亡びぬ火、名もなき剣   作:桜大好き野郎

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絶剣

 

 

 

「はぁっ………はあっ………」

 

 

 村の崩壊の最中、突如として現れた男。襤褸の様な衣服、土埃に汚れた身体。決して立派な見た目ではない。この場で誰もが期待する様な、救世主然とした姿ではない。

 

 けれど、その姿だけが妙に現実から切り離されたように見えた。

 

 その場にいた全員が息を呑む。呼吸一つ、まばたきひとつ、不快に思われたら殺されると、そう言わんばかりに静かになる。

 

 先ほどまで生き残るために叫んでいた人々も、泣き叫んでいた子供たちも、誰一人として声を上げない。手の中の妹の手を、エンリは強く握る。

 

 男はただちらりと、周囲を一瞥するだけ。その灰色の瞳が何を思っているのか、何を見ているのか、エンリにはまるでわからない。

 

 刹那、キンと耳を撫でる金属音。その発生源がわからず、困惑する間もなくネムの脚を潰していた家屋が細切れに。

 

 

「ーーーネム‼︎」

 

「お姉ちゃん‼︎」

 

 

 無事を確かめ合うように抱き合う二人。何が起こったかわからず、ただあの男の仕業だろうとジュゲムは再びそちらへと視線を向けた。

 

 エンリたちを一瞥することもなく、破壊の波に晒された森の奥に視線を固定したまま。万が一に備えてジュゲムが背中の武器を構えた瞬間、本日何度目になるかわからない衝撃が鼓膜を刺激する。

 

 反射的に瞬きをしてしまう、金属と金属を擦り合わせる音。その刹那の間に、男と鍔迫り合いをする真紅の鎧に身を包む女がそこにいた。

 

 

「チッ!さっさとくたばれや‼︎」

 

「………疾く、逃げよ」

 

 

 ジュゲムたちの目では追えない、槍と刀の応酬。それだけでわかる、自分たちの隔絶とした実力の差。ここに止まる資格さえないことを。

 

 

「ンフィーの旦那、エンリの姐さん、ネム嬢、早く逃げますぜ。そら、早く乗って」

 

「う、うん………」

 

「待って。ジュゲムさんは、どうするの?」

 

「…………オレァちょいと野暮用があるんで」

 

 

 ゴブリン・ライダーたちに急かされて狼の背に乗る3人。けれど、そこにジュゲムの席はなく、エンリの質問に笑って答えた。

 それはダメだと、そう叫ぼうとした。せめて今生き残ってる人たちだけでも、生きて逃げるのだと、そう言おうとした。

 

 

「ーーー行け‼︎‼︎」

 

「ーーージュゲムさん‼︎‼︎みんな‼︎‼︎いやぁあああ‼︎‼︎」

 

 

 けれど、それよりも早くジュゲムの号令に従って、ライダーたちは狼を走らせる。ライダーを除く他の仲間たちも覚悟していたのだろう、誰も逃げ出す様子はない。

 本音を言えば、ライダーたちも残りたかった。けれど、自分たちの任務は生きてエンリを逃す事。喉奥から溢れる叫びを噛み殺し、暴れるエンリを抑えながら狼を走らせた。

 

 次第に遠くなるエンリの姿と声。そこで漸く安心したかのように、ジュゲムは笑う。

 

 

「よぉし、オメェら。今まで受けた恩を返す時だぞ。死ぬ気でやれ」

 

 

 集まった17人のゴブリンたち。それぞれ役職はあるが、誰しもが理解している。

 

 自分たちはここで死ぬのだと。

 例え時間を稼ごうとしても、それは刹那でしかないのだと。

 

 けれど、ゴブリンたちから不満の声は上がらない。反対に、満足げに笑って各々の武器を構える。

 

 

「いいか、一人でも多く逃すんだ。エンリの姐さんの今後のためにも、な」

 

「そのために死ね、って話でしょ?」

 

「なに、エンリ様はもう一つ角笛を持っていらっしゃる。もしかすれば、また再会できるかもしれんぞ」

 

「ふはは!それは楽しみだな………よし、行け‼︎」

 

「「おう‼︎‼︎」」

 

 

 矮小と言われ、蔑まれてきたゴブリンとは思えない統率力で彼らは動き出す。自分たちの召喚主に報いるために、良くしてもらった村人たちへの恩を返すように、死出の旅へと向かうのであった。

 

 

◇◆◇◆

 

 

「このォ‼︎第十位階怪物召喚(サモン・モンスター・10th)‼︎」

 

 

 苛立ちに任せて放たれた魔法。本来ならば戦況を見極めて使うべき札。だが、目の前の男の何もかもが気に入らない。

 

 男を殺さんと放たれた召喚魔法は、けれど男が虚空に刀を振るった瞬間、消費した魔力が霧散する。

 

 まただ、と歯噛みをするシャルティア。事前にスキルや魔法を掻き消す、あるいは無効化するという情報は得ていたが、いざそれを目の前にすると苛立ちが勝つ。

 

 切断された首は既に回復して繋げているが、MPはそう簡単には回復しない。それで負けるとは露ほども考えていないが、多くの手札が使えなくなる事実は無視できない。

 

 

(コキュートスもセバスも、もっとちゃんと立ち回るでありんす‼︎ これなら、おチビと出た方がマシだったでありんす‼︎ーーーいや、寧ろ一人の方がとっくに終わっていたでありんす)

 

 

石壁(ウォール・オブ・ストーン)‼︎」

 

 

 地面から迫り上がる、巨大な石の壁。距離を開くための、シャルティアなりの策。けれど、それは自らの視界を潰す悪手であり、もはや耳に馴染んだ抜刀の音がシャルティアの鼓膜を擽る。刹那、その視界から光が消える。

 

 

「このっ‼︎ 下等生物がっ‼︎」

 

 

 目を斬られた痛みも、アンデットであるシャルティアには効果は薄い。けれど、いつ斬られたかは理解できない。

 石壁を潜り抜けたのか、それとも魔法発動前に既に懐に入られていたのか。

 

 視覚を潰されて即座に反撃は上手くいかず、振おうとした槍は手首から落とされる。ぞわり、と首筋を悪寒が撫でた。

 

 

「ッ!力の聖域(フォース・サンクチュアリ)‼︎ 死せる勇者の魂(エインヘリヤル)‼︎」

 

 

 自身の周囲を白色の光が覆い、男の次なる攻撃を防ぐ。自分からも攻撃できなくなる防御魔法であるが、その分耐久力は高い。

 

 そして、続くように生み出されたのはシャルティアと瓜二つの全身白色の存在。シャルティアが持っている手札の中でも強力な鬼札、エインヘリヤル。魔法や一部のスキルは使えないが、武装、能力値、耐性は本人と同等ーーーつまりは、シャルティアが二人に増えたようなものだ。

 

 分身と男の武器がぶつかり合う音をBGMに、シャルティアは視界を回復させる。そして、落とした槍を拾うと超低空飛行での挟撃。

 

 けれど、男はそれを一瞥することなく、振るった槍は分身を捉えるのみ。大きく飛び退いた男を分身が追いかけるが、大きな隙は生まれない。

 

 

「ああ、もう!ちょこまかと鬱陶しい‼︎ 魔法最強化(マキシマイズマジック)‼︎」

 

「やめなさい、シャルティア‼︎」

 

 

 あまりにも時間のかかる攻防に集中力を切らしたシャルティア。魔法で周囲諸共一掃してやろうとするが、背後から聞こえた声に一瞬だけ止まる。

 

 それは森の奥から出てきたセバスの声。龍形態のまま背中にコキュートスを乗せた彼は、まるで罪を咎めるように叫ぶ。

 

 

「この地はアインズ様が守護した場所!それを破壊することなど、あってはなりません!」

 

「なら、あの男をこのまま好き勝手させるとでも言うでありんすか⁉︎そっちの方が不敬でありんす!」

 

 

 セバスの言葉は半分本当で、半分嘘。セバス個人の思いとしては、ただ巻き込まれるだけの人間やゴブリンたちを守りたい。けれど、個人的な感情では止まらないと思い、アインズを引き合いに出したのだ。

 

 無論、アインズ本人がそうだと言ったわけではない。ただ、慈悲深き御方ならばそう言ってくださるだろうという願望。

 けれど、その言葉は、願いはシャルティアには届かず、容赦なく魔法が放たれた。

 

 

隕石落下(メテオフォール)‼︎」

 

 

 通常よりも強化された隕石が、宙に召喚される。大気を震わし、地面を揺らし、轟音を鳴り響かせるそれは正に終末の光景。

 逃げ惑う人々も、避難誘導に走っていたゴブリンたちも、思わず足を止めて魅入ってしまうほどの絶望。

 

 地面に追突すれば最後、カルネ村から数十キロ範囲は確実に崩壊するだろうというサイズ。

 

 今更逃げられるはずもない。逃げるには遅すぎる。ましてや、分身を相手取る男にその選択肢は生まれない。

 

 

「死ねやぁああ‼︎」

 

「ーーー武技、天翔(あまかけ)

 

 

 刹那、分身と斬り合っていた男がその距離を開くと、シャルティアの視界から消える。一矢報いる気か、と身構えるシャルティアだが、男の姿はどこにも見当たらない。

 

 ただ、一人。逃げ遅れた住民たちを守ろうと、その巨体を壁に、そして隕石の様子を見ていたセバスだけがその姿を捉えていた。

 

 

「ーーー武技、断火(だんか)

 

 

 音を超えるような速さで、なのに空気さえ揺るがさず、男は隕石へと接近。武技を発動した瞬間、その瞳に映るのは、無数の綻び。それは構造としての欠陥であり、物体の弱点であり、致命傷になり得る部分。

 

 武技、断火。

 長い年月に渡って培われた観察眼は、あらゆる存在の歪みを暴き出す。

 

 赤熱する隕石と比べ、男の存在は指先のゴミにも等しいだろう。けれどもそれは、理不尽に震える者を放っておける理由にはなり得ない。

 

 ただ剣を振るう。

 ただ無道を斬り捨てる。

 ただそれだけだ。

 

 

「…………断ち切る」

 

 

 刹那、納刀の音だけが静かに響いた。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 目の前の光景を表すのならば、絶句と表現するのが正しいだろう。

 

 

「な、にが………」

 

 

 シャルティアの放った隕石落下を防ぐなど、それこそ至高の御方でない限り不可能と思わせるには十分な威力だった。

 けれど男は、亡剣と謳われる男はそれを成し遂げて見せたのだ。

 

 勿論、完璧に防げた訳ではない。

 切断された破片は流星群のように地上へと降り注ぎ、少なくない被害は出たが、隕石がそのまま落ちるよりはマシだろう。

 その身を盾にしていたセバスは、そしてそれを見ていた住人たちも、ただ唖然とする他ないーーーただ一人を除いて。

 

 

「もらったァアア‼︎‼︎」

 

 

 その瞳に映ったのは驚愕ではなく、隙。ただそれだけだった。

 空中を落下する男へと、シャルティアとその分身が空を飛ぶ。その槍で突き殺さんと、この戦いに決着をつけようと、笑みを深めて。

 

 対する男は気力を使い果たしたのか、迎撃する様子はなく、ただ落下に身を任せているのみ。

 

 危ないと、そう叫びそうになるセバス。ナザリックの下僕として、その矜持は忘れていない。ただ、思わず、そう叫びそうになってしまったのだ。

 寸前の所でその言葉は飲み込めたものの、喉を通りそうになったことは事実。それについて自分自身で驚きつつも、視線は男から逸らさない。

 

 それは敵への期待ではない。ただ、あの男が理不尽に屈する姿だけは、どうしても想像できなかった。

 

 

「オラァァ‼︎‼︎」

 

 

 槍の先端が数百に増えたかのような突きの連続。分身のものと合わせれば、もはや男の視界からは槍の先端しか見えていないだろう。

 けれど、その刀は、柔らかな太刀筋は、それら全てを受け流す。

 

 空中であろうと変わらないその動きは、まるで空を舞う木の葉のようで、シャルティアには捉えられない。

 

 

「ッ‼︎清浄投擲ーーー‼︎」

 

「武技ーーー」

 

 

 一際大きく弾かれた槍と刀。そのまま距離をとった男へと、シャルティアが白銀の戦神槍を生み出す。けれど、男の動きはそれよりも早く、落下する破片の一部を足場にシャルティアへと接近していた。

 

 その瞬間、シャルティアは確かに見た。男の瞳に宿る殺意を。己を殺すと、そう覚悟した人間の決意を。

 羽虫と、下等生物と馬鹿にした存在の刃が、自らの首に届き得る事を、ようやく理解した。

 

 

「ヒッーーー」

 

「ーーー絶剣」

 

 

 刹那、世界から音が消えた。

 斬った音も、納刀の音さえも響かず、ただずるりとシャルティアの首がズレただけ。恐怖に歪んだそれが動き出す様子はなく、遅れて分身も思い出したかのように消える。

 

 それは術者であるシャルティアが死んだ証。アンデットである存在を斬り伏せた証左。

 

 ただ、セバスは不思議と理解した。

 首が落ちたから死んだではないのだと。

 死んだから、首が落ちたのだと。

 

 地面に降り立つ男の視線は既にシャルティアにはなく、セバスへと。

 やはり戦うしかないかと、未だ落下を続ける破片で住民たちを守りながらセバスは身体を起こそうとする。しかし、それは他ならぬ身内から止められた。

 

 

「ヤメロ、セバス」

 

「コキュートス………やめなさい‼︎貴方まで失うわけにはーーー」

 

 

 セバスの制止を他所に、コキュートスはセバスの身体を潜り抜けると男の前に立つ。

 あれほどの激戦を超えたというのに、男が息を乱した様子はない。けれど、無傷とはいかず、極限まで集中していたのだろう、その鼻からは血が流れていた。

 

 普通に考えれば撤退するべきだ。

 

 シャルティアは討たれた。情報も得た。ならば、ここで命を賭ける意味はない。

 

 それは理解している。理解しているからこそ、コキュートスは一歩前へ出た。

 

 ナザリックの下僕として、アインズの刀として存在するコキュートスからすれば、これは単なる我儘であり、下僕失格だろう。

 

 けれど、創造主である武人武御雷ならば同じ事をするだろうと確信があった。それがコキュートスからすれば誇らしく、他の下僕に自慢したいくらいの歓喜。

 

 

「………名ハ?」

 

「…………好きに、呼べ」

 

「ソウカ………。我ガ名ハ、コキュートス。手合ワセーーー否、貴殿ト斬リ合イタイ」

 

「………構わぬ」

 

「感謝ヲーーー風斬‼︎」

 

 

 刹那放たれたのは、斬撃を飛ばすスキル。

 腕がひとつ欠けたとはいえ、それでも人よりも多い腕から放たれるそれはまるで嵐。

 

 大地が裂け、その軌道上にあった木々も岩も両断されていく中、男は一歩前へ。技の起こりどころか、動きの起こりさえ分からない無拍子。

 

 ああ、なるほど、と心の内でコキュートスは賞賛を。単に早いだけでなく、相手に誤認させる動きも、その所作のひとつひとつがただ相手を斬る為に洗練されている。

 

 戦士ではなく、生涯を剣へと捧げた存在だと、そう納得する。

 

 斬撃の嵐を抜け、男はコキュートスの懐に。コキュートスが振り上げるのはワールドアイテム、幾億の刃ーーーではなく、創造主の残した刀、斬心刀皇。刃渡り180センチを超える刀は、地面へと突き立てられる。

 

 

「ーーー見事」

 

 

 その言葉を最後にずるりと、コキュートスの胴が分割される。静かな納刀の音。男は振り返らずに、再びセバスへと視線を向けた。

 

 思わず身構えるセバスだが、男はさしたる興味を示すことなく、不意に顔を逸らすと再びどこかへと向かって歩き出す。

 残されたセバスは生き残った事に恥いるように、低く唸る事しかできない。

 

 けれど、その男の背にかける言葉は持ち合わせていないのだった。

 

 

 





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