亡びぬ火、名もなき剣   作:桜大好き野郎

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無道を追う者たち

 

 

 帝都にある宿のひとつ、歌う林檎亭。後ろ暗い仕事を引き受けるワーカーたちの集う場所でもあり、飯もそれなりに美味い宿にて。

 

 そこを拠点とするワーカーチーム、フォーサイト。リーダーであるヘッケランが酒場の扉を潜れば、そこにイミーナとロバーデイクの姿があった。

 

 

「ん?アルシェはどうした?」

 

「まだ来てないわよ。それで、どうだった?」

 

「問題なく、前金は振り込まれてたよ」

 

「冗談ではなかったのですね………」

 

 

 ロバーデイクの視線がテーブルの中央へと注がれ、他の二人も釣られてそちらを見る。

 そこにあるのは一枚の依頼書。今回フォーサイトが受注した、捜索の依頼だ。

 

 

「首斬り事件の犯人を追えだなんて、聞いた時は耳を疑ったけど………まさか本気だったとはね」

 

「それに、前金もたんまり。報酬も情報次第でたんまりと来た」

 

 

 言葉の軽さとは裏腹に、三人の面持ちは暗い。何せ、怪しすぎるのだ。

 たかだか通り魔事件の犯人を貴族が追うこと自体異常であるのに、それに加えて常識では考えられない報酬。

 

 同時期に募集していた謎の墳墓の探索にも負けず劣らずの金額は、訝しむには十分すぎるものだ。

 

 

「………どう思う?」

 

「どうもこうも………もう依頼受けちゃったでしょうが」

 

「指名されたアルシェも、やる気のようでしたし………」

 

 

 それでも引き受けたのは、一重に指名の依頼だったからだ。それも鮮血帝からの粛清を免れた、数少ない有能な貴族からの依頼。

 アルシェの相手の魔力を可視化する異能を使って、件の犯人が魔法詠唱者なのかを探って欲しいということ。

 

 少しでも情報を得るための依頼だと言うことは、フォーサイトの面々も理解している。けれど、その刃が自分たちに向けられた時、首が繋がっているのかという一抹の不安はある。

 

 

「断ろうにも、こんな割のいい仕事二度とないわよ」

 

「それに、墳墓の依頼は既に締め切られていますからね」

 

「だよなぁ………」

 

 

 そも、この依頼はチームではなくアルシェを指名した依頼。ヘッケランたちはチームのよしみでおこぼれを貰えるだけで、決定権はアルシェにあるのだ。

 そして、近頃の彼女であれば断るはずがないと、三人は断言できる。

 

 ちょうどその時、店の扉が開いた。差し込んだ光と開閉音に、反射的に目を向ければそこにいたのはアルシェ。

 けれど、その顔は焦燥と怒りが刻まれており、寝れてもいないのだろう、目の周りの隈が酷い。綺麗だったはずの髪はぱさぱさで、整える余裕もないらしくまるで鳥の巣のようになっていた。

 

 血走った眼が三人を捉え、そして幽鬼の如く近づく彼女を、正常だと誰が思うだろう。

 

 

「…………ごめん。お待たせ」

 

「お、おう。アルシェ………また一段と隈が酷くなったな。寝てないのか?」

 

「…………大丈夫。一昨日、寝たから」

 

「睡眠は毎日取りなさい‼︎ねぇ、アルシェ。本当に近頃どうしたの?」

 

 

 本来であれば互いのプライベートにまで踏み込むのは、褒められたものではない。

 けれど、チームの中でヘマをする奴がいればそれに巻き込まれるかもしれないのだ。そんな言い訳を胸の内に用意して、イミーナは問いかける。

 

 けれど、ふるふると首を横に振るアルシェは事情を話すつもりはないらしい。

 

 

「…………それより、早く行こう」

 

「待ってください、アルシェ。流石に一度休んだ方がーーー」

 

「…………時間が、ない」

 

 

 

 ロバーデイクの言葉も虚しく、アルシェは背を向けて再び扉を潜る。どうするのか、と言う二人分の視線を浴びながらヘッケランは考える。

 

 このままアルシェに巻き込まれる前に解散することも視野には入れている。だが、第三位階を扱う魔法詠唱者など希少である上、ワーカーにまで堕ちる者など基本性格に難があり、今までのようにはいかないだろう。

 

 それに何より、今回の依頼金はアルシェが総取り。三人でまた新たなスタートを切ろうにも、先立つものに不安はある。

 

 

「…………行くしかねぇか。ただし、マジでヤバかったら気絶させてでも止める。いいな?」

 

 

 ヘッケランの提案に、それしかないかと頷くしかなく、渋々とアルシェの後に続くのであった。

 

 

◇◆◇◆

 

 

「お姉様、またお仕事なの?」

 

「………うん、ごめんね」

 

「仕方がないよ。クーデリカと一緒に、待ってるからね!」

 

「ウレイリカと大人しくお留守番してるからね!」

 

 

 アルシェの脳裏にこびりつく、愛しき妹たちの声。二度と聞けなくなるかもしれない、尊き者たち。

 

 きっかけは些細なことだった。

 

 貴族の矜持を第一に考える父親に舞い込んだ、夜会の誘い。聞けば貴族の地位を失った者たちの集いらしく、言わば傷の舐め合いだろうと放置していた会合。

 

 嬉々として向かった父親は、帰って来てからより一層貴族の地位に固執するようになってしまった。

 

 今まではアルシェの稼ぎでギリギリの返済ができていた借金も、それを上回るスピードで借入するものだから首が回らない。

 もうやめてくれ、と何度も忠告した。借金は膨れ上がり、執事達の給金さえ払えない現状で、何が貴族なのだと、そう叫んだ。

 しかし、父親は決まって言うのだ。

 

 

「もうすぐあの忌々しい皇帝は地に堕ちる!そうすれば借金など、すぐに返せるのだ!」

 

 

 何度諭しても耳を貸さない父親。それを止めない母親。

 もう限界だと。前々から計画していた、妹共々家を出る事を実行に移すべきだと、そう考えた矢先のことである。

 

 

「………クーデリカ?ウレイリカ?」

 

 

 ある日、依頼から帰って来たアルシェ。けれど、いつもならば嬉々として胸に飛び込んでくる姉妹の姿がどこにも見えない。

 まだ陽は高く、寝るような時間でもない。隠れているのか?と疲れた体に鞭打って隠れそうな場所を探すが、その痕跡さえ見つからない。

 

 

「アルシェお嬢様……」

 

「………ジェイムズ。クーデリカ達はどこ?」

 

 

 はやる気持ちを宥めながら、何度も何度も自分に言い聞かせる。大丈夫だ、ただふざけているだけだと。

 しかし、恐る恐る、苦しそうに言葉を紡ごうとする執事の姿を見て、察してしまう。

 

 ゆるゆると頭を振り、嘘だと言ってほしかった。けれど、ジェイムズの口から零された言葉はどこまでもアルシェを裏切る。

 

 

「………クーデリカ様とウレイリカ様は、借金の形に、連れ去られてしまいました」

 

「ーーーっ‼︎」

 

「お嬢様‼︎」

 

 

 背後からジェイムズの制止の声が聞こえるが、今のアルシェにそれを聞く余裕はない。扉を乱暴に開き、向かった先はリビング。

 扉が壊れるのではないかと、そう思えるほどの勢い。そこにいた父親と母親の視線が注がれるがそれさえ萎縮させる眼光で睨み返す。

 

 

「あ、アルシェ………コホン。フルト家の者として、少しは礼節をーーー」

 

「ーーー二人は、どこ⁉︎」

 

「その事か…………家の復興の為、少し離れただけだ。すぐに戻ってくる」

 

 

 くだらない、と。そう吐き捨てんばかりの対応にアルシェの拳が白く染まる。

 

 

「ーーーふざけないで‼︎自分の娘を売ったの⁉︎」

 

「売っただと⁉︎そんなわけないだろう‼︎貴族の務めを果たしているだけだ‼︎」

 

「ーーー貴族貴族って!うちはもう、貴族じゃない‼︎」

 

「あの皇帝さえいなくなれば、私たちは再び返り咲くのだ‼︎二人はその時に呼び戻せる‼︎」

 

 

 話にならないと、諦めを。

 

 言葉を尽くす意味がないと、失望を。

 

 最早親ですらないと、決別を。

 

 感情に任せて、魔力を指先に集める。もっと早くにこうすればよかったのだと、薄暗い自分が心の内で叫ぶ。

 

 自身の親を葬る覚悟を決めた魔法は、けれど間に割り込んだ母親が止める。

 

 

「ごめんなさい………アルシェ」

 

「………ごめんじゃ、すまない」

 

 

 涙ながらに謝罪を訴えるしかない母親に毒気を抜かれ、魔力が霧散する。父親が怒鳴ろうとしていたが、それよりも今は妹たちの安全の確保だ。

 

 家を飛び出して向かう先は、父親がよく借りる金融業者。予想していたのだろう、すっかり顔馴染みとなってしまった取り立て屋はアルシェの来訪に驚くことなく、嘆息していた。

 

 

「ーーー妹さんたちは、どこ⁉︎」

 

「先に言っておくが、嬢ちゃん。オレたちだって、したくてしたわけじゃねぇ」

 

「ーーーでも、現実は違う。帝国では奴隷売買は禁止されてるはず!」

 

「人聞きの悪い事言うんじゃねぇ。借金返済のための職業斡旋だ」

 

 

 激昂するアルシェとは反対に、どこまでも冷静な取り立て屋。このままでは感情に任せて魔法が飛んでくるということは、合法的とは言えない金貸し身分からしても理解できる。

 

 杖を構えそうになるアルシェに、手を向けて制止を。時には暴力に訴えることはあるが、口先三寸で相手を騙すのも、金貸しとして必要なスキルである。

 

 

「まぁ、待てよ、嬢ちゃん。オレたちだってこんなことして、国に目ェつけられたくねぇんだ。だから、ひとまず利子さえ払ってくれりゃ、小娘たちは手元に置いといてやるよ」

 

「ーーー嘘、じゃない保証は?」

 

「ここまで譲歩してやってる時点で、十分誠実だろ。それで、どうする?言っとくが、小娘たちはここにはいねぇ。広い帝国を探し回るつもりか?」

 

 

 金貸しの言葉に、アルシェは暫く沈黙。そして、徐に懐から袋を取り出して投げ渡す。中身の金貨や銀貨を計算。利子よりも少し多いが、そこは気にする事はしない。

 

 

「いいだろう。ただ、こっちも慈善事業じゃねぇんだ。早めに借金完済するんだな」

 

「ーーー待って!妹たちを返して!」

 

「言っただろ?利子分さえ返してくれりゃ、手元に置いといてやるって。小娘どもを返して欲しけりゃ、せめて元金の半分は返せよ」

 

 

 やはり嘘だったか、と頭に血が昇るアルシェ。杖の先を金貸しに向けた、その瞬間だった。

 

 

「おい!何をしている!」

 

「…………警備兵」

 

「あぁ、ちょうどか………おーい!警備兵さーん」

 

 

 金貸しの仲間が呼んだのだろう、帝国警備兵の姿が通りの向こうから顔を出す。例えどんな理由であれど、この現場を目撃されてしまえば加害者は誰なのか、明白である。

 舌打ちをひとつ溢し、飛行の魔法でアルシェは逃走。

 

 最愛の妹たちを取り戻すには今までの比でないほどの大金が必要になる。用意できなければ、待ち受けている現実を直視できる自信はない。

 

 

「ウレイリカ、クーデリカ………」

 

 

 妹たちの名前をぽつりと零す。その声に反応してくれる存在は、アルシェの近くにはいなかった。

 

 

◇◆◇◆

 

 

「おい、アルシェ!おいって!!」

 

 

 帝国領を抜けた先、王国領にて。

 件の首切り魔は治安の悪いところに出没するだろうと仮説を立て、帝国よりも王国側の方が発見できるだろうとなったはいいが、少しの時間も惜しいとばかりの強行軍。

 

 関所も介さない裏道での侵入は遠回りであるが、確実に侵入できる。だが、その進行速度は異常であり、殆ど休みはない。

 疲弊したヘッケランの声が背後から飛ぶが、アルシェが気にした様子はなく、更に前へ前へと進む。

 

 

「くそっ、アイツ完全にイカれてやがるな………」

 

「もー、無理!どんだけ歩かせるのよ‼︎」

 

「アルシェ、一度止まってください。これ以上は危険です」

 

「…………時間がない。私一人でも行く」

 

 

 ロバーデイクの提案にも答えず、更に進もうとするアルシェの肩を、駆け寄ったロバーでいくが止める。

 

 

「あなたも理解してるでしょう?闇雲に探し回っても、疲弊するだけだと。何があったかは知りませんが、一度落ち着いてみては?」

 

「…………私は、落ち着いてる」

 

「どこがよ。言っておくけど、アンタが焦ってることなんて、みんなわかってるからね?」

 

「アルシェ、何があったかなんて聞かねぇけどよ、ちったぁ、こっちの事情ってのも考慮しちゃくれねぇか?一応、チームで動いてるんだからよ」

 

 

 街道から外れた森の中などはモンスターの巣窟であり、普通ならばレンジャー職に就いた者が索敵しながら進むものだ。けれど、それさえ無視しての行動に何度も危ない面があった。

 

 モンスター自体に遅れを取るほどフォーサイトは弱くない。だが、それは連携が取れていたならの話。アルシェ一人の独断専行によって、チームの輪は乱されていた。

 

 

「自殺願望があるなら、早めに言えよ。さっさと別の奴探すからよ。オレたちを巻き込むなっての」

 

「…………それでも、いい。私には、時間がないから」

 

「おーおー、じゃあさっさと行っちまえ。一人で全部できると思ってるならな」

 

 

 ヘッケランの言う通り、アルシェ一人で索敵から戦闘、野宿の準備から料理まで全てを賄えるわけではない。

 普段であればその負担を考えることはできる。だが、今のアルシェには難しく、ただただ、妹たちを救うことしか頭になかった。

 

 

「…………わかった。一人で、行く」

 

「そうかよ。イミーナ、ロバー、オレたちは帰るぞ」

 

「ヘッケラン!アルシェ!二人とも、売り言葉買い言葉で喧嘩しない‼︎」

 

「疲労で正常な判断ができないようですね………幸い、少し進めば廃村があるようですし、一度、休憩を取りましょう。アルシェ、ヘッケラン、いいですね?」

 

「…………わーったよ」

 

「…………うん」

 

 

 イミーナの怒りとロバーデイクの提案に多少頭が冷えたのだろう。渋々と言った様子で了承する二人。けれど、互いに頭を下げるつもりはないようで、雰囲気は悪いままだ。

 

 かつて法国が王国の国力を削ぐためにいくつもの村を襲ったため、国境付近には未だ手付かずの廃村が点在している。

 その内のひとつに到着したフォーサイトは、ようやくとばかりに手頃な倒壊した建物の柱に腰をかける。

 

 

「はぁ、疲れた………イミーナ、周囲は大丈夫だよな?」

 

「障害物はあるけど、気配はないわ。それよりアルシェ、そろそろ話してくれない?なんでそんなに焦ってるのか」

 

 

 イミーナの言葉に、アルシェは口を閉ざす他ない。ここまで着いてきてもらっているだけで、十分甘えているのだ。

 イミーナやロバーデイクはもちろん、ヘッケランだって事情を話せば協力してくれるだろう。だが、そんな甘えをアルシェは許容できない。

 

 

「…………なんでも、ない」

 

「…………そう」

 

 

 まだ口を開いてくれないのかと、そんな落胆を込めた言葉。それにアルシェの心がちくりと痛むが、歯を食いしばって耐える。

 暴力で解決できる問題でなく、そして金の貸し借りはチーム内の不和を生むのだから。

 

 そうしてふと、イミーナの動きが止まる。その視線は鋭く、周囲を警戒していた。

 

 

「なんだ?どうした?」

 

「誰がいる………気がする」

 

「気がする?隠密に長けた者、ということでしょうか………」

 

「わからない………気配がすごく薄い………」

 

 

 イミーナの索敵から外れるだけでも、相当な実力者。各々が座ったばかりであるが腰を上げて、武器を構える。

 背中を合わせて周囲に視線を巡らせる中、ふと、アルシェが気づいた。

 

 

「…………誰か、いる」

 

「どこにいる?」

 

「…………正面」

 

 

 その言葉に全員がそちらへと視線を向ける。けれど、向けたと同時に困惑した。

 

 アルシェの言う通り、視線の先、倒壊した家屋のひとつに腰掛けた男が一人。刀を抱えるようにして座り込み、目を瞑って静かな寝息を立てていた。

 

 あまりにも自然すぎて、誰しもが一瞬そういう置物か何かだと見間違うほど。ヘッケランが他に気配はないのかと、そうイミーナに視線を向けるが、どうやらないらしい。

 

 目配せをして陣形を整えると、ヘッケランが先頭に立ってゆっくりと近づく。その後ろをロバーデイク、アルシェ。最後方からイミーナが弓を向ける中、恐る恐るヘッケランの剣先が男に触れようとした、その刹那であった。

 

 

「ーーー⁉︎」

 

「ヘッケラン⁉︎」

 

 

 ヒュンと、風を切るような音が鳴ったかと思えば、いつの間にか刀がヘッケランの首筋に添えられている。

 仲間たちから悲鳴に似た叫びが聞こえるが、聞こえる音は遠い。ただヘッケランの耳に入るのは自身の呼吸音と、張り裂けそうなくらいに叫ぶ鼓動の音のみ。

 視界が拾うのは、距離の近くなった男の一挙手一投足。灰色の瞳がヘッケランを貫ぬき、ゆっくりと口が開かれる。

 

 

「汝、無道か?」

 

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