亡びぬ火、名もなき剣   作:桜大好き野郎

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破滅の足音

 

 

「デミウルゴス‼︎ デミウルゴスッ‼︎‼︎」

 

 

 ナザリック第七階層。

 溶岩地帯をフィールドとしたそこは、常人であれば地面から上がる熱だけでも相当疲弊してしまうほど。

 

 けれど、そんなものを意に介さず、肩で風を切りながら歩むのは守護者統括のアルベドだ。美麗な顔を憤怒で歪め、握る拳は白くなるほど。

 配下の悪魔たちが必死に宥めようとその後ろを慌ただしくついていくが、アルベドの耳には届かない。

 

 やがて、周囲を溶岩で囲まれた神殿ーーーデミウルゴスの居城である赤熱神殿に辿り着くと、閉ざされた扉を容赦なく蹴り開く。

 

 

「デミウルゴス‼︎どう言うつもりなのか、説明してもらおうかしら‼︎」

 

 

 轟音と共に吹き飛ぶ扉。大理石で出来たそれは面白いくらいに宙を舞い、そして耳障りな音を立てて床と激突。神殿内は暗闇に包まれており、入り口から差し込む光だけか唯一の光源。けれど、種族として暗闇を見通せるアルベドには関係のない事で、勝手知ったるとばかりに奥へと進む。

 その背後で戦々恐々とする悪魔たちは、ただ入り口からその様子を見守る他ない。

 

 神殿内を進み、やがて辿り着くデミウルゴスの私室。ウルベルトがデザインしたそこを乱暴にこじ開けるような事はしないが、それでも煩わしいとばかりに勢いよく開ける。

 

 

「デミウルゴス‼︎」

 

「どうしました、アルベド。随分と血気盛んですね」

 

 部屋の中、まるでアルベドが来るのを見越していたかのように待ち構えていたデミウルゴス。

 シャンデリアなどでギラギラしたような部屋ではなく、必要なものだけを置いた質素な部屋は、しかしその家具のひとつひとつがこの世界の人間が見れば卒倒するような価値を持つ。

 

 無論、ナザリックの下僕たちからしても、至高の御方が作り上げ配置したもの故に、価値などつけられないのだが。

 

 テーブルを挟んだ向こう、ゆるりとアルベドに視線を向けたデミウルゴス。その仕草に、その雰囲気に、思わずアルベドは片眉を上げる。

 

 けれども、その不信感は一先ず傍に置き、テーブルへと両手を叩きつけた。

 

 

「どう言うつもりなの⁉︎ 私に断りもなく、守護者を三人も外に出すなんて!」

 

 

 本来であればワーカーたちを餌に、帝国を脅す。そして、王国との定期的な戦争に乗じて国を興す計画だったはず。

 その出鼻を件の男に挫かれたのは確かにアルベドとしても業腹。だが、だからと言って待機命令を無視して守護者を出撃させるほどではない。

 

 

「納得のいく理由を述べてくれるのでしょうね?」

 

「ふふふふ………アルベド。もしやアナタ、アインズ様がただ徒に我々を待機させているとお思いなのですか?」

 

 

 嫌なほどに落ち着いた様子のデミウルゴス。ともすれば至高の御方の命令を無視した謀反人として吊し上げられると言うのに、まるでそんな事ないとばかりーーーいや、それさえも受け入れているかのような様子に、思わず怒り心頭のアルベドでさえ水をかけられた反応をしてしまう。

 

 

「………何が言いたいのかしら?アインズ様の命を無視するなんて、不敬が過ぎることよ」

 

「そのアインズ様は、この展開さえ予想していたに違いありません」

 

 

 テーブルに両肘を立てて、組んだ指の上に顎を置くデミウルゴスは、そのメガネの奥、宝石の瞳を輝かせながら怪しく笑う。

 

 

「件の男ーーー亡剣は、悪人を斬ると我々は予想していました。それはつまり、カルマ値が極悪に寄るほど、亡剣は刃を向けるということ」

 

「ええ。けれど、アインズ様がお造りになった、冒険者モモンには何の反応も示さなかった。つまり、カルマ値に関係はないと結論づけたはずよ」

 

「ええ、その通り」

 

 

 アルベドの反論にあっさりと頷くデミウルゴス。しかし次の瞬間、その口元が歪む。

 

 

「ーーーだからこそ、なのですよ」

 

「………なんですって?」

 

「我々は、亡剣の判断基準を誤っていた。奴には絶対の基準があるのだと、何かしらの要因があるのだと、そう思い込んでいたのですよ」

 

 

 朗々と、謳うように語るデミウルゴス。まるで理解できないと、怪訝な顔をするアルベドを、まるで出来の悪い教え子のように、まるで教鞭を振るう教師のように、デミウルゴスは策を披露する。

 

 

「まず、モモンとナーベに扮していた下僕は中立。これまで殺された配下は悪から極悪。逆に、王都で遭遇したセバスは見逃された。ここまで見ると亡剣はカルマ値から判断していると思われますが、それは誤りです」

 

「それはわかっているわよ」

 

「いいえ、貴女は理解していない」

 

 

 立てた人差し指をアルベドに向け、デミウルゴスは笑う。

 

 

「奴はもっと単純に、現場を見てから判断しているのです」

 

「………なに?つまり、亡剣は行き当たりばったりの行動しかしないと、そう言うつもり?」

 

「ええ。それならばモモンが見逃された理由にも説明がつきます。アインズ様はあの時、ごく普通の冒険者として振る舞っていたのですから」

 

 

 確かに、と思わず納得するアルベド。

 つまり亡剣は目の前で起こった事象にしか対処できず、現場で裁定を下すということ。例え根がどんな善人であろうと、悪人であろうと、亡剣は目の前の事でしか判断しない。

 

 納得しかけたそれだが、アルベドは頭を横に振る。亡剣の行動理由はわかった。だが、守護者3人を無断で動員した言い訳にはならないのだ。

 

 

「亡剣の動きはわかった。けれど、待機命令を無視した言い訳にはならないわよ」

 

「言い訳?」

 

 

 デミウルゴスが首を傾げる。本気で意味がわからないと言わんばかりに。

 

 

「なぜ言い訳が必要なのですか?」

 

「なっ⁉︎」

 

「アルベド」

 

 

 静かに、穏やかに。語りかけるデミウルゴスの声に緊張や動揺、焦りもない。神の意思に、その一端に触れた事を誇るかのような心境で、デミウルゴスの口は動く。

 

 

「亡剣の性質は理解した。アインズ様の意図も理解した。ならば次にやる事は一つでしょう?ーーー討伐です」

 

「だから、待機命令が出ていると言っているのよ!」

 

「違います」

 

 

 悲鳴のような怒号が、即答で返される。

 

 

「待機命令ではなく、準備命令です」

 

「………は?」

 

 

 意味がわからないと、呆気に取られるアルベド。仕方がないと肩を竦めたデミウルゴスは言葉を続ける。

 

 

「亡剣が姿を現すまで、亡剣の本質を理解するまで、愚かな我々が無駄死にしないための命令だったのですよ」

 

「ち、違うわ!アインズ様は確かに、情報を集めるとーーー」

 

「ならば、なぜセバスまで外に出さないのですか?彼の立ち位置ならば、情報を集める事など容易いはず」

 

 

 それはアルベドも思っていたところだ。

 一度とは言え見逃されたセバスを、なぜ活用しないのか。情報収集はもちろん、いざという時の撒き餌にもなれる存在を使わない手はないというのに。

 

 アルベドの僅かな機微に、デミウルゴスの口が歪む。

 

 

「そう。我々はアインズ様の意思さえ誤解していた。だからこそ、今なのですよ。セバス、コキュートス、シャルティア。ナザリックの誇る戦力を即投入するため、確実に奴を仕留めるための、アインズ様の深謀だったのですよ」

 

「待ちなさい。それは飛躍のしすぎよ」

 

「いいえ!そんなはずありません!」

 

 

 悲鳴のような怒号が、再び部屋に響いた。その声に、乗せられた感情に、アルベドが覚えるのは怒りではなく恐怖。

 

 

「ーーーそう、そんなはずはない。アインズ様のご意志に沿う、完璧な策のはずだ。間違いない。間違えるはずない。私はきっと、アインズ様の期待に応えられているはずだ」

 

 

 ぶつぶつと、自己を保つための言葉は自然とアルベドの耳にも届く。

 セバスが報告していた、デミウルゴスの異変。それを目の当たりにしたアルベドは無意識のうちに一歩、距離を空けていた。

 

 

「…………貴方、誰なの?」

 

 

 思わず口から零れた言葉。待ち構えていたかのように、デミウルゴスの視線がアルベドへと移ると、いつものように、記憶にある姿と遜色ない形で笑う。

 

 

「おかしなことを聞きますね?私は至高の四十一人が一人、ウルベルト様が創造した、ナザリック地下大墳墓第七階層守護者、デミウルゴス。それ以外ありえないというのに」

 

 

 その声も仕草も、何一つ変わっていない。だからこそ、気味が悪い。まるでデミウルゴスの皮を被った別人のようで、出来の悪い人形劇を見せられているようで。

 

 

「………いいわ。デミウルゴス、貴方をアインズ様の元へ連行します。あの御方の慈悲に甘えた代償は高くつくわよ」

 

「えぇ、構いません。私はきっと、アインズ様のご意志に沿えているのですから」

 

 

 恭しく礼をするデミウルゴスを一瞥することなく、アルベドは踵を返す。これ以上直視していればきっと、自制が効かず殺してしまうと、己で理解しているからだ。

 

 その後ろを粛々と追うデミウルゴスの口元は緩く、けれど宝石の瞳はどこか怯えを孕んでいた。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 樹々が生い茂る森の中。

 トブの大森林と呼ばれるこの場所は獣やモンスターが跋扈する魔境。けれど、現在進行形で大森林は崩壊の道を辿っていた。

 

 

「眷属招来!」

 

 

 シャルティアの影から生まれる、吸血鬼の狼(ヴァンパイア・ウルフ)古吸血蝙蝠(エルダー・ヴァンパイア・バット)吸血蝙蝠(ヴァンパイア・バット)の群れ。

 単体でもこの世界の人間からすれば厄介な敵。それが群れとなれば英雄級の実力が必要だろう。

 

 まるで波のように殺到するそれらが、しかし刹那の内に全て両断される。

 

 刀を鞘から抜くこともなく、そのままシャルティアへと接近する男。迎撃してやると右手のスポイトランスに力を入れた瞬間だった。

 

 

不動明王撃(アチャラナータ)‼︎三毒ヲ斬リ払エ、倶利伽羅剣(くりからけん)‼︎」

 

 

 二人の間を割るように振るわれた、巨大な剣。コキュートスのスキルによるそれは、樹々を薙ぎ倒し、大地を斬り裂く一撃。暴風と土砂が吹き荒れ、シャルティアが吹き飛ばされる。

 

 

「ああもう!コキュートス!邪魔でありんす!」

 

「ムッ………スマナイ」

 

「お二人共、それは後に!」

 

 

 セバスの警告と同時に、吹き飛ばされ樹々を足場にして駆けた亡剣が迫り来る。迎え打とうとするセバスを、けれどシャルティアが邪魔をした。

 

 

「退くでありんす、セバス!清浄投擲槍!」

 

「ぬっ⁉︎」

 

 

 高密度の聖なる魔力が凝縮された、3メートルを超える白銀の戦神槍。MPを消費することで必中効果を付与できるそれは、セバスの脇を通り抜けて空中の男へと飛ぶ。

 

 空気を裂く一撃にセバスはよろめき、コキュートスが万が一に備えて剣を構える。

 白く輝く魔力の塊は、しかし敢え無く両断。空中で二つに分けられた破片は蒼穹の彼方へと消え、同時に男の姿を見失う。

 

 一瞬、動揺して構えた剣が揺れる。そして気がつく。コキュートスの懐に、既に男がいることを。

 

 

「ッ!マカブル・フロストーーー」

 

「…………」

 

 

 技を繰り出そうとした刹那、男の灰色の瞳とコキュートスの視線が交差する。

 何の感情もなく、ただ淡々と、目の前の敵を屠ることしか考えていない、意志のない人形のような瞳。自身とは違う、戦士にもなれない哀れな男の瞳。

 

 その瞳に気を取られた罰とでもいうのか、4本あるうちの腕の一つが切り落とされる。

 

 

「コキュートス!」

 

「何をやってるでありんすか!大致死(グレーター・リーサル)!」

 

「グゥウッ‼︎」

 

 

 シャルティアが魔法を放った時、既に男の姿はそこになく、代わりにコキュートスを直撃。生者に大ダメージを与えるそれは、コキュートスの体力を蝕んだ。

 

 

「シャルティア、何を⁉︎」

 

「う、うるさいでありんす!ああ、もう!面倒でありんす!」

 

 

 苛立ちを表すように槍を振い、近くの樹木を倒壊させる。

 

 守護者たちと亡剣の戦闘は終始、翻弄され続けている形だ。しかし、それも仕方がない事だろう。

 守護者たちは確かに個々ではナザリックの最強。けれど、同じ戦場に立ったからといって最優の結果を生み出すとは限らない。

 

 思い通りに動けない苛立ちは確実な隙となり、その隙を突かれて知らず知らずのうちに連携はまた崩されていく。

 それに加え、まるで未来視でもしているかのような亡剣の動きが捉えられない。

 

 

「ッ!そこかぁ‼︎」

 

「シャルティア、いけません!」

 

 

 僅かに揺れた茂みの音。それに反応したシャルティアが転移魔法により移動。地面を砕く勢いで振り下ろした槍であるが、その茂みにいたのはただの兎。コキュートスのフォローに入っていたセバスの声は遠く、そのまま振り下ろされた槍は狙い通り地面を爆散させた。

 

 暴風に煽られるセバスとコキュートス。土砂と樹々が風に乗って空を舞う中、それらを足場にして動く影がひとつ。

 

 

「ッ!不浄衝撃盾‼︎」

 

 

 即座に反応したシャルティアがスキルを発動。日に二回しか使えない手札は、自身の周囲に赤黒い衝撃波を発生させるもの。魔法を打ち消し、相手を吹き飛ばす効果を持つスキルは、けれど直前で進路を変えた男には届かない。

 

 また読まれたと奥歯を噛む暇なく、衝撃波が消滅する刹那、シャルティアの肩口が斬られる。

 

 

「ペロロンチーノ様から頂いた鎧に傷を‼︎⁉︎貴様‼︎‼︎」

 

 

 創造主から下賜された、シャルティアの命よりも重いもの。それを傷つけられた怒りは計り知れない。

 けれど、シャルティアが手を向けた先、男を屠ろうと魔法を発動する先にいるのはコキュートスとセバス。怒りに我を忘れたシャルティアはそれに気づかず、そしてセバスはそれを察する。

 

 ダメージで動きの鈍いコキュートスを庇うか、見捨てるかが一瞬頭の中に過ぎる。

 

 

「くっ………‼︎」

 

「燃え尽きろ‼︎魔法効果範囲拡大三重最強化(ワイデントリプレットマキシマイズマジック)朱の彗星(ヴァーミリオン・ノヴァ)‼︎」

 

 

 刹那、シャルティアの視界を埋め尽くすほどの紅蓮が大森林の一角を包む。超位魔法を除けば、炎系対個人魔法最強クラスの魔法。

 そのスピード故に男を対象として捉えることはできなかったが、効果範囲を拡大した三重の炎は瞬時に酸素を焼き、その範囲にあるもの悉くを灰へと変える。

 

 まるで地獄のような光景を前に、シャルティアは笑う。ここまですれば殺せただろうと。嬲って今までの行いを後悔させることはできなかったが、目標は果たせただろうと。

 

 炎が消えた後、残されたのは黒く染まり所々ガラスのようになった大地。その中でのそりと動いたのは、巨大な龍だ。

 その正体はセバス・チャン。龍人である彼の真の姿。その巨体を盾に守ったコキュートスは無事であるが、相応のダメージを負ったのだろう。その動きは痛々しい。

 

 

「セバス………スマナイ」

 

「いえ、これしき………」

 

「悪かったでありんす。けれど、アインズ様に不敬を働いた輩は無事、消し炭でありんす」

 

 

 合流したシャルティアは悪びれもせず、むしろ胸を張ってそう報告する。それに思うところはある。だが、作戦上仕方のない事だったと割り切るしかないのも事実。

 

 元より口数の少ない二人は、胸の奥から湧く不満を飲み込みーーーそして、油断した。

 

 

「ーーー無道、死するのみ」

 

「はぇ?」

 

 

 ふわり、と焼けた大地を撫でる微風。微かな煌めきに合わせてシャルティアの首が宙を舞った。斬られた本人も何が起こったかわからず、揃って呆気に取られる中、再び男の刀が煌めく。けれど、それを振り抜くことは叶わず、首なしのシャルティアの身体がそれを槍で受け止めた。

 

 吸血鬼ーーー即ちアンデットである彼女にとって、首が胴体から落ちようともその生命活動に支障はない。

 

 

「セバス!コキュートス!」

 

「幾億ノ刃、起動!」

 

「喰らいなさい‼︎」

 

 

 この戦闘の最中、男が初めて見せた動揺。その一瞬の隙を突き、男に迫るのは世界を両断するのではないかと思うほどの刃の群れ。そして、眩い光を放つ龍の代名詞とも言えるドラゴンブレス。

 

 

「ーーー武技、天剣」

 

 

 ぽつり、と呟いた言葉と共に、男は破壊の波に飲み込まれ、大森林の半分が消失した。

 その中心で何が起こったのかも知るものは、まだ誰もいない。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 トブの大森林の南側の外れにある村、カルネ村。人口120人程の小さく長閑な村は、現在未曾有の危機に瀕していた。

 

 

「みんな、慌てないで、けど急いで!早く避難を!」

 

 

 かつてアインズに救われた村に響く不安と避難誘導の声。何せ、村のすぐ近くにある森の中からモンスターたちが我先にと逃げ惑い、そして世界が終わるのではないかと思うほどの破壊の音が響いているのだ。

 

 村長であるエンリが声をかけているが、どこか虚勢を張るように聞こえるのは聞き間違いではないだろう。

 

 再びの轟音に、思わず全員が身体を伏せる。耳が痛くなる、腹の底に響く音は恐怖を駆り立て、そして北の空が燃えるように朱に染まる光景を見てしまえば心が折れる。

 

 かつて村を救ってくれたアインズに祈りを捧げる者もいれば、恐慌して逃げ出す者、怯えて固まる者と、最早誘導は不可能になってしまった。

 

 それでも何か、何かできないかと、周囲を見渡すエンリ。そうして、視界が捉えたのは駆け寄ってくる一人の青年の姿。

 

 

「エンリー‼︎」

 

「ンフィー‼︎」

 

 

 かつては薬師として敏腕を奮っていたンフィーレア。だが、幼馴染にして初恋のエンリを追ってこの村へと移住したのだ。

 無論、アインズの持つポーションの完成系、それを再現するためという打算もあったが。

 

 ともかく、息も絶え絶えになりながら走って近寄るンフィーレアを、エンリは労う。

 

 

「ンフィー、お疲れ様。どうだった?」

 

「はぁ、はぁ………む、村の北には、もう人はいないよ」

 

「オレたちも確認したんで、間違い無いですぜ、姐さん」

 

「ジュゲムさん!」

 

 

 ンフィーレアの影からひょっこり顔を出したのは三匹のゴブリン。アインズから貰ったゴブリン将軍の角笛から召喚された19人の内の3人である。召喚主であるエンリに忠誠を誓う、世間から見れば異色のモンスターたち。

 リーダーであるジュゲムを筆頭にゴブリン兵士二人で村を駆け回り逃げ遅れた人がいないか確認していたのだ。

 

 

「さ、早く。姐さんたちも逃げてくだせぇ」

 

「待って、ネムは⁉︎」

 

「オイ、ヤベェぞ‼︎全員、頭上に気をつけろ‼︎」

 

「っ!危ねぇ‼︎」

 

 

 自身の妹の姿が見えないことに焦りを覚えたエンリ。同時に、物見櫓から聞こえたゴブリン・アーチャーの声が喧騒の中嫌に響く。

 

 釣られて頭上を見上げれば、森の中から飛んでくる岩や倒木が、まるで羽のように宙を舞う姿。しかし、それも一瞬のことで、重力を思い出したように落下する質量群は容易に人を殺めるもの。

 

 予想だにしなかった光景に唖然とするエンリとンフィーレア。その頭上に影が差した瞬間、二人を横からの衝撃が襲う。

 尻餅をつく二人のあとに響く、重い重い衝撃音。地面が跳ねたのではないかと錯覚する衝撃に我に帰れば、目の前には巨大な岩。

 

 二人の腰のあたりで倒れるジュゲムの助けなければ、今頃潰されていただろう。その証拠に、視線を少し逸らせば、落ちてきた樹々や岩に潰された人々やモンスターの姿が見える。

 

 

「ネム………ネム‼︎」

 

「いっててて………ジュゲムさん、ありがとうーーーエンリ⁉︎」

 

「待ってくだせぇ、姐さん‼︎今は危ねぇ‼︎」

 

 

 もしかすればが脳裏を過ぎって、エンリは素早く立ち上がると走り出す。周囲を見渡しても、映るのは地獄のような光景。

 押しつぶされた死体の横で泣く子供。祈りを天に捧げる女。武器を持ちながら、唖然と空を見上げる男。最早そこに希望を見出すものはおらず、ただ嵐が過ぎるのを待つしか無い存在でしかなかった。

 

 けれど、そこにネムの姿は見当たらず、エンリは力の限り声を上げる。

 

 

「ネム‼︎ネムーッ‼︎」

 

「姐さん、待ってくだせぇ!ネム嬢はオレたちが探しやすから、今は逃げることに専念してくだせぇ!」

 

「でもっ………‼︎」

 

「ここにいちゃ、全員死んじまう‼︎ ネム嬢は必ず、見つけやすから‼︎」

 

 

 ジュゲムたちからすれば、エンリは何にも代え難い召喚主。そうでなくとも、ゴブリンである自分たちを家族のように扱ってくれる心優しい人。彼女のためならば、ジュゲムたちゴブリンは命などいらない。最悪、生き残った村人全員を犠牲にしてでもエンリだけは生かすつもりだ。それが例え、彼女の妹であろうと、エンリを生かすためならば切り捨てる。

 

 

「お姉ちゃーん………‼︎」

 

「ッ‼︎ネムッ‼︎」

 

 

 喧騒の中、微かに聞こえた妹の声。それを頼りに駆け出したエンリ。徐々に妹の声が大きくなり、怒りと安堵、そして期待が胸の中に湧く。けれど、ようやくその現場に直面した時、エンリは言葉を失った。

 

 

「お姉ちゃん‼︎‼︎」

 

「ネムッ‼︎ああ、なんで………」

 

 

 ネムがいたのは倒壊した家屋の影。顔に泥や血が付いているが生きてはいる。けれど、膝から下が倒壊した家屋の下敷きになっていた。

 混乱する頭で兎に角助けなければと、木材を持ち上げようとするが少女の細腕ではピクリとも動かせるわけがない。

 

 

「お姉ちゃん………お姉ちゃん‼︎」

 

「ま、待ってて、すぐ、助けるから‼︎ 誰か………誰かいませんか⁉︎妹が、ネムが‼︎」

 

「姐さん!」

 

「エンリ!」

 

「ああ、ジュゲムさん、ンフィー‼︎ネムが、ネムを助けないと‼︎」

 

「う、うん‼︎」

 

 

 その善性から、ンフィーレアもネムを救い出そうとするが、ジュゲムは思わず立ち止まる。

 ここでネムを救いだすのにかかる時間、そして助け出した後歩けないであろうネムを運ぶ時間。この緊急時にはあまりにも無駄な時間であり、確実にエンリはこの天災に巻き込まれてしまうだろう。

 

 

「リーダー、ヤベェ。被害がどんどん近づいてるらしい」

 

「………おう。ゴブリン・ライダーたちを連れてこい。憎まれ役は、オレがやる」

 

 

 機動力のある狼に乗るゴブリン・ライダーに乗せ、エンリとンフィーレアをこの場から離脱させる。エンリは絶対にネムを見捨てようとはしないだろう。

 だからこそ強引に、恨まれる事を覚悟の上でネムと引き離す。ジュゲムからしても心苦しい選択。エンリだけでなくネムにも、ンフィーレアにも、この村には沢山の思い出が詰まっている。

 けれど、世界はいつだって理不尽で、いつだって弱者は奪われるしかなくて、自分たちはただそれを受け入れる他ないのだ。

 

 

「エンリの姐さん。ネム嬢の事はオレたちが。お二人はここから離れてくだせぇ」

 

「嫌よ!ネムを置いていけない!」

 

「ッ‼︎お二人がここにいても、邪魔なだけなんですよ‼︎わかってくだせぇ‼︎」

 

 

 ジュゲムの言葉はどこまでも真実で、エンリだって理解できる。けれど、だからと言って残されたたった一人の肉親を見捨てていけるはずがない。

 

 

(誰か………ルプスレギナさん………ゴウン様………)

 

 

 普段、村をふらりと訪れるルプスレギナの姿はここ最近見当たらず、一度村を救ってくれた恩人もそう何度もタイミングよく救いの手を差し伸べてはくれない。

 

 ちらり、と足元の妹の顔を見る。

 話の内容は理解していない。それでも、自分が見捨てられる瀬戸際だと察しているのだろう。今にも泣き出しそうな怯えと絶望に顔を歪め、せめてもの抵抗とばかりにその小さな手でエンリの服の裾を掴む。

 

 見捨てるはずがない。見捨てられるはずがない。

 

 ゆっくりとしゃがみ込むと、エンリは微笑む。服を掴むネムの手を優しく包み、汚れた顔を拭ってやる。最早自分には、それくらいしかやる事が残されていないのだから。

 

 

「リーダー、ライダーたちが来やしたぜ」

 

「おう。さ、姐さん、ンフィーレアの旦那。早く」

 

「で、でも………」

 

「………私は、行きません。ジュゲムさんたちだけでも、早く逃げてください」

 

「ッ‼︎姐さん‼︎」

 

 

 その時だった。

 

 ジュゲムの絶叫と被せるように、村の北側の防護柵が弾け飛ぶ。エンリたちから距離はあるとはいえ、それでも身を震わせるには十分なほどの破壊。

 ジュゲムやンフィーレアがそちらへと視線を向ける中、エンリだけはネムに視線を向けていた。

 

 

「おね、お姉ちゃん………私たち、どうなるの………?」

 

「大丈夫、大丈夫だから………」

 

 

 安心させるようにネムの頭を撫でてやる。何が大丈夫なものか、なんて心の奥で冷徹な自分が笑っているが、それを封殺する。

 きっと自分たちはここで死ぬのだろうと、エンリは確信していた。再び命を救ってもらえる幸運など、そう続くはずもない。だからせめて、最後は安らかにと、そう願いを込めた時だった。

 

 一際大きく、まるで世界そのものが壊れるかのような破壊音。村を両断するかのような破壊の波は一直線に進み、村の半分を消し飛ばしても尚衰えないそれは、その軌跡を瓦礫に変えていく。

 その衝撃に全員の身体が硬直し、身体がふわりと浮かぶほどの暴風に晒される。

 

 

「お姉ちゃん‼︎」

 

「ネム‼︎」

 

「エンリ‼︎」

 

「姐さん‼︎」

 

 

 吹き飛ばされそうになったエンリを、手を繋いだネムが重しとなり、ンフィーレアとジュゲムも慌てて両足を掴む。

 程なくして風は収まり、地面に叩きつけられるエンリ。腹ばいに打った身体を痛めながら、確かに見た。あの崩壊の波の中心で、静かに佇む男の姿を。

 

 灰色の瞳が、僅かに歪められていた。

 

 

 

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仮面をつけた怪物、荒野のような世界。成る程、BLEACHだな!


総合評価:3613/評価:8.09/連載:19話/更新日時:2026年05月23日(土) 20:00 小説情報

HELLSING×Bloodborne(作者:椛―もみじ)(原作:HELLSING)

自分が得するので書きました。▼狩人様のキャラ立ってるのでオリ主つけます。▼初投稿なので色々分からないところがありますが、何卒よろしくお願いします。▼


総合評価:2825/評価:8.7/連載:28話/更新日時:2026年04月12日(日) 23:54 小説情報


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