「あ、い、イく!ん、うぅん!」
「は…、ね。ちょっと早すぎるんじゃない?敏感にでもなった?」
そう苦笑しながら頬に飛んだ汁を親指で拭い、舐め取る。その仕草が余りに慣れたものに見えて、どういうわけか心を刺した。
「…、ねぇ。ちょっと」
「うん?」
「…別に、どうでもいいんだけどさ。あたし以外の人と寝た事あるの?」
「…それ聞いて、『うん』って答えたらどう思う?」
「…別に」
露骨に曇るオネの表情を見て、言わなきゃよかったと後悔するが今更もう遅い。そも、こんな行為に浸っている時点で後悔云々の話ではないのだ。
「いつも言ってるでしょ?私はこんなことあんたとしかやらないしやれないって」
「…どうだか」
情けない。己の発言でこんなにも不機嫌になるなんて馬鹿らし過ぎる。挙句、貴重な傷の舐め合い仲間まで不機嫌にさせて。これでオネが『じゃあもうこんな関係止める』などと言いだしたとして、劣情を持て余し困るのは自分だというのに。視線だけでちらと見れば、案の定不機嫌そうに口元を拭い、その拭った手で汗に濡れた髪をがしがしとかき上げるオネの姿。後悔先に立たず。それでも、謝る気は起きなかった。自分でもこの幼稚さが嫌になるが、どうしてかここでオネに謝るのは違う気がした。どうしようもない意地張りではないかと問われればそれまでの話だが。
「…葵」
「…なに」
「こっち向いて」
「なに…むん!?」
ぼそりと零された声に、内心びくりとしながらもそれを隠しながら振り向けば、唇を奪われる。驚きのまま開いたままの視線の先、皺ひとつない眉間をつくるオネのまつ毛の長さに普段余り見せない少女らしさをぼんやりと感じていると、油断しっぱなしの口元をこじ開けてぬるりした熱い何かが入り込んでくるのを感じる。
「んぅ!?」
「ん、ふぅ、ちゅ」
これはオネの舌だ。そう認識するのとほぼ同時に自らのそれを絡め取られる。二人で身体を重ねるときは滅多にキスなんてしないし、それがディープとなると一層であるからつい受け身に回ってしまう。舌がぬるりと触れあう度に呼吸が奪われて快感が走る。それなのに、どこか冷静に状態を見てる自分がいてそれはこの受け手の状況を好ましく受け取っていなかった。どうしようもない幼稚な負けん気が何故か苛立ちを呼び、こちらからもやりかえしてやろうと舌先を動かそうとして、しかし、それを見越したかのようにオネは唇を離しそれに合わせて舌は葵の口内から抜き出された。
「…?どうかした?」
「…べつ、に」
荒くなった呼吸と共に出てくるのは結局無愛想なままの返事。しかし、オネはそれに苛立ちを見せずただ苦笑して葵の頬に手を回してさす、と撫でた。なにかされるのか、と僅かに身を震わせたのに目聡く気付いて笑うのに、不満を言葉ではなく拳に乗せて脇腹を小突いた。それでも、添えられた手は離れない。
「もうこんな関係なんだから、無愛想も理不尽もどうでもいいって。葵は葵のままって受け入れてるから」
その呟きに、心がまたちくりと痛む。オネの献身が冷え切った心に沁み入って溶かしていくように感じられた。
「ん?どうした?」
「…五月蠅い」
此処までしても素直になれない自分の性根が恨めしい。でも、それでもいいかと思ってしまう、目の前にいるこいつはそれも仕方ないといった調子で受け止めてくれる気がするから。
「…それよりも、」
「え、ひゃ!?」
そう油断していたから、オネが獲物を狙う猫の視線で自分を見ていたことに葵は気付けなかった。ぼすん、と仰向けにベッドに押し倒されて一瞬閉じた視界のその先で、オネは葵の脚の間に身体を滑り込ませていた。
「私はまだ満足してないから、こんなとこで終わらせないからね」
そう呟いて唇を舐めるオネの表情に、思わず溜息を零した。
***
「…やりすぎ、ばか」
「ごめんって」
同じ布団に包まれながら、葵は壁を正面に背後のオネに向かって呟いた。苦笑しながら謝るオネから向けられる視線も知ったことではない、といった様子だ。
「…それに、舐めた後の唇でキスもやだ」
「でも、あれしか説得?言い訳?も思いつかなかったんだもん」
「それって、浮気した彼氏が彼女によくやるやつらしいけど」
「え、まじ?」
落胆した様子で、まじかーと零すオネの声色に葵は今日何度目かの溜息を付く。
「…あの、さ」
「ん?」
「私達の関係、みたいなの話したじゃん。キスの後」
「え、あ、うん?あぁ、そうだね」
「…それでなんだけど、」
「うん」
「私とあんたの関係って、なんなの?」
「え?…セフレ、じゃないの?」
げし、と見えない脚を蹴りつける。思いの外効いた様で、背後から「いっ…!?」と思わずといった様子で漏れた声が聞こえる。
「あんたに聞いた私が馬鹿だった」
「酷いよ!?」
酷いのはどっちだよ、言いかけた言葉を口の中でかき消して葵は背後の共犯者の言葉を無視して眠ることに決めた。