた。

 魔法実技に重きを置く第三高校では、他校よりも早く実技授業が始まるようで、入学四日目にして既にカリキュラムには魔法実習が組み込まれていた。

「では早速だが、基礎物体制御訓練を始める。」

 第二演習室、担当教諭の合図と同時に、演習場の空気が張り詰めた。

 今回の内容は教材用CADを用いた鋼球の基礎物体制御だ。直径三十センチの鋼球を対象に移動魔法を発動し、設定高度まで持ち上げ、静止させ、正確に降ろす。移動魔法の制御、起動式が終了するまでのタイム、事象干渉力。すべてが評価対象だ。

 数名の生徒が順に実技を終える。専科の生徒なだけあって決して悪い結果ではない。だが━━

「次、三矢。」

「はい。」

 あやめは一歩前に出て教材用CADに触れると静かに起動式を展開した。視認できるかどうかの速度で式が構築され、鋼球がふわりと浮く。

 鋼球は指定された高さピッタリに空中で静止してわずか一瞬の間に元の位置へ寸分違わず着地した。

 演習場が、静まり返る。

「素晴らしいコントロールです。目標よりも良いタイムが出せていますね。」

 教師の声は冷静だったが、わずかに目が細められている。

「ありがとうございます。」

 あやめが控えめに一礼して下がる。

 決して派手な魔法ではなかったが、それでもクラスメートが格の違いを理解するには十分だった。

 

---

 

 昼休み、以前のように無遠慮に囲まれることはなく、代わりに遠巻きの視線が寄こされる。憧れと、少しの畏れ。

「やっぱり十師族って、すごいよね……。」

「なんか、近づきにくいかも。」

 ひそやかな声にあやめが内心ほくそ笑んでいると、背後から華やかな声が響いた。

「三矢さん。」

 振り向くと、そこには一色愛梨が立っていた。その隣には十七夜栞と四十九院沓子。

「良い物を見せてもらったわ。流石ね。」

「お褒めにあずかり光栄です。」

 愛梨の賛辞にどう反応したものかと思いつつあやめは愛梨に目礼を返した。

 一見不愛想ともとれるあやめの反応に愛梨は気分を害した様子もなく、むしろ満足げに微笑んだ。

「お昼、ご一緒にどうかしら?一条くんも、吉祥寺くんも。」

 愛梨の誘いを断る理由もなく、先日と同様に六人での昼食となった。そこに上級生と思わしき男子生徒が歩み寄ってくる。

「食事中すまない、少しいいだろうか。」

 低く落ち着いた声。整った顔立ちに理知的な眼差し。第三高校の生徒であれば全員見覚えのあるその顔に食堂が静まり返る。あやめも入学式で在校生代表としてスピーチをしていた彼のことを覚えていた。第三高校生徒会長、苗字は確か羽田だったか。

「三矢さん、少し話がある。放課後、生徒会室に来てもらえないだろうか。」

 十中八九生徒会の勧誘だろう。しかし、勧誘するのはあやめだけではないようだ。

「一色さん、吉祥寺くんもよければ一緒に来て欲しい。」

「私も?」

 自分も誘われると思っていなかったのか、愛梨が優雅に首を傾げる。

「あぁ。どうだろうか。」

 話を聞く前に断るわけにもいかず、三人は了承の意を返した。

 その結果。放課後、生徒会室へ向かうのはあやめ、吉祥寺、愛梨の三人となった。

 

---

 

 放課後、あやめと吉祥寺と愛梨は生徒会室に向かった。重厚な扉の前に立つと、待ち構えていたのか、ノックする前に扉が開き、中へと招き入れられる。

 羽田は穏やかな微笑と共にあやめたちに座るように促した。

「生徒会へようこそ、吉祥寺くん、三矢さん、一色さん。まずは、来てくれてありがとう。」

 形式的な挨拶の後、単刀直入に本題が告げられる。

「早速だが、本題に入らせてもらおう。」

 羽田は指を組み、わずかに身を乗り出した。

「単刀直入に言う。君たちには生徒会に入ってほしい。」

 室内の空気が、ほんの僅かに重くなる。

「第三高校は実力主義だ。優秀な者が学校運営に関わることは義務でもあると、私は考えている。」

 穏やかな声色。しかし、そこには有無を言わせぬ理があった。

「現に総代の一条くんは昨日時点で風紀委員に所属している。」

 第三高校には新入生総代を風紀委員として取り立てる風習があるという。将輝も例に漏れず風紀委員に就任したようだ。

 あやめの視線がわずかに揺れる。

「そして、三矢さん。君にも是非学校を支える側に立ってほしい。」

 真正面からの視線。羽田の口ぶりは勧誘というよりも“要請”だった。

 愛梨はすでに決意を固めているようで、静かに微笑んでいる。吉祥寺は息を詰め、あやめの言葉を待った。

 あやめはゆっくりと息を吸いこんで、羽田を見つめた。

「...それほど高く評価していただいているとは、光栄です。せっかくのお誘いなのですが、お断りさせていただきたく存じます。」

 室内の空気が変わった。羽田の眉が、わずかに動く。

「理由を聞こう。」

 責めるような響きではない。だが、軽い返答は許さない声音だった。

「組織に属せば、私は私ではなく“立場”として見られることになります。」

 あやめは視線を伏せ、それから静かに羽田を見つめ返した。

「ですが私は、この学校ではただの一生徒として過ごしてみたいのです。」

 羽田の目が細められる。

「それが、君の本音か。」

「はい。家の名や立場から一度離れ、いち魔法師として自分を測るためにも、組織に属するより、一生徒としてこの学校で過ごしたいと、そう考えています。」

 その答えは逃避ではない。選択だった。

 短い沈黙。やがて羽田は、小さく笑った。

「君の考えはわかった。無理強いはしない。だが覚えておいてほしい。君が望めば、生徒会の扉はいつでも開いている。」

「ありがとうございます。」

 あやめは小さく一礼した。

「吉祥寺くんはどうだ?」

「……僕も遠慮しておきます。」

 即答ではない。しかし迷いもない返答だった。

「裏方でいる方が性に合っているので。」

 羽田は小さく頷いた。

「理解した。」

 最後に愛梨へ視線が向く。

「一色さんは?」

「私は喜んでお受けいたします。」

 対照的な三者三様の選択。

 それぞれが、自分の立ち位置を選んだ瞬間だった。

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