●金より重いもの●
「ーーー以上が調査報告の結果に、なります」
「なるほど…………少なくとも魔力系魔法詠唱者ではないとわかったのは大きいな。それに、獲物は刀のみ………過去の闘技大会優勝者でも、不可能だぞ………」
帝国領、その一角。
平民からすれば豪華と言われそうだが、貴族からすれば質素と言わざるを得ない部屋で、アルシェは依頼人である初老の貴族と対面する。
鮮血帝の粛清を免れただけあって、貴族としてはまともなのだろう。ワーカーだからと、そう見下すような素振りは見せず、ただ淡々とアルシェから情報をもらうだけ。
貴族の男は得た情報を部下に書面にまとめさせ、それに目を通して反芻。久方ぶりに見た、貴族らしい貴族に思わず見惚れていれば、その視線に気づいた貴族がああ、と声を漏らす。
「ああ、金か。申し訳ない、熱中すると周りが見えなくなるタチでね」
「………い、いえ、お構いなく………」
「今回、君が持ち帰った情報は実に有意義だ。亡剣と謳われる男の武器まで判明するとは、思ってもいなかったよ。情報量を上乗せして………このくらいかな?」
部下が持ってきた皮袋。じゃらじゃらと音を立てるそこからいくつかの金貨を取り出すと、盆の上に乗せて部下経由でアルシェの前に提示される。
金貨の十倍の価値を示す一枚の聖金貨。それ以外にも金色の輝きは複数あり、報酬としては破格も破格。その黄金色は、妹たちを取り戻せるかもしれないという、僅かな希望の色にも見えた。
あまりの報酬に思わず手元の皮袋と貴族の顔を何度も視線を向けるが、貴族は薄く笑って応える。
「間違えてはいないさ。我が家は情報を重視する。君たちが持ち帰ってきた情報は、それこそ値千金。今後とも、よろしく頼むよ」
「ーーーありがとう、ございます」
一礼して部屋を退出。執事の後に続いて屋敷を出るアルシェ。小躍りしたくなる様な気持ちを抑え、屋敷の前で待っていたヘッケランたちと合流する。
「………みんな、お待たせ」
「おう。それで、どれだけもらえた?」
「………こんなに」
じゃらりと、重たい音を響かせて3人の前に差し出す皮袋。その中の輝きを見て、疲弊していた3人の目に輝きが戻る。
何せ、帝国に戻るまで苦難の連続だったのだ。
男と異形が戦い出したかと思えば、まるで世界の終わるかのような激戦が繰り広げられたのだから。
森の奥から湧き出るモンスター共々逃走するやら、上空から降ってくる大木や岩を躱すやら、すぐ隣のモンスターが破壊の本流に巻き込まれて消失する瞬間を目撃するやらと、心身共に疲弊するのも仕方がない。
自分たちが無事に生還できたのは、ひとえに運がよかっただけ。一歩間違えれば容易く死んでいただろう。
けれど、人間というのは現金なもので。目の前に輝く金貨を差し出されると、つい疲労を忘れてしまった。
「随分と太っ腹な貴族だな。こりゃ、足向けて寝れねぇな」
「ホントよ。それよりヘッケラン?私が貸したお金の事、覚えてるわよね?」
「ああ、そういえば私も幾らか貸していましたね」
「げっ、覚えてたか………わかったわかった。ちゃあんと返してやるよ」
皮袋から数枚金貨を取り出すと、イミーナとロバーデイクに手渡す。ほくほく顔の二人とは反対に、手元に残った3枚の金貨を大事に仕舞い、ヘッケランは重くため息を溢した。
「はぁ………装備の新調はまだ先か」
「………え?」
アルシェの手元にある皮袋の中には、まだ沢山の金貨が眠っている。だというのに、配当は終わったとばかりのヘッケランの様子に驚きを隠せず、そしてイミーナとロバーデイクの二人もそれを指摘しない。
「まぁまぁ、モンスター退治の依頼はこれから増えるでしょうし、すぐに稼げますよ」
「それも、大森林の奥に居そうな凶悪な奴らがね」
二人の会話から漸くアルシェは察する。彼らはこれ以上報酬を受け取るつもりはないのだと。
「ーーーま、待って!」
そのまま歩き出した三人の背中に、アルシェの声がかかる。振り返った三人に、なんと声を掛けるべきかアルシェにはわからない。
借金のことは知らないだろうに、優遇してくれた彼らに感謝を述べればいいのか、それとも謝罪すればいいのか。
手元の皮袋が見た目以上の重みを増し、思わず落としてしまいそうになる。オロオロと、視線を往き来させるアルシェが余程面白かったのだろう。ヘッケランの口角が上がった。
「なぁに遠慮してんのかね、このおチビは。元々はお前の指名依頼だったろ?俺たちはそれに乗っかっただけだっつーの」
「で、でも!こんなに、受け取れない!」
「そう?なら、ロバーのとこの孤児院に寄付でもする?」
「ありがたいお話ですが、遠慮しますよ。子供達が贅沢を覚えてしまいそうですから」
「そりゃ大変だな。ってことで、その金はお前が受け取るしかなくなったわけだ」
意地でも受け取るつもりはないのだろうヘッケランたち。最後に三人それぞれに視線を向けて、言葉にならない感謝を込めて頭を下げるアルシェ。
踵を返して走り出すその背中を見届けながら、三人は口角をあげた。
「イミーナ、お前よく耐えられたな。俺はてっきり、愚図りだすと思ってたんだが」
「よく言うわ。アンタこそ、色々と入り用だってのに、よくくすねなかったわね」
「まぁまぁ、お二人とも。それより、これでアルシェも落ち着くといいのですが………」
「どうだろうな。最悪、チームを抜ける可能性だってあるだろ」
「第三位階の魔法詠唱者なんて、引く手数多でしょ?正直、まともに働いた方がマシよ」
「そうですね………彼女にとっても、それが一番かもしれませんね」
「ま、そん時はそん時だろ。それより、今日くらいはパーっと飲みにでも行くか?」
「あら、また金欠にでもなるつもり?」
「私は聖職者なんですが………」
「気にすんな気にすんな。どうせ明日からモンスター退治で休む暇もなくなるんだ。なら、息抜きくらいしても罰はあたらねぇよ!」
実際、トブの大森林が壊滅的ダメージを受けた影響で、そこを住処にしていたモンスターたちは街道や村に出現することは想像に容易い。
帝国では兵士が対処するとはいえ、それでも手に負えない場合は冒険者やワーカーに依頼が出されるだろう。
それを考えれば、確かに休めるのは今日くらいのもの。酒を飲みたい口実だろうが、仕方がないとばかりにイミーナとロバーデイクが薄く笑うと、早く来いと叫ぶヘッケランの後をついていく。
赤く染まる夕暮れだけが、三人を暖かく照らしていた。
◇◆◇◆
●英雄にはなれない●
リ・エスティーゼ王国、城塞都市エ・ランテルにて。
そこでは現在、蜂の巣を突いたような騒ぎに包まれていた。
何せ、トブの大森林の方面の空は紅く燃え上がり、そこを住処にしていたであろうモンスターたちが街道へと姿を現したのだから。恐慌状態のモンスターたちが都市に入り込もうとしたが、冒険者たちや兵士たちの奮闘により何とか防ぐことには成功。
何より大きかったのは、亡剣の道場に通う人々が手を貸してくれたこと。
普段から、鍛錬だけの軟弱者と揶揄されていたと言うのに、それを省みることなく冒険者たちと協力して事に当たってくれたのだ。
人々から見る目が変わった反面、しかし事態はそれだけで完結しない。
モンスターの侵入は防げたとはいえ、その脅威が消えたわけではないのだ。未だ街道にはモンスターが跋扈し、既に流通の面に影響が出ている。城塞都市という面もあり、食料の備蓄はそこそこある。けれど、それはいつまでも保つものでもなく、そして難民を受け入れる余裕もないのがエ・ランテルの現状。ギルドに避難民や商人が押し寄せて、怒号や悲鳴が絶えない。
「どうしたものか………」
そう言って、冒険者ギルドの一角で頭を悩ませるのは漆黒の剣のリーダーであるペテル・モーク。テーブルを囲む他のメンバーたちの面持ちも重く、皆視線を上げずに手元のテーブルばかり見ていた。
その中央に置かれたのは、いくつかの硬貨が入った皮袋。けれど、その中身は決して大金とは言えず、銅の鈍い光が殆ど。
今の物価では一食分になるかどうかの報酬は、今回の依頼金である。
依頼者はエンリ・エモット、そしてンフィーレア・バレアレ。その内容は、故郷であるカルネ村まで送り届けてほしいというもの。
「依頼の破棄は………できませんよね」
「受注してしまったのである………」
「そうじゃなくても、他の依頼なんてモンスター退治しかねぇしな………」
「………みんな、すまん」
その善性故に、故郷をなくしてしまったエンリたちに同情してしまったペテル。過去の依頼主であるンフィーレアもいたという事もあり、つい承諾してしまったのだ。
けれど、依頼金はとてもではないが少なく、リスクに見合っていない。そも、街道を跋扈するモンスターたちは銀級冒険者である漆黒の剣には手に負えない者が殆ど。
普段相手してたゴブリンやオーガの姿もとんと見なくなってしまった。
がくり、と肩を落として謝罪するペテルに、三人は苦笑いを溢す他ない。気持ちはわからないでもないゆえに罵倒することはないが、手を出せない事も確かだ。
「にしても、どうするよ?ダイン、道場から引っ張ってこれる人員とかいないのか?」
「皆、引っ張りだこなのである」
「それに、その方に渡す報酬も、その………」
「まぁ、そうだよな………断るってのは?」
ルクルットの言葉に一瞬、それもいいかもしれないと悪魔の誘惑が過ぎる。けれど、頭を横に振ったペテルはそれを追い出すと、テーブルを叩いて立ち上がる。
「それはダメだ!あの人ならーーーモモンさんなら、依頼を放り出すことなんてしないはずだ!」
「あのチーム、モンスターが化けてたって噂だぞ?」
「う、噂は噂ですよ!きっと、功績を妬んだ誰かの仕業です!」
ペテルとニニャの言葉に、ルクルットは頭を悩ませるしかない。
何せ、この混乱の状況で流れてきた噂なのだ。信憑性を確かめるには難しく、あまりにも突飛な内容を嘘だと一蹴するのは容易い。
けれど、チーム漆黒がモンスターだったのなら、今まで無名だったことも、その強さにも納得がいってしまう。培った信用からか、その噂を信じているのはエ・ランテル内では三割ほどだろう。
ルクルットととしても、ナーベの美貌やモモンへの恩を忘れたわけではない。だが、盲目的に信じるにはヤバいと、レンジャーの勘が働いていた。
「モモン殿の事は、今は置いておくのである。それより依頼をどうするか、である」
ダインの言葉に、短い沈黙が四人の間に流れる。けれど、それを破るようにひとつの手が上がった。
「僕は賛成です。モンスター退治よりは、光明がありますから」
「………すまん、俺も賛成だ。受注してしまった責任は、俺にあるからな」
間髪入れずに答えたニニャと、一拍遅れて苦悶を漏らすかのように手を上げたペテル。お前はどうするのだ、とルクルットからの視線にダインは素直に手を上げる。
「吾輩も賛成なのである。道場の教えに背く事は、したくないのである」
「………っかぁ!そうかよ。仕方ねぇ、このルクルット様も付いていくしかねぇな」
「ルクルット………ありがとうございます」
事実、この依頼において重要視されるのは戦闘能力ではなく、隠密。この中では誰よりも危機察知能力の高いルクルットの存在は大きいのだ。
素直に褒められることは慣れてないのか、「やめろやめろ!依頼金はオレの取り分多めだからな!」と顔を赤くしたルクルット。それに少しだけ心癒されて、三人は笑うのであった。
その翌日。兵士や冒険者、商人たちが激しく入り乱れる都市の入り口に揃った漆黒の剣とンフィーレア、エンリ、ネムたち。
「ンフィーレアさん、お待たせしました」
「いえ、こちらこそ、ありがとうございます………あ、こっちは幼馴染のエンリと、その妹のネムです」
「あ、あの、今回はお願いします!」
「お願い、します!」
エンリが頭を下げたのを見て、その隣のネムも真似して下げる。礼儀正しいのは好感が持てるが、漆黒の剣としては思わず苦い顔をしたくなる。
ンフィーレアだけならまだしも、エンリもネムまで連れて行くとなるとその負担は大きく、万が一にも恐怖で暴れられでもしたら事だ。
誰が憎まれ役になるのか、と視線で合図を交わし、そして役目だろう?と三人の視線を浴びたペテルがため息を溢す。
「あー………すいません。同行はンフィーレアさんのみでお願いできますか?」
「え、そ、そんな!私は、あの村の村長でーーー」
「その、非常に言いづらいんですが、守れる自信がないといいますか………特に、子供を連れて行くとなると、安全性が」
「ね、ネム、いい子にしてるから!ネムも連れて行って!お願い!」
懇願する二人の視線に、ペテルは目を瞑る他ない。助けを求めて背後の仲間たちに視線を向けるが、視線を逸らされてしまった。
内心で仲間たちに呪詛を送る傍ら、どうしたものか、と頭を悩ませる。
道中の危険性はもちろんそうだが、カルネ村が存続している確率はかなり低い。それを目の当たりにした時、彼女たちがそれを受け止められるかどうかが懸念材料だ。
ちらり、と逸らしていた視線を再びエンリたちに向ける。期待を込めた眩しい視線。まるで物語の英雄に向けるようなそれに勘違いしそうになるからこそ、見なければよかったと激しく後悔した。
「その、いいですか?」
困ったペテルに声をかけたのはンフィーレアだ。きっと二人を嗜めてくれるだろうと、胸を撫で下ろすペテルを、その気持ちを裏切るかのようにンフィーレアは頭を下げた。
「僕一人では、恐らく村人の判別ができるとは思えません。どうかお願いです。二人も同行させてください」
「ンフィーレアさん………」
エ・ランテルが誇る薬師、ンフィーレアが頭を下げる。本人にその意図はないだろうが、その意味は中々に重い。
権力というのは、何も全てが目に見えるものではない。ンフィーレアのように、生活を支える存在というのは変え難く、そしてその恩恵を受けている者からすれば断りづらいのだ。いよいよ退路を失った、と天を仰ぐペテルは、意を決してエンリへと視線を向ける。
決して道楽や楽観的なものではない、自らの命を捨てる事も視野に入れた覚悟の眼。いくら言葉を重ねても揺らがない決意を秘めた瞳だ。
だから眼を合わせたくなかったのだと、誰に言い訳するでもなくため息だけを溢すと、ペテルはエンリを見据える。
「はぁ………わかりました。けど、必ずこちらの指示に従ってください。逃げると言ったら逃げる。隠れると言ったら隠れる。止まる時は止まる。いいですね?」
「………っ!ありがとうございます!」
「ございます!」
「ーーーいいのかよ」
「仕方ないだろ。意地でもついてくる気だぞ、あれ」
こそこそと、ルクルットが耳打ちにそう答えるしかないペテル。エンリはまだしも、ネムは街に残っていて欲しいところであるが、街の中も安全である保証はない。仕方のないことだと、割り切る他なかった。
「それじゃあ、行きましょう。ルクルット、ニニャは後衛。ダインと俺が前衛。三人はその間でお願いします」
漆黒の剣の面々は勿論、エンリたちもその指示に従い素早く動く。以前ならば徒歩で二、三日すれば到着できる距離。だが、今の情勢ではどのくらい時間を要するのか、それすら分からない。
そんな不安を胸に、一行はエ・ランテルの外へと足を踏み出した。
◇◆◇◆
●余暇●
「面をあげなさい」
ナザリック大墳墓、第十階層玉座の間。
贅を凝らしたその空間は、現在重く冷たい空気が蔓延していた。
玉座に座るアインズ、その隣のアルベドの命により、その場にいた下僕全員が頭を上げる。
その一糸乱れぬ動きに動揺する事はもうなく、ただアインズが視線を注ぐのは一点のみ。まるで罪人のように守護者たちの列からはみ出され、皆の視線を集めるように最前列に座るデミウルゴスだ。
既にナザリック内ではデミウルゴスには命令違反者としての烙印が押されており、その背中に刺さる視線は刺々しいものばかり。
復活したばかりのシャルティアとコキュートスのみ、困惑しているが、それも次のアルベドの説明までの間だけのこと。
「知っての通り、今回デミウルゴスはアインズ様の命を無視して守護者三人を件の男にぶつけたわ。結果としてシャルティア、コキュートス両名は死亡。アインズ様の御命令を捻じ曲げ、守護者二名を失わせ、そしてナザリックの財を徒に浪費させて。これは到底許されるものではないわ」
(いや、そこまでしなくてもいいんだが………)
厳しいアルベドの物言いだが、アインズからすればシャルティアたちを殺した亡剣を憎みこそすれ、デミウルゴスにその罪を着せるつもりはない。
(例の如く、シャルティアもコキュートスも記憶を失っていた。けど、セバスだけ見逃した理由はなんだ?あの男からすれば、俺たちは敵じゃないのか?)
「ーーー以上の罪を持ってして、デミウルゴスの守護者降格、もしくはその命を持ってして償う。守護者統括として愚案いたします」
「ふむ、そうか………」
思考の海に沈んでいた意識が浮上し、アルベドの言葉に耳を傾ける。確かに、デミウルゴスのやったことは命令違反。会社で言えば独断専行の結果、損害を出したと言う事だ。
最早遠い昔のことのように、会社員時代の事を思いだすアインズ。上司の尻拭いをさせられた記憶が脳裏をよぎり、つい昂った感情が鎮静化させる。
あの時の上司はこちらに罪をなすりつけてきたが、アインズとしてそのような事はしたくない。顎を撫でていた手を肘掛けに置き、その視線をデミウルゴスに向ける。
「………デミウルゴスよ。今回の件、お前なりの考えがあったのだろう。話す事を許す」
「アインズ様⁉︎」
驚愕の声をあげるアルベドを手で制し、デミウルゴスの言葉を待つ。
NPCにとって、ナザリック全体から敵視されるというのはかなり堪えるものという事は、アインズにだって理解できる。だというのに、槍玉に挙げられているというのに、デミウルゴスの顔に恐怖も焦燥もない。ただ静かに、己の役目を果たそうとする者のような穏やかさだけがあった。そのあまりの不自然さに、ほんの少しアインズは恐怖を覚える。
「ーーー全て、アインズ様の御意志を汲んだ結果でございます」
「ッ‼︎ その口を慎みなさい、デミウルゴス‼︎」
遠回しに、これはアインズの責任だと言わんばかりの言葉に、アルベドが今にも飛びかからん勢いで声を荒げる。
事実、アインズが止めなければアルベドを含め、他のNPCたちから袋叩きにされることは想像に容易い。俄かに殺気立つNPCたちの怒りを鎮めるようにアインズが片手を軽く上げれば、ぴたりとその殺気が止む。
「よい、アルベド。それで、デミウルゴス。お前が汲んだ、私の意思とはなんだ?」
「はっ!ーーーまず、アインズ様が命じられた待機命令。これには複数の意図があります」
(………はい?)
守護者を始め、NPCたちから深読みされることはわかっていたが、最初からとんでもない勘違いをされており、思わず感情の鎮静化が働く。
できることなら、「なぜそうなった⁉︎待機命令は待機命令でしかないだろ⁉︎」と声を大にして叫びたいところであるが、それはぐっと堪える。
「ひとつ、ナザリックの戦力を即時投入。これは守護者を待機させることで、いかなる事態にも対応できる盤上を完成させました」
(いや、そんな事考えてないんだが………)
「ふたつ、あの男の同行の調査。敵を観察するだけでなく、敢えて敵にナザリックを観察させることでその反応を探る。正にアインズ様にしか思いつけない奇策でございます」
本当なのか、と。もしかすれば自身が間違っていたのではないかと、不安になったアルベドの視線がアインズに突き刺さるが、それは黙認。アインズからしても、待機命令ひとつでここまで深読みされるのは予想外すぎる。
「そしてみっつ、我ら守護者を用いて、あの男の手札を暴き出すこと。それこそが待機命令の真髄であると私は判断しました」
「ま、待ちなさい!」
思わず、と言った拍子で声を上げたアルベド。すぐさま余計な事をしたとアインズに頭を下げるが、アインズは首を横に振り、顎でしゃくって続きを促す。
アインズ本人が聞くより、知恵者であるアルベドの方が詳細を聞けるからだ。
「もしそれがアインズ様の御意志だとしても、独断専行の言い訳にはならないわ」
「待機命令とは、準備命令。準備とは、即応。即応とは、状況に応じて最適解を選択すること。セバスが生還し情報を持ち帰った事実こそ、その御采配が正しかった証左でしょう」
「いいえ!それは結果論よ!」
「ふむ………セバス。お前が持ち帰った情報を包み隠さず話せ」
「畏まりました」
集団の中から立ち上がったセバスに、皆の注目が集まる。アインズとしても、伝聞や御伽話ではない、漸く手に入った生の情報。
奇しくもデミウルゴスの言う通り、あの男の手札を捲れたと関心する中、セバスが重い口を開く。
「…………私と、コキュートス、シャルティアの三名で戦闘。その際、男はカルマ値の低いシャルティアのみに攻撃を絞らず、我々の連携の甘さを突いていました」
(なるほど………守護者三人を相手にできた原因はそこか………確かに、ゲームと違って
逆に言えば、元より連携をコンセプトとして創造されたアウラとマーレならば追い込めるということ。
仲間たちの遺したNPCたちを斬り捨てたあの男の喉首へ、また一歩近づけたとアインズは内心ほくそ笑む。
「他には、空中を移動するスキル、隕石を破壊したスキル、そしてコキュートスやシャルティアを斬ったスキルが確認されております」
「セバス。お前が見逃された心当たりはあるか?」
「それは、なんとも………私は、アインズ様が守護した土地を守る事に専念しておりましたので」
(守護………?ああ、カルネ村か。確かに、襲われている所を助けはしたけど、守護者たちの命には代えられないしなぁ。ンフィーレアのタレントは惜しいけど、仕方ないか)
アインズからすれば、転移直後、情報収集のために手を出した程度の認識。レアタレント持ちのンフィーレアの存在は覚えているが、それ以外は正直うろ覚えだ。
確か、エンリだかそんな名前の人間がいた気もするが………と沈みそうになった思考が、デミウルゴスの声によって引き戻される。
「この様に情報を得られた以上、この作戦はアインズ様の御意志通りであったと言えましょう。やはりアインズ様の御采配は正しかった」
「いいえ!デミウルゴス、アナタは自らの考えをアインズ様の御意志と誤魔化しただけよ!」
「私が誤解したと言うのであれば、それはつまりアインズ様の御意志を理解できなかったと言う事になります。その様な失態を、私が、このデミウルゴスが犯すとお思いですか?」
ヒートアップするアルベドとデミウルゴスの口論。他のNPCたちはどちらが正しいのかわからず、裁定を願うかのようにアインズへと視線を向けていた。
「もうよい。二人とも、落ち着け」
気が進まない、とばかりに声を上げ二人を落ち着かせると、アインズは玉座に深く座り直す。
今回の件、確かにデミウルゴスの作戦で情報を持ち帰えることはできたが、独断専行で進めた事は間違いない。ただ、それがアインズを思ってのことがかなりのネック。
もっと自分が強く、手を出す事を禁じていれば起こらなかった事態。すなわち責任の一端は自分にあると言う事だ。
「デミウルゴス、アルベド、双方の言い分はわかった。まずは二人が私の事を、ひいてはナザリックの事を深く考えていることに感謝しよう」
「お、おやめください!」
頭を下げようとするアインズを、近くのアルベドがすぐさま止める。ここら辺の感覚は未だよくわからず、しかし危機迫る勢いで止められるものだからせいぜい会釈程度。
それだけでもNPCたちからすれば幸福以上に恐れ多いこと。心臓が締め付けられるような罪悪感に苛まれてしまう。
「デミウルゴス、お前は確かに成果を出した。得られた情報は大きく、その見事な機転は評価しよう」
「全てはアインズ様の御意志に従ったまでです」
ギリっと、アインズの隣から奥歯を噛み締める様な、いっそ砕くかのような歯軋りが聞こえたが努めて聞かなかったことにする。
「しかし、アルベドへ相談もなく実行したのも、また事実。よってお前には暫くの休暇を与える」
「休暇………」
「ッ、進言をお許しください、アインズ様!それでは示しがつきません!信賞必罰は世の常!罪には相応の罰を与えねばなりません!」
「よい、よいのだ、アルベド。私にも命令の至らぬ点があった。つまり、責任は私にもあると言う事だ。それに、復活したばかりのデミウルゴスを働かせすぎた。一度、頭を休めよ」
「っ………かしこ、まりました………」
「…………御命令、承りました」
アルベドとデミウルゴス、それぞれが頭を下げて臣下の姿勢を取る。事実、アインズとしてもアルベドとデミウルゴスに頼りっぱなしの部分は気になっていたのだ。
これを機にリフレッシュでもして、心機一転してほしいものだと、そう願う。
「コキュートス、シャルティアの両名も、暫く休め。デミウルゴスの代役は追って連絡しよう。以上で会議を終える」
その言葉に合わせて全員が頭を下げたのを確認すると、アインズはアルベドを連れて退出する。
その姿が完全に消えたのを確認してから、他のNPCたちも持ち場へと戻る。その際、デミウルゴスへ視線を投げかけるのも忘れない。
休暇というナザリックの役に立てない罰を受けた憐れみを向ける者や、アインズの意思を無視したと敵視する者、何がなんだかわからず困惑の視線を向ける者と様々だが、当の本人はそれどころではない。
与えられた命令に、何かしらの意味を見出そうと、その黄金の脳細胞をフルに働かせているからだ。
「私に、休暇………?アインズ様は、休めと、そうおっしゃった………いや、それだけではないはずだ。きっと、この御命令にも何かしらの意図があるはず。深い御意志があるはずだ。私はデミウルゴス。至高の御方の叡智を理解するために創られた。理解できないはずがない。理解できなければ、私は………」
臣下の姿勢のまま、口の中で転がす言葉は誰の耳にも届かず、悪魔はなお、答えを求め続ける。その思考が、自らを更に追い詰めていると気付かぬまま。
竜人はその背中をただ眺めることしかできない。その静かな苦悩を察しながらも、掛けるべき言葉を見つけられなかった。