増えるお気に入りと感想に舞い上がってしまう、単純な私です
ナザリック地下大墳墓、第十階層。荘厳なる大広間にて、アインズは玉座に君臨していた。側に控えるアルベドや一部の例外を除けば、ナザリックの僕たちが勢揃いする空間にて、アインズは重々しく口を開く。
「さて………今し方アルベドが語った通り、今作戦では奴をこのナザリックに招き入れる」
そう口にする度に、アインズの胸中には苛立ちが募る。何が悲しくて奴をーーー亡剣と呼ばれる敵を招き入れなければならないのだ、と。
アインズにとって亡剣は、憎き敵。デミウルゴスやシャルティア、コキュートスを殺し、その記憶を奪った怨敵だ。
欲を言えば、ナザリックの外で決着をつけたかった。しかし、不確定要素の多い外よりも、有利な内部で決着をつけた方が確実だというのも事実。
苦渋の決断の末、アルベドの提案した作戦を受け入れたアインズは、眼前の頭を下げる僕たちに視線を向ける。
「異論がある者は?」
アインズの言葉にすっと手を上げたのは、列の最前にいたパンドラズ・アクター。至高の御方に意見するのか、と周囲から声なき怒りが湧き立つが、アインズはそれを手で制すると、顎をしゃくる。
「パンドラズ・アクター、発言を許します」
アルベドの言葉に、パンドラが立ち上がる。いつもの芝居かかった動きではなく、臣下として礼を尽くしたそれに、コイツちゃんとやればできるのか、とアインズは現実逃避気味にそんな事を考えていた。
「それでは、お言葉に甘えさせていただきます………アインズ様、私はこの作戦に反対します」
パンドラの言葉に、その場にいた全員が俄かに殺気立つ。特に酷いのはアルベドだ。アインズが制するのがあと一歩遅れたらすぐにでも誅を下さんと動いただろう。
「皆の者、落ち着け………パンドラよ。お前のことだ、何か考えがあるのだろう。話す事を許す」
「はっ!………まず、我々が亡剣と呼ぶ男についてですが、確かに情報は得られました。奴はスキルを斬り、魔法を斬り、そしてデミウルゴス殿たちの記憶を斬る………我々の常識からは考えられない存在です」
それはアインズも思うところだ。
いくらユグドラシルが自由度の高いゲームと言えど、根底にはゲームシステムと言うルールが敷かれていた。
亡剣はそのシステムから逸脱した存在であり、この世界でも比肩できない異常者。
だからこそ情報を集め、その対抗策を練ったのだ。
「更には武技と呼ばれるものを使い、空を駆け、隕石を斬り、そしてワールドアイテム幾億の刃とセバス殿のドラゴンブレスからも逃れます」
「それがどうしたというの。確かにこの世界のレベルからは考えられないものだけれど、ちゃんとそれに対抗した策をーーー」
「ーーー我々は、未だ奴が何が出来ないのか把握しておりません」
アルベドの言葉に被せるように、パンドラはそう言い切る。
「その策は、今出ている情報を元に組み立てたもの。イレギュラーは必ず存在します」
「ふむ………」
確かに、今までの戦闘や情報から亡剣の手札を全て暴いたとは言い難い。アインズは元々、PvPの時は三本勝負を前提に、一本目で相手の手札を引き出して負け、残る二本で勝利を収めるタイプだ。
もしかすれば、という可能性はアインズの中に残っていないとは言えない。
「そして、二つ目。亡剣はナザリックそのものを敵視しているわけではありません。現にセバス殿は二度見逃されている。奴が斬るのは、その場で無道を働いた者、または黒粉中毒のような回復が見込めない者………ならば接触を避け、奴の行動圏を把握し、必要とあらば敵対勢力へ誘導するだけでも利用価値はあるでしょう」
パンドラの言葉はどこまでも正論で、少し誘導してやればナザリックのリソースを使わずに障害を排除できるだろう。
ほう、と言葉が漏れるアインズに畳み掛けるようにパンドラは言葉を続ける。
「そして三つ目。仮に九割九分九厘、我らが勝つとしても。その残る一厘がアインズ様へ届く可能性であるなら、私はその賭けを認められません」
それは作戦を立案したアルベドも思うところだ。
元々はナザリックの即死トラップや人間には耐え難い環境を利用して疲弊させ、トドメは守護者達で袋叩きにするというもの。
しかし、アインズはそれを却下し、直接第八階層に招き入れることを決断したのだ。その真意を、アルベドは理解していない。ちらり、と横目でアインズに視線を送り、その答えを待つ。
アインズは暫し熟考すると、諭すように口を開いた。
「まずはパンドラ。私のことを思って意見してくれた事に感謝しよう」
「勿体なきお言葉です」
「しかし、だ。私はこの作戦を変えるつもりはない」
深々と礼をしたパンドラの顔が勢いよく上がる。表情は読めないが、その動作からなぜだ、と言う事は理解できる。
アインズとしても、パンドラの気持ちはよく理解できる。安全を取るのであれば、亡剣を上手く利用してやれば良い。だが、それで済ませるほど、恨みは浅くない。
「奴は既に、私のかけがえのないものを三つも奪った。それを知らぬふりをして背を向けることを、そしてナザリックの地を無闇に踏ませる様な真似を、私は選べん」
「しかし、アインズ様ーーー!」
「お前の懸念ももっともだ。だからこそ、お前には戦闘への参加を禁ずる」
続いたアインズの言葉に、パンドラは言葉を失う。賢いからこそ、そしてアインズの手で創造されたからこそ、その言葉の真意を理解してしまった。
「宝物庫にて待機せよ。万一の場合、お前がナザリックを残せ」
「そんな、アインズ様!それは、それではーーー!」
「これは決定事項だ。覆すことはない」
わなわなとパンドラの口が震える。それはただの戦力外通知ではない。万が一の場合、アインズがいなくなったナザリックを背負わなければならないという重荷を背負わされたのだ。
「アインズ様。パンドラズ・アクターは影武者として利用するはずでは………」
「すまないな、アルベド。これは私の我儘だ。ナザリックの最も尊き財であるお前達に手を出したつけを、私は直接精算してやりたい…………支配者として、私は失格だろうな」
「そんな!貴方様以上の御方など!」
「よい、よいのだ。皆も、納得はいかないだろう。しかし、私の顔を立ててはくれまいか」
頭を下げそうになるアインズを、慌ててアルベドが止める。そうでなくとも、僕の誰しもが慌てて止めただろう。
これほど慈悲深く、そして偉大な御方に仕えられるだけで幸福なのだ。それ以上を望むなどあり得ない。
「パンドラよ、お前もそれで納得してはくれまいか?」
「………御意に」
跪き、臣下の姿勢を取りながらもパンドラは強く拳を握る。それに申し訳ないと思いつつも、アインズは眼前の僕たちに目を向けた。
仲間達と築き上げた結晶。一体一体の詳細はさすがに覚えてはいないが、それでも仲間達の面影を強く残す彼らを殺した存在を、アインズは許さない。
ギルド武器であるスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを握り、立ち上がったアインズが力強く宣言した。
「セバスが到着次第、作戦を開始する!皆の者、ナザリックの威を示せ!」
◇◆◇◆
夜の街道を、異形の存在が曳く馬車が駆け抜ける。馬よりも早く、そして疲れを知らない馬車は悪路をものともせず、一刻でも早く目的地へと向かう。
内部への揺れを一切遮断するその馬車の中で、セバスと男は、対面に座り相対していた。その一挙手一投足を見逃すまいと男を見つめるセバスと反対に、男はどこまでも自然体。刀を胸に抱き、セバスを見つめるでもなく灰色の瞳は虚空を睨むだけ。
まるでそう言った置物のような男に、セバスはやや躊躇うように口を開く。
「………こうしてお会いするのは、三度目ですね」
「…………知らぬ」
返された言葉に、セバスの驚きは少ない。むしろ、事前の情報通りだ。
元々、モモンと顔を合わせた時も覚えていなかったのだ。記憶力が弱いのか、それともその力を得た代償なのかは定かではないが、男はセバスを認知していない。
それを好機とも、悔しいとも思わない。ただ粛々と、セバスは己に課せられた役目を果たすだけだ。
「貴方は私の同僚を三人、斬りました。私を見逃した理由は覚えておいでで?」
「…………我が刃、無道にのみ向けられる」
「先ほどの会場では、黒粉に侵された人も斬り捨てられていたそうですが、その方々も無道と?」
セバスの問いかけに、ほんの一瞬だけ男の眉が顰められる。ともすれば見間違いかと思うほどの変化を、セバスは見逃さなかった。
「………救えぬ、故に」
ぽつり、と零したその言葉にセバスは片眉を上げる。
確かに、重度の黒粉中毒者は回復は見込めない。脳が縮小し、従来の回復魔法では回復に至らないことは知られていること。無論、ナザリックの力を使えば叶うかもしれないが、メリットの少ないそれにリソースは割けない。
それがわかっているからこそ、セバスは知らず知らずのうちに拳を握る。
「介錯をした………そう言うことですか?」
「否……見ておれぬ、故に………」
普段と変わらない平坦な声に、セバスは確かな後悔の音を感じた。大義や正義でもないそれは、幽鬼のような男の、確かな人間的な部分。心をすり減らし、苦渋の末に決断した男の慟哭。
思わぬものを目撃したとばかりに瞠目するセバスであったが、今はそんな場合ではないとゆるりと首を横に振る。
「そこまで………そこまでして、無道を斬る理由は、何なのですか?」
「…………知らぬ」
「知らない………?」
「ただ、捨ておけぬ………それのみ………」
何か正義があると思っていた。
何か理由があると思っていた。
自らの創造主のような、困っている人を見捨てない高潔な志があるのではと、そう思っていた。
しかし、そんなセバスの期待を裏切るような男の返答に、思わず肩透かしをくらう。
だが、勝手に期待した自分の落ち度だと割り切り、そも、創造主の気高さを人間に求める方が間違っているのだ、と気持ちを切り替える。
「ならば、我々の主人が貴方の言うところの無道であったなら………どうされますか?」
「斬る、のみ…………」
灰色の瞳が、セバスを貫く。
ともすれば視線だけで斬られそうな鋭いそれに、セバスは物怖じする事なく続ける。
「アインズ様は死の支配者。到底敵うはずありません」
「知らぬ………」
「貴方を待ち構え、対策も練っております」
「知らぬ………」
「………我々に勝てると、そうお思いですか?」
「知らぬ………」
はぁ、と短く、疲れた老人のような仕草で息を零すと、男は刀を持つ手に僅かに力を入れた。
「我、無道を、斬る………のみ……」
「そう、ですか………」
男の返答に、セバスは今度こそ言葉を失くす。男がナザリックに及ぼした被害を考えれば、到底許してはおけない。
しかし、その頭を下げ、服従を示すのであれば、あの慈悲深き御方は許してくださるかもしれない。
そうすれば、とその先を考えてセバスは目を瞑る。それは至高の御方の意思を真っ向から否定すること。ナザリックの下僕として、考えてはならないことだ。
暫しの間、馬車の外から聞こえる車輪の回転や、魂喰らいが地を蹴る音が二人を包む。やがて、その音もゆっくりと止むと、セバスが先導して地表に降り立つ。
「この先にて、この地の支配者であられるアインズ・ウール・ゴウン様がお待ちです。どうぞ、お進みください」
道の脇で恭しく礼をするセバスの先、男の視界に入るのはナザリック地下大墳墓、その地表部。
全体の一部でしかないそこに、戦闘メイドであるプレアデスを始め、デスナイトやエルダーリッチなどのこの世界では強力なアンデッドが列をなしてひとつの道を作っている。
その先に見えるのは半円状の転移門の魔法。明らかな罠であるが、同時に逃げ場もない。通常ならば死を覚悟する光景であるというのに、男は躊躇いもなく、その道を迷いなく進む。
殺気立ち、命令がなければすぐさまにでも男を手にかけようとする部下たちの前で、セバスは人知れず拳を強く握っていた。
◇◆◇◆
男が転移門を潜り抜けた先に広がるのは、広大な荒野。地下空間だというのに天に広がる青空と、頬を撫でる微風。かつてゲームの中に存在した風景が、その法則ごと現実へと持ち込まれたことで生まれた、歪な世界。
そんなことを男が知る由もない。
男が視線を向けるのは、ただ一箇所。高台のような場所からこちらを見下ろす異形の存在。
「ようこそ、ナザリック地下大墳墓へ………と言うべきなのだろうな」
一人は、骨の王。黒を基調とした豪奢な装束を纏い、その身には幾つもの装飾品が輝いている。片手には、場違いなほど明るい桃色をした奇妙な存在を抱えていた。
そして、その傍ら。漆黒の全身鎧に身を包み、頭部から角を、腰から黒い翼を伸ばした戦士が静かに控えている。
そのどちらからも、隠そうともしない敵意が向けられていた。
「名乗らせてもらおう。至高の四十一人が一人、この地の支配者、アインズ・ウール・ゴウンだ」
「…………」
ゆるり、とアインズの言葉に、男は刀に手を置くだけ。その灰色の瞳はアインズを見つめ、裁定する。
「一度だけ聞いておこう。お前の持つ技術を全て我々に伝授するのであれば、私の大切な子供たちに刃を向けた事を許し、苦痛なき死をくれてやろう」
「…………知らぬ」
「知らない、だと?」
男の返答に、アインズの声が僅かに低くなる。側付きの戦士の肩がびくり、と震えるがそれを気にも止めずに男は深く息を吐く。
「斬り捨てた、無道………覚えて、おらぬ………」
「そう、か………貴様にとって、その程度のことか………」
声に震えはない。
抑揚に怒りはない。
それでも何度も繰り返される感情の抑制に、アインズは目眩を覚える。
しかし、何度繰り返そうとも消えることのない怒りに奥歯を噛み締め、手の中の胚子を無意識のうちに握った。
手の中で暴れることなく、それを甘受する胚子の運命は火を見るよりも明らか。
しかし、男が動き出す事はない。男にとって、骨の王は歪な存在。その身に纏う気配は、これまで斬ってきた無道に近い。だが、その奥にあるものが噛み合わない。憎悪も、殺意もある。だが、それだけではない。あまりにも歪で、判断がつかない。
「そうか………ならば私も、貴様を忘れるとしよう。苦痛の中を生かし続けながら、頭の中から消してやるとしよう」
しかし、明確な殺意が向けられた瞬間、男は地を蹴る。一足の内に接近した男は刃を振り抜こうとするが、それは側付きの戦士に止められる。バルディッシュと刀が火花を上げた。
「させると思って?」
「………押し、通る」
刹那、荒野に響き渡るのは高速の剣戟。何度も散る火花。戦士の技量は高いが、男には及ばず。しかし、その身を包む鎧の硬度は常識外れ。
スキルによりアインズへのヘイトを一身に受けた戦士から、男は目を離せない。その隙にアインズは、魔法を発動した。
「
腕の軌道に合わせて飛ぶ斬撃。
しかし、狙いは男ではなく、手の中の桃色の胚子。自ら抱いていた存在を、自ら殺そうとする異常な行動に、何かがまずいと男の本能が叫んだ。
「………斬る」
武技、断火を発動。空間に浮かぶ、無数の綻び。それを斬り無効化させようとしたところで、戦士のバルディッシュがそれを妨害する。
「さぁ、殴殺の時間だ」
刹那、赤子の断末魔が荒野に響き渡るのであった。