亡びぬ火、名もなき剣   作:桜大好き野郎

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燃え残るもの

 

 

 

 耳が悲鳴を上げそうになるほどの断末魔。聞くだけで精神が削られそうになる末期の声に、男は顔を顰める。

 

 身震いするほどの不協和音に襲われたその刹那、男を襲うのは全身を泥の中に沈められたような抵抗感。空間そのものが纏わりつくようなそれに、灰色の瞳が見開かれた。

 

 男の目に映る、数多の綻び。自身にもまとわりつくそれを斬ろうと刀を振るうが、平時よりもあまりにも緩慢なそれに、驚きを隠せていない。

 

 

「オラァッ‼︎‼︎」

 

 

 そして、ナザリックはそれを見逃すような甘さは持ち合わせておらず、全身鎧の戦士ーーーアルベドが振るうバルディッシュが轟音を立てて男へと迫る。

 

 刀で受けることは不可能。本来の男ならば欠伸が出るほどの速度。だが今は、その一撃を紙一重で躱すのが精一杯だった。人外の膂力を持ってして振るわれた一撃は風を巻き込み、男の体勢を崩す。

 

 その姿を眺めながら、アインズは胸の内で拳を握った。

 

 

(よしっ、ヴィクティムのデバフは通った)

 

 

 生贄の赤子の異名を持つ第八階層守護者、ヴィクティム。その能力は死亡時に強力な移動阻害のデバフを振り撒くという、守護者の中でも特異な存在。

 

 ゲームと違い、FF(フレンドリー・ファイア)が通るこの世界では当然、アインズたちもそのデバフに巻き込まれていた。しかし、事前の対策は完璧であり、被害は少ない。

 

 狙い通りの展開に思わず興奮するが、すぐにそれも沈静化される。いつもなら面倒に思うそれも、今この時ばかりはありがたい。

 何せアインズ自身もこの程度で男を仕留められるとは、露ほども思っていないのだから。

 

 

「守護者たちよ、やれ‼︎」

 

 

 アインズの号令に合わせ、半円の闇が浮かび上がる。そこから顔を出すのはコキュートス、シャルティア、マーレ、アウラの四人。それぞれが身に纏うのは、仲間たちが作り上げた専用の装備。

 男を殺すために用意されたそれらを、守護者たちは遺憾なく発揮する。

 

 

「みんな、いっけぇえええ!」

 

 

 空を叩く鞭を合図に、転移門の向こうからアウラの使役する魔獣たちが現れる。総数百に及ぶ魔獣たちの中でも、選りすぐりの三十体。

 多種多様な攻撃手段を持っていたり、妨害能力の高い魔獣たちは、アウラの指示に従い男の周囲を取り囲む。

 

 一体一体がこの世界では国を軽々しく堕とせる存在。それらがただ一人の人間に向かって、攻撃を放った。

 

 

「………天剣」

 

 

 ぽつり、と男が呟く。

 動きの鈍さはそう元に戻らず、そしてアルベドも、魔獣もその隙を与えない。時折飛んでくる弓矢を躱し、アルベドの一撃を半歩動いて避け、周囲から飛ぶ攻撃の数々を男は退ける。

 

 

「清浄投擲槍!」

 

 

 魔獣たちの包囲の隙間を縫って飛んでくるのは、三メートルを超える白銀の戦神槍。ゆるり、と幽鬼のような動きで刀が振るわれ両断されるが、その隙に飛んできた弓矢が男の右耳を削いだ。

 

 

「よっしゃぁああ!見ておられましたか、アインズ様!このシャルティア、援護もお手のものでありんす!」

 

「まだ耳削いだだけでしょ!それに、やったのあたしだし!」

 

「うるさいチビでありんす!」

 

「無駄口ヲ叩クナ」

 

 

 その刹那、魔獣の群れの中からライトブルーの甲殻を持つコキュートスが現れる。手に持った白銀のハルバートと刀が大きく振り上げられる。

 

 

「アインズ様ニ歯向カッタ、己ヲ恨メ」

 

 

 瞬間、振り下ろされる二つの刃。確実に捉えたと確信できる一撃。しかし、予想に反してコキュートスの手に伝わる感触は軽いもの。よく見れば、狙いは半歩ほど外れた位置に落ちている。

 

 

(外シタ………否、コレハーーー)

 

「コキュートス、下がりなさい‼︎」

 

 

 男の背後から、バルディッシュが轟音を立てて迫り来る。しかし、まるで狙いがわかっているかのように男はほんの少しだけしゃがむ。それだけでアルベドの一撃は空を切った。

 

 ヴィクティムのデバフが解除された、というには反撃が飛んで来ず。そして、適応したというには不自然な動き。

 それはアルベドやコキュートスだけでなく、戦況を眺めるアインズも違和感を抱いていた。

 

 

(どう言うことだ………確かに動きは早いが、目で追えないレベルじゃない。つまり、ヴィクティムのデバフはまだ利いていると言うことだ)

 

 

 速度自体は変わっていない。しかし、アルベドとコキュートスの攻撃どころか、周囲から飛ぶ攻撃さえ被害は最小限。一番大きいのは右耳くらいのもので、後は精々服に軽く傷を入れる程度。

 

 

(未知のアイテム………いや、違う。武技によるものか?)

 

 

 アインズの読みは当たっていた。

 男の発動した武技、天剣。それは武技、神域から発展したもの。周囲の情報を読み取り、他者の呼吸を読み、間合いを読み、そして動きを先読みするもの。数百年の積み重ねが生んだ結晶。

 

 今の男の目に映るのは綻びではなく、次の動き。半歩ほど横にズレた刹那にバルディッシュが巻き起こす風が頬を撫で、続いて頭を下げればその空間を刀が薙ぎ払う。

 

 アルベドの脇を弓矢が抜けた瞬間、男は刀を振い弓矢を裂くと同時にアルベドへと一撃を入れた。

 

 

「こいつ、反撃を………っ‼︎」

 

 

 アルベドの鎧に傷一つをつけられない、軽い一撃。しかし、反撃の余裕が出てきたと裏付ける一撃だ。

 歯軋りするアルベドの渾身の横薙ぎが男を襲うが、その軌道が男の刀によって操られ、空を切るばかり。

 

 強力な武技であるが、それ故に負荷は強い。通常ならば三秒ほどの使用で留めておくべきものである。

 しかし、それをやめた瞬間に数の暴力に飲まれることは明白。常軌を逸する脳の負荷に、男の白眼が赤く染まっていく。

 

 

(いや、今は武技によるものだろうが、なんだろうが、どうでもいい。兎に角、攻め続けるだけだ)

 

 

 速度という手札をひとつ潰し、そして物量による攻略。単純ゆえに対処の難しい作戦であるが、それに適応するくらいは予想していた。

 だからこそ、次なる札を切るためにアインズは上空に火球(ファイヤー・ボール)の魔法を放つ。

 

 それに反応したアルベドとコキュートスが周囲を取り囲む魔獣共々大きく飛び退き、刃を振るった男が一人残される。

 

 

「い、いきます!えーい!」

 

 

 その刹那、遠くにいたマーレがその身の丈ほどの杖を掲げ、地面を叩く。そうして起こるのは広範囲を襲う地割れ。

 気の抜けた掛け声とは裏腹に、凶悪な魔法。ナザリック広範囲殲滅最強に恥じない攻撃は、容易く男を飲み込んだ。

 

 

「…………天剣」

 

 

 地割れに飲み込まれながら、男は武技の発動をやめない。男と一緒に落ちる岩などを足場に、地上へと駆け上がる道筋を先読みする。しかし、それを阻止するために上空から影が刺す。

 

 

「さっさと、死ねや‼︎ ゴミカス‼︎」

 

「ぶっ潰してやらぁ‼︎」

 

 

 元より滑空できるシャルティアと、アイテムにより飛行するアルベドの両名が、確実にトドメを刺すために追いかけてきていた。

 

 男の視界の隅では、開かれた大地が徐々に閉じようとしている。当然、二人も巻き込まれる可能性が高いが、ナザリックの、そしてアインズのためならば自らの命を捨てるなど容易なこと。

 

 

「………断火」

 

 

 意識を切り替えれば、世界に浮かぶ綻びの数々。自身に浮かぶそれを幾つか斬り捨てると、アルベドとシャルティアの対処をする。

 先ほどよりも幾段か上がった速度に一瞬瞠目する二人だが、まだ対処可能な速度。

 

 空中という、足場も踏ん張りも利かない状態だというのに、男は時に二人の身体や武器を足場にしたり、風に揺れる羽のような動きで捉え所がない。

 

 

(くっ!ここで仕留めておきたいというのに………っ!アインズ様のお手を煩わせるわけにはーーー)

 

 

 真なる無(ギンヌンガガプ)という、ワールドアイテムを形状変化させたバルディッシュ。対人性能はお世辞にも良いとは言えないが、こと対物体に関しては最強。

 その能力をフルに使い、男の得物の破壊を狙うが、うまくいかない。

 

 ほんの少し、一度でも男の刀と打ち合えれば破壊できるというのに、それを読んでいるかのように男はバルディッシュを躱すか、その側面に刃を当てて逸らすだけ。

 

 そして、シャルティアもまた刀を破壊しようと、物品破壊(アイテム・デストロイ)や人間種束縛(ホールドパーソン)の魔法を放っているが、それは発動前に斬られて効力を発揮しない。

 

 金属音が鳴り止まない応酬が続く中、やがて裂けた大地が三人に肉薄してくる。

 

 

「くっ………シャルティア、ここまでよ」

 

「チッ!仕方ないでありんすね………上位転移(グレーター・テレポーテーション)‼︎」

 

 

 刹那、シャルティアとアルベドの姿が掻き消え、男のみが残される。裂け目は既に、人一人が漸く通れるほどの大きさしか残っていない。

 

 

「天、翔………っ」

 

 

 度重なる武技の使用に、脳が悲鳴を上げ、視界が一瞬大きくぶれる。それでも、無理やり身体を酷使する男は、今正に自身を潰さんとする大地の圧殺から逃げる。

 

 一度の発動につき三歩。それが天翔による移動の限界だ。

 跳躍するための足場として使うそれ。天剣よりも多用は容易いとはいえ、それでも今の状況では多大な負荷となる。

 

 一歩踏み出すたびに体からぶちり、と筋繊維の悲鳴が上がる。けれど、そんなもの聞こえないとばかりに耳を傾けず、男は空を、迫り来る大地を足場にして天を目指した。

 

 そうしてーーー

 

 

「風斬」

 

 

 間一髪のところで圧殺を回避した男を待ち受けていたのは、中距離から放たれる不可視の刃。天剣を発動する暇はなく、三歩目を踏み抜いた死に体の瞬間を狙われた一撃。

 

 恐ろしいほど呆気なく、男の左腕が根本から分たれた。

 

 

「…………」

 

 

 しかし、男はそれを一瞥しただけ。そこに焦りも不安もなく、灰色の瞳はコキュートスの奥、アインズに向いていた。

 

 

「よくぞここまで持ち堪えた、と褒めてやろう………だが、ここまでだ」

 

 

 その背に浮かぶのは、十二の時を示す時計。アインズの切り札のひとつである、即死効果を持つ魔法やスキルを強化するスキル、The goal of all life is death。

 即死無効化能力でさえ即死させる、百時間に一回のみ使用できるものだ。

 

 その針は既に半分を過ぎており、もう数秒すれば強化された範囲型の即死魔法、嘆きの妖精の絶叫(クライ・オブ・ザ・バンシー)が全てを飲み込む。

 

 コキュートスは指輪の力を使用してその場を消え、残されたのはアインズと男のみ。一歩を踏み出そうとする男だが、その足元に泥が巻き付く。

 遅延化させて発動した、アインズの大地の拘束(アース・バインド)の魔法だ。

 

 

(守護者たちは全員避難させた。アイツも残り数秒で俺の元にまで来られないはず………仮に届いたとしても、スキルの発動は止められない)

 

 

 アインズの予想は正しく、今の男ではアインズに刃を届かせることは難しいだろう。

 ヴィクティムのデバフは未だ残り、片腕を失った事で重心は変化してしまっている。完全な詰みの状態であるが、男の瞳が絶望や敗北に濡れることはない。

 

 

(わかっているぞ、諦めないことは。だが、無駄だ。お前を殺した後は、お前を慕う道場の者たちを、復活させたお前の前で惨たらしく殺してやる)

 

 

 それで男の精神に傷が入るか、アインズにはわからない。しかし、そうでもしなければ腹の虫が治らないのだ。

 

 残り三秒だというのに、それが悠久のように感じるほどの怒り。男は泥の拘束を断ち切ると、天翔を発動。そうして一歩を踏み出そうとした瞬間、男の背後から人影が突然現れた。

 

 

「なっ⁉︎」

 

 

 驚愕の声を上げたのはアインズだ。

 何せ、その者には待機命令を与えていたはずなのだ。第七階層、赤熱神殿に籠っているはずだったのだ。

 

 だというのに、指輪の力を使用して、そいつはあろうことか男の身体に抱きついている。

 

 

「っ‼︎ は、ははははは‼︎ ああ、やはり‼︎ やはりそうだったのですね、アインズ様‼︎」

 

「デミウルゴス‼︎」

 

 

 思わず手を伸ばすアインズだが、猶予の時刻は無常にも進む。かちり、と針が残り一秒を指し示した。

 

 頭に浮かぶのは無数のなぜ。

 しかし、それに対する答えは思い浮かばず、そしてデミウルゴスを救う手立ても実行できない。

 

 

「ああ、私は間違っていなかった………‼︎ 私はーーー‼︎」

 

 

 邪魔だてするデミウルゴスの両腕を切り裂き、男はアインズへと駆け出す。しかし、それが最早手遅れなのは誰の目からしても明らか。

 

 そしてアインズは確かに見た。両腕を斬られ、地面に転がるデミウルゴスが、笑っているのを。

 

 

「ーーー私は、デミウルゴスだった………‼︎」

 

 

 かちり、と。

 秒針が最後の時を知らせた。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 ーーー白。

 

 世界が一瞬、白い世界に覆われた。それが晴れた先に広がるのは、砂の大地。荒野さえも殺した世界に佇むのはアインズと、そして男だけ。

 

 即死という、ある種絶対の理さえ斬った男。しかし、その代償は大きく、灰の混じったような黒髪は全て燃え尽きたような灰色となり、目や耳、そして鼻から血の筋が垂れている。

 即座に動くことも難しいのだろう、地面に片膝をついた姿勢のまま激しく肩を上下させる男に対し、アインズは言葉を発さない。

 

 ただ、目の前の光景が信じられなかった。

 男が生き残ったこともそうであるが、何より予想外だったのはデミウルゴスが乱入したこと。そして、即死魔法に巻き込んだこと。

 

 わなわなとアインズの身体が震え、拳が握られる。仮に生身の拳だったならば肉を突き破らんばかりの力。

 

 感情の沈静化が目まぐるしく行われるが、それでも尚冷めることのない感情。呼吸など必要ないというのに、呼吸が荒くなる。

 

 信じたくないとばかりに、握った両拳で顔を埋めると、アインズの絶叫に近い声が周囲に響いた。

 

 

「守護者たちよ‼︎ こいつを、今すぐ殺せぇえ‼︎‼︎」

 

 

 その声に反応して、即座に転移してくるアルベドたち。言葉はなく、ただ命じられたまま、それぞれ持ちうる力全てが瀕死の男に向けられる。

 

 

(………無道……)

 

 

 身体中から激痛の悲鳴が上がる中、男の頭の中にあるのはそれだけ。しかし、既に身体は意思に反して動くことを止め、五感も殆ど死んでいる。

 

 打つ手なしの、絶体絶命。

 久しく感じる、命の危機。

 感覚の死んだ手だというのに、男はそれでも刀から手を離さない。その紅く染まった瞳に、諦めはない。

 

 

「武、技………燼生(じんせい)……」

 

 

 今一度、男の手が強く刀を握った。

 

 

 

 

 

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