仲良しで、ずっと一緒。
これまでも、今も、これからも。
「ゆかりちゃん、おはよう」
「おはようございます、ゆかりさん」
「あ、おはようございます…」
マキとずん子の挨拶に対してやや控えめにゆかりは挨拶を返す。中学生という多感な時期、ゆかりは幼い頃から見知った仲である二人に対しても、つい壁を作ってしまっている。
マキの様な朗らかで親しみやすい性格もなければ、ずん子の様に特別成績優秀なわけでもない。例えば、趣味の読書で得た雑学などであれば二人より優れているだろうが、それが学生の身分で特別な意味を持つわけではない。自然と下がるスクールカーストの中でつい二人に引け目を感じてしまっている。感謝の念は勿論あるが、それ以上に申し訳なさと周囲からの奇特の目を向けられる恐れを抱いてしまうのだ。
「そういえば、昨日のアニメ見た?あの、日付変わる前にやってたやつ」
「あ、見ましたよ。マキさんも見たんですか…?
「うん!一期から見てたからね!ただ、正直中だるみって感じがあるかなぁ」
「はは…、原作でもそういうタイミングですから…」
「もう、二人とも。あんまり遅くまで起きてちゃだめですよ」
「ずんちゃんは固いなぁ。中学生ならそれくらい普通だって」
自分に話を合わせてくれての他愛ない会話。それがゆかりにとってのささやかな幸せで。そんな日常が続けばいいとぼんやりと思いながら通学路を歩く。そうして昇降口まで辿り着くと、マキは自分の下駄箱より先にゆかりのそれを開いて覗き見た。
「…うん、今日は大丈夫かな。上履きにも特にない感じだし」
「そう、ですか」
「うん、でも一応気を付けてね」
「いつも、ありがとうございます」
「いいの!私達が勝手にやってるだけなんだから」
「そうですよ、気にしないでください」
弦巻マキの行ったそれは一種の儀式である。ある時、カーストの上位陣に目を付けられたゆかりは、上履きを盗まれたりカッターの刃が入れられた手紙を下駄箱に忍ばされたりと散々な目に遭わされてきたのだ。それが原因で一時期は学校にまともに来ることさえできなかった。ゆかりを標的にしたそれは“何らかの要因”によって解決はしたものの、ゆかりの中に残る根本的な恐怖は消えなかった。それを取り除くために二人が行った一つが、下駄箱の確認であった。今はもう被害に遭うことはなかったが、それでもなおゆかりを安心させるために二人は毎日の様にこれを行っている。
「…ずんちゃん、じゃんけんしよ」
「…ありましたか、了解です」
「? 何か言いました?」
「んー?何も言ってないよ?ほら、早く教室行こう?」
「そうですね、ホームルームに遅れちゃいます」
ただ、ゆかりは知らない。二人の下駄箱チェックの目的が、危険物の確認から別の目的へとすり替わりつつあることに。
***
時は過ぎて放課後。体育館裏で一人の男子生徒がそわそわと落ち着きなさげに佇んでいる。頬を赤く染め、誰かを待っているようだ。
ざっ、ざっ、と砂利を踏みしめる音が聞こえた。待ちわびた人物がやってきたのか、と期待と興奮に胸を躍らせて振り向く。しかし、その視線の先にいたのは、
「ごきげんよう。あなたが——さんであってますか?」
「え、あ、そうですけど…。あなたは?」
肩を少し超えるまで伸びた深緑の髪をなびかせてずん子は笑う。そうして、後ろで組んでいた腕を離してその手に握っていた便箋を見せつけるように胸元で揺らす。少年はそれに酷く見覚えがあった。
「そ、それ、僕が書いた…」
「えぇ、そうです。困っちゃうんですよね、こういうことをされると」
くすくすと笑いながらずん子はひらひらと振る。そうしたかと思うと、両手で上辺の中心を掴み、そして、
「はい、これでお終い、です」
びり、と二つに引き裂いた。その行為に驚愕や困惑、怒りの感情がない交ぜになり、少年はどの感情に従えばいいのか分からぬままに立ち尽くす。
「折角なので教えてあげますね?あの娘には私たち以外いらないんです。私とゆかりちゃんとマキちゃんと。三人でいられればそれでいいんです。あなたみたいな輩は必要ないんですよ」
それでは、諦めてください。さようなら。
そう言って背を向けるずん子に、流石に怒りの感情が湧いたのだろう。ふざけないでください、と男子生徒がずん子の元へと駆け寄る。そうして、彼女の肩を掴もうと手を伸ばしたところで。
「ふっ!」
少年の身体は宙で転がった。そのまま重力に従って地面に背を落とす。その衝撃に息を呑み、鈍痛に身を捩らせるその姿を感情の見えない瞳でずん子は見下ろす。
「言ったでしょう?貴方は彼女の隣に立つのに相応しくないんです。そこで這いつくばって涙でも流していればいいんです。では、ごきげんよう」
そう冷たく言い放つと、いよいよずん子は足早に立ち去って行った。残された少年は、彼女の言った通り背中の痛みとよりにもよって自分より小柄な少女に軽くあしらわれた屈辱に涙を流すしかなかった。
***
「あ、ずんちゃん用事終わったからこっち来るって」
「そうですか…、それまでに終わらせないと、ですね」
適当に入ったファミレスで頭を抱えながら問題集と睨めっこするゆかりに、わが子でも見るような慈愛に満ちた表情を向けながらマキはドリンクバーで入れた少し薄めのアイスコーヒーを口に含む。“もう死んでしまいたい”なんていうまでに追い詰められた彼女が、今では“二人と同じ高校に行きたい”というまでに立ち直ってくれた彼女が愛おしくてしょうがなかった。それは、ずん子にとっても同じことで。だからこそ、自分たち三人の間に誰かが入ってくることが許せなかった。だからこそ、もう主犯格が逆らうことのなくなった今でも下駄箱を確認させてもらっては(失礼な言い方になるが)意外にも異性からの人気が高い彼女に贈られる恋文を処理して、必要があれば今回ずん子がやったように実力行使にも出るのだ。
「慌てなくていいよ。むしろずんちゃんが一番勉強できるんだから、ずんちゃんに聞けばいいじゃん?」
「でも…、いつも聞いてばっかりじゃ悪いですよ…。二人と遊ぶ時間も減っちゃいますし…」
「だーかーらー、気にしなさんな?これからもまだ一緒に遊べる時間はあるんだからさ。ゆっくりやってこ」
そう、これから先。高校生になっても、大学生、それから先も。あらゆる障害を跳ね除けて一緒にいてあげるよ。マキは半ば狂気じみた感情を抱きながら目の前の問題集に頭を悩ませる薄紫色の小さな頭を撫でてやった。