そんなメッセージから始まるガールミーツガール。
その人のことを知っていたのは実際に出会うよりずっと前だった。
『ゆかりお姉ちゃん?すごいよ!』
普段から少し頭の弱いと思っていた同級生が、一層不足した語彙力でその凄さとやらを語るその様子から分かるのは、この紲星あかりという少女が心酔の言っていいレベルでその結月ゆかりという女性を好いていることだけだった。
『あー、思い出してきた、子供の時とか結婚するんだー、とか言ってたなぁ。懐かしい』
そう笑う少女に『今もそうなんじゃない、あかりなら』と何となくかまをかけてみれば『そ、そんなわけないないじゃん!』と顔を林檎みたいに真っ赤にして面白いくらいに否定するその様子は最早逆に、私は未だに諦められずにいます、と言っているようなもので。
その様子に私が抱いたのは(数年とはいえそれなりに付き合っていた親友であるからして当然だが)嫌悪でも忌避でもなく、純粋な好奇心だった。私は、いかにも(事実そういった面もあるが)大雑把そうな彼女が意外に好き嫌いの激しい性格であることを知っている。それは人付き合いについても同じことが言えて、彼女のお気に入りというか彼女は付き合いたいと思う人間についても選り好みは割と厳しいのである。
その彼女がそれほどまでに好意を明け透けにする人間とはどのようなものだろう。生憎人間観察に自信があるほど人好きでも経験があるわけでもないが、そんな私なりに審査でもしてやろうかな、なんて生意気にも思っていた。思っていたのだけれど。
「あー、あかり結構遅いですね?」
「え、えぇ。そうですねぇ?」
神様、ごめんなさい。生意気な考えを抱いたことは謝りますので、この非常に気まずい状況を打破していただけないでしょうか。
事は数時間前に遡る。
私こと小春六花が、数少ない親友である紲星あかりに突然呼び出されたのが9時を少し過ぎた辺り。昨夜少々の寝不足を経て、白みだした空を記憶の端に残して布団に沈んだ私は、彼女からの緊急の招集に眉をひそめながら、私はまだ重い瞼と身体に鞭打って彼女の言う予定より20分ほど遅れながらも集合場所である最寄り駅まで歩いてきたのである。
そうして辿り着いた駅の大時計の前に紲星あかりはいた。ひとつ、普段と違うことがあるとするならば、普段は視線を向けっぱなしな現代っ子御用達の端末ではなく隣にいる誰かに視線を向けていることだった。いかにも人懐っこそうな癖に人見知りな彼女が向けるに珍しい満面の笑みで話すその様子に、余程親しい間柄の人間なのだろうと思ったことを覚えている。この時彼女の思惑というか、この如何にも親しそうに話す彼女が何者かと気付ければよかったのだ。そうすれば、この気まずい空気も回避できたのに。
『あ、ゆかりお姉ちゃん!六花ちゃん来たよ!』
あかりに声を掛けようと近づいて聞こえたあかりの声に、頭の上に“?”が浮かぶ。今、彼女は何と言った?ゆかりお姉ちゃん?
『ほら、六花ちゃん!この前言ってたゆかりお姉ちゃん!今日用事でこっち来るって聞いて、つい興奮しちゃって呼んじゃった!この前会いたいって言ってたじゃん?』
『ど、どうも。あかりの従妹のゆかりです…』
そう、それはいい笑顔で言うあかりと、対照的に苦笑いを浮かべながら返事をする“ゆかりお姉ちゃん”。あかりより僅かに背の高い彼女は、後姿からも分かるスレンダー、というよりかは華奢という言葉が似合う綺麗な人だった。とりあえず男受けは間違いなくいいであろう美人さんで、あかりの諸々に対する反応を見るに押しに弱いというか流れに身を任せがちな性格。それが彼女の第一印象だった。
そうして、三人の変則的なデート?が始まった。ゲームセンターでプリクラを撮ったり、カラオケで歌を歌ったり、ファミレスのドリンクバーでお金を節約したり。如何にもな学生プランのデートコースを回れば、なおのこと先程の第一印象は確固たるものになっていく。控え目で自己主張の薄い、でも周りに気を回してくれる優しい人。『次は六花さんの番でいいですか?』のデンモクを渡されたり、『飲み物何がいいですか?』と自分の分と合わせて飲み物を持ってきてくれたり。溢れる女子力、というかいい人力の高さに、あかりがゆかりさんにひどく懐いているのも分かるというものだった。
そうして過ぎる時間は早いもので、気が付けば日も傾いてもうそろそろ帰る頃合い。「楽しかったねー」と普段の4割増しくらいでテンションの高いあかりに、少し角が取れて笑みも柔らかくなったゆかりさんと駅に向かうその途中。あかりが足を止めた。
「あ!あそこのクレープ食べてないや!」
そう言ってあかりが視線を向ける先には、それなりに行列のできているクレープ屋さん。私もそれなりに行きつけだから味は保証できるけど、結構時間はかかるだろう。
「ゆかりお姉ちゃん、ちょっと待っててね!折角だから食べていってよ!」
「あ、じゃあ私も並ぶ?」
「六花ちゃんも待ってていいよー!今朝叩き起こした分、これでチャラね!」
そう言って、行列に並ぶ後姿を眺めながら二人、向かいのビルに背を預けるようにしてあかりの帰りを待つ。距離もつい少し取って並びながらクレープ屋の列を眺めている。正直、私も口が上手いわけではないからこの無言の空気をどうするべきか決めあぐねている。
「あの」
「ひゃいっ!?」
突然声を掛けられて、思わず裏返った声が漏れる。くすり、と隣から笑い声が漏れて、恥ずかしさで顔が赤くなっているように感じる。
「いつも、あかりがお世話になってます。あの子、結構人付き合い苦手だから大変でしょう?」
「い、いや、まあそうっちゃそうですけど…。でもいい奴ですよ、義理堅いっていうか、ちゃんと人のこと考えて行動してくれるっていうか」
「それならよかったです。六花さんは優しいんですね」
「い、いえ。それほどでも」
思いもよらない高評価に顔の熱が一層上がるのを感じる。ゆかりさんは人を褒めるのも得意らしい。なんだろう、思わずズルいという言葉が頭に浮かぶ。
と、その時だった。
「お、お二人さん。今遊んでるところ?」
「え、いや、人を待ってるというか…」
「へー?男、女?まぁいいや、俺らと遊ばない?」
二人組の男が私たちに声を掛けてくる。顔だけ見れば多分70点位の如何にも軽薄そうな男たちで、ついていったら間違いなくろくな目に合わないと感じられる典型的なチャラ男で。
そうして絡む二人は私よりも押しに弱い、しかも美人さんと判断したのだろう、二人してゆかりさんに絡んでいく。「困ります」と言うゆかりさんの声を無視して「いいじゃんさ」と一人がゆかりさんの腕を掴む。それで、私の中の何かが弾けた。
「ちょっと!嫌がってるじゃないですか!」
そう言って男二人とゆかりさんの間に割り込もうとする。急な叫び声に驚いたようで停止した腕の間に身体を滑り込ませようとする。でも、そんな抵抗、男と女の差で意味などないに等しい。驚いた表情から一変鬱陶しいものを見る表情になった男たちのうち、ゆかりさんの手を掴んでいない方の男が私を突き飛ばす。
「うるせぇな、お前は別にどうでもいいからすっこんでろよ」
突き飛ばされて尻餅をついた私にそう言い捨てる男。それに私の沸点も限界だった。
「こん、の…、離れろぉ!」
立ち上がってすぐに突き飛ばした方の男の後頭部に持っていた鞄を叩きつける。そうやって少し前のめりに身体が倒れる。そのままもう一度、二度と向けられた背中を殴打する。
しかし、所詮は現役JKの非力な抵抗だ。すぐに立ち上がりこちらを向いた男の顔は怒りで満ち満ちていて。
「こ、の…。なめんじゃねぇぞ、クソ女がぁ!」
そう言って殴りかかろうとしてくる男。でも、どうしてか避ける気にはなれなかった。正確には避けたくないと避けられないが半々くらい。怖くて脚は竦んでるけれど、ただ無防備に受ける気にはならない、せめて最後まで抵抗してやると、虚勢を張って来る痛みに耐えようとつい反射的に目を閉じて、
「ぎ、あぁ、いだぁ!」
低い悲鳴がどこからか漏れた。その声に、目の前の男の気配が薄くなり恐る恐る目を開けると、もう一人のゆかりさんの腕を握っていた男が悲鳴を上げていた。…ゆかりさんに組み伏せられる形で。
「いい加減にしてくれませんかね?私だけならともかく、彼女にまで手を挙げられるのは困るんですよ」
そうしゃべるゆかりさんの口調は今までの困り調子とも優しい語り口とも違う、冷淡で恐怖を覚えるものだった。そのまま怯んでいる私を殴ろうとした男に向けてゆかりさんは続ける。
「私たちに関わるのをやめてください。私たちは私達でそれなりに楽しんでるんです。あなたたちに構っている無駄な時間なんてないんですよ」
「て、てめぇ…!ふざけたこと言いやがって…!」
そう言って狙いをゆかりさんに定める男。それを止めようともう一度鞄を振り上げようとして。
「別にいいですけど、私はその前にこの方の関節外しますよ?」
「ぎ、あが、がぁあああ!」
そう言って背の方に無理くりに回した腕に力を込める。素人目に見ても明らかに無理な角度で曲がっているそれはそれ以上曲げたら激痛なんてものでは済まされないのは傍目に見ても同然だった。
「ギブ!ギブ、ギブ!!」
そう言って涙ながらに許しを乞う男の様子に、もう一人もひどく悔しそうな顔をしながら「分かったから、そいつを離せ!」とついに折れる。
「いいでしょう、これに懲りたら相手は選ぶことですね」
そう言ってゆかりさんは男を固めていた手を離す。その身体が地面にぼたりと落とされて、男は半ば泣きそうな表情で私達から離れていく。もう一人の男も「覚えてやがれ、クソ女ども」と在り来りな捨て台詞を吐いてもう一人を追う。
そんな、目の前に起こった光景に呆然としていると、ゆかりさんが慌てたように近づいてきた。
「六花さん、大丈夫ですか?ケガとかは?」
「い、いえ、突き飛ばされたくらいで特にケガとかは…」
「~~~はぁぁああ、よかったぁ…」
そう言ってその場にへたり込むゆかりさんは、先程まで冷たい空気を纏っていたのが噓のように気の抜けた柔らかい雰囲気で。その場にへたり込んでしまった。そのギャップに正直ついていけず、なおのこと呆然としてしまう。
「あ、お姉ちゃん!六花ちゃん!クレープ買ってきたよ…って何かあった?」
「あ、えーと…」
「特にないですよ?ただちょっと、びっくりしたことがあったといいますか…」
「フーン…」
「それよりも、クレープは何を買ってきてくれたんです?」
「あ!まず、チョコバナナでしょ?それからイチゴ生クリームと…」
そういくつかのクレープを見せながら楽しそうに喋るあかり。そんな彼女から目を反らし、ゆかりさんの方を向けば口元に人差し指を立てていて。私はそれを察して黙るほかなかった。
そこからはクレープをシェアしてゆかりさんの帰る電車の時間まで、駅ビルにある雑貨屋を覗いてみたりして。そうして時間を潰せば、電車の発車時刻までもうすぐだった。
「じゃあ、次は夏休みくらいに帰ってくるから」
「む~、もっと早く来れないの?」
「大学生もこの時期は単位とかで忙しいの。我儘言わないの」
「は~い…」
「六花さんも、ありがとうございました。今日は楽しかったです」
「あ、はい。こちらこそ」
お礼をするのはこちらじゃないかな、なんてクレープ屋の前でのことを思いながら考えていると「あ、そうだ」なんて言葉を零して、ゆかりさんは私の腕を掴んで少しあかりから離れる。「ちょっと内緒のことだから」なんてあかりに言ってゆかりさんは私をホームの端の方へと連れていく。
「えっと、実はラインを交換してもらいたくて…。駄目、ですか…?」
「い、いえ、全然大丈夫ですよ?」
そうしてラインを交換して、なんでわざわざ離れてやるんだろう?なんて疑問に思った時だった。
ちゅ。
は、と頭にもう一つクエスチョンマークが浮かぶ。今、頬に柔らかい感触があった。唇?わたし、いま、キスされた?
「あの不良に絡まれたとき、とってもかっこよかったですよ?」
そう言って、今日初めての少し悪戯っぽい笑顔を向けられて。
そこからはあまり記憶にない。二人でゆかりさんが新幹線に乗って帰るのを見送って、あかりと別れて帰路について、ご飯を食べてお風呂に入って、そのどれもが上の空。ただ、頬に残る柔らかな感覚が忘れられなくて。私は布団の中で、あかりに謝罪した。
———ごめん、あかり。私も諦めたくなくなっちゃった。