しかし、何ものにも例外はあるもので。
これは、そんな結月ゆかりと春日部つむぎのお話。
結月ゆかりは自身が所謂“オタク”であるという自覚が薄い。アニメや漫画、ゲームの類は好きではあるが、それも人並みよりはというだけで、例えば一つのキャラクターについて詳しく語れるとか、ゲームのプレイになにか極端な制限をかけてクリアを目指すとか、そういった如何にも“オタク”的なありかたをしているわけではない。結局のところ、自分は一般的な人間の範疇に収まる存在だと考えている。
しかし、周りはそれを許さない。張られた“オタク”というレッテルはすっかりクラスに浸透し、結月ゆかりの評価はそれに収まった。そして、世間はそれに対してあまり優しくない。不思議と“オタク”というものは孤立しがちだ。結月ゆかりもクラスであまり話す友人というものはいない。別段、隔離とか腫物とかそういう扱いではないが、例えば会話の頻度を平均するとかしたら、下から数えた方が余程早いだろう。それを特に気にすることが無いのが結月ゆかりだったのだが。
その日もホームルームを終えて、ゆかりは席に座って外をぼんやりと眺める。普通に帰っても問題ない。むしろそうしたい。だが、そうしなかったのは。
「ゆかりーん、お待たせー」
最近話すようになった別のクラスの少女を待つその為だった。オレンジの髪と着崩した制服の裾を揺らしながら人好みしそうな笑みを浮かべる如何にも“ギャル”とか“陽キャ”とかに分類されそうな、とういうよりも分類されているその少女の名は春日部つむぎという。如何にもスクールカーストが高そうな雰囲気を醸し出す彼女は、実際学年でもカーストランクの高い少年少女のグループと関わりが深い。そんなつむぎがゆかりと会話するようになったのは、偶然廊下でぶつかった際に落としたマイナー気味なライトノベルの表紙につむぎが反応したから。つむぎもまたそのライトノベルを好いており、それをきっかけにゆかりはつむぎを趣味の話で盛り上がれる存在だと認識するようになった。
「…遅かったですね。また、友達と話してたんですか?」
「これでも早めに切り上げたんだよ?カラオケも断ったし」
「まぁ、いいです。今日も私の家でいいですか?」
「あー、うん。あーしの家?部屋?汚いからそっちのが助かる」
「じゃあそれで。ついでにお菓子はつむぎさん持ちで」
「えー!勘弁してよー!」
「遅れた罰です」
そう笑いながら、ゆかりは机の端にかけていた荷物をひょいと肩にかけて教室の出口に向かう。二人の組み合わせにどこか奇異の目を向けられていることを自覚しながらも、友人と過ごす時間にゆかりは幸福を感じていた。
***
「ゆかりん、今のシーンちょっと戻して。見てなかった」
「またですか?アニメと一緒に何か読む癖直してくださいよ」
そう文句を言いながらも、PC画面のスクロールバーを弄ってシーンを再生するゆかりの後ろでつむぎはポッキーを咥えながら漫画を閉じる。流れる画面の中では、転生した主人公が異世界の住人と口論するシーン。そのシーンをぼんやりと眺めていたが、一分と経たずに切り上げられたのを見てやや不満げにつむぎは言った。
「ここ、もっと尺割いてもいいと思うんだけどなぁ」
「あー、それは分かります。価値観の相違とかもっと強調した方が深み?みたいなのが出ると思いますね」
「そう、それ。原作でも明らかに長くページ取ってたのにね。勿体ない」
「でもまぁ、戦闘シーンに多く割きたいんじゃないですか?その方が見栄えよくなりますし」
「そんなもんかなぁ…」
残念そうにポッキーを齧りながら、つむぎは漫画の方に目を向ける。またそっちに目を向けて、とゆかりは内心溜息を付きながら自分もポッキーを袋から一本取り出して口に咥える。自分も一度見たアニメ、BGM代わりで流してるだけでもいいだろう。そう思いながら、ゆかりもまた本棚に手を伸ばして読みかけの漫画を取ろうとする。丁度指を掛けた時だった。PCからではない音がつむぎの方から流れる。苦虫を嚙み潰したような表情でスマートフォンを見るつむぎの様子を察して、ゆかりはアニメを一時停止させた。。
「あー、大丈夫。気にしないで」
そうして、スマフォをクッションの上に放り投げて漫画に視線を戻す。出なくて大丈夫ですか、ゆかりがそう言うことはなかった。こういうことは過去にもあったし、その時に尋ねたこともあったから。『出ると面倒ごとになりそうだから、無視した方がいいんだ』。それがつむぎの答えだった。何となく、自分のオタク趣味が関わっていることを察したゆかりは少しだけいたたまれない気持ちになる。それで出来た友人ではあるが、やはりオタク趣味は未だに受け入れるのに抵抗のあるものなのだろう。それも、彼女はゆかりとは違い普段は“ギャル”とか“陽キャ”とかの類の人間である。きっとそれによる悩みもあるのだろう。彼女は気にしなかろうが、自分が枷になっているような気になって心が沈む。
「ゆかりーん、アニメ流してー?音無いのなんか落ち着かないや」
「あ、はい」
言われるままにアニメを流すゆかりには、アニメの再生を促すつむぎの言葉が、恐らくそういう意図はなかろうが沈んだ気持ちを楽にさせるようなものに思えて嬉しかった。
***
「つむぎさぁ、人付き合い考えた方いいよ?」
「んぁ?」
学校のトイレというのはある種の無法地帯である。教師が入ってくることがまずないそこは校内の他の場所でするには憚られるような会話をするには都合がよい。本来は持ち込み禁止の化粧品の使用場としても活用される女子トイレでは無法具合は一層強まる。そんな女子トイレで偶然に居合わせた化粧真っ最中のクラスメイトに話しかけられて、つむぎは自分でも間抜けだと思う声を漏らした。
「ほら、誰だっけ。A組の…あのオタクっぽい娘」
「あぁ、ゆかりちゃん?」
「そう、その娘。あんまりオタクっぽい娘といるとお前もオタク扱いされるぞー?」
「んぇー?別にあーし自分がどう思われても別にいいしなー?」
「えー、マジ?私無理なんだけど」
「マジで?アニメとか漫画ぐらい誰でも見るっしょ」
「でもオタク扱いされるのが無理っていうか、なんか恥ずかしくない?一緒にいるこっちも恥ずかしくなるっていうかさー」
「あはは、じゃああーしとも遊べないじゃん?」
「いやいや、つむぎはまだ全然そこまでじゃ」
そこまで言って化粧をしていた手と共に、如何にも今時のギャル然とした少女は言葉を失う。口では冗談めかした口調を見せていたつむぎの目が笑っていなかったからだ。
「あーしもオタク扱いするんじゃない?ゆかりんと遊んでるんだしさ」
「い、いやさ。つむぎは大丈夫だよ?でも、あんまり度が過ぎるとこっちも怯むというかさ」
「ふーん。でもさぁ、あーしって自分で言うのもなんだけど結構友達とか大事にするタイプなんだよねー」
「っ…」
そこまで話して少女Aは漸くつむぎの地雷を踏んだことに気付いた。しかし、今更後悔してももう遅い。
「まぁさ、オタク趣味をどう思うかは別にいいけどそれだけで人を判断するのはやめた方がいいと思うな、あーしは。それじゃーオタクは教室に戻るから、またねー」
そう言ってトイレを後にするつむぎの後姿を、化粧道具片手に少女Aは悔しそうに睨みつけているのを当然つむぎは知る由もない。そも、先の会話でつむぎの中から彼女に対する興味も限りなく薄いものへと変わっていたのだが。
***
「ゆかりん、お待たせー」
「あ、今日も早いんですね」
「まぁ色々あってここ最近ねー」
トイレでの会話以降、つむぎとクラスメイトの女子グループとの距離が少し開くようになって十日ほど。帰りを誘われることも減り、つむぎは自然とゆかりと帰りを共にするようになった。
「ここ最近ずっと私と一緒ですけど、クラスの人と何かありました?」
「んー?まああったっちゃあったけど、ゆかりんは気にしなくていいよー」
「もう、友達付き合いはちゃんとしないと私みたいになっちゃいますよ?」
「あー…まぁ、今は別にいいかな?それとも、ゆかりんは私と一緒に帰るの嫌?」
「…その聞き方は卑怯ですー」
「あはは、ごめんごめん」
顔を背けて少し頬を膨らませながら教室を出ようとするゆかりの後を、笑いながらつむぎは追う。人気の少ない廊下を足早に歩きながら二人は直ぐに昇降口に到着した。
「今日どうする?あーし、久しぶりにカラオケとか行きたいんだけど、どう?」
「いやぁ、今月ちょっと厳しいんですよね…。この前言ってたソシャゲにちょっと実弾を突っ込んじゃって…」
「あー、んじゃあ今日もゆかりん家に寄る感じで、ってどうしたの?その指」
上履きと外履とを入れ替えるその何気ない行為の中で、偶然につむぎはゆかりの指に貼られた絆創膏に気付いた。それも、一か所のみならず他の指や手の甲まで複数貼られている。痛々しい、と安直な感想をつむぎは抱いた。
「あ、これですか?ちょっとカッターの刃を出したままでしまっちゃってたみたいで…」
「それでこんなに切ったの?」
「あ、指のはプリントの端のとこで。我ながらよくこの短い間に不注意をしたもんです」
「ふーん…」
どこか納得いかなそうにしながら外履きに履き替えるつむぎは、思う通りどこか気まずそうに振る舞うゆかりに疑念と心配の入り混じった視線を向ける。
「…なんかあったら言ってね?ゆかりん」
「何がですか?」
「いや、何がと聞かれるとあれなんだけど…」
「ふふっ、おかしいですね」
そんな心配も意に介していないといった様子でゆかりは笑う。じゃあ行きますか、と帰りを促したのは珍しくゆかりの方だった。その後を片方半履きのままでつむぎは急ぐ。待って、とやはり彼女にしては珍しい言葉を零しながら後を追うつむぎは知る由もないのだ。今のゆかりの鞄に濡れた教科書が何冊も入れられていることに。
***
「ねぇ、結月。ちょっと放課後付き合ってよ?」
「え、嫌ですけど?」
ついにここまで来たか。連日の嫌がらせに参っていた心境も重なっており内心溜息を付きながら、ゆかりは自身を呼び止めた女生徒に視線を向ける。振り返れば、呼び止めた女生徒以外に四人の女生徒。無理矢理にされたら抵抗できないな、と更に深い溜息を心で吐き散らす。
「いや、あんたに拒否権とかないんだけど」
「黙って従えって話。分かるよな?」
「じゃあ、分からないです。面倒くさいので」
そう言えば、あからさまに苛立ったようで容赦ない舌打ちが飛んだ。
「いいから来るんだよ、陰キャがよ!」
そう叫んで、恐らくリーダー格の呼び止めた長身の女生徒がゆかりの袖を掴もうと手を伸ばす。それを左手で払おうとするが、当たった腕でバランスを崩しゆかりは突き飛ばされるような形になり尻餅をついた。
「っは、だっさ!オタクはこれだからさ!」
そう笑ってみせれば残りの四人も真似するように笑う。馬鹿の一つ覚えかな、なんて失礼やもしれない感想を抱きながら、ゆかりは立ち上がる。「お、やり返すか?」なんて安い挑発を重ねながら尚も笑う女生徒たちに呆れながら、埃のついたスカートを軽く払って散らばった教科書類を拾って教室への道を急ごうとした。
「おい、ちょ、待て!逃げんなよ!?」
その反応が意外だったのか、若干焦ったようにしてリーダー格が呼び止める。それを無視してすたすたと階段を下りる。教室に戻るために。
「くっそ、逃げんなっつってんだろ!」
「逃げんなよ、腰抜け!」
リーダー格の逃げるな発言に呼応するように、他の生徒がゆかりを追い手を伸ばす。躱そうとするが如何せんゆかりは武道だのそういった経験などあるはずもなく、無理矢理に掴まれる。
「離して、くだ、っ!…痛っ!」
「大人しくしろ、ってんだよ!」
それでもなお抵抗の意志を見せるゆかりに、腹の立ったやや肥満気味の取り巻きがゆかりの頬を殆ど殴る形で引っ叩く。その痛みで抵抗する気力も幾分か削がれたようで、教科書がゆかりの手から零れ落ちる。
「よーし、そのまま押さえつけいてよ」
リーダー格はそう言うと、立ったままに固定されたゆかりの頬を鷲掴むようにして自身の方へ向けさせる。
「なんでこんなことしてるか分かる?まあ、わかってようがなかろうがどうでもいいんだけどさ。率直に言って、つむぎと縁切ってくんない?あいつ、あんたとつるむようになってから付き合い悪くてさー…。迷惑なんだよね、あんたみたいなのがあたしらと関係持っちゃうとさ。オタクはオタクらしく一人で自分の世界に閉じこもってりゃあいいんだよ」
そんな勝手な持論を主張しながら鋭い視線をゆかりに向ける。ここまでやられれば、普通の少女なら後悔を残しながら彼女らの命令に従うだろう。
「お断りですね、そんなの」
しかし、ゆかりは違った。はっ、と笑いながら今置かれている状況を理解していないかのように女生徒たちの主張を跳ね除ける。
「は?」
「そもそも、捨てられたのはあなたたちの方でしょう?ここ最近仲が悪くなったのは何となく分かりましたし…。それで、つむぎさんは私と一緒にいることを選んでくれました。あなたたちじゃなくて、私をです。だから、わたしはその命令になんて従いません」
「この…生意気言ってんじゃねぇよ!」
そう言って、今度はリーダー格が腕を振り上げる。また平手打ちか、なんて他人事のように思いながら、ゆかりは迫りくる痛みに耐えるように目を瞑った。
パァン、と高い音が鳴った。
ゆかりは困惑する。頬に走るはずの痛みが無かったから。ゆっくりと、恐る恐るというようにして瞼を開ける。開けた視界の先に、驚いたような怯えたようなリーダー女生徒の表情と、それを遮るようにして揺れる薄茶色のサイドテール。その揺れる髪も、着崩した黄色いカーディガンも、ゆかりの視界に焼き付いたもので。
「つ、むぎさん…?」
その問いかけに返事はなかった。その代わりに、表情の見えない彼女の口から出た言葉は、
「なに、してんの?」
これ以上ないほどに冷え切った、普段の明るい口調からは考えられないほどに怒気に満ちた声。ゆかりでさえ思わずびくりと震えそうになる声だ。直接向けられている女生徒たちからすれば堪ったものではないだろう。
「ねえ、あーしの友達に何しようとした?てかさ、なにした?なぁ?」
人間とはここまで変わるのか、そんな場違いな感想をゆかりは抱く。二人掛かりで拘束されているのにも関わらず、どうしてか安心している自分がいた。その安心感が、目の前にいる唯一と言って差し支えない親友が与えてくれるものだという確信があった。
「…はぁ。つむぎ、ダサくなったねぁ、あんた。前まではそんなことなかったのに」
「誤魔化してんじゃないよ!」
リーダー格のもう開き直った態度に、いよいよつむぎは激高する。どれほど声が響いただろう。本館まで届いたかもしれない。
「あぁ、もう。こっちはあんたがそこの紫に毒されてんじゃって心配してやってんのに。悲しいなぁ、悲しいよ」
「知ったこっちゃないんだよ、馬鹿!」
「はいはい、分かった分かった。…んじゃあ、ちょっと選んでよ?」
「…選ぶ?」
「あぁ、私達とそこのオタク、どっち選ぶ?あたしらとまだつるむ気でいるんならそこの紫を引っ叩くなりしなよ。それなら、まだあたしらの仲間だって認めてやるよ。もし、仮に、そこの紫女の側につくってんな、らぁ!?」
鈍痛からくる叫びがリーダー女の口から零れる。腹部につむぎの脚が刺さり、そのまま背後の壁へと弾き飛ばされた。
「…決まってんじゃん、ばーか」
先程よりは落ち着いた、しかしそれ以上に冷たさを感じる声質と口調。それに恐れおののいたのか拘束していた取り巻きから自分が解放されたのを、ゆかりはその場にへたりこむように崩れたことで漸く気付いた。
「…大丈夫、ゆかりん?」
そう言ってくるいつもよりかなり低い声は、それでもなお優しさを感じられるもので。緊張の糸が切れたように緩みそうになる涙腺を堪えながらつむぎへと手を伸ばそうとした。したのだが、
「…て、めぇ…!よくも…!」
他の四人が恐れて縮こまっているうえに、先程鋭い蹴りを食らったにもかかわらず、流石リーダーというべきか腹部を押さえながら尚も彼女は立ち上がる。それに気づいたつむぎは先程までの冷えた視線を彼女に向けて、挑発するように靴を鳴らす。そうして、二人が相まみえようとしたおころで、
「こら、何をやってるんだお前ら!」
現文の水奈瀬が怒気を含んだ口調でやってきた。まずい、とその場の状況に危機感を感じた四人の取り巻き。頬に殴られた跡を残しながらその場にへたり込むゆかり。そして、双方相まみえようとするつむぎと長身の女生徒。そこまで見て、何となく察したらしい水奈瀬ははぁ、とあからさまにわざとな深い溜息をついて言う。
「まず、結月以外の生徒は指導室まで来るように。結月は保健室に一度行ってから職員室まで来なさい」
***
「大分、傷跡も目立たなくなりましたね」
「うーん、あいつネイル無駄に長かったのがなぁ。ほんと迷惑だったよ」
結月家のゆかりの部屋、つむぎの頬に残った二本線の数跡を撫でるように触りながらゆかりは言う。くすぐったそうに笑うつむぎにつられてゆかりもまた笑みを零した。
あの喧嘩めいた事件の処理は案外あっさりと進んだ。
結論としては単純なもの。つむぎがゆかりと絡むようになったことに対して嫉妬した女子グループがゆかりへと嫌がらせを繰り返し、最終的に暴力沙汰にまで発展した。そこまでを暴露された彼女たちは未だに停学が解けていない。そのリーダー格の少女に蹴りを入れたつむぎもまた数日の停学処分を受けたが、それもゆかりを守るためだと納得した水奈瀬の計らいによってかなり軽めの処分になったらしい。
「でも、本当によかったんですか?」
「んー?何が?」
「その…。私をかばったせいで、不良扱いじゃないですか…」
水奈瀬の計らいに感謝しつつも、なおゆかりが危惧していた事態は起こってしまっていた。友人を守るためとはいえ、同学年の生徒に暴力をふるった以上その偏見を受けることは免れない。結果として、つむぎは他人に暴力をふるうことを躊躇わない不良少女のレッテルを貼られてしまった。それまでは僅かに少なくなってきた程度だった人間関係は極端に減り、クラスメイトとの間に明らかな距離が出来てしまっている。まともに話すのなんて、解決に当たった水奈瀬コウと理解のあるいくらかの教師陣、そしてゆかりぐらいのものになってしまった。
「それ以上に、ゆかりんが傷つくのが嫌だったし」
「でも…」
「気にしないでよ。あーしはゆかりんが一番大切だっただけで、その大切を守りたかっただけだったんだから」
「…ありがとうございます。でも、なんか…」
「もう、ゆかりんは考えすぎ!あーしがいいんだからいいの!」
そう言ってつむぎはゆかりの髪をわしわしと撫でる。少し不本意ながら、それでもされるがままのゆかりの様子に満足したのか、割とすぐにつむぎはゆかりの髪を撫でるのをやめた。
「むぅ…、でも借りのつくりっぱなしはぁ…」
「…じゃあさ、一つお願い、じゃないけど、少しやりたいことやっていい?」
「んぇ?」
「借りのつくりっぱは嫌なんでしょ?じゃあ、ひとつお願い聞いてよ?」
「いいですけど…、私にできることでお願いしますよ?」
「大丈夫。ゆかりんはじっとしてるだけでいいから!」
「じゃあ、はい」
そう言って不思議そうにゆかりはつむぎに視線を向ける。伸ばされたつむぎの掌が、ゆかりの額に触れ前髪を梳く。髪でも弄りたいのかな、なんて考えるゆかりの考えは、しかし、まったく裏切られることになる。
「…ごめん、ゆかりん。ちょっと、目ぇつぶって?」
「?、はい」
そうして暗くなる視界。前髪が弄られて、額が完全に開かれるのを触覚で感じた。何をされるんだろう、そう考えているゆかりの額に。
ちゅ。
柔らかい感触が触れるのを感じて、思わず閉じていた目を見開く。目の前にいる唯一の親友の顔は今まで見たことが無いほどに真っ赤に染まっていて。その瞳の奥に映る自らの頬も染まっていることに気付いてしまう。
「え、な、今、き、ちょっと」
「…ごめん、唇じゃないから、その、許して…!」
「く、くちびる、って…」
「…うん、言っちゃう。あーし、もう覚悟決めた!」
半ば自棄になるように、つむぎは髪をがしがしと掻くとゆかりの両肩にその手を置いて、まっすぐにゆかりと視線を合わせる。その真剣な様子に、思わずゆかりもまっすぐに視線を合わせた。
「あーし、やっぱりゆかりんが好き。友達としても勿論だけど、それ以上でも、好きだと思う。だから、お願い。あーしがずっと守ってあげるから、ゆかりん、あーしの彼女になって!」
そこまで聞いて、ゆかりの瞳から涙が零れる。それが、悲しみでも悔しさでもないものをゆかりは自身の溢れ出る感情から、つむぎはゆかりの嬉しげに緩んだ口角の動きから知った。肩に回されたつむぎの手はいつしかゆかりの背に回されて、落ちかけた夕日が赤色を差し込む部屋の中、ふたりはどちらからともなく抱きしめあった。
そうして、ふたりの唇が重なるまでーーー。