フールーダ・パラダインにとって、それは正に神であった。
白亜の城の中、帝国の財全てを集めても足元にさえ届かない居城の中で玉座に君臨する骸骨の姿。
自らの異能が見せるその輝きに、感涙した瞬間は今でも覚えている。
誰に言われるでもなく、自身の周囲を取り囲む異形に一瞥もくれず、それが自然だとばかりにフールーダは頭を地につけた。
(ああ、なんと…………なんと幸運なことか!)
きっかけは自室に仕掛けられていた魔法だった。転移門と呼ばれる、古い文献にしか残らない高度な集団転移魔法。それに誘われ、潜り抜けた先に在った魔法の到達点。二百年の時を経て、ようやく見えた真理。叶う事なら、今すぐにでも這ってその御足に口付けをしたかった。
「面をあげなさい」
側に立つ白磁の悪魔に言われるがまま、顔を上げる。今この場において主席宮廷魔術師の立場や、三重魔法詠唱者の名など塵芥。プライドなど、とうに捨て去ってしまっている。
「フールーダ・パラダインだな」
「あぁ、深淵の主よ!いと深き御方!私如きの名を、口にしていただけるとは!」
名前を呼ばれただけだというのに、その身を駆け巡るのは多大な幸福感。感涙し、嗚咽をこぼすそれに周囲は不愉快に思わず、寧ろ当然だとばかりに満足げな反応を。
「そ、そうか、うむ………貴様は二百年生きていると聞くが、真か?」
「えぇ!ですが、術が不完全のため徐々に老化する、不出来な存在でございます………」
「ならば亡剣と、そう呼ばれる男について何か知っているか?」
「亡剣?」
神の言葉に脳内を働かせるが、成果はなし。慌てて頭を下げ、平伏の姿勢を取る。
「も、申し訳ございません!不肖、この身は魔法の深淵ばかりを追い求めてきたあまり、世俗には疎く………し、しかし!帝国の力を使えば、すぐに判明するかと!」
「ほう?つまり貴様は、私のために国を差し出すと?」
「いいえ!全てを!私の持つもの全てを、貴方様に捧げます!」
それは見捨てられたくないからこそ、うっかり口を滑らせた訳ではない。フールーダは本気だった。
神のために、自らの欲望のために、代々支えてきた国を、孫のように可愛がるジルクニフを生贄にすることに躊躇いはなかった。
「ならば、亡剣と呼ばれる存在の情報を集めよ。それが終われば、貴様の願いを叶えてやる」
「ははぁ!」
フールーダはその日、神の存在を知った。そして、神からの勅命を受けた。それだけで天に昇る気持ちである。
何より、達成した暁には魔法を教えてもらえるのだ。老骨に鞭を打ってでもやる価値はある。
ジルクニフにバレないように自然に、そして疑われないように亡剣の情報を集めて神の使者に流す。
ワーカーと貴族を利用して得た情報。魔力系魔法詠唱者ではなく、獲物は刀一本のみ。アダマンタイト級冒険者、漆黒を苦もなく討伐。そしてトブの大森林で起きた災害。それら全てを受け渡した。
これで漸く認めてもらえると、そんな歓喜とは裏腹に待てど暮らせど返事はない。何か不敬を働いたのか、それとも見限られたのかと焦燥するフールーダ。
千載一遇のチャンスを逃してたまるかと、更なる情報を集め始めた矢先の事である。
「フールーダ・パラダイン。至高の御方からの勅命だ」
自室に篭り、さも魔法の研鑽を重ねているように偽装する中、足元の影が囁く。素早く周囲を見渡し、そして誰もいないことを確認すると平伏を。
耳を影に擦り付け、一言一句聞き逃さないようにする。
「なんなりと!この老骨、深淵の主のためならば何でも致しましょうぞ!」
広い部屋に所狭しと積み上げられた羊皮紙。魔術について書き込まれたそれらに埋もれる様に、フールーダは縮こまる。
見た目の滑稽さとは裏腹に、その胸にはアインズ・ウール・ゴウンの役に立てる事への感謝と、そして見捨てられていなかった安堵。そして、魔法の深淵に至る興奮だけが支配していた。
◇◆◇◆
夜闇に紛れ、一台の馬車が通りを抜ける。馬車に入れられた家紋は王国六大貴族の内のひとつボウロロープ侯爵のもの。
ただそれだけで関所の殆どから止められることはなく、検分されることも少ない。例え疑われ検分されようとも、袖の下を潜らせたら文句も言われない。
最後の関所を抜けて暫く。平原の先に漸く見えてきたのはひとつの建物。元々は狩猟の際に使うものではあるが、他貴族も招いて使うためにその大きさは通常よりも巨大。
外装は勿論、内装もまた狩猟とは到底関係のない、贅を凝らした品々で満たされている。
年に幾度使われるかも分からぬ別邸に、果たしてどれほどの金が費やされたのか。領民であれば、知りたくもない額だろう。
馬車が停車すれば、館から鎧を着た警備が駆け寄り御者に視線を向ける。御者が懐から出した手紙を受け取り、中身を確認してからようやく馬車の扉が開かれた。
「招待状を確認致しました。お待ちしておりました、フルト卿」
「うむ」
恭しく礼をする警備の姿に、フルトは鷹揚に頷く。久しく忘れていた平民からの平伏に、その心は満足感で満たされる。
やはり、自分は敬われる存在であり、これが正しい構図だと内心で納得を。案内の警備に連れられながら、フルトは建物に視線を。
元々子爵だったフルトの自宅よりも立派な建物。流石は六大貴族、それも侯爵家のものだと感心をひとつ。
あの忌々しい皇帝さえ消えれば、我が家もこの程度の別邸を持つことができると胸の内に付け加えて案内された先、大広間では既に集まっていた帝国、王国の両国の貴族が夜会を始めていた。
没落した帝国貴族、王国の貴族派、成り上がりの商人。これほどの人間が一堂に会することなど、そうそうないだろう。
ボロロープ侯の名の大きさを感じつつも、その分自身の現状に臍を噛む。
しかし、それも今だけのこと。皇帝さえどうにかすれば輝かしい未来が待っているはずだと、そう自身に言い聞かせる。
気持ちを切り替えようと見目麗しいがどこか怯えを孕んだ視線を彷徨わせる給仕から高級酒を受け取ると、王国の最高位に座す楽団の音楽に耳を傾ける。
夜会の雰囲気を盛り上げつつも、けして自己主張しないその旋律は確かな物で、やはり自分の居場所はここだと、改めて確信した。
「おや、フルト家の………」
「おや、これはこれは。前回の夜会以来ですな」
ふと、声をかけてきたのは夜会で知り合った王国の貴族。同じ子爵と言うことで会話は通じるが、自分の方が歴史は長く、そこいらの男爵子爵と同列に扱うなと言いたくなるのが本音。
しかし、それを顔や雰囲気に出すこと自体貴族に相応しくない。笑顔の仮面の下で、自身の利益を計算するのもまた貴族の流儀だろう。
互いのグラスを軽く当てて乾杯すると、軽く中身を飲む。久方ぶりの高級酒に舌が喜ぶがそれを表に出すことなく、さも飲み慣れていますとばかりの態度のままフルトは子爵の話に耳を傾ける。
「フルト卿、ご存知ですかな?今回の来賓には王国、帝国両方から大物が来るとか」
「聞き及んでいますとも。詳細は伏せられていますが、ご存知で?」
「はっはっはっ!フルト卿、それを当てるのが楽しみではないですか。あちらで賭けをしているのですが、一口いかがですかな?」
「それは…………」
何とも庶民的で見窄らしい真似ではないか、と喉から出かけた言葉をぐっと飲み込む。
格式高いこの社交界で歓迎されるようなことではないだろう。しかし、それを隠すことなく、むしろ大っぴらに賭けているような口ぶりにフルトは精神的に一歩引く。
やはり王国貴族はまともではないと、内心で罵倒しながらも表情は笑みを絶やさない。それができなければ貴族など名乗れるわけがない。
「申し訳ない。我が家は節制を心がけておりまして」
「あぁ………なるほど!これは失礼しました」
一瞬ではあるが、子爵から明らかに下に見られたことをフルトは見逃さなかった。
事実、フルトの懐事情は壊滅的だ。
馴染みの金融屋からは『アンタたちにはもう貸せねぇよ。担保になるようなもんがねぇからな。奉仕に出した娘?アンタんとこの一番上の娘が買い取ったよ。わかったならさっさと帰った帰った』と言われ金は借りれず、仕方なく家の調度品を売ってこの夜会の資金にしたのだ。
まぁ、その資金も一流の職人が手がけたスーツや革靴などに消えてしまったが。
後に残ったのは世間的に見ても小遣い程度の小銭だけ。これもまたあの忌々しい皇帝のせいだ、と恨みを胸の内で零すフルトは少し眉尻を下げて笑う。
「次の機会があれば、是非ともお誘いいただきたいものですな」
「それはもちろん!ーーーおや?」
ふと、子爵の視線が気になりフルトが同じ方向を向く。見れば、入り口の方からガチャガチャと音を立てて警備の兵士たちが集まり等間隔で並び出しているではないか。
自分たちとは違う、明らかな歓迎ムードに噂の来賓が来たのだろうと会場全体から視線が集まる。音楽が止み、貴族たちが姿勢を正してグラスを置くなか、準備が終わったのだろう、従者のひとりが声を張り上げた。
「こほん………皆様、お待たせしました!特別なる御方、バルブロ・アンドレアン・イエルド・ライル・ヴァイセルフ殿下のご到着です!」
その瞬間、入り口から現れたのは間違いなく王国の第一王子、バルブロだ。まさかの大物に慌てて平伏する貴族たちに、バルブロはさも当然とばかりに兵士たちが護衛する道を尊大に歩く。
帝国貴族からも、王国貴族からも揶揄される馬鹿王子。一国を任せるにはあまりにも頭が足りないが、だからこそ利用される存在。
なるほど、とこの夜会の意味を理解し始めたフルトの耳に、続いての来賓の到着の知らせが届く。
「続きまして、フールーダ・パラダイン様のご到着です!」
平伏したまま、フルトは目を見開く。
何せ帝国が誇る最強の魔法詠唱者。歴代皇帝に仕えてきた存在がまさか顔を出すとは思いもしていなかったのだ。
その動揺はフルトだけでなく、周囲も同じように息を飲んでいた。
紹介の音楽に合わせて現れたのはのは、間違いなくフールーダ・パラダインその人。御歳二百になる老人はどこか張り切るようにバルブロと同じ道を進み、その先にある一際豪華な椅子へ。
先に座っていたバルブロと握手と少しの会話を交わすと着席。周囲にそわそわと視線を向けるそれは、まるで始めて夜会に来た若手貴族のような振る舞い。
確かに、フールーダを社交界で見かけたという噂は聞いたことがない。ならば、なぜ今回参加したのだ、と言う疑問が生まれる。
(やはり、フールーダ老も皇帝に反感を抱いていたか)
未だ年若い部類に入る皇帝に顎で使われるのは耐えかねないのだろう。そう納得したのはフルトだけでなく、フルトよりも爵位が上だった帝国貴族たちも笑顔の仮面を貼り直していた。
バルブロとフールーダ、両名にグラスが渡るとバルブロが立ち上がる。
「皆の者、よくぞ集まってくれた。私こそ王国第一王子、バルブロ・アンドレアン・イエルド・ライル・ヴァイセルフである」
おお!と歓声が上がる。と言っても、声を出した者の殆どが関心して声を上げたわけではない。権力者に気に入られるための、ただの処世術だ。
しかし、それでもバルブロは満足したのだろう。先ほどよりも声を大きくし、杯を掲げる。
「今宵集まった者は、真に国を憂う者だと私は確信している!義父であるボロロープ侯を始め、数々の助力があってこそこの夜会が開かれたと言えよう。そして約束しよう!私が王位を継承した暁には、必ずやあの皇帝を打ち倒し、そして諸君らの望む理想国家を築き上げると!」
「おおっ!」
再び上がった歓声は本心からのもの。
フルトからしても、常ならば相手にしないほどの妄言。魔法を軽視し、肥沃な大地を持て余す王国が帝国に適うはずがないと切り捨てるだろう。
しかし、バルブロの隣にいるフールーダへと視線が移る。帝国の誇る、最強の魔法詠唱者。その力があれば念願さえ叶うだろう。
「フールーダ老、貴殿にもひとつ、激励の言葉を頼めないだろうか?」
「………ん?ああ、いや、老骨の言葉など今更でしょう。それに、殿下の前ではワシなど霞ましょうぞ」
「そうかそうか!うむ、ならば仕方あるまい」
フールーダからの持ち上げにあからさまに気をよくしたバルブロ。やはり噂に間違いはなく、これであれば利用も容易いと内心で笑みを深めたのは、果たして何人いただろうか。
「諸君、我々の輝かしい未来に乾杯しようではないか!ーーー乾杯!」
「乾杯!」
「バルブロ殿下、万歳!」
杯を掲げ、口々にバルブロを褒め称える言葉を口にする。早速とばかりに爵位の高い貴族たちがバルブロとフールーダを取り囲み、会話という名の情報収集を。
元とはいえ、子爵である自分に回ってくる機会は少ないだろう。そう切り上げて何か摘めるものでもないかと会場を見渡すフルト。
その背中にひとつ、声がかけられた。
「もし、フルト様。お時間よろしいでしょうか?」
「うん?」
振り返った先にいたのは、猫背の男。風体からして怪しく、着ている服も精々見栄えをよくした程度の安物。
使用人か給仕だろうと判断したフルトは、片眉を上げた。
「なんだね、君は」
「へへぇ。あっしは金融を生業にしている、木端者ですわ。今回はちょいとばかり無理言って、場違いにも参加させていただいておりやす」
「金融屋………?」
「へぇ、そうでありやす。失礼ながら、先ほどの会話が聞こえやして」
媚び諂うように、無理して取り繕うかのような笑みを浮かべる金融屋にフルトは怪訝な顔を。もし自身が夜会を開くのならば、真っ先に除外するタイプの人間だ。
しかし、今はそれよりも気になるのは男の職業。金融屋、つまりは金貸しを行なっているということだ。
「あっ、と。誤解しないでくだせぇ。別にあっしはフルト様を馬鹿にしようなんざ、そんな恐れ多いこと思っちゃいません。純粋に、あっしはフルト様のお力になれたらと、そういう出来心でさぁ」
「ほう?つまり、私に金を貸したいと?」
「えぇ、えぇ、そうですとも。帝国からいらした皆様は、皇帝のせいで心苦しい生活を送っていると聞き及んでおりまして。優秀な人間が損するなんて………まったく、世の中ってのは間違っていやすね」
肩を竦めて笑う金融屋に、フルトの意識は向く。男の言う通り、真に優秀な人間である自分があんな若造のせいで苦難に見舞われるなどあってはならないこと。
話のわかるやつではないか、と評価を改めるフルトに、しかし金融屋は眉尻を下げた。
「ただ、申し訳ありやせん。あっしらも仕事でして、誰彼構わず貸し出すことはできやしません」
「私にその資格がないと?」
「いえいえ、滅相も!フルト家ほどの、由緒正しい家柄なら別でさぁ」
「そうだろうとも」
自身の家柄ならば、金融屋だろうとこの反応は当たり前。むしろ、今まで借りていた金融屋の方がおかしいのだ。
フルト家に貸しを作れるなど、名誉以外の何物でもないというのに。
こんなところではなんだからと、そう金融屋に案内されたのは外を守る兵士よりも、より一層暴力に身を置いた雰囲気の兵士たちが護衛する扉の先。
扉を潜った瞬間にひんやりとした空気が全身を撫で、階段を下っていけば煌びやかな会場から一転、少し薄暗い地下施設が広がっていた。
「こ、これは………」
吹き抜けの広間を見下ろすフルトは、その眼下に広がる世界に少しばかり眉を顰める。
上の会場と同じくらいの大きさの広間には幾つかの円形のリングが設置されており、格子に囲まれたそこにいるのは薄汚れた男や、目の焦点が合わず奇声をあげる女など、異常なものばかり。武器を片手に、血と涙を流して格闘する様は無様を通り越して醜い。
それを見物するのは、上の階にいたはずの貴族たちだ。目元を隠す仮面をしているが、特徴さえ捉えればそれが誰かなど一目瞭然。
先ほどの子爵もいれば、上流階級の貴族も、爵位に関係なく格子の中で行われる殺し合いに一喜一憂していた。
また、そことは別に、丸太に括り付けられたいく人かの人間に物を投げつける貴族の姿。括り付けられた人間はどこかジルクニフに似ているようだが、物を投げつけられた影響だろう。
顔を腫らし、片目から血の涙を溢す姿はあまりにも惨めだ。
「おや、フルト様。いかがされまして?」
「………いや、何でもない」
帝国のコロッセオで行われる試合よりも、尚悲惨な見せ物に思うところはある。しかし、仮面をしているということは素性を探るなということ。下手に騒いで反感を買うわけにはいかない。
これもまた、貴族の嗜みのひとつだと飲み込んで金融屋の後に続く。
案内されたのは別の部屋。部屋の中には簡素な机と椅子、そして羊皮紙の束があるだけで、それ以外何もない。
金融屋に促され、渋々座ったフルトの前に早速とばかりに一枚の羊皮紙が広げられた。
「これが契約書でさぁ。ささ、ここに署名を」
「待て。私は担保になるものを持ち合わせていないぞ?」
「何をおっしゃいますやら。御身そのものが、担保みたいなもんでさぁ。まぁ、その分ちょいとばかり利息は高いですが………お貴族様からすりゃ雀の涙でありやしょう?」
確かに、羊皮紙に記された利息は今までのものよりも高い。しかし、立場を取り戻せばいいだけの話だ。
ここで躊躇するなど貴族らしからない、と気前よくサインすると金融屋は笑みを深める。
「ええ、ええ、確かに。それで、お幾らお借りいたしやす?」
「そうだな………まずは金貨二百枚程度でいいだろう」
「ええ、すぐにご用意させていただきますとも!………おい!」
金融屋が部屋の隅に声をかけると、影の中から何かがびくりと震える。
他に人がいたのかと、そちらに視線を向ければ年端もいかない少年の姿。服の代わりに襤褸を身に纏い、そこから覗く肌はアザだらけ。
金融屋の声に反応した少年は素早く扉を潜って外へ。暫くすれば中身のたっぷりと詰まった革袋をふたつ持って戻ってくると、金融屋へと差し出す。
「遅いんだよ、マヌケ。フルト様をお待たせすんじゃねぇ、クズが。ぺっ!」
革袋を奪い取ると、唾を吐き付けて蹴りを入れる。少年はそれに抵抗することなく、そして泣き喚くような事もせず、粛々と部屋の隅に再び戻った。
「すいやせん、フルト様。お待たせしてしまって」
「い、いや………王国で奴隷は合法だったかな?」
「奴隷?ご冗談を、フルト様。コイツらは従業員でさぁ。まぁ、ちょいと乱暴に扱ってるかもしれやせんが、愛の鞭ってやつですわ」
金融屋の言葉にそれ以上は何も言えず、フルトは口を噤むしかない。兎も角、今は金が手元に入ったのだ。これを元手に何をしようか、と皮算用に耽るフルトへ、金融屋が再び声をかける。
「フルト様、もしよろしければ賭け事なんていかがですか?」
「賭けか………あまり興味はわかないな」
「ならば、女は?上物から色物まで、幅広く揃えてやすぜ」
「妻子持ちだぞ、私は」
「なぁに、ちょいとした息抜きでさぁ。ご覧になったでしょう?ここで遊んでいる皆様の姿を」
確かに、ぱっと見ただけであるが広間の賭け事や、妻以外の女に惹かれなかったわけではない。
貴族として、そう言った遊びがあることなどフルトだって言伝で知っている。しかし、参加したことのないそれをどうやって楽しむかがわからないのだ。
それを目敏く察したのだろう。金融屋は再び少年に命じると、仮面をひとつ持って来させる。差し出されたそれに、フルトは固唾を飲み込んだ。
「フルト様、これは強制じゃありやせん。今日見たものに目を瞑っていただけりゃ、あっしらは何もいいやせん。けど、ねぇ?こう言った娯楽は、お貴族様だからこそ楽しめるもんじゃありやせんか?」
にたりと、そう笑う金融屋。暫し迷った末、フルトは仮面を手に取った。