まずはわしの目当てからじゃ!と沓子が先導した先は朝にも言っていたSSボード・バイアスロン部だった。
屋外演習場では、スケートボードに乗った部員が高速でコースを滑走していた。滑走しながら標的を射抜く音が聞こえる。
「流鏑馬のような感じなのでしょうか。」
あやめが疑問を誰に問うでもなく呟くと、ちょうど滑走を終えた部員がやってきた。
「大体そんな感じね。でも馬じゃなくてスケートボードやスノーボードを魔法で加速させながら乗るから結構難しいわよ、良かったらやってみる?」
あやめが乗馬もそこそこ難しいはずだがと思っていると、沓子が即座に体験に名乗り出た。
「おおお!これは中々いいのう!」
初めてとは思えぬ安定した制御でひとしきり滑走した後、沓子は振り返って満足気に笑った。
「決めた!わし、ここに入る!それじゃあの!」
そのまま入部手続きへと消えていく沓子を見送って四人は栞が気になっているというスピード・シューティング部に向かった。
屋内射撃場では、静寂の中に連続射撃の乾いた音が響いていた。
栞は無言でその様子を見つめていたかと思えば急に動き出し体験射撃に申し出た。
説明を受けて体験用のCADを受け取ると、サマになった様子でCADを構えた。笛が鳴り、クレーが射出されていく。栞は初めてだというのに半数以上を撃ち抜いてみせるとCADを置いて、ここにします、とだけ言って、入部手続きをしに部員に連れられてどこかへと行ってしまった。
置いていかれた三人は、次は誰の希望を見に行こうかと顔を見合わせた。この流れなら次は愛梨の希望に行くべきか。
「一色さんはどこか見たいところはありますか?」
「私はいいわ。生徒会もあるし。」
なら、何故一緒に見て回ろうとしているのか、というあやめの疑問が顔に出ていたのだろう。愛梨は肩をすくめた。
「会長から生徒会の仕事は部活動を見て回ってからで良いと言われているから。」
「そうなんですね。」
それで暇つぶしについてきているわけか。なるほどとあやめが頷く。
「だから次は、三矢さん。あなたが気になっているところへ行きましょう。」
二人の視線があやめに集まる。あやめは一瞬だけ躊躇い、それから答えた。
「ではその、マーシャル・マジック・アーツ部を見に行きたいのですが......。」
「格闘系?」
「意外ね。」
吉祥寺が目を丸くする。良家の令嬢としてある程度の護身術を教わっているであろうことは分かるが、華奢なあやめが格闘戦をしているイメージが沸かない。それは愛梨も同じなのか驚きを隠せずにいた。
「知人にマーシャル・マジック・アーツをしている方がいて、それで興味がわきまして......。」
知人にマーシャル・マジック・アーツを嗜む者がいる、というのは事実だが、それで興味が湧いたというのが全てではない。あやめは中・遠距離戦に適した魔法師であり近接戦闘はどちらかといえば不得手な方であると認識している。そこで格闘技系を鍛え、近接戦闘への苦手感を払拭しようというわけである。
室内演習場に向かうと、その中央ではちょうどマーシャル・マジック・アーツ部の模擬試合が始まろうとしていた。人気の部活なのか模擬試合を観戦している新入生はかなり多く、後ろの方で観戦していた三人だったが、あやめたちに気づいたA組の面々に譲られた結果、前列で観戦できることとなった。
模擬試合だからかあくまで魅せる試合といった印象が強いがそれでも部員たちの技術の高さがよく分かる。身体強化と接触魔法の連携、派手な格闘技の応酬が続く。
「......。」
格闘技は専門外なこともありあやめは思わず夢中になっていた。
試合が終わると勝者の男子部員が観客を見渡してキラキラした目で観戦していたあやめに目を止めた。
「良かったら、体験してみるかい?」
低く、柔らかい声。体格は大きいのに、威圧感はなく、穏やかな印象の男だった。
あやめが体験を申し込もうとした、その瞬間。
「へえ、もう唾をつけておく気か?」
別の部の男子生徒が割り込んできた。
「十師族に取り入って借しでも作っとこうって魂胆か?」
ざわ、と空気が変わる。
「そういうつもりはないんだがな......。」
男子部員は困ったように苦笑する。どうやらあやめのことを知らなかったのか、普通に体験に誘ったようだった。
「興味がある人に来てほしいだけだよ。」
「ハッ、綺麗事だな。」
男子生徒がCADに触れ挑発するような笑みを浮かべる。まさかここで乱闘騒ぎを起こす気じゃないだろうなと周りに緊張が走った。
「お、落ち着いてくださ......!」
「魔法での私闘は校則違反ですよ。」
あやめが制止の声をかけようとしたのを遮って、A組の男子生徒が前に出た。あやめに良いところを見せたいのだろう、余裕ぶった態度だ。
「あぁ?ただの新入生は引っ込んでな。」
だが、そんな横槍に男子生徒がCADを収める様子はなく、空気がさらに荒れる。
A組の男子生徒は応戦するのもやぶさかでないのか、CADに手を掛けた。
「ちょっと待て!落ち着くんだ、二人とも!」
一触即発の空気に男子部員が慌てて仲裁に入るも止まる様子はなく、周りの生徒は巻き込まれないように散り散りになり始めた。
「あやめちゃん、僕たちも下がろう。このままじゃ巻き込まれる。」
「......。」
あやめは吉祥寺の言葉が聞こえていないのか、頑としてその場から動かない。ただ、じっと二人の手元を見つめている。
「さっきまでの舐め腐った試合じゃ、本気なんて出せなかっただろ?相手してやるよ、中条。なんだったら、そこの新入生もセットでな。」
男子生徒が挑発するも、中条と呼ばれた男子部員がCADに手を触れることはなかった。
「するわけないだろう、そんなこと。風紀委員にしょっ引かれたいのか?」
中条は呆れ顔で男子生徒を諭すが、それが余計癪に障ったのだろう。男子生徒は怒り顔だ。
「ハッ、これを食らっても同じように言えるかな!!?」
男子生徒がCADの操作に入ったのを見て、反射的にA組の男子生徒もCADへ指を走らせた。
━━しかし
「なっ......何故起動しない!!」
いつまで経っても魔法が発動されることはなく、その場に静寂が訪れる。その様子にあやめはほっと息をついて静かに一歩前へと進み出た。
「魔法での対人攻撃がどんな意味を持つか、お分かりでないのですか。」
あやめの責めるような視線にA組の男子生徒は気まずそうにCADから手を離したが、反対に男子生徒は逆上してあやめに掴みかかろうと襲い掛かった。
しかし、それを阻んだ中条の手刀が鮮やかに決まり、男子生徒はその場に倒れこんで動かなくなった。どうやら気絶したらしい。
「すまない、迷惑かけたね。」
「いえ......。」
中条が申し訳なさげにあやめに謝罪していると、風紀委員がようやく乗り込んできた。将輝ともう一人、上級生と思しき女子生徒があやめたちの元に歩み寄ってくる。その後ろに愛梨がいるということは恐らく愛梨が風紀委員を呼んできてくれたのだろう。
「風紀委員です。違反者がいると聞いてきましたが、あなたたちですか。」
女子生徒は厳しい視線であやめたちを睨みつける。
床に倒れている男子生徒に、固まったままの観客。確かに傍からみたらあやめたちが加害者に見えるかもしれない。
「いえ、違います。」
女子生徒の問いに答えたのは中条だった。
「そこに倒れている唐田が挑発の上、魔法を行使しようとしたので、止めました。」
どうやら喧嘩をふっかけていた男子生徒は唐田という名前の生徒らしい。女子生徒が将輝に彼を保健室に連れて行くように命じると、将輝に担がれて唐田は連れ去られていった。
「なるほど、では魔法を使用したのは唐田くんだけですか。」
「いえ......魔法は発動していません。」
事実確認の問いかけに中条は困ったように訂正した。その一言に、女子生徒の視線がわずかに細くなり、あやめは肩を縮ませた。何を隠そう唐田とA組の男子生徒、二人の魔法発動を阻害したのはあやめだった。あやめは辺りを干渉力のみを持たせた魔法式で覆い、事象改変を防止する対抗魔法、領域干渉で二人の魔法発動を阻害していた。つまり、この場で唯一魔法を使ってしまった魔法師はあやめなのである。正当防衛に基づく魔法使用であることから、バレたとしても違反者として取り沙汰されることはないとは思うが、それでも何となく決まりが悪い。
「確かに魔法を発動した痕跡はありませんね。」
女子生徒がふむと納得したように頷くと、あやめはホッとして胸をなでおろした。
「事情は分かりました。中条くんは後ほどまたお話を伺うこともあるかと思いますが、よろしくお願いします。」
女子生徒が去って周囲の緊張が、ようやくほどける。
「......はぁ。」
小さくため息をついたのはA組の男子生徒だった。自分が場を引っかき回した自覚があるのか顔は赤い。
「すみません、俺......。」
「心配だったんだろ?」
謝ろうとするのを手だけで制して中条が朗らかに笑った。
「気持ちは分かるよ。次は落ち着いて行動するようにな。」
中条はそう言い含めるとあやめに向き直った。
「二人を止めてくれてありがとな。助かったよ。」
「あ、いえ!私の方こそ、助けていただいてありがとうございました。」
あやめは申し訳なさそうに中条に頭を下げた。唐田の言い分的に自分が中条に声をかけられたから衝突が起きたのかもしれないとあやめは感じていた。
そんなあやめの気持ちを察してか中条は努めて優しい笑顔を浮かべる。
「嫌なことに巻き込んだ手前、無理に勧誘はしないけど、入りたくなったらいつでも来てくれ。歓迎するよ。」
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演習場を出たあと、吉祥寺が小さく息を吐く。
「入学早々、いざこざに巻き込まれちゃったね。」
「......そうね。」
愛梨はしずしずと後ろを歩くあやめに目を向けた。
(恐らく、領域干渉で魔法の発動を止めたのは彼女ね。いくら脅かしの魔法だったとはいえ、上級生の魔法を阻害できるほどの干渉力......。やはりあなたは私と共に頂点に立つべき魔法師だわ。)
そんな愛梨の思いは露知らず、あやめは悩んでいた。
マーシャル・マジック・アーツ部。魅力は確かにあった。だが、自分が入ればまた先程のようなトラブルの引き金となってしまうのではないか。
そんな迷いが、静かに胸に沈んでいった。