梅と狐   作:竹@竹林にて。

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梅と狐と幕間の話

 

「しかし、地味にすごい場所だよね。ここ」

「ふぁあ…、なにがです?」

 

 油でみっともなく光っていた口周りを拭ったゆかりは、冬眠明けでまだ残る眠気を堪えながら神社の辺りを見渡すマキに問い掛ける。

 

「梅の木がこんなにたくさん生えてる場所って少ないよね、最近は桜ばっかりだし」

「ホントムカつくよねー、桜なんて風情のない花ぽんぽん植えちゃってさー」

「昔は花見っていうと梅を見ることだったんだよ。平安京に移った頃から桜に移っちゃったんだけど」

「…君等、本当に何歳なのさ」

 

 さぁね、と誤魔化してヒメとミコトはふわりと浮いた。そうかと思えば立派に並んだ梅の木の中でも一際立派なそれを選んで枝に腰掛ける。咲き頃を待つ蕾を指先で弄りながらミコトは笑いながらマキに視線を向ける。

 

「まぁ、私達の年齢なんて瑣末なことだよ。別にこの梅だけに宿ってるってわけじゃないしね。ここの梅と比べたら私達は随分年上」

「へぇ、そうなんだ。ここの木も立派だからずっとここにいるものかと思ってた」

「ここに宿ってから結構経つから人間目線ではここらの梅の精霊って認識でも別段間違いじゃあないよ。百年くらい前からこの木に宿らせてもらってるから」

 

 そう愛おしそうに枝を撫で擦るミコトの横で、退屈そうに欠伸を漏らしながら伸びをしていたヒメは身体を揺り動かして枝から飛び降りた。勢いよく動かした身体はその勢いのまま速度を付けて地面に向けて落下する。前面を下にして身体を投げ出すような体勢も落ちる速度もおよそ着地を考えていないものでついマキとゆかりは目を逸らす。しかし、ヒメはその不安を笑う様に着地寸前でふわりとまたも身体を浮遊させてそのまま優雅に着地した。そのままおっかなびっくりゆっくりと顔を上げた二人に意地の悪い笑みを浮かべた。

 

「…今、ちょっと馬鹿にしたよね」

「えー、何のことかな?ヒメわかんなーい」

「びっくりしましたよ、もう!」

 

 安心半分不満半分の様子で頬を膨らませるゆかりと不機嫌さを露わにするマキに、そんなことよりとずい、と身体を寄せてヒメは子供に言い聞かせる教師のように指を立たせた。

 

「ここの梅の木は私達が守ってるんだから沢山残ってるのは当然なのよね。枝折ったりする野蛮人からは見えない様にしたり、切り倒そうとする風流の分からない人間には姿を隠して驚かしたり。結構大変なんだから」

「へぇ、ただ遊んでるだけかと思った」

「ちょっと、失礼だぞ失礼!梅の木に神気送ったりとか世話もしてるんだからね!ここの梅の木がこんなに立派に残ってるのは全部私達のお陰なんだから!」

 

 そう不服を申し立てるヒメの様子に感心したようなマキだったが、しかしミコトはそんなヒメに向かってじとりとした視線を向けていた。

 

「その世話とかをさぼりがちで私を困らせてるのはどこの誰だったかな、ヒメ」

「…あれー?あ、でも、梅の木を人間から守るのはちゃんとやってるじゃん!」

「それは人間を驚かすのが楽しいだけでしょ?しかも怪我させたりとかやりすぎなこともしょっちゅうだし」

「結局ヒメはヒメってことか。なんていうかかえって安心した、うん」

「ふ、不敬だ不敬!」

 

 慌てた様に指を立てながら抗議するヒメの様子にも特段意に介さず溜息を付いてマキはふあ、と欠伸をしてみせた。春眠には少々早い季節であるが、梅の木がそうさせたのかもしれない、なんて自分らしくないかなとぼんやり思う。ふと、隣を見れば喧騒なんて知らない様子で寝息を立てるお狐様が一柱。その様子に庇護欲にも似た愛しさを感じながら、マキはヒメとミコトになんとなくといった風に尋ねてみた。

 

「じゃあ二人はゆかりちゃんの家に居候してる感じなの?ここの神社の梅の木なんでしょ?」

「んー…、どうだろうね?」

「どうだろうね、って…。ぼんやりとしてるね」

 

 不思議そうな顔をするマキに、精霊二人も少し困ったような顔をする。二人に度々振り回されるゆかりの困り顔はもう見慣れたものだが、ミコトとヒメの困り顔は珍しい。特にヒメのそれなんて初めて見たかもしれない。

 

「なんていうか順番が違うんだよねー」

「順番?」

「うん。ゆかりがここの神様になったのってここ数年の間のことだからね」

「え?そうなの?」

「そうだぞー。だから私達が守ってた山にゆかりんが居候してきたのが正しい。私達がここの主人。一番偉い」

 

 そう言ってヒメはふんす、と薄い胸を張ってみせる。その様子を特に気にすることも無くマキは(不満を訴えるヒメを無視しながら)ミコトへ尋ねた。

 

「まぁ、確かに言われてみればゆかりちゃんが二人から色々教わってる感じはあったけど。でも、神様って、そんなに簡単になれるもんなの?ていうかどうしてゆかりちゃんが神様になったの?」

「いや、そんな急に質問されても答えられないよ。結構長い話になるし」

「えー、気になる。聞かせてよミコトクン」

「私は話す分にはいいけれど…。大丈夫、時間?」

「え?…あ、あぁ!」

 

 そう不意を突かれたように声を出し、手首に巻いた腕時計へと視線を移せば示した時刻はホームルームに間に合う最後の電車が迫るギリギリのそれ。このまま神社を駆け下りて駅に向かわねば遅刻は免れないだろう。

 

「ヤバいヤバい!ごめんミコトクン、学校行かなきゃ!」

「いや、私はいいけれど…」

「あーちょっと!私の話を聞けー!」

「今日はバンドの練習ないから帰りも寄れるからさ!その時に聞かせてね!」

「あぁ、いいよ。行ってらっしゃい」

「うん、行ってきます!」

 

 そう言い残してマキは焦りながら階段を駆け降りる。その喧騒も素知らぬ様子で眠りこけるゆかりと二人の精霊を残して神社は静寂に包まれた。その静けさを破ったのは、先程までの無邪気さや騒がしさの全てを削ぎ落した冷たいヒメの呟きだった。

 

「ねえ、ミコト。マキもやっちゃう方がいいと思う?」

「まだいいんじゃないかな?帰ってからもゆかりから聞かせればいいんだろうし」

 

 それに返答するミコトの呟きもまた底冷えするような鋭いもので。

 

「そっか、よかった。あれ疲れるからあんまりやりたくないんだよねー」

「うん、でもいつでもやれるくらいにはしておいた方がいいかもね。またゆかりの時みたいに、変に勘づく輩を連れてくるとも限らないし。やるならさっさと終わらせた方がいいよ」

「うえー、面倒くさいなぁ…」

「まぁ、そう言わない。今更他のを探すなんてできないでしょう」

「そりゃあ勿論!」

「だよねぇ…」

 

 そう言ってミコトは笑顔を浮かべる。梅の木や蕾を撫でていた時の優しさや慈しみに満ちたそれではない剣呑な笑顔を。ヒメもそれにつられる様にしてにたりと頬を歪ませた。そんな二人の様子に当然寝息を立てるゆかりは気付けない。ただ安らかな表情を浮かべて呼吸を繰り返すだけ。二人が何を思いそのあくどい笑みを浮かべるのかも知らぬまま、平穏に。

 

 

 

 

 そのゆかりと同じく二人の思惑など知らないマキは転び落ちない様に細心の注意を払いながら、しかしなるべく早く階段を駆け下りていた。そうして急いでいた為だろう、残り数段で下り終わるその時まで、階段のすぐ前にある鳥居の正面に人が立っていることに気付けなかった。

 

「あっ、危な…っ!」

「え?」

 

 そうしてブレーキをかけようとしても身体は急に止まってくれない。否、脚を止めることは出来た。しかし、上半身は勢いのまま前に進もうとする。そうして『進め』と『止まれ』が同時に引き起こされた身体は『脚というストッパーの作動しないまま前に倒れ込む』という最悪の状態のまま投げ出された。マキはコンクリートで舗装された地面に正面からぶつかる衝撃に身構え、思わず目を閉じてしまう。

 

「っと…」

 

 しかし、崩れ落ちた膝や腕の痛みの代わりにマキに訪れたのはふわりとした柔らかさに受け止められる感触だった。恐る恐るマキが目を開けば、当然自分を受け止めてくれた人物が目に入る。短く切り揃えられた銀髪に紫色のメッシュを入れた、自分より少し年上位の中性的な美人。それも、ただ容姿端麗であるだけではない。この人を見なければいけない、そう惹きつけられるような魅力を持った人。それがマキが抱いた第一印象だった。

 

「あの、大丈夫?」

「あ、は、はい!大丈夫です!」

 

 思わず見惚れていたマキに心配した様子で女性は話しかけた。それに弾かれた様に返事をしてマキは受け止められた身体に力を入れてどうにか体勢を立て直した。

 

「すみません、ありがとうございました!」

「大丈夫なら良かったよ、うん」

 

 そう安心したように笑う自分より少し背の低い女性にマキは頭を下げる。

 

「ほら、急いでるみたいだったけど大丈夫?早く行ったら?」

「は、はい!ありがとうございました!」

 

 女性のその促しに素直に応じてマキは駅へと急いだ。そう、マキは急いでいた。それに加えて、転倒しかけたところを助けてもらい気が動転していたのもある。だからだろう、女性が自分、正確には自分から立ち上る何かに向けて嫌悪の感情を向けていたのにも、その女性が抱いた感情の矛先を鳥居の向こう、階段のその先に向けていたのにも全く気付けなかった。

 

「やっぱりここみたい…」

 

 そう呟いて口角を上げる。しかし、女性の目付きは凡そ優しさとは無縁の険しく鋭いもので。

 

「もう少し待っててね。会いに行くよ、…ゆかり?」

 

 そう呟いた女性の浮かべる仄暗い笑みに、気づける者は誰一人としていなかった。

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