「むふふ…、あの二人喜んでくれるといいなぁ」
学校も期末を過ぎたこの時期は半日ほどで終わり、マキは昼ご飯も後にして浮かれ気分で最近街で人気のロールケーキなどを買ってみながら朝も通った神社までの階段を鼻歌交じりに上っていく。今朝方にミコトの気まぐれも後押しして二人から強請られたお供え物かお土産か分類に困るそれを大事に抱えて最後の段を上り切ったマキの視界に、眠気も晴れたのかお社の床を雑巾がけするゆかりの姿が映る。相変わらず神様らしくない姿だなと笑みが零れる。
「ゆかりちゃーん、お疲れ様ー」
「ん?あっ、マキさん。また来てくれたんですか?ありがとうございます」
「えへへー。今回はどちらかといえば、あの二人…っていうかミコトクンに用があって来たんだけどね?あ、お土産あるから、あの二人呼んでお茶しない?」
「わぁ、いつもありがとうございます!…でも、何か用事があるのか、先程用向きに少し出掛けるって言ってどこか行っちゃったんですよね、二人とも」
「あちゃちゃ…。それはタイミング悪かったなぁ…」
「でも、普段そんなに遅くならないので少し待ちませんか?その間、お茶でもしてましょう?」
「悪いねぇ。じゃあ、頂こうかなぁ。あ、手伝う?」
「大丈夫です。お茶くらいなら神通力でもすぐにできますのでー」
そう言いながら、綺麗に拭き上げられた拝殿の廊下に腰を下ろしてゆかりを待つ。そういえば、どうやってお茶を沸かしているのだろうと気になってゆかりの方へ視線を移してみる。拝殿の奥の方、何時のものか分からない茶箪笥から湯呑みを二つ取り出して何か力を込める様な仕草を見せる。そうして、かたかたと湯呑みが小さく揺れる音がして笑顔を見せたゆかりが湯呑みを持ってきた。手渡された湯呑みには程よく温かい緑茶が注がれていた。…神通力ってすごい。マキはただ、そう思った。
「じゃあ、頂きまーす。…ふぅ、おいしい。ありがとうね、ゆかりちゃん」
「お気になさらず、です。むしろ、お礼を言いたいのはこちらの方です。参拝目的じゃなくても親しみを持って来てくれる人のお陰で神社は成り立ちますので、マキさん達のお陰で今の私やヒメちゃんとミコトくんがあるんですよ。特にマキさんは、親しくしてくれますし、お願いやありがとうもちゃんとしてくれますから」
「へー。でも、それって負担にならない?お祈りしてると逆に力を使って疲れちゃうとかありそうだけど」
「私も神様歴が浅いのでもっと長いと分かりませんけれど、今は全然大丈夫です。逆に、お祈りとかお願いしてくれた人達の為に私がお祈りして、それが叶った人達のありがとうって感謝の思いが私達の力になるんです。ミコトくんたちの受け売りですけれど」
「ふーん…、そうなんだぁ。…あ、そういえば神様歴ってさっき言ってたじゃん?それで、聞きたいことがあるんだけれど」
「?なんですか?」
「ゆかりちゃんが神様になったのってなんで?どうやって神様になったの?」
湯呑みを傍らに置いて、ぐいっと身を乗り出しながら尋ねてくるマキの様子にゆかりは少し困ったように周囲に視線を向けた。話を誤魔化すというよりは何かを探すような素振りにマキははてなと首を傾げる。
「どったの、ゆかりちゃん?」
「いえ…、これって言っていいことなのか気になって…。なにぶん他の人に話すのも初めてですし…」
「いいよ、ゆかり」
そんな困ったゆかりに助け舟を出すかのような言葉が聞こえた。驚いたようにお茶をしていた二人が声のした方へ視線を向けると、もう少しで花開きそうな巨木の枝に座るミコトがこちらを見下ろしていた。
「あ、ミコトクン。今朝ぶりー」
「ミコトくん、お帰りなさい。用事は済んだんですか?」
「あぁ、うん。実を言うと、散歩ついでに街の様子見てきただけみたいなもんだし。…で、マキ。それって僕達へのお供え?ありがとうね」
「あぁ、うん。洋菓子だから口に合うかは分からないけれどねー。でも、評判のロールケーキだから多分気に入ると思うよ…」
「私は洋菓子云々気にしないよー?うん、美味しそう。余は満足じゃ」
「…ってヒメ!勝手に取らないでよ!?」
「んぇー?私だって全部は取らないっての。そんなに卑しく見るんじゃないぞー?私は悲しいぞ、およよ…」
「まぁ、普段の行いって大事だよねって話…。それで、ゆかり?生前の話なら、別にしてもいいよ?まぁ今まで話す機会もなかったろうから難しいかもだけれど、自分で思い出せることを整理するつもりで話せばいいさ。何かあったら私も補足するし」
「そうですか…?じゃあ、ミコトくんからも許可を頂いたので私の想い出語りとでも思って聞いていただければ」
「思い出語り…ってことは、昔の話?ゆかりちゃんって昔から神様だったんじゃないの?」
「そこも聞いてなかったのか。ゆかりんは元々人間だぞ、マキ」
「え、そうなの?」
梱包されたロールケーキを一つ取り出して美味しそうに頬張りながらさも当然の様に告げるヒメに、マキは驚いた表情を向ける。やれやれといった表情でヒメから続きを促されたゆかりは少し恥ずかしそうに口を開いた。
「は、はい。恥ずかしながら私は元々神様でした、みたいな立派なものじゃなくて、マキさんみたいに精霊とか神様が見えるだけのごく普通の女子高生でした…」
「いや、それだけって…。自分がそうだからこう言うのめっちゃ恥ずかしいけど、相当珍しいよ?まして、神様になるなんて…。一体なにがあったの?」
「それは、ヒメちゃんとミコトくんのお陰なんです。二人が私を神様にしてくれたんです」
「えぇ?どういうこと?」
「んー…、じゃあ、ここからは私が説明しようかな?」
そう言ってミコトが梅の木からふわりと舞い降りる。食い意地を張って二つ目のロールケーキに手を伸ばそうとしたヒメの手をばしりと払いのけながら、ミコトは恨めし気に向けられたヒメの視線も意に介さず続けて口を開いた。
「ゆかりって人間の頃から信仰心が厚い子だったんだよ。私達が見えたから友達みたいに思って構ってくれてただけかもしれないけど、少なくとも私達ここの神社の精霊からすればしょっちゅうお祈りに来てお礼もしてくれるいい子だったの。そのお陰で神社も神気を保ってられたみたいなところもあったから、お礼も兼ねてゆかりに何か恩返しをしてあげたいなって思ってたんだ」
「そーそー。それでゆかりんに何かお願いとかないかって聞いたら、身体を丈夫にしてほしいって頼まれたんだよねー」
「身体を丈夫に?なんで?」
「お恥ずかしながら、私って人間の頃はそんなに身体が強くなかったんですよね。中学の頃まではそうでもなかったんですけれど、高校に上がってからは体調崩すことも多くなって…。それで、病気で長くないってなったんです…」
「ゆ、ゆかりちゃん、大丈夫…?辛いんだったら、それくらいで…」
「い、いえ…。もう整理の付いたことなので…」
「大丈夫、ゆかり?…大丈夫かな?まぁ、続けるね。それで、本当はそれも叶えたかったんだけれど、身体を丈夫にするのは正直無理だったんだ。霊気とか神気を当てて気分を上下させることくらいはできるけれど、身体を丈夫にするまではできなくて。あの時は正直無念だったよ」
「そうだったんですか…。あ、そうそう。それで、病気になって死ぬかもしれない私の元へ、二人が押しかけてきてくれたんです。最後に何か、何でもいいから願いを叶えてやるって…。それで、最後は寂しくなりたくないってお願いしたんです。私は、死ぬときは二人と一緒にいたいくらいの気持ちで言ったんですけれど、そしたら…」
「私が『じゃあ、私達のところで神様にならないか?』って聞いたんだぞぉ?偉かろ?」
「ちょっと、一人で提案したみたいに言わないでよね。…まぁその通りで、ゆかりには恩もあったからそれを少しでも返したいのもあったし、何よりゆかりの身体には元々十分に神気が宿ってたから神様になれる素質はあったからそう提案したんだよ。人間として死ねなくなるとか、神社に縛られるとか色んな欠点はあるけれど、少なくとも私達はゆかりと一緒にいられるって言ってね?」
「それで、沢山悩んだんですけれど、二人が一緒なら寂しくないって思ってお願いしたんです。私を神様にしてくださいって」
「それからはちょっと大変だったけどね。私達の霊力を注いで人間の魂から神様まで魂を昇華するんだけれど、なにせ何百年ぶりだったから加減も忘れちゃってて」
「私達の霊力のお陰で神様やれてるんだから、ゆかりんには本当に感謝してほしいよね。まぁ、ゆかりんはありがとうが口癖の一つみたいなところあるから大丈夫だろうけどさ!」
「ふふ、じゃあ早速…。ありがとうございますね、ヒメちゃん」
「はえー…、結構壮大な感じなんだねぇ」
そう納得したように呟くと、マキはお供えに買ってきたロールケーキに手を伸ばして二つ摘まみ上げる。そうして、ひとつをミコトに差し出した。
「ありがとうねぇ、ミコトクン。いいこと聞けたよ。はい、お礼も兼ねておひとつ」
「こちらこそ。ゆかりの気持ちの整理にもなったと思うし、いい機会をくれてありがとう、マキ」
「いいってことよ!ほら、ゆかりちゃんもおひとつ」
「え、いいんですか?二人へのお供え物じゃ…」
「あ、ずるーい!私も食べたい!」
「えー?じゃあ、ヒメももう一個食べていいから」
「お、言ってみるもんだね!じゃあ、ゆかりんも食べていいぞ。私が許すぞよ」
「ふふ、じゃあ頂きます。ありがとうございますね、マキさん」
「いいっていいって!…まぁ、許可出しがヒメなのがちょっと納得いかないけど」
「なんだとー?私とミコトが、ここで一番偉いんだからいいじゃんかさー」
「はいはい。…それで、ひとつ気になったんだけどさ」
「ん?どうしたんだい、マキ」
「ゆかりちゃんって二人の姿見えるから神様になったんだよね?じゃあ、私も神様になれるってこと?」
ロールケーキを口にする三人に囲まれながら首を傾げるマキに、ミコトは少し思案してそれから口を開いた。
「まぁ、なれるかもしれないけれど難しいだろうね。そもそも、ゆかりとマキとでは元々の神気にも大分差があるし。マキも相当見えるけれど、ゆかりは比にならないくらいだったから、少なくともゆかりより存在としては大分下級の神様ってことになると思うよ」
「やーい、出来損ないだぁ」
「ヒメ、五月蠅い。にしても、そんな差もあるんだぁ。神様とか精霊が見えるだけじゃないんだねぇ」
「うん。それに、元々の神気が薄いとそれはそれで大変なんだ。ゆかりも、例えば生前の記憶の全部を持ってるわけじゃないらしいし」
「え、そうなの、ゆかりちゃん!?」
「は、はい…。両親のこととかは流石に覚えてますけれど、友達のことまでは結構忘れてて…」
「まぁ、これは正直私達の落ち度だよ…。ゆかりくらいの神気があれば大丈夫だと高を括ってたら、これだから。これに関しては、本当にごめんなさいとしか言えないね」
「い、いえ!大丈夫です!私は二人といられるだけで、満足ですし…」
「…そう、かな?」
「ミコトは気にしぃだなぁ。ゆかりんがそう言ってるんだから、もういいじゃんかよぉ」
「ヒメはもう少し気にした方がいいよ…。でも、そうだね。この話は終わりにするよ。ありがとう、ゆかり」
「ふふ。そういえば、お二人のお茶がありませんね。ちょっと準備してきますね。…あ、マキさん。ちょっと手伝ってくれませんか?お代わりのお茶まで持ってくには、私の手だけじゃ足りませんし…」
「うん?分かったー。それじゃあ二人はちょっと待っててね?」
「分かった、ありがとう」
「よきにはからえー」
そう言って笑う二人にやれやれと笑い返しながら、マキはゆかりの後ろを湯呑みを持ってついていく。そうして、ちゃぶ台の上に置かれた湯呑みに手をかざしたゆかりが口を開く。
「…実は二人には、申し訳なくて言えないことがあるんです」
「?どったの?」
「友達のこと、殆ど思い出せないのはさっき話した通りなんですけれど…。一人だけ、やけに頭に残って離れない子がいるんですよね…」
「へぇ?どんな子なの?」
「それが、顔も声も全然思い出せないんですけれど、私のことをいつも心配してくれた優しい子っていうことだけ覚えてて。お見舞いにも何度も来てくれた子なのに、忘れちゃったのが申し訳なくて。それがずっと心残りなんですよ」
「ふぅん…。二人に聞いてみればいいのに」
「いやぁ…。なんか責めてるみたいじゃないですかね?」
「そこまで気にしないと思うけどなぁ…。って…。すごいね、神通力…」
相談しながらもみるみる底から湧く様に湯呑みを満たすお茶の様子に驚きながら、マキはゆかりに返事をした。
「…ねぇ。さっきの話、やっぱりあいつのことだよね?」
「そうだね。ゆかりには見舞いなんてあいつぐらいしか来てないし…」
「あんなに念入りに弄ったのに覚えてるとか…。とことん邪魔だなぁ、あいつ」
「…まぁ、大丈夫でしょ。あれだけやったんだから、もう反抗する気も湧かないよ。人間は弱い生き物だからね」
「そうだね。ゆかりは私達だけのものだ」
ゆかりが隠すつもりでわざわざ遠くで話した言葉を難なく聞き取りながら、拝殿の軒下で二人を待つヒメとミコトは表情を苦々しげに崩しながらそう言葉を紡ぐ。そんな剣呑な会話がお茶を淹れる二人の耳に届くことは、果たして無かった。