水色髪のあの子と、私。   作:竹@竹林にて。

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濡れ衣の二人

 

「…どう、少しは落ち着いた?」

 

 備え付けのバスタオルで適当に水気を拭き取りながら尋ねるが、返事はない。少し不機嫌そうに一瞥してすぐに視線を逸らす。オネははぁ、と溜息を一つついて葵の頭に使用していたタオルをそっと被せた。

 

「風邪引くからとりあえずそれで頭拭いといて。私、お湯を入れてくるから」

「…なんで、」

 

 まだ少し濡れている頭を軽くかき上げて風呂場に向かおうとするオネの背中に、葵が声をかける。ぴたり、と振り向けば掛けられたバスタオルの端を右手でぎゅ、と掴みながら不満と不安が入り混じった視線を向ける。

 

「なんで、私なんか助けたの?あんたには関係ないでしょ、私なんか」

 

 冷たく突き放すような物言いは、およそ助けられた立場の人間のものではない。だが、オネはその態度に対する怒りや不満以上に学校での優等生然とした態度とはかけ離れた口調や態度への物珍しさを感じていた。

 

「…いや、なんか助けが必要そうだったから、ついね?」

 

 とりあえず、率直な感想を口に出す。その解答に一層眉間にしわを寄せた不快そうな表情になって、葵は顔毎視線を下げた。

 

「…助けて、なんて言ってない」

「でも、嫌がってたぽかったし。離して、とか言ってたし。…それとも、私に見捨てられて無理矢理あの男に連れてかれたほうがよかった?」

 

 そこまで言われればもう反論の余地が無くなったのか、口を噤みがさがさと荒っぽく頭をタオル越しにかき回した。

 その子供じみた荒々しさも、裏路地で見かけた様子から想像できる彼女の行動も、全てが学校で見せる彼女の姿と乖離していた。

 ふと、これまでを思い返す。古本屋や喫茶店でつい長尻をしてしまい、帰りが遅くなった帰り道。『やめて』、『離して』と叫ぶ彼女の声を聞けたのは、少なくとも彼女にとっては幸運だったと信じたい。『ここまで来て』、『今更何を言うんだ』と腕を掴む薄ら禿げたおっさんの股間を後ろから思い切り蹴りあげて、オネは葵の手を取ってその場を逃げ出した。折悪く降り出した土砂降りの雨から逃げるように、入ったことも無い『そういう』ホテルに飛び込んで。

 今更ながら、急を要する事態だったとはいえ中々に行動力溢れていたとオネは思う。無駄に広い風呂場の浴槽にお湯を入れて戻ってくると、大方拭き終えたのか葵は傍らにバスタオルを丸め置いてちょこんと座っていた。拳を膝の上に置き、視線をそこに向けて無言で座る姿は叱られるのを待つ子供の様に小さく見えて。どうすればいいのか分からないオネはぽすんと葵の隣に座る。ぴくり、と肩を跳ねさせるようにした彼女の仕草を見て失敗だったか、と僅かに後悔した。

 

「えー、と…」

「…」

 

 沈黙に耐えきれず、話題を探そうとするも何一つ思い浮かばない。頭の中に浮かぶのはどれもこれも、『何をしていた』とか地雷めいたものばかり。結局は沈黙が一番かと、視線を天井に向けて無意味に時が過ぎるのを待っていた。

 

 ~~~♪

「あ、やば…」

 

 その沈黙を破ったのは、オネの鞄から鳴り響いたスマートフォンの着信音だった。突然の音に驚いてか肩を震わした隣の彼女にごめん、と一言告げてから着信に出る。

 

『オネちゃん、こんな遅くまでなにしてるの?』

「あー…、ごめん。ちょっと友達の家でさ…」

『お父さん達心配してるから早く帰ってきてね』

「ん、ごめん。もしかしたらだいぶ遅くっていうか、泊まりになるかも」

『え、泊まりって、誰の家?もうお夕飯出来てるんだけれど』

「あの、ごめん。事情は明日話すから、ごめん。じゃあ」

『ちょ、ちょっと…』

 

 ぷつり、と。強引に話を進めてオネは無理矢理に通話を切った。これは明日説教モードだな、と内心冷や汗をかきながら葵の方に視線を向けた。視線の先の彼女はどこか怯えている様で、かたかたと少し震えている。余計なことを言ったかな、と心の中で反省した。

 

「あー、大丈夫だよ。誰ととか、ラブホがとかは黙ってるからさ。そっちが不安になる様なことは言わないよ」

「…そう」

「そっちは電話とかしなくていいの?正直私もばれると困るから、適当に誤魔化してくれると助かるんだけれど」

「!」

 

 その一言でびくり、と肩を大きく震わせた。

 

「あ、あの…」

「…したくない」

「え」

「連絡とか、したくないの。家に」

「まぁ、あんな普段からして似合わないことしてるし、言いにくいのも分かるけど」

「私のこと知らないで、似合わないこととか言わないでよ!」

 

 突然の叫び声に、今度はオネが肩を震わせる番だった。はっとしたように、顔を上げた葵は罰が悪そうに再び視線を床に落とした。

 

「…ごめんなさい、八つ当たりみたいに」

「いや、私こそ…。特に親しくも無いのに分かってるみたいなこと言っちゃって…」

 

 その言葉を最後に二人の間に沈黙が流れる。その気まずさに耐えかねて、オネはそれが地雷だと分かっていながらあえて踏み込むことを決断した。

 

「…あの、さ。家って、もしかして茜さんと関係ある?」

「!?」

 

 信じられない、そう言いたげに顔を上げる葵の姿に予感が確信に変わる。

 

「な、なんで…」

「噂程度だったけど聴いてたから。最近、琴葉さん達が二人でいるところ見るの少ないって。一年生の時とか仲良すぎるくらいに一緒にいたのに、二学期に入ってから一緒にいないって。というか茜さんが結月先輩と一緒に…」

「やめて!」

 

 オネの言葉を遮るようにして、葵は叫ぶ。それでもオネは止まらない。否、止まれない。一度転がり出した岩は簡単に止まらないと相場が決まっている。

 

「あぁ、そう言えばなんとなく思い出した。前は、葵さんも結月先輩と一緒にいること多かったけど。もしかして、結月先輩と茜さんが付き合って…」

「っ…、うるさい!うるさいっ!」

 

 ベッドに腰掛けた自分の前で佇みながら推理に耽るオネの腕を引き、葵は叫ぶ。突然の抵抗になすすべなくオネは引っ張られベッドに仰向けに倒れ込む。思わず閉じた視界を開き直せば、目を潤ませた決死の表情で葵がこちらを睨んでいた。

 

「何様のつもり!?そんな勝手に踏み込んで!何も知らない貴女が勝手に踏み込んでこないでよ!お姉ちゃんとゆかりさんが、付き合ってどれだけ悔しかったか何も知らない癖に!私だけのけものにされて、どれだけ惨めな思いしたかなんて、あんたに分かるわけないじゃない!?」

 

 そう、涙を零しながら声を荒げる葵の姿を見て、オネはぼんやりと『初めて同級生が本気で泣き叫んでいるのを見た』と思う。それと同時に浮かび上がるのは、申し訳なさと彼女への庇護欲。ここまで追い詰めた自分にそれを抱くなどおこがましいと思わなくもない。だが、今の彼女には、それこそ援助交際に逃げかねないほどに追い詰められているような彼女には、何かしらの拠り所が必要で、恐らくそれに最も適しているのは自分なのだ。

 

「…分からないよ」

「…じゃあ、もう黙ってよ…!お願いだから!」

「黙るよ。黙る。だけど、それで葵はどうするの?」

「…急に名前なんかで、呼ばないでよ」

「いや。そこまで追い詰められて、葵はどうするつもりなの?」

「…そんなの、あんたに関係ないでしょ…」

「なんて言うかさ…、サンドバッグみたいなの欲しくない?」

「え…」

「私ならなってあげれるよ?不満があれば私に当たってくれればいい。遊び相手でも愚痴相手でも、なんなら本当に殴る蹴るとかしても構わない」

「なに、いって…。あんた…」

「オネ」

「おね…?」

「オネって言ってよ。私は貴女だけの、オネ。件の二人の代用品にはならないだろうけど、私にできる事ならやってみせるよ。…どうする?」

「…ふざけ、ないでよ」

 

 その言葉が最後だった。

 葵は壊れたラジオの様に、ふざけないで、と泣きごと交じりに繰り返すだけで、オネは首元に埋められたその頭に手を回してそっと撫で続ける。姉からの連絡が葵のスマートフォンを鳴らすのにも気付かぬまま、二人は雨で凍えた身体を寄せあった。

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