梅と狐   作:竹@竹林にて。

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梅と狐とタレントの彼女

「やばいやばい…!間に合うかな、これ…!」

 

 その日は珍しく遅く起きてしまい(そも毎日行っていたわけではないが)稲荷神社への参拝もできぬまま慌てた様子でマキは通学路を急いでいた。辛うじて電車には間に合ったものの最寄りの駅から学校まではそれなりに距離がある。どうにか朝のホームルームに間に合うように急いでいた時だった。ふと、車道を並ぶように走っていた車が自分が急ぐ少し前方で止まる。そこから行く手を阻むように一人の女性が下車してきた。

 

「走っているところ悪いけど、ちょっと待ってもらえるかな?」

「ええっ!?私急いで、って、この前のお姉さん?」

「あ、覚えててくれたんだ。そうだよ、覚えててくれて嬉しいな」

 

 そう言って涼しげに笑う女性は数日前に稲荷神社の階段から転げ落ちそうになったところを助けてくれた銀髪の女性で、すらりとした身体に黒いジャケットとスラックスを纏ってサングラスをかけていた。服装自体は印象薄そうなのに自然と視線を集めそうな気配は弱まることなく依然として放たれている。

 

「い、いや、そうじゃない!私、通学途中で急いでて…!このままだとホームルームに遅れちゃうんで…!」

「いや、大丈夫。行先は同じだから送ってくよ」

 

 そう言って、銀髪の女性は先程下りた車の助手席のドアに誘うように開いてみせる。

 

「え、えぇ…!?どういうことですか…?」

「まぁ詳しくは後に話すけれど、君って街野高校の生徒だよね?実はそこに用があって、折角だから君も送っていこうかなって」

「えぇ…?で、でも、悪いですよ…!」

「いや、来てくれないと困るんだ。私の為にも、お願い」

「わ、私の為って…」

「…んだ」

「はい?」

「カーナビの更新してなくて、道に迷って困ってるんだ…。道案内ついでに、お願い…」

 

 そう言ってサングラスを外しながら申し訳なさそうに眉を下げるその姿に、先程まで抱いていた格好いい女性という印象は僅かに崩れ去った。

 

 

 

***

 

 

 

 

「へぇ、花さんって街野のOGだったんですか」

「うん、まだ十年は経ってないくらいだね。でも私が今25だから、もう7年にはなるのかな?」

「25?もっと若いと思ってました」

「まぁ私って若く見られるんだよね。全然威厳出なくてちょっと困ってる」

「あはは…。でもカリスマ的なのはぶんぶんですから困ることないと思いますけれど」

「そ、そうかな?それならよかった」

 

 先程の情けない依頼を承諾して自動車に乗せてもらい学校までの道中で少しの間話を聞いてみることには、自分を車に誘った銀髪の女性は花といいマキの通う街野高校のOGだということ、そして自身が売れないながらに女優やタレントとして活動してることを知った。

 

「それにしても、うちの高校にそんな有名人いるなんて思いもしませんでした」

「だから、そんなに有名じゃないって…。テレビでもそんな見ないでしょ?」

「あ、ごめんなさい。私、家の手伝いとかもあって、音楽番組とか以外は全然見てなくて…」

「そうなんだ。まぁ、そんな出てないからかえって気楽だよ。『たまにテレビで見ます』とか言われると自分の頑張りが足りないんじゃないかって思って、病んじゃいそうになる」

 

 そう笑う花の様子からは、如何にも芸能人らしい気取った雰囲気は感じられずそれがマキにとって好印象だった。しかし、格好いい女性だとマキは思う。売れていないのが信じられないくらいに。そう思いながら偶に『どうしたの?』と優しく微笑む花に照れ隠すように誤魔化す時間を過ぎて、学校の来客用駐車場まで送ってもらって。

 

「それじゃ、ここまでありがとうね。時間は気にしなくていい、って言われたけど予定時間に遅れるのは気が引けたし」

「ま、いいですよ。むしろ、こちらこそ遅れそうなときに送ってもらってありがとうございます!おかげでホームルーム間に合いそうです!」

「ふふ、よかった。それじゃ、お礼にもうひとつ」

「ふえ?なんです、って…っ!?」

 

 そろそろ桜か、それよりも梅が咲きそうな木々に囲まれた駐車場の内側で会話を交わす二人であったが、後ろの座席から荷物を取り出しながら笑うマキに近づいて花は笑う。それに無警戒に近寄っていって。急に、ぐいっと抱き締められる。

 

「わぁ…っ!?」

「ちゅ…。まぁ、仮にも女優とかモデルとかやってるし、こういうことぐらい、ね?それじゃ、楽しい時間をありがとう、マキちゃん。帰りもよかったら、ここに来てね。送ってくよ」

 

 そう、額にキザったらしくキスをして、いつの間にやら取り出した鞄を片手に花は学校の表口、生徒用玄関とは逆側にある来客用の玄関の方へ向けて足を進めていった。残されたマキはたまったものではない。自身が知らないとはいえ美人で人もよい中性的な美人の女性にキスを与えられて動揺を隠せぬ人物などそういないだろう。

 

「…むぅ。キザな人だなぁ。…方向音痴なくせに」

 

 そんな動揺を隠せる、そもそも動揺しないくらいには肝っ玉の据わった人物がマキであるのだが。気恥ずかしさはあるが、そも芸能人に遭ったことなどある筈もないので、それが普通なのだと割り切ってマキは話すネタが増えたな、なんて軽い気持ちでクラスへと向かった。

 

「おっはよー。いやぁ、今日珍しいことしちゃっ、たー…?」

 

 そんな、軽い気持ちが払拭されたのは、クラスにやはり軽い気持ちで飛び入っていった時のことだった。普段は軽口で返すクラスメイトの女子達が、じとりとした視線をマキに向けてきたからに他ならない。

 

「なぁにが、珍しいことしちゃっただよ。マキぃ…」

「あれか?私達への当てつけか、ほんとに…」

「へ、え…?なんかした、私?」

「なんかした、じゃないよほんとに…!なんで、Flowerの車に乗ってんのさ、お前ぇ!」

「しかも、仲よさそうに話してたし、挙句抱き締めてもらってたじゃん!お前、なんでそんなに仲良くなってんの!?なに、喫茶店の常連とかだったりすんの!?」

「い、いや…。Flowerって、もしかしてさっき車で送ってもらった美人さん?そんな、前会ったことはあるけど殆ど初めて会った感じの人だけど…なんか、道に迷ったから案内してほしいって…」

 

 そんな、何が何やら分かっていない様子のマキの様子に、取り囲んでいた女子達は呆れたような溜息を零す。

 

「やっぱ知らないか…。あのなぁ、マキ。あんた、音楽番組以外にもテレビ番組見な?Flowerなんて超売れっ子のモデルタレントよ?」

「今日、OGでコメントプレゼントに来るって噂あったけどほんとだったとはねぇ…。…まぁ、それよりもなんも知らないうちのクラスメイトに道案内頼むのがなにより意外だったけどさ」

「え、そんなに有名な人なの、さっきの人…?そんなに売れてないって言ってたけど…」

「ばっか、お前!こないだのドラマで主演張ってたやつが売れてない訳あるか!」

「ほんと、マキはテレビ見なさすぎ!もう、しばらく今日は返さないからね!」

「おーい、騒いでんなぁ。ホームルーム始めんぞー」

 

 そんな担任の言葉に一度遮られたものの、それから休み時間の度にマキへの質問は続き、帰りのホームルームが終わっても暫く解放されることはなかった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「あ、マキちゃん。お疲れ様」

「…なに、涼しい顔してんですか?」

「ははは、ちょっと大変な思いしたみたいだね?」

 

 そう笑う花の様子に、マキはげんなりとした顔を見せた。クラスメイトからの質問攻めで肉体的にも精神的にも疲労一杯なマキが通学時の花の言葉を思い出して駐車場まで来てみれば、件の女性は少なくない女生徒に囲まれてサインに写真にと忙しい思いをしているようだった。少し遠くを見れば遠巻きに写真を撮る生徒もそれなりにいるようで、自分が思っていた以上に、何より彼女の発言など遠く及ばないほどに彼女が人気であったことが窺い知れる。しかし、そんな彼女は自身の人気など素知らぬ様子で自分に話しかけてくるのだから、マキは少々の頭痛を感じずにはいられなかった。今も含めてまだ三回しか会ったことしかない人物にこれほど親しい様子で話しかけられるのも要因ではあるが、何より恐らくFlowerのファンから向けられる嫉妬や羨望の視線、加えて自身のファンでもある生徒からの恐らくいわゆる絡みを期待した歓声に身に余る荷の重さを感じながら、それを非難するように花にじとりとした視線を向ける。

 

「まぁまぁ、落ち着いて。ほら、こっちこっち。みんなごめんね。今日はこれくらいで」

「わ、ちょ…!?」

 

 そう言って花は人ごみの中からマキをぐいっと抱き寄せるように引っ張って自身の元へと引き寄せる。歓声とも悲鳴ともつかない叫びを背に、マキを自身の車の助手席へと放り入れて花は車へと飛び乗った。そのまま、周りの様子も気に留めずに花は車を走らせて、学校を後にした。

 

「…随分と、人を振り回すのが好きじゃないですか?Flowerさん」

「おや、私のこと知ってくれたんだ。嬉しいなぁ。…でも、他人行儀なのは少し寂しいかな?」

「寂しいかな、じゃないですよ…。売れてないとか、全然違うじゃないですか…。知らなかったのが恥ずかしいくらい…」

「あはは!まぁ、まだ頑張りが足りないなぁって思ったよ!」

 

 そう、心底愉快そうに笑う花の様子を恨めし気にマキは見やる。業間やホームルーム後に聞いた話によれば、今自分の隣でハンドルを握る自称売れない俳優の彼女は、周りの評価に寄れば飛ぶ鳥を落とす勢いのモデル兼業の女性俳優で、デビュー数年ながら人柄や実力、何より人を惹きつける特有の魅力も相まって数々の雑誌の表紙を飾り、主演のドラマも持つ時の人ということだった。

 

「…まぁ、いいです。それで、あー…、実はですね。送ってく、って言ってもらったところであれなんですけれど…」

「あ、やっぱり自宅ばれとか気になるよね?大丈夫だよ、適当な駅言ってくれたらそこに置いてくし」

「いや、実は…。友達ー…、と待ち合わせみたいなことしてまして、そこに送ってもらいたいんですけれど。よければお土産の店とかにも寄ってもらって…」

「あー、オッケーオッケー。それで、どこ行けばいい?」

「お土産は、途中で買えばいいか…。それで、初めて会った、って言えばいいんですかね?私が駆け下りてくれたところを支えてくれた、神社があるじゃないですか?あそこが待ち合わせ場所なんですけれど、いいですかね?」

「…あ、あそこか…。うん、いいよ。オッケー。じゃ、お土産も決めちゃってよ。寄ってくから」

「すみません、道案内しただけなのに…」

「いいのいいの!こういうのは、先輩に任せなさいって!」

「あ、そう言えば先輩でしたね。…今度、図書室で探しちゃおうかな?確か、7、8年前でしたよね?」

「え、ぞれはやめてよ!?恥ずかしいからさ」

 

 そう恥ずかしそうに笑う花の様子に、マキも思わず頬を緩ませた。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「…マキ。臭い」

「酷くない!?そんな言われるようなことした覚え無いんだけど!?」

 

 花に送られながらお土産をこしらえて向かった稲荷神社で、普段ならお土産を持ってくると子供の様に寄ってくるヒメからの思いもしない拒絶の発言に、普段はあまり気にしないマキも流石に心外という様子で声を上げた。

 

「いや…、なんだろ。普段はそんなことないんだけど、どこか別のよくない神社とか行ったか?他のよくない神格の匂いが混じって、正直不快な感じがする」

「えぇ…?ここ以外の神社に、お参りなんかしないって。…じゃあ、なんで?」

「まぁ、ヒメ。落ち着きなって。…そうだな、マキ。誰か、普段合わない人とあったりしたかな?もしかしたら、その人かも。長く一緒にいたら、猶更、ね」

「あー、確かに会ったね。車で送ってもらったんだ。なんでも、有名な女優さんとかみたいで。でも、それがどうしたの?」

「うん、合点がいったよ。多分、その女優が色々神社を回ってるんじゃないかな?私は今のそういう芸能関係分からないけれど、多分今もそういう神頼みとか願掛けみたいなの、気にかけてるんでしょ?もし次に会う機会あったら聞いてみてよ。そいつが神社巡りをよくしてるんなら、よく分からないもの拾ってきたりもしてるんじゃないかな」

「えー…、でも私、気にならなかったよ?」

「そりゃあ、マキの気は薄いからな。鈍感でも仕方ない」

「まぁ、それはそう」

「二人とも酷くない!?」

「ま、まぁまぁ落ち着いて、皆さん。お茶の用意はしてますから」

 

 呟く精霊二人と叫ぶマキを嗜めるようにお茶の入ったお盆を手に社殿から出てきたゆかりがそう言うと、ヒメとミコトは「ありがとう」と礼を言いながら、マキも少し不満げながらもむくれながらお茶を受け取って、マキの買ってきたクッキーに手を伸ばした。そうして縁側にぽすんと腰を預けたマキの横に、ゆかりも正座で座ったのだが。

 

「…ん?マキさん…、なんか…」

「ん?どったの、ゆかりちゃん」

「お?ゆかりも気になったかー?マキの匂い、今日は変じゃろ?」

「あははー…、へんだったらごめんね、ゆかりちゃん」

「ん…?すんすん…、いえ、変っていうより、なんというか懐かしい?みたいな不思議な匂いがするんです…」

「懐かしい…?そんな匂いするのかな、ゆかりに。…もしかして、生前の匂いとか?」

「あはは…。分からないですけれど、もしかしてマキさんが私と生前に関わりのある人と会ったのかもしれませんね。…花ちゃん、とか」

「…花ちゃん?」

「え、ど、どうしたの?ゆかり」

 

 そんな呟きに、マキとミコトは疑問と困惑を口にする。

 

「あ、い、いえ…!ふと、頭によぎったんです!ただ、ぼんやりと名前だけが…。もしかしたら、親しい人の名前だったのかもしれない、ですね…」

「そ、そっか…」

「ふーん…。じゃ、ちょっと聞いたり調べたりしてみますかね」

「え…。い、いいんですか?」

「いいのいいの!お姉さんに任せなさい!」

「張り切りすぎるなよ、マキ…。人間のやれることには限界があるんだから」

「しかもマキだからな。変なところでしくじるぞ、うん」

 

 そんな精霊二人の苦言にも耳を貸さず、マキは年不相応に膨らんだ胸部を恥ずかしげもなく張って自身を顕わにしてみせた。

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