亡びぬ火、名もなき剣   作:桜大好き野郎

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短編版
亡びぬ火、名なき剣


 

 

 刀が振り下ろされる。

 

 幾千、幾万――もはや数えることすら意味を持たぬ回数を繰り返した動作。

 

 上段から下段へ。

 

 筋肉の収縮、骨の軋み、重心の移ろい。

 ひとつひとつを確かめるように、ゆっくりと。

 

 振るうたび、汗が滴る。頬を伝い、顎先へと流れるそれを拭う気配は見せない。

 深く息を吐き、吸い、また吐く。

 

 どれほど重ねようと、まだ足りない。

 

 理想には届かない。

 

 武の才はない。

 

 そう断じて刀を捨てれば楽なのだろう。

 

 だが、才がないことは、刀を振らぬ理由にはならない。

 

 胸の奥に燈る火は、その程度では消えなかった。

 

 目を閉じる。

 

 肺の空気をすべて吐き出し、限界まで沈める。

 

 自分は個ではない。

 大地であり、大気であり、この森そのもの。

 

 境界が曖昧になり、やがて溶ける。

 シン、と静まり返る森の中。樹々の掠れる音さえ聞こえない無音。

 

 その刹那、刀が跳ね上がる。

 

 次の瞬間、振り下ろされる一閃。

 

 側から見ればいつ振り下ろしたかわからない速度。残像さえ残さない一振り。そうしてゆっくりと、納刀。

 

 鞘に収まった刹那――空気が裂ける。

 

 轟音とともに暴風が森を駆け抜け、枝葉をなぎ払い、生き物たちを震わせる。

 

 やがて風が止む。

 

 男は目を開いた。

 

 

「久しぶりだね。今代はその形なんだ」

 

 

 瞬間、背後から聞こえた声に刀を抜く。

 視認できない速度の抜刀はいつの間にか、と言う言葉がぴったり当てはまるようで

 その剣先を向けられた白銀の鎧は遅れて両手をあげる

 

 

「落ち着いて、私だよ」

 

「………誰だ?」

 

 

 低く、掠れた声が男の口から漏れる

 死んだ瞳がちろり、と鎧の人物に注がれるが、その見事な白銀の鎧は、男の記憶にはない

 

 けれどそれは予想していたのか鎧の人物に落胆はない

 

 

「わかっているさ、覚えてないことは。でも、私に敵意はない。それはわかるね?」

 

 

 鎧の人物の言葉は確かで、敵意がないからこそ男はその刀を振るわない。

 ゆっくりと、訝しむ所作を隠そうとせずに納刀。けれど、それは目の前の鎧を信用したわけではない。万が一の場合に備えての構えだ。

 

 けれど、次なる鎧の言葉に、男は完全に刀を鞘に納める

 

 

「そろそろ百年の揺り返し時期だ。今回のプレイヤーが友好的なのか不明だけど、また理不尽が罷り通るよ」

 

 

 キンッ、と音を立てて鍔と鞘がぶつかる

 それが全く表情の変わらない男の心情を表すようで、まるで世界そのものがそれに怯えるように音を止めた

 

 

「…………ぷれいやぁ」

 

 

 低く、地の底から這い出すような声

 

 

「………理不尽の権化か」

 

 

 周囲に薄く響いた音に、その場にいない鎧を操る者さえも一瞬息を飲む

 恐怖と同時に、その刃が今のところ、こちらに向く可能性が低いことを安堵する

 

 

「うん、そうだ。情報が入り次第連絡するから………ん?どこを見てるんだ?」

 

 

 鎧の人物の言葉を無視して、男の視線は明後日へ。目を閉じて大気の流れを感じるかのように五感を澄ませていた。

 

 

「………向こうか」

 

 

 それだけ呟くと、男の姿は轟音と共に掻き消える。

 撒き散らされた砂煙を反射的に払いながら、鎧の人物ーー竜王ツァインドルクス=ヴァイシオンはため息を溢した。

 

 

「やれやれ…………変わらないね」

 

 

 アレは運用するよりも、うまく誘導した方が使い勝手がいい。

 それならば、少しプレイヤーの存在を仄めかしただけで勝手に動くだろう。

 

 

「まったく、理不尽を覆すなんて………人の身でよくやるよ」

 

 

呆れたような、同情するような憐憫の声を漏らして、ツアーは男とは反対方向へと歩き出す。

 

 

「だからこそ、利用できるんだけどね」

 

 

 その言葉に応えるものは、誰もいなかった

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 酒場は熱気に満ちていた。

 

 笑い声。

 酒の匂い。

 木杯の打ち鳴らされる音。

 

 その喧騒を、ひときわ高い声が裂く。

 

 

「――聞けよ、諸君!」

 

 

 椅子の上に立つ吟遊詩人がリュートを鳴らす。

 

 

「今宵謳うは、理不尽に抗う剣!不条理を許さぬ歴史の影!」

 

 

 客の何人かが鼻で笑う。

 

 

「またその与太話か」

 

 だが詩人は構わない。この詩は誰もが知りながらも、いつの時代も色褪せない物語なのだから。

 

 

「竜を斬り、魔法を断ち、死してなお戻る男の話!」

 

 

 弦が鳴る。その音に合わせて、声高々にその名を叫ぶ。

 

 

「その名は――亡剣!」

 

 

 瞬間、どっと笑いが起こる。

 

 

「死ぬたび赤ん坊に戻るってか?」

 

「便利なこった」

 

 

 酒が揺れるその喧騒の奥、壁際の席にて最高ランクであるアダマンタイト級冒険者の蒼の薔薇がそこにいた。

 

 喧騒から少し離れた席で、ラキュースが苦笑する。

 

 

「ずいぶん大きくなった伝承ね」

 

 

 ティアが肩を竦める。

 

 

「都合良すぎ」

 

 

 ガガーランは酒を煽る。

 

 

「ま、痕跡はあるらしいけどな」

 

 

 ティナが怪訝な目で見た。

 

 

「与太話を間に受けすぎ。かわいそうに、脳みそまで筋肉に犯された」

 

「本当だって。そいつの弟子が作った道場だって各地にあるだろ?」

 

「道場なら山ほどある」

 

「あんまり真実を教えてあげるのもかわいそう。ガガーランは夢見るお年頃」

 

「おい」

 

 

 見た目がそっくりな双子の煽りに、面白くないとばかりにガガーランが睨む。

 まぁまぁ、と3人を嗜めるラキュースであるが、ちらりと席の端、仮面を被ったイビルアイが沈黙している事に気がつく。

 

 

「イビルアイ?」

 

 

 沈黙しているのはいつも通りなのだが、心ここにあらずと言うべきか。

らしくもなくぼうっとしている彼女につい声をかけた。

 

 

「………なんでもない」

 

 

 即座に否定。そして、詩人の声が続く。

 

 

「奴は才なき男! だが振るうことをやめなかった!」

 

 

 弦が強く弾かれる。

 

 

「理不尽を、斬るために!」

 

 

 静寂が一瞬落ちる。

 

 イビルアイの視線が、床へ落ちた。

 

 

「…………」

 

 

 小さく、誰にも聞こえぬほどに口の中で言葉を転がす。

 

 

「……変わらないな」

 

 

 それは遠い記憶。

 

 何度も死にかけ、それでも立ち上がる姿。

 

 逆境に身を置こうとあの眼だけは、理不尽に憤るその瞳だけは、いつの時代も変わらなかった。

 

 詩人が最後に叫ぶ。

 

 

「彼が表舞台に現れる時、世界は揺れるだろう!」

 

 

 久しぶりに聞いた物語に酒場は笑いと拍手に包まれる。

 

 蒼の薔薇の卓も同様で、ラキュースは優雅に、ガガーランはティアとティナの頭を脇で押さえながら拍手を。そこまで力は込められていないのか、双子もそのまま拍手をしていた。

 

 ただ一人、イビルアイは窓の外を見る。

 

 夜風が、わずかにざわめいた。

 

 

◇◆◇◆

 

 

「おや?今夜は観客が多いようですね」

 

 彼我を分つように王都に現れた炎上する壁。

 その内側で繰り広げられるのは、人間と悪魔たちの闘争。

 

 殺し、殺されの中でその首魁であるヤルダバオトと名乗る悪魔。

 

 仲間を殺され、怒りに燃えるイビルアイが戦いを挑むが遠く及ばない。

 呼吸の必要がないというのに、人間の頃の名残りなのか肩を上下させるほどの疲労。

 

 対してヤルダバオトに疲労は一切見られない。

 悠々と、仕立て上げられたばかりのような高級スーツの埃を払う。

 仮面を被っているので表情は伺えないが、間違いなくイビルアイを見ていない。精々、他の人間よりも少し強いな程度の認識だ。

 

 歯噛みするイビルアイが異変に気づいたのはその後。

 

 遠くから聞こえていた喧騒。その声が止んだのだ。

 それはヤルダバオトにも聞こえていたのだろう。イビルアイから視線を外し、視線を明後日の方角へ。

 

 そして音もなく現れた男。

 不揃いの装備でちぐはぐな印象を受けるそれは、騎士や戦士というより冒険者のそれ。けれど、今作戦にあんな人間はいなかったはずだとイビルアイは認識している。

 

 頭から血を被ったように全身を赤く染めながらも、その歩みは止まらない

 

 

「どちら様ですか?」

 

「…………」

 

 

 ヤルダバオトの言葉に返事はない。

 速いような遅いような、独特の歩法は距離感を掴めさせず、まるで幽鬼のようにも見える男。

 

 

「つれないですね。まぁ、いいでしょう」

 

 

 所詮は下等な人間だ。

 立場を弁えず、目障りに目の前を飛び回るのであれば潰してやるのが優しさだろう。悪魔としての慈悲をかけてやる程度には、ヤルダバオトの機嫌はいい。

 

 

「悪魔の諸相:触腕の翼」

 

 

 ヤルダバオトの背中から生える、触手のような翼。歪なそれを一振りするだけで刃のように尖った触手が男に襲いかかる。

 

 これにて終わり。あとは計画通りにことを進めれば、と思考を巡らせていたヤルダバオトーーーデミウルゴスとは裏腹に、男に迫った触手が音もなく切られる

 

 目視すら不可能なそれに、イビルアイは息を飲みデミウルゴスは仮面の奥で眉を顰めた

 

 

「………なんですか、貴方は?」

 

「………貴様に名乗る名など、ない」

 

 

 歩みを止めた男は腰を落とすと、半身になって脚を広げる。上半身が地面と平行になるほど深く沈めて、刀の柄を握った。

 

 

「………何を」

 

 

 次の瞬間、目の前の男の姿が消える。

 遅れて背後から聞こえる、納刀の音。

 

 そちらを振り返ろうとして、左半身に違和感を覚えた。釣られて視線を落とせば、いつの間にか腕と翼が切られているではないか。

 

 

「ぐっ………ぉおおお‼︎⁉︎」

 

 

 思い出したようにデミウルゴスを襲う、灼熱のような痛み。

 思考が痛みに支配されるが、ナザリック一の頭脳は伊達ではない。

 

 

「魔将召喚‼︎」

 

 

 素早く後退すると同時にスキルを発動。

 レベル80台と、この世界では絶望的なまでの強さを誇る魔将が姿を表した。

 憤怒の魔将(イビルロード・ラース)と呼ばれる悪魔。パッシブスキルとして纏う炎のオーラは範囲ダメージを与え、それだけで人間は焼かれて死に絶える。

 

 至高の方が創造した肉体に傷を入れられた。それに対する怒りはあるが、その借りを返すのは今でなくともよい。

 今はとにかく、主人であるアインズに、ひいてはナザリックの障害となりうる目の前の男の排除を最優先として行動する。

 

 

(このまま距離を取って情報を収集、そして傷の治療を。油断、は言い訳ですね。ナザリックの僕として、このまま撤退することはできません。奴の手札を一枚でも多く切らさねば)

 

 

「…………武技、神域」

 

 

 再び構えた男。

 隙だらけのその姿に魔将が襲いかかるが次の瞬間、その首がずるりと落ちた。

 

 まるで過程を置き去りに、結果のみを反映させたそれに、瞬きさえ許されない速度の抜刀に、思わずデミウルゴスの口から困惑が漏れた

 

 

「は?」

 

 

 目を離したはずもない

 時間停止による魔法には対策がしてある

 けれど、目の前で起きたことはそうでもないと説明がつかない

 

 

(武技………確か、この世界のスキルだったはず。時間停止?いや、対策はしている。まさかたっち・みー様と同じワールドチャンピオン?いや、プレイヤーにしては装備が粗末すぎるーーーまずい‼︎)

 

 

 思考の海に溺れるその隙を、男は見逃さなかった

 

 

「…………」

 

「ッ‼︎悪魔の諸相ーーー‼︎」

 

 

 再び音もなく、気がついたら時にはデミウルゴスの懐に入っていた男。

 慌ててスキルを発動しようとするが、それよりも早く男の刀が炎を反射して煌めく。

 

 下から上へ振るわれた一刀は、迷いなくデミウルゴスを両断した。

 

 

ーーーおかしい

 

 

 両断され、薄れゆく意識の中でデミウルゴスは思考する。

 事前の情報に、この男の存在はどこにもなかった。

 この世界の人間は脆弱で、自分たちナザリックの足元にも及ばない存在だったはず。

 

 

(………あぁ、彼の方はどこまでも………申し訳ありません、アインズ様)

 

 

 主人の深謀を汲み取れない自分の愚かさを後悔し、同時にここまで読んでいたのであろう主人への畏敬の念を抱いて、デミウルゴスは消失する

 

 遅れて揺れた炎にはっと意識を取り戻したイビルアイ。

 

 

「亡、剣………お前、なのか………?」

 

 

 イビルアイの言葉に男はーーー亡剣と呼ばれた男は反応しない。ただ静かに、役目は果たしたとばかりに刀を鞘に収めるのであった。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

「これは………どう言う状況だ?」

 

 亡剣が刀を収めると同時に、空から降り立つ漆黒の鎧に身を纏う偉丈夫。背中に携えた二本のグレートソードの重みもあって地面を陥没させた、新規新鋭の英雄の姿。

 

 

「お前は………漆黒のモモンか」

 

 

 最近噂となっている英雄。

 エ・ランテルでアンデットの群れを掃討し、強大な吸血鬼を討伐した、アダマンタイト級冒険者。

 

 その鎧姿から漆黒と呼ばれる男の正体を、誰も知らない。

 陥没した地面から抜け出すと、モモンの視線は亡剣とイビルアイ、そしてデミウルゴスへと。

 

 脳内を激しく荒れ狂う怒りは、すぐさま沈静化されるが、後から後からと湧いてくる怒りはなかなか治らない。

 

 気が狂いそうになるほどの怒りは、強制的に鎮められ、それでもぐつぐつと腹の奥で煮えたぎる怒りはなお健在。

 

 

「答えろ。誰の仕業だ?」

 

 

 親切であり礼儀を弁えている、という噂は嘘だったのか。

 驚くほど冷たく、震えるような寒気を伴う声色はあまりにも場違い。

 

 遅れて来ておいてなんだお前は、と罵詈雑言のひとつでも浴びせたいイビルアイだが、その思いとは裏腹に喉は張り付いたように声を上げない。無意識のうちに震える指先に気づいたのは、その後のことである。

 

 

「…………なぜ、憤る?」

 

 

 静寂を破るように、亡剣が声を上げた。

 フルフェイスがじろり、と威圧的に視線を向けるが、亡剣がたじろぐ様子はない。

 

 嵐など知らぬ凪のように静かに、刀に手をかけたまま問いかける。

 

 

「貴殿、この悪魔と顔見知りか?」

 

「…………いや、ただ………そう。奴とは因縁があったからな。私の手で決着を、つけたかっただけ………それだけ、だ」

 

 

 先ほどまでの威圧が嘘のように消え、辺りに音が戻る。

 だが、乱れる呼吸が嘘ではないと主張するようで、仮面の向こうでイビルアイは大きく息を吸った。意味はない、けれど人間の頃の名残りだ。

 

 

「モモン様‼︎」

 

「美姫ナーベか………」

 

 

 遅れて空から降りて来たのはモモンのパートナーである美姫ナーベ。その二つ名に違わぬ美しさは同性であるイビルアイからしても賞賛もの。

 

 モモンと同じくデミウルゴスへと視線を向けると、キッと目尻を釣り上げて亡剣を睨む。

 

 

「ッ‼︎貴様ッ‼︎」

 

「やめろ、ナーベ…………仲間がすまない。重ねて、先ほどの態度も謝罪しよう」

 

「……構わぬ」

 

 

 すぐにでも暴れ出しそうなナーベをモモンが手で制し、頭を下げる。

 興味がないと、その灰色の瞳はモモンを映さずどこか遠くを見ていた。

 

 

「貴様ッ‼︎モモンさーーーんが頭を下げているというのに‼︎」

 

「やめろ、と言っている」

 

「ッ‼︎申し訳ありません‼︎」

 

 

 頭を下げるナーベに一瞥を。そして亡剣へと視線を戻したモモンが問いかける。

 

 

「失礼だが、名前は?」

 

「………知らぬ。好きに、呼べ」

 

「あ、おい!」

 

 

 ゆらり、とまるで煙のように歩き出す亡剣。まるでこの場に既に用はないとばかりに、振り返ることはない。

 

 その背を見送りながら、モモンは理解する。あれは放置できぬ存在だと。

 漆黒の鎧の奥で、静かに思考が回り始めていた。





 初のオーバーロード二次創作

 とりあえず短編で投稿
 評価次第で本格的に書いていこうかなぁと思います
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