亡びぬ火、名もなき剣   作:桜大好き野郎

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裁定

 

 

「アンタさ」

 

「ん?」

 

「物好きってよく言われない?」

 

 

 依頼を終えた夜。月明かりのみが光源の薄暗い宿。そのベッドに寝転びながら、隣にいるイミーナがぽつりと溢した。

 

 窓の外から聞こえる酔っぱらいの笑い声。時折聞こえるケンカの声。

 

 気怠い空気の中、ヘッケランは欠伸を噛み殺す。

 

 

「なんだよ、藪から棒に」

 

「だってさ」

 

 

 イミーナは身体を横向きにして、じっとこちらを見る。

 

 

「ハーフエルフを抱こうなんて、法国の連中じゃ考えられないし」

 

「まぁな」

 

「帝国でも微妙なラインでしょ?」

 

「そうか?」

 

「そうよ」

 

 

 呆れた声の中に混じる、少しの不安。

 確かに、帝国では奴隷は禁止されているがエルフは例外。稀ではあるが、金持ち連中がエルフをこき使っている姿はヘッケランも目にしたことはある。

 

 その血を半分受け継ぐハーフエルフと関わりを持とうなど、余程の酔狂か、もしくは色狂いだけだろう。

 

 

「なに?アンタ、女なら誰でもいいの?」

 

「…………かもなぁ」

 

 

 欠伸混じりに適当に返す。だが、その瞬間、イミーナの眉がぴくりと動いた。

 

 

「へぇ?」

 

「なんだよ」

 

「最低」

 

「おい」

 

 

 布団の中で蹴りが飛んできた。脛に直撃したそれに、思わず顔を顰める。

 

 

「痛ぇな!」

 

「自業自得でしょ」

 

「冗談だって」

 

「どうだか」

 

 ふん、と鼻を鳴らして背を向けるイミーナ。その長い耳が僅かに揺れているのを、月明かりが照らしてくれた。

 

 言えるわけがない。

 

 女なら誰でもいいわけがない。

 

 ましてや、こいつだからいいのだと。

 

 依頼中は誰よりも頼りになって。

 

 酒を飲めばうるさくて。

 

 妙なところで世話焼きで。

 

 時々、自分でも驚くくらい綺麗な顔をする。

 

 そんなことを口にしたら。

 

 きっと一生からかわれる。

 

 

「…………寝るぞ」

 

 

「はいはい」

 

 

 だから誤魔化した。

 お前だからいいだなんて、そんな事口にできるわけがなかった。

 

 

◇◆◇◆

 

 

「ヘッケラン‼︎」

 

 

 耳を撫でる、愛しい人の声に意識が覚醒する。首筋に添えられた刃は変わらず、状況は一転もしていない。

 

 死の間際だというのに、思い出すのはあの薄い身体なのか、と自虐と、そして少しの諦めを込めて口角が上がる。

 

 

(ああ、くそっ………いい奴らだよなぁ)

 

 

 剣士として、冒険者として、何度も死線は潜った。だが今までとは桁が違うほどの死の気配。

 目の前の男がその気になれば、自分の首は既に地面を転がっているという確信。

 

 だというのに、仲間たちは自分を救う事を諦める様子はなく、背後から隙を窺っている。先ほどまでケンカしていたアルシェでさえ、攻撃を躊躇っているのだ。自分にはもったいないくらいの、本当にいい仲間たちだ。

 

 

(元は金が目的の連中だってのによ………最近、調子が良かったツケか?)

 

 

 手の中にある双剣を振るう機会はない。ただ品定めでもするかのような、目の前の男の視線に耐えるしかないのだ。

 

 死ぬ事自体、不思議と恐れはない。けれど、その刃が仲間たちに向かうことは恐怖だ。今まで信じてもいなかった神に、どうか、どうかと乞い願う。

 

 そうして、その思いが通じたのか。それともただの気まぐれか。ヘッケランの首筋から刃がゆっくりと離れていく。

 

 

「汝、無道に非ず」

 

「…………は?」

 

 

 間の抜けた、そんな言葉が零れたのは果たしてヘッケランだけだったのか。そんな事が気にならないほど、全員が呆気に取られていた。

 

 男は我関せずとばかりに刀を納めると、ふと視線を上げる。そうして、何を思ったのか、または何も考えていないのか、幽鬼の如く歩き出す。

 

 その背中が小さくなるまで誰も動けず、そして気が抜けた瞬間、ヘッケランが腰から落ちた。

 

 

「ヘッケラン⁉︎大丈夫ですか⁉︎」

 

 

 あの一番に駆け寄ったのはロバーデイク。遅れてアルシェとイミーナもヘッケランの元へと集まる。

 

 

「あ、あぁ………ロバー、オレの首、まだ繋がってるよな?」

 

「えぇ、ちゃんと繋がってますよ」

 

「まったく!あんな状態で、よくぼーっとできるわね⁉︎」

 

「しょうがねぇだろ。こっちは死ぬと思ったんだ…………それよりアルシェ、さっきの男、どうだった?」

 

「…………わからない。少なくとも、私の目には何も映らなかった」

 

 

 アルシェのタレントは、相手の魔力をオーラのようにして見る事ができる能力。それに引っかからないという事は、魔力系魔法詠唱者ではないという事だろう。

 

 誰もが口にしないが、誰もが予感している。アレが噂の、首切り事件の犯人だと。

 

 暴力に身を置く生活をしているからこそ、直感している。あれは、逆立ちしても勝てないと。自分たちが生きているのは、奇跡に近いのだと。

 

 

「はぁ………んで、どうする?依頼は情報を集めろ、ってだけだ。魔法詠唱者じゃねぇってわかっただけでも金は手に入る、んだが………」

 

「………私は、撤退を支持する」

 

 

 その言葉を吐いたのは、意外なことにアルシェだった。驚きから瞠目する三人の視線を他所に、所在なさげに視線を背けると、いつもの調子でぽつりと言葉を零す。

 

 

「…………情報は手に入った。深入りする必要はない。依頼金も、そこそこ貰える。だからーーー」

 

「私は、彼を追いたいと思います」

 

「私もよ」

 

 

 アルシェの言葉を遮って、ロバーデイクとイミーナの二人が声を上げる。

 

 

「………な、んで」

 

「依頼は確かに十分かもしれませんが………追加報酬も期待したいところですからね」

 

「そうそう。いっそ、貴族の金庫根こそぎ掻っ攫うくらい、集めてやりましょうよ」

 

 

 ぱっと弾かれるように視線をそちらへ向けたアルシェ。誤魔化しているが、その実アルシェを気遣ってのことだというのは明らか。

 二人を止めてくれと、そんな願いを込めてヘッケランへと視線を向けるが、けれど、彼も同じようにして誤魔化すように笑う。

 

 

「そいつはいいな。いい加減、オレも武器を新調したかったんだ」

 

「さっきの奴の武器、ルーンが三つも刻まれてたもんね。アレだけでも結構値打ちものじゃない?」

 

「魔化させるよりも高いですが、半永久的に効果が保証されますからね。私も、孤児院への仕送りが増やせそうです」

 

「ーーー待って!!」

 

 

 軽口を言い合って、何でもないとばかりの空気感を遮るように、悲鳴のようなアルシェの声が周囲に響き渡る。

 

 

「…………私のことは、気にしないでいい。ヘッケランは、さっき死にかけた。次はないかも、しれない………イミーナだって、ロバーだって…………私はもう、失いたくない」

 

 

 蚊の鳴く様な、消え入りそうな声。妹たちを失うことと同等の恐怖は、アルシェの心を残酷に傷つける。

 けれども、腰を上げたヘッケランは仕方がないとばかりに笑った。

 

 

「何言ってんのかね、このおチビは。オレたちは金が欲しくてワーカーになったんだろ?そのためなら命なんて惜しくないんだよ」

 

 

 それが強がりなんてことは、誰もがわかっている。いつ刀を抜いたのかもわからない、首筋に刃が当てられる恐怖を忘れたわけではない。

 けれど、ここで退いても多少の金銭を得られるだけ。そうなればアルシェはまだ無理を続けることは明白。仲間として、撤退は容認できるものではなかった。

 

 

「そうそう。ほら、早く追いかけるわよ」

 

「そうですね。見失いでもしたら、大変ですから」

 

「…………みんな」

 

 

 アルシェに気負わせないようにと、その心遣いに目頭が熱くなる。ごめんなさいと、巻き込んで申し訳ないというのは簡単だが、それは彼らの覚悟に泥を塗る行為。だからこそ、溢れそうになる涙を抑えながら、アルシェは感謝を口にする。

 

 

「…………ありがとう」

 

「礼を言われることじゃねぇよ。それより、行くぞ」

 

 

 ヘッケランに腕を引かれて、アルシェは歩き出す。このチームに入って良かったと、心の中で呟きながら。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 フォーサイトの四人が休憩した廃村とは、また別の廃村にて。

 

 森の中に突然現れた墳墓の調査へと乗り出した複数のワーカーチーム。そのうちのひとつ、ヘビーマッシャーのリーダー、グリムガンは重いため息をこぼす。理由はひとつ、ワーカーチーム天武のリーダー、エルヤーの行動だ。

 

 

「ちっ、早く準備なさい。飢え死にさせるつもりですか?」

 

 

 パタパタと、それぞれチームで纏まって食事の準備をする中響く声。遅れて肉を叩く音が全員の耳に届く。

 

 ワーカーチームを名乗ってはいるが、エルヤーを除く3人は奴隷のエルフだ。帝国の法で奴隷は禁止されているが、エルフは例外。法国から流れてくる敗走兵や捕虜を利用しているのだ。

 公に認められているが、声高々に所持を叫ぶにはあまりにも非人道的。所謂グレーゾーンの扱いとされているエルフ奴隷。

 

 これみよがしに所持を宣言し、そして虫の居所が悪ければ殴る蹴るの暴行。周辺国家最強の戦士、ガゼフと肩を並べる実力と噂されるだけあって、手に負えない存在。それがエルヤーという人間であった。

 

 

「なぁ、リーダー。ありゃなんとかならねぇのか?」

 

「然るに、言葉では何も響かぬだろう」

 

 

 仲間内からそんな小言が飛ぶが、グリムガンとしては関わり合いたくないというのが本音。

 仲間も別に、エルフが可哀想だとか、同情から言っているわけではない。ただ、目障りだからというだけだ。

 

 慢心と油断、驕りで死ぬのがエルヤーだけならばいいが、万が一でも巻き込まれたくはない。実力だけならば本物だ。グリムガン自身、正面から戦って勝てるとは思わない。

 

 だからこそ厄介だった。力ある愚か者ほど、周囲に被害を撒き散らす。

 

 ちらり、とグリムガンが視線を移す。その先にいるのはこの依頼において道中の護衛の任務についたチーム漆黒の姿。モモンとナーベという、アダマンタイト級の冒険者も今のところ動こうとする気配はない。

 

 噂では心優しい御人だと聞いていたが、どうやら噂は噂でしかないようだと当たりをつける。

 

 

「まったく………料理の一つも満足にできないのですか、あなた達は?」

 

 

 用意された食事が気に入らなかったのだろう。器に入ったそれを投げ捨てると、配膳してきたエルフに蹴りを入れるエルヤー。

 

 誰も止めようとせず、飛び散る血や唾液がこちらに飛ばないように距離を空けるだけだ。エルフたちも庇う気力も、抵抗する気力すらないのだろう。同族が殴られている姿をただ茫然と見つめ、殴られているエルフもただ耐えるだけ。

 

 誰かが救い出してくれるなんて、そんな夢物語を信じるには世の理不尽に揉まれ過ぎた。今はただただ、この暴力が早く収めてくれることを祈るばかり。

 

 けれどーーー

 

 

「ーーーやめよ」

 

 

 静かに、微かに、けれど確かな熱の籠った声が全員の耳に届く。その声の主を、誰も知らない。けれど、いつの間にかそこに在ったという表現が的確なほど、幽鬼のような存在がエルヤーの腕を掴んでいる。

 

 掴まれている本人も困惑しているだろうが、それよりも邪魔されたことへの苛立ちが勝ったのだろう。

 顔を歪ませて、その男を睨みつける。

 

 

「………誰ですか、あなたは?」

 

「無道、働くことを許さぬ」

 

「聞いていますか?誰なんです、あなたは?」

 

「…………警めは、した」

 

 

 男が手を離すと同時に、エルヤーは腰の刀に手を伸ばす。相手がどこの誰かは知らないが、少なくとも自分の敵ではなく、そして憂さ晴らしの邪魔をした相手。

 目の前に刀を突きつけて脅してやろうという、軽い目論見。だが、いつもの調子で握ろうとした手が空を切るーーー否、利き手の感覚が消えていた。

 

 困惑と動揺、確認のために視線を逸らしたエルヤーであるが、視界が映し出した光景に絶句する。

 何せ、いつの間にか手首から先が斬られているのだ。地に転がる手首から先は驚くほどに綺麗な断面で、漏れ出す血も最小限。現実を認識すると同時に耐え難い苦痛がエルヤーを襲った。

 

 

「っぁあああ⁉︎手ぇっ、手がぁああ⁉︎」

 

 

 絶叫するエルヤーの声は遠く、その場にいた全員は言葉を無くす。何せ、誰も見えなかったのだ。抜刀の瞬間も、刀に手を置いた瞬間でさえ、誰も目撃できてない。

 

 そして、性格はともかく実力は本物のエルヤーを、まるで子供扱いする存在。それを受け入れる事は、土台無理な話である。

 

 

「こ、このっ‼︎おい!早く回復しろ‼︎バフもだ‼︎」

 

 

 もう戦えないエルヤーであるが、傷つけられたプライドはそう易々と敗北を認めない。エルフたちへと命令を下し、目の前の男を殺すのだとそう決意を露わに。

 

 今までの恐怖に縛られたエルフたちは、反射的に回復魔法と支援魔法をエルヤーに付与。

 

 

「み、中傷治癒(ミドル・キュアウーンズ)!」

 

下級筋力増大(レッサー・ストレングス)下級俊敏力増大(レッサー・デクスタリティ)!」

 

「ふ、ふふふ、はははは!能力向上!能力超向上!縮地改!」

 

 

 複数の支援魔法、そして複数の武技。それにより限界まで能力を高めたエルヤーは刀を抜くと、スライドするようにして男に肉薄。

 利き手は潰されたままだが、それでも英雄にも通じる一撃。目撃する誰しもその軌跡を目視することは叶わず、気がつけば嘲笑を隠さないまま、刃を振り下ろしたエルヤーの姿が映るのみ。

 

 半歩ほど男からズレた位置に落とされた刀。けれどそこから追撃する様子はなく、固まったままのエルヤーに、グリムガンは違和感を抱く。

 

 耳が痛くなるような静寂の中、男がゆっくりと動き出すと同時にぐらりとエルヤーの頭が揺れ落ちる。

 

 コロコロと、まるで冗談のように転がるエルヤーの頭部。いつ斬られたのかわからないのだろう、勝利を確信したまま固まった頭部はエルフたちの足元へ。

 最初はびくり、と身体を震わせたが、けれど3人のうち1人がその頭部を足で小突くと、残りの2人も続くように小突く。

 

 次第に暴力性を増す3人の憂さ晴らしは暫く続く。そこには既に恐怖はなく、ただ暗い感情のみがあった。

 下手人の男はそれを一瞥したが、何も言う様子はない。既に裁きは終わったとでも言わんばかりに。

 

 それが何よりグリムガンの、ワーカーたちの恐怖を駆り立てていた。

 

 これがただの理不尽な暴力装置か何かであれば、全員で攻撃するという選択肢が生まれる。だが、目の前の男は何かしらの基準を持って斬る相手を選別しているのだ。

 

 後ろ暗い仕事をするワーカーである自分たちが見逃されているのが何よりの証拠であり、そしてその琴線に触れないように、黙って見守るしかない現場。

 そんな中、無謀にも動き出す影がふたつ。

 

 

魔法最強化(マキシマイズマジック)連鎖する龍雷(チェイン・ドラゴン・ライトニング)‼︎」

 

「死ね‼︎」

 

「なっ⁉︎」

 

 

 攻撃を仕掛けたのはチーム漆黒。相手を試すような素振りではなく、確実に仕留めるための一撃。

 のた打ちながら迫り来る雷。そしてその後に続く、重厚な2本のグレートソードによる攻撃。

 

 アダマンタイト級としても、伝え聞く噂からしても信じられない奇行。グリムガンたちが反射的に身を守る中、白に染まる視界の中で確かに目撃した。

 男が刃を振るった瞬間を。白を切り裂く、刃の煌めきを。

 

 

「うおっ‼︎」

 

 

 腹の底に響く轟音と、身体が浮かび上がるような衝撃波。ゴロゴロと転がるワーカーたちが反射的に起き上がると、目の前の光景に言葉を無くす。

 

 爆心地のように黒く染まった大地の中心で首を無くした漆黒のモモン。そして、少し離れた場所で左右に両断された美姫ナーベの姿。

 

 

「り、リーダー、こいつぁ………」

 

「あぁ、ヤベェぞ、こりゃ………」

 

 

 学のなさを隠すための口調も忘れて、仲間から飛ぶ言葉にそう返す。

 何せ冒険者の最高ランク、アダマンタイト級を何の苦もなく殺したのだ。それはつまり、この場にいる誰にも敵うはずがないということであり、男がその気になれば全員を殺せるということ。

 

 攻撃されても尚変わらない男の表情。激流に揉まれて削れた岩のような男の瞳は、ただ虚空を映すのみ。

 今のうちに離れるべきか、それとも動かないべきかを頭の中で計算している時である。背後の藪から音がしたのは。

 

 一瞬にして警戒体制を整えるワーカーたち。だが、そこから出てきた人物を見て動きをとめた。

 

 

「ぷはぁ………やっと抜けた………」

 

「道ってもんを、知らないのあいつ………?」

 

「お、思っていたよりも重労働ですね………」

 

「………けど、ようやく追いついた」

 

「汝らは、フォーサイト………」

 

「ん?おお、グリムガン。なんでここに………って雑談してる場合じゃねぇな」

 

 

 ちらり、と見ただけでもわかる異常。首を無くした死体ニつと、両断された死体ひとつ。それも、相応の実力者たちの死体だ。

 

 

「ヘッケラン、汝はあの男を知っているのか?」

 

「少しだけな。オレも刃を向けられたが、生き残った………だが、ニ度目の幸運はないかもな」

 

 

 周囲に視線を巡らせる男はフォーサイトの登場に反応を示す様子はない。小声でグリムガンとヘッケランが情報を交換するが、大した情報がないのが事実。

 

 

「あの首なしはエルヤーだよな?そんで、あの鎧と両断されてるのはアダマンタイト冒険者の漆黒だよな?」

 

「うむ………しかし、なぜ汝は見逃された?」

 

「知るかよ。本人に聞けーーーん?」

 

 

 未だ動き出す様子のない男から視線を外し、ヘッケランの視線は転がるモモンの頭部へ。フルフェイスからころりと転がった頭部はつるりと、まるでゆで卵のような見た目で、目と口に当たる部分に穴が空いているだけ。

 一目でわかる、異形の頭部。続けて美姫ナーベだったものへと視線を向ければ、そちらも同じような顔になっていた。

 

 

「おいおい、どうなってんだ、こりゃ………」

 

「チーム漆黒は、モンスターだったということか?」

 

「でも、見た事ないわね………アルシェ、わかる?」

 

「………昔、本で見た事ある気がする」

 

「私も知ってます。アレは二重の影(ドッペルゲンガー)ですね。他人に化けるモンスターのはずです」

 

 

 ざわり、と周囲がにわかに騒がしくなる。何せ、チーム漆黒は今回、ワーカーたちの護衛の任務についていたのだ。その正体がモンスターというのは、中々に受け入れ難い。

 もしかすれば、この依頼自体罠の可能性も出てくるのだ。

 

 

「ふむぅ………これは引き返す他ないのぅ」

 

 

 ぽつり、と零したのはチーム竜狩り(ドラゴンハント)のリーダー、パルパトラ・オグリオン。

 御歳80を超える老人であるが、未だ現役でワーカーを続ける人物だ。過去には竜を退治した実績もあり、その鱗で作った防具を身に纏う彼を侮る人間など、この場にはいない。

 

 あの男は何なのか。何を基準に動いているのか。不安材料はまだたくさんあるが、ここいらが潮時だろう。フォーサイトを含めたワーカー達が目配せをし、ゆっくりと男から離れるその瞬間である。

 

 

「邪魔でありんす」

 

「は?」

 

 

 いつの間に存在していたのか。パルパトラの背後、半円状の暗闇がそこにあった。鈴を転がす様な声が聞こえた瞬間、パルパトラの上半身が爆ぜ、金属の噛み合う音が周囲に響く。

 

 あまりにも一瞬の出来事すぎて、全員の動きが再び止まり、視線が男へと固定される。

 そこには真紅の鎧に身を包んだ女と、その女が持つ異形の槍と鍔迫り合いをする男の姿。唖然とするワーカーたちを無視する様に、再び半円状の暗闇から二つの影が現れる。

 

 

「ココデ、仕留メル」

 

「お覚悟ください」

 

 

 ライトブルーの甲殻を持つ巨大な蟲型モンスター、そして執事のような格好の老人。だが、異形と共に現れたそれを、人間だとは誰も思うはずがない。

 

 

「至高の御方に唾を吐いた不敬、償わせてやるでありんす!」

 

「………無道」

 

 

 蟲型モンスターと執事、そして真紅の鎧の女。それぞれの攻撃を避けるように、男は森の奥へと姿を消す。それを追いかける三つの異形たちの姿を見送る。

 その場に残されたワーカーたちに出来ることなどそのくらいでしかなく、ただただ、己の心臓が動いていることに感謝する他ないのであった。

 

 

 

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