亡びぬ火、名もなき剣   作:桜大好き野郎

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誤解の果て

 

 

 

「これは………一体、どう言う状況だ?」

 

 

 悪魔を斬り捨て、ようやく一息吐けた瞬間であった。突如として上空から落ちてきた物体。

 

 余程の質量なのか、軽くクレーターを作ったそれは、砂塵の中から問いかける。

 そうして、砂塵を切り裂くようにして現れたフルプレートの偉丈夫の姿を、イビルアイは知っていた。

 

 

「漆黒のモモン………」

 

「答えろ」

 

 

 焦れるように、再びそう問いかけるモモンの首には冒険者として最高ランクを示すアダマンタイトのプレートが。

 

 巨大なグレートソードニ本を携えた英雄級の存在。発する圧は重厚感を持ち、反射的にイビルアイに戦闘体勢を取らせるほど。

 

 礼儀を知る穏和な人物だと聞いていたが、まるで嘘だったかのような、いっその殺意を込めたプレッシャー。

 生唾を飲み込んだイビルアイが、男とモモンの間に立つ。

 

 

「漆黒のモモンとお見受けする。見ての通り、悪魔を討伐したところだ」

 

「討伐?討伐………だと?」

 

 

 静かな、それでいて確かな怒り。素顔を隠すフルフェイスの隙間から悪魔の死体へと視線をやり、震える拳を握る。

 

 

「そこの…………その男がやったのか?」

 

「あ、あぁ………」

 

 

 まるで噴火直前の火山だ、とイビルアイは思う。ふとした拍子に虚空へ視線を泳がせる男に、その剣を抜きそうな雰囲気。

 

 何がその怒りを買っているのか、理解はできない。だが、その不穏な空気は見逃せないものであり、知らず知らずのうちにイビルアイも警戒を露わにしていた。

 

 

(奴がやられるとは思わんが………あの悪魔と戦った後だ。どう転ぶかわからん。第一、何をキレているんだ、こいつは?)

 

「…………なぜ、肝を煎る?」

 

 

 モモンの視線にようやく気がついたのか、虚空へと向けていた視線をそちらへと寄越す男。

 

 質問自体は悪くない。だが、その問いかけは最悪。怒りを露わにしている人間に、なぜ怒っているのか?と聞くのは悪手である。

 

 このバカ、黙っていろ‼︎と内心で罵倒するも、男にその念は通じず、更に畳み掛けた。

 

 

「…………汝、この無道の知己か?」

 

 

 こてん、と頭を横に傾けてそう問いかける姿に、イビルアイの我慢は限界に達した。

 

 

「このバカ‼︎ 言っていい事と悪い事があるだろうが‼︎ すまん、モモン。こいつには私からキツく言っておく」

 

「あ、あぁ…………いや、大丈夫だ」

 

 

 よりにもよって悪魔の仲間と疑うなど、かなり無礼な事。一触即発の雰囲気さえ読めなくなったのか、と怒りを露わにするイビルアイに、毒気を抜かれたのかモモンが頭を抑える。

 

 

「その、すまない…………その悪魔は……そう。私の、か……仇、だったから………」

 

 

 言いづらそうに、言葉を噛み締めながら零すモモンの言葉にようやく納得を示すイビルアイ。

 つまり、決着は自身の手で着けたかったのだろう。同じ冒険者としてその気持ちはわからなくもないが、早い者勝ちは世の常。大人しく受け入れてもらうしかない。

 

 

「それよりも、私の事を覚えていないのか?エ・ランテルの墓地で会ったはずだ」

 

「…………知らぬ」

 

 

 今度は頭を悩ませる素振りを見せず、断定。だが、モモンが嘘をついている様子はなく、非は間違いなく男にあるとイビルアイは睨んでいた。

 

 

「すまない、モモン。そいつは、その………物忘れが激しくてだな」

 

「…………失礼だが、あなたは?」

 

「名乗りが遅れてすまない。蒼の薔薇のイビルアイだ」

 

「チーム漆黒のモモン。彼とは、お知り合いですか?」

 

「まぁ………似たようなものだ」

 

「ほう………」

 

「モモンさーーーん」

 

 

 互いに握手を交わしながら、少しの情報交換。遅れて上空から姿を現したのは美姫ナーベ。二つ名に違わぬ美貌は同性であるイビルアイでさえ一瞬見惚れるほど。

 

 けれど、その視線が悪魔の方へと向くと般若の形相に。

 

 

「デミーーーこのっ‼︎」

 

「やめろ、ナーベ‼︎」

 

「ですが‼︎」

 

「二度も言わせるな」

 

「ーーー申し訳、ありません」

 

 

 彼女も深い因縁があったのだろう。両手に雷を纏い怒りを露わにしていたが、モモンが間に入って止める。

 

 それほど深い因縁に興味がないといえば嘘になるが、それを探るような下品な趣味をイビルアイは持ち合わせてはいない。

 

 

「仲間がすまない。重ねて、私の態度も謝罪しよう」

 

「いや、構わないさ。だろう?」

 

 

 ちらり、とイビルアイが男へと視線を向けるが、応えるつもりはないらしい。虚空を睨んでいたと思えば、不意に幽鬼のような足取りで歩き出す。

 

 おい、とイビルアイが声をかけても、その脚が止まる様子はない。この場の興味は失せたのか、はたまた理不尽を斬りに行くのか、イビルアイにはわからない。

 ただ、その背を見送ることしかできなかった。

 

 

「…………彼は一体、何者なんですか?」

 

「私にもよくわからん。だが、そうだな…………」

 

 

 御伽話の存在だと言っても、信じはしないだろう。既に見えなくなった男の姿、その名残を懐かしむように仮面の下で微笑み、イビルアイは告げる。

 

 

「理不尽を嫌う、ただのバカさ」

 

「そう、ですか………」

 

 

 納得がいったような、いかないような。そんな曖昧な返答をして、モモンは背を翻す。

 

 

「私たちも、戻ります。やる事ができましたから」

 

「そうか。悪魔の残党がいるとも限らん。気をつけておけ」

 

「えぇ、そちらもお気を付けて」

 

 

 ナーベを引き連れて、夜の闇へと姿を消すモモン。一人残されたイビルアイは仲間の死体がアンデットとならないように安眠の屍衣(シュラウド・オブ・スリープ)へ包む作業へ。

 

 苦楽を共にした仲間の死体を包むのは抵抗があり、イビルアイからしても緊張と喪失感、後悔が絶えない。

 胸から込み上げるものを抑え、ぽそりと「仇は、とってくれたぞ………」と報告していた。

 

 

「………守護者全員ーーーいや、ナザリック全体に連絡しろ。緊急会議を行う」

 

「かしこまりました」

 

 

 だからこそ、モモンとナーベ。二人の会話は届かず、その姿諸共、闇に消えていくのであった。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 ナザリック地下大墳墓、第十階層玉座の間。

 

 白亜の城を思わせる荘厳な空間に所狭しと集められた、守護者を初めとした意思疎通と移動が可能な(しもべ)たち。

 人型の方が少ない、異形の群れが頭を垂れる先には玉座に腰掛ける骨の王。それぞれが畏敬と崇拝の念を抱く中、その胸中にある僅かな恐怖。

 

 僕たちは知っている。自らの主人にして神が怒りを抱いていることを。

 その矛先が自分たちではないとはいえ、万が一見限られる可能性を考えてしまう。

 

 

「面をあげよ」

 

 

 アインズの言葉が静かに染み渡り、全員が顔を上げる。表情筋もなにもないアインズの顔であるが、その伽藍堂の奥で、淡い光が怒りに揺れる。

 

 

「まずは、先の作戦、ご苦労だった。お前たちの献身に感謝しよう」

 

「勿体なきお言葉です。しかしーーー」

 

「いいんだ、アルベド。わかっている。しかし、今は感謝を受け取って欲しい」

 

「はっ」

 

 

 ナザリックの僕を代表して、言葉を発するアルベドを宥めると、アインズは次なる議題へと移る。

 

 

「さて、皆も既に知っているだろうが、今作戦の最中、デミウルゴスが殺された」

 

 

 その言葉を口にした瞬間、アインズの胸に溢れる怒り。種族として感情の大きなブレは抑制されるが、次々と湧き上がる怒りの感情はそう簡単に抑えられない。

 

 やがて感情の乱高下が収まるが、未だ胸の奥にあるじくじくとした怒り。罵詈雑言を吐いて手当たり次第の物を壊したくなる衝動に駆られるが、部下たちの手前そんなマネはできない。

 

 

「アルベドよ。当時の説明を皆にしてもらえるか?」

 

「はっ!………アインズ様が情報を集めるよう、指示を出していた人間の存在は周知されてるわね?」

 

 

 アインズの命を受け、立ち上がったアルベドが一歩前に出て背後を向く。眼前に広がる僕たちから異論の声は上がらず、アルベドは話を続けた。

 

 

「ゲヘナ作戦にて、デミウルゴス及び作戦に関わっていた僕の殆どが、その男に殺されたわ。監視していた姉さんーーーニグレドの報告によれば、気がつけば終わっていたそうよ」

 

 

 その言葉にざわり、と俄かに動揺が広がる。探知に特化したニグレドでさえその全貌が掴めず、そしてナザリックが誇る守護者でさえ一方的にやられたのだと、そう理解したからだ。

 

 

(…………デミウルゴスは守護者の中では、純粋な戦闘能力は何枚も劣る。だが、守護者の中では最多の手札を持ち、そしてそれを操る頭脳もある。それが簡単にやられた)

 

 

 玉座の肘掛けを握り締め、アインズはその悔しさを抑え込む。

 仲間たちが残したNPCたち。創造主の面影を残す、子供のようなそれを殺されたのだ。再び湧き上がる憤怒の波が強制的に抑え込まれ、奥歯を噛み締める。

 

 脳裏に浮かぶのは灰色の瞳の剣士。

 どれだけ漁っても碌な情報は出て来ず、尾行も監視も意味を成さない相手。

 

 プレイヤー自身か、その子孫。もしくは背後に強力な存在がいるのか。可能性はいくらでも考えられるが、これだけはハッキリとしていた。

 

 

(必ず、アイツは殺す。ありとあらゆる責苦をもってして、殺してやる‼︎)

 

 

 怒りの海に思考を沈めるアインズだったが、アルベドから聞こえた拍手の音に意識を取り戻す。

 

 凛とした表情を崩さず、守護者統括として動く彼女に歯向かう者はいない。

 

 

「静かに。不安はわかるわ。けれど、これも全てアインズ様の作戦の一部よ」

 

(…………はい?)

 

 

 一瞬、何を言われたかわからず、間の抜けた声が口から出そうになる。

 寸でのところでそれを飲み込むと、思考を回転させた。

 

 

(待て待て、なんの話だ?もしかして俺、部下を切り捨てて利用する奴だと思われてるの?)

 

 

 ブラック企業に勤めていたこともあり、もしそうだとしたら、立ち直れない自信がアインズにはあった。何より、今はいない仲間たちに顔向けできない。

 

 しかし、否定しようにも期待と羨望、敬意に満ちた僕たちの視線を裏切れないのも事実。気持ちを入れ替えるためにコホン、とひとつ咳払いをして、慣れてしまった誤魔化しの言葉を紡ぐ。

 

 

「う、うむ………流石はアルベド。理解していたか。よかろう、作戦の全貌を話してみるがいい」

 

「ありがたき幸せーーーまず、おさらいよ。我々ナザリックの目的は世界征服。それを理解していない者はいないわね?」

 

(え?何それ?)

 

 

 最初から知らない目的が出てきて、アインズの困惑が止まらない。何より困惑を加速させるのは、僕の誰しもが疑問の声を上げない事だ。

 つまりはナザリックの共通認識として、既に知れ渡っているということ。

 

 

(世界征服なんて、そんなことできるわけ…………いや、こいつらなら本気でやりかねないぞ)

 

 

 やめろ、と言うのは簡単だが、NPCたちが求めている以上無碍にすることもできない。ボロを出すわけにはいかないと、黙秘を続ける。

 

 

「その第一段階として、アインズ様は王国を奪うおつもりよ。そして、その邪魔になり得るのが亡剣の存在。セバス、貴方が見聞きした情報を共有なさい」

 

「はっ!現場を目撃したわけではありませんが………その男の仕業と思われる場所には必ず、死体が残されていました」

 

 

 集団の中から立ち上がったセバス。恭しく腰を曲げてなされる報告を、アインズは整理する。

 

 

(確か、八本指だっけ?そいつらの拠点が潰されてたって話だったよな………対処は悪人のみ?でも、カルマ値が低い俺に敵対する様子はなかった………そこまで察知できない?)

 

 

 モモンとして、二度ほど対面したがその剣が向けられたことはない。つまり、男は単独で歩き回り、目についた悪行に鉄槌を下す裁定者のような存在だということ。

 

 

(なんだよそれ。そんな身勝手な正義で、デミウルゴスは殺されたっていうのかよ⁉︎ あいつはただ、任務をこなしてただけだろうが………‼︎)

 

 

 早く復活させてやりたいが、今優先すべきはNPCたちの安全と情報の共有。

 外に出ていたNPCたち含めた全員は招集済み。デミウルゴスの復活は、この会議の後でもできる。

 

 

「連絡用の影の悪魔を殺されており、報告が遅れたことを、この場をお借りして謝罪させていただきます」

 

「今回は事情が事情だ。セバス、お前を許そう」

 

「ありがたきお言葉」

 

 

 放っておけば、命を持って償うと言いかねない気迫。そも、影の悪魔が殺されたのも運が悪かっただけだ。責めるつもりなど、アインズには毛頭ない。

 

 だと言うのに、まるで重罪が許されたかのような、感涙に咽び泣きしそうなほどに感謝されるのは、未だに慣れない。

 感情抑制が働くほどの動揺を挟んで、こほんと咳払いをひとつ。

 

 

「こほん。アルベド、続けてくれ。皆も、わからない部分があれば、遠慮なく質問をせよ」

 

「畏まりました。ーーーセバスの報告、そしてデミウルゴスたちが倒された事実を纏めてれば、自ずと答えは出てくるわ」

 

 

 ごくりと、NPCたちが固唾を飲み、その先の言葉を期待する。同じくアインズもまた、緊張していた。

 そんな視線を浴びながら、動じることなく朗々とアルベドはその作戦を語る。

 

 

「ひとつは、王国の腐敗を削ぐための駒よ。セバス、続けて聞くわ。王国は貴方の目から見て、どうだった?」

 

「はっ………王都では犯罪組織が水面下で暗躍し、地方では重税に苦しむ民が多いと、耳にしました。実際、治安はいいとは言えず、肥沃な大地を持て余しているだけかと」

 

「そう。セバスの言う通り、王国は腐敗だらけ。いずれアインズ様の手中に収まる国が腐っていたなんて言語道断。亡剣は、その腐敗を取り除くために動いてもらうわ」

 

「んん〜?それだと、人間共が調子に乗るだけじゃないの?」

 

 

 アウラの疑問はもっともで、アインズも思ったこと。腐敗貴族が切り捨てられたら、国の乗っ取りは難しいのではないか?

 同じように疑問を覚えた僕たちがいるのか、声さえ上げないものの、頭を捻っている。

 

 けれど、ゆるゆると頭を振ったアルベドは薄く笑うだけ。

 

 

「それはないわ、アウラ。現に、何人か貴族が入れ替わったようだけどーーーその領地は酷い有様らしいわ。前領主の方がまだマシ、と言えるほどね」

 

「つ、つまり………その、やり方が間違ってる、って事ですか?」

 

「その通りよ、マーレ。急激な変化に人間はついていけず、振ってわいた権力で好き勝手し放題。各地で不満が溜まる王国に、颯爽と現れるのが慈悲深きアインズ様よ」

 

 

 おおっ!と納得と感嘆の声があがる。そして羨望の眼差しがアインズに注がれ、感情抑制が働いた。

 

 

「くっふっふ……………アインズ様の慈悲深き統治により、人間どもは喜んで服従するでしょうね」

 

(…………いや、誰か一人くらい疑えよ)

 

 

 そんなアインズの内心は誰にも届かず、疑問を持ったコキュートスが手を上げた。

 

 

「ダガ、件ノ人間ハドウスル?マタ、邪魔ヲスルノデハナイノカ?」

 

「問題ないわ。亡剣は使える駒よ。不要になれば排除するだけ」

 

 

 自信に満ちた、根拠を持ったアルベドの言葉。

 

 

「亡剣はデミウルゴスを倒した事で、自身の実力を過信するはず。自らをこの世界の頂点と誤認するでしょう」

 

 

 まったく可哀な物だと、嘲笑を隠す事なくアルベドは続ける。

 

 

「アインズ様と敵対した亡剣は、絶望と共に叩き潰されるでしょうね」

 

 

 再びおおっ!と、今度は先ほどよりも力強い声が上がる。羨望と畏敬、ありとあらゆる尊敬の視線を浴びながら、アインズの内心は大荒れ。

 

 

(なんで、綺麗に繋がるんだよ⁉︎俺、部下を囮にする最低上司みたいになってないか⁉︎)

 

 

 許されるのならば、声を大にしてそう叫びたい。亡剣は殺すつもりであったが、なぜだか部下の死を利用して利益を得るような、ど畜生扱いされていることに、無い胃がキリキリと悲鳴を上げた。

 

 

「今回の作戦。亡剣がタイミング良く現場に現れたのも、全てアインズ様が意図的に泳がせている証左よ‼︎」

 

 

(いや、泳がせてないから‼︎勝手に死地に送り出したみたいじゃん‼︎⁉︎)

 

 

 止まる事を知らない畏敬の念に、感情の抑制が激しく行われる。乱高下する感情に眩暈を起こしながらも、威厳あるポーズを崩さないのは練習の賜物。

 

 

(落ち着け………ここでわからないフリなんかできない。アルベドを誉めつつ、NPCたちの期待に応えなければ)

 

 

 まるで絶対者が労うかの如く、重苦しく息をひとつ溢して意識を切り替える。骨の身体でありながら、なぜ息を吐けるのかと頭の隅で現実逃避しながら、アインズは言葉を紡ぐ。

 

 

「流石はアルベドだ。私の言いたい事を、全て見透かされているな」

 

「いいえ。全てはアインズ様あってこそ。わたくし共は、その一助になれるのならば幸福でございます」

 

 

 背筋が伸びたアルベドが頭を下げるが、その場にいたNPCたち全員が直感している。これは光悦に満ちた顔をしているのだろう、と。

 それも、アインズ様には見せられないほどの、みっともないまでの情欲に満ちた顔を。

 

 それは正解であり、流石にこの場ではマズイと働いた理性の欠片が残した最後の行動。仮に執務室など、周囲に人が少なければ今すぐ襲っていたところだ。性的な意味で。

 

 それを堪えているのだろう、時折ぴくぴくと跳ねるアルベドの腰の翼。それを見て全てを察したアインズはこほん、と咳払いをひとつ。

 

 

「………それでは、デミウルゴスを復活させる」

 

 

 プレイヤーと違い、NPCの復活にはユグドラシル金貨でのみしか不可能。集ったNPCたちの背後、山のように積まれた金貨の数は五億枚。

 

 アインズが掲げた、ギルド武器スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンが光り、それに呼応して金貨の山がどろりと溶け出した。

 

 意思を持つかのように、溶けて流れる黄金の川はアインズの前に集うとその形を作り出す。

 凝縮され、圧縮されたそれは黄金の人形を作り出すと、徐々に黄金の輝きが収まっていく。

 

 やがて金色は消え、残されたのは寸分違わないデミウルゴスの姿。

 無事を確かめるために立ち上がったアインズに反応してか、宝石の瞳が開かれる。

 

 視線は読めないが、その動きから周囲を確認しているのだろう。だが、アインズの姿を確認した瞬間、慌ててデミウルゴスは立ち上がり臣下の姿勢を取った。

 

 

「これは失礼を!」

 

「いや、よい。よいのだ、デミウルゴス。無事でなによりーーー」

 

「この罰は如何様にも受けます、()()()()()‼︎‼︎」

 

 

 その言葉に、ぴたりとアインズの動きが止まる。それは元々の名前。改名する前の名前。

 ギルド名を名乗る事を決めた事は、全員の前で宣言したのだ。デミウルゴスがそれを忘れているとは思えない。

 

 そんな主人の機微と、他の守護者たちの反応で察したデミウルゴス。周囲を見渡し何か自身に異常があるのだと思考を巡らせるが、情報が手元にない以上、何もわからない。

 

 

「…………デミウルゴスよ。私が名を変えた事を、覚えていないのか?」

 

「…………申し訳、ございません。記憶が混乱しています」

 

 

 その言葉にホッと胸を撫で下ろそうとして、いやいやと頭を振る。

 過去にシャルティアが洗脳された時、一度殺して復活させたが、その時は前後の記憶だけが曖昧だった。今回のデミウルゴスは訳が違う。

 

 

「デミウルゴスよ、ゆっくりでいい。お前が覚えている範囲のことを話せ」

 

「はっ!…………私はウルベルト様に創造された、第七階層守護者、デミウルゴス。赤熱神殿にて、待機していた所まで覚えているのですが…………」

 

 

 それはつまり、ナザリックが転移する前の事しか覚えていないと言う事。

 

 

(………それはつまり、今までのデミウルゴスではない、ということか?)

 

 

 姿形、声や仕草。そのどれをとってもデミウルゴスに違いはない。けれど、その中身は、これまで共に過ごした記憶がないと言うのであれば、それはーーー

 

 

(ーーーこれは、本当にデミウルゴス…………なのか?)

 

 

 ワナワナと手の震えを隠せないほどの動揺。初めて見る状態に思わずコンソールを起動。何か異常はないかと探るが、デミウルゴスの名が敵対を示す赤に染まることはない。

 

 

「ご、ご安心ください‼︎このデミウルゴス、ナザリックへの忠義は変わりません‼︎」

 

 

 慌てるようにデミウルゴスが頭を下げるが、アインズの耳には届かない。何よりショックなのは、他のNPCたちがその言葉に安堵していること。

 デミウルゴスの忠義さえ本物であればいいと、そこまで大きく気にしている様子はなかった。

 

 

(違う………違うだろ。お前にとっても仲間だったはずだ。それが別人になっているかもしれないのに、お前たちはそれでもいいのか…………?)

 

「アインズ様。デミウルゴスが未知の力で洗脳されているとも限りません。しばらく監禁と監視が必要と、愚考致します」

 

「…………そう、だな。アルベド、後は任せる。私は少し、自室に戻らせてもらおう」

 

 

 昂った感情は抑制されるというのに、落ち込んだ感情は中々抑制されない。それでも、胸の奥に残る違和感だけは、どうしても消えなかった。

 

 呆然と立ち上がったアインズを、側付きのメイドが付き従うが待機命令を。指輪にて転移した先は第九階層にある自室。豪華なベッドの淵に腰を下ろすと、頭を抱える。

 その骨の身体には疲労などないはずなのに、ひどく重く感じられた。

 

 頭を駆け巡るのはいくつものなぜ?

 

 なぜ、デミウルゴスは記憶を無くした?

 

 なぜ、自分はこの作戦を許容した?

 

 なぜ、なぜなぜ………と思考の海に沈み、堕ちていく。

 

 後悔が胸を焼き、懺悔が喉の奥から溢れ、そしてアインズが辿り着く答え。

 

 

「あいつの仕業か………っ‼︎」

 

 

 亡剣と呼ばれる、デミウルゴスの仇。おそらくこの世界のスキル、もしくはタレントによるものだと予測する。

 

 臨界点を超えた怒りが身体を突き動かし、ベッドに拳を突き立てる。

 柔軟性のあったはずのベッドは、その一撃で大きく軋み、そしてそこを起点に音を立てて崩れた。

 

 ベッドと共に床に転がるアインズだが、そこから立ち上がる様子はなく、それでも、どうすることもできない現実に叩きつけるかのように拳を振るう。

 

 

「くそっ、クソがぁああああ‼︎ デミウルゴスを殺しただけじゃなく、記憶まで奪っただと⁉︎ふざけやがって‼︎‼︎ 返せ‼︎ あいつを、返せぇえええ‼︎」

 

 

 魔法職と言えど、その膂力は百レベル相応のもの。既にカーペットに穴が空き、その下の床にまでヒビが入っている。

 どれだけ感情抑制が働こうと、火山の噴火のような怒りはおさまる事を知らない。

 

 けれども、怒りの感情がゆっくりと鎮火させられ、次第に落ち着きを取り戻したアインズが肩で息をする。

 寝転がっていた姿勢から身体を起こし、床に腰を下ろす。

 

 

「……落ち着け」

 

 

 絞り出すような声。だが、その胸の奥に残る感情だけは、消えない。

 

 

(……あのデミウルゴスは、もう戻ってこないのか?)

 

 

 伽藍堂の頭では、その答えは出ない。

 いや、出るはずもない。

 

 だが、それでも、骨の王は静かに目を閉じた。

 

 

(必ず……あの男に償わせる)

 

 

 それが復讐なのか、それとも自分自身への言い訳なのか。

 

 その答えを知る者は、誰もいなかった。

 

 

 

 

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