亡びぬ火、名もなき剣   作:桜大好き野郎

4 / 12

 予想外の伸びに嬉しくなって投稿

 ここから先は本当にストックないので、遅筆になります

 アンケートの結果、私の独断と偏見でキャラの生存を開始します



狂気と無道の果て

 

 

 エ・ランテルに到着した時にはすっかり夜の帳は落ち、大通りを行き交う人々も少なくなってくる時間。

 

 モモンとナーベはハムスケの登録へ。

 漆黒の剣はそのまま採取した薬草の積み下ろしへと向かうことに。

 

 

「………あれ?」

 

 

 ンフィーレアとその祖母が経営する販売所兼作業兼自宅。それがようやく目と鼻の先に見えてきたころ、ンフィーレアが声を上げた。

 

 

「どうしました?」

 

「いえ、店に灯りがついてなくて………おばあちゃん、どこかに行ったのかな?」

 

 

 祖母が店を空けるとは珍しいこともあるものだと、特段不思議に思わず、ンフィーレアは馬車を進める。だからこそ、暗がりから聞こえた掠れた声に反応が遅れた。

 

 

「………もし」

 

「うわぁああ⁉︎」

 

 

 突然の事で飛び退くように驚くものだから、当然馬も暴れる。ガタガタと揺れ出す馬車に漆黒の剣は足元覚束ず、ただ煽られるばかり。

 一瞬でパニックに陥るンフィーレアと馬だが、声をかけてきた男が飛び乗って手綱を奪うと、すぐに馬を宥める。

 

 

「…………どう、どう…………大事、ないか?」

 

「え、えぇ、まぁ………」

 

 

 振り落とされないようにと、必死に荷台を掴んでいたンフィーレアが男の姿を捉える。

 温度のない、感情の読み取れない灰色の瞳。南方の血が入っているのだろう、黒い髪は手入れがされているようには思えず、邪魔にならないように切り揃えている程度。

 

 大柄なモモンとは違い細い身体つき。だが、ただ細いというよりは締まっていると言った方がしっくりとくる肉体は、ただそれだけで別種の威圧感がある。

 

 

「いっててて…………おい、アンタ!暗がりから声かける時は気をつけろよ!」

 

「こら、ルクルット!仲間がすいません」

 

「…………構わぬ。その言、(たが)いなし」

 

 

 荷台で転がったルクルットの怒りに、男は薄くそう返す。本当にそう思っているのか、とルクルットが鼻を鳴らすが、間に入ったペテルの顔を立てて、それ以上は何も言わない。

 

 

「ニニャ、ダイン。薬草はどうだ?」

 

「こっちは大丈夫そう。瓶も割れてないよ」

 

「こちらもである」

 

「それはよかった………えっと、何か御用ですか?」

 

 

 苦労して採取したものが無駄にならずに済んだと、ホッと一息。男から手綱を受け取りながら質問すれば、「…………回復薬を、売ってほしい」と掠れた声がンフィーレアの耳に届く。

 

 

「ああ、なるほど………おばあちゃんがいないから…………わかりました。ただ、今少し入り用でーーー」

 

「すいません、ンフィーレアさん。…………失礼、見たところ怪我をしていないようですが、ポーションを何に使われるつもりですか?」

 

 

 ポーションの準備に時間はかかる、とそう伝えようとしたンフィーレアの間に、ペテルが割って入る。

 何が何だかわからず、疑問を抱くよりも早くダインがンフィーレアを抱えると、その身を荷台の後ろへ。

 

 その影でルクルットは矢を番え、ニニャが杖の先端を向ける。

 明らかに警戒している漆黒の剣であるが、男に動揺した様子は見られない。幽鬼のような男はこてん、と頭を傾けるだけで、腰の刀に手を伸ばす素振りも見せない。

 

 

「…………なぜ、(まなこ)を研ぐ?」

 

「…………貴方から、血の匂いがするからですよ」

 

 

 それも大量に、とペテルが告げればその警戒は最大値へ。いつでも攻撃可能であり、少しでも怪しい動きをすれば男の命は露と消えるだろう。

 

 ポーションは文字通り対象を回復させるための薬。その重要性は語るまでもない。万が一、ンフィーレアのその技術や、タレント能力に目をつけた輩かもしれないと漆黒の剣は睨んでいるのだ。

 

 何より、全身から放つその異様な気配が、歴戦の戦士たちの琴線を撫でる。護衛の依頼でなくとも、警戒は仕方がないだろう。

 

 

「…………血は、無道を斬った故」

 

 

 男は両の手のひらをペテルへと向けて、敵意がない事を示す。

 

 

「…………囚われた幼子(おさなご)のため、薬を欲する」

 

「………その子供はどこに?」

 

 

 ペテルの質問に、男はちらりと、ンフィーレアの自宅へと視線を向けるだけで何も答えない。

 やはり嘘か、と漆黒の剣が攻撃に移ろうとしたその時だった。

 

 

「へぇ〜、子供を助けるためだなんて、随分お人好しじゃん」

 

 

 ンフィーレアの自宅から聞こえた女の声。突然聞こえたそれに、漆黒の剣はびくりと動きを止める。

 ゆっくりと開いた扉から出てきたのは、金髪のボブカットの女。月下に輝く白い肌は死人のようで、歪んだ口元とは裏腹に、その猫のような眼は笑っていない。まるで、獲物の逃げ道を探している肉食獣のようだった。

 

 仲間がいたのかと、ニニャとダインがそちらを警戒。ペテルとルクルットが引き続き男を警戒する。

 

 

「誰だ⁉︎」

 

「別にアンタ達に用はないっての。用があるのはそこのンフィーレアくんだ〜け」

 

「ぼ、僕っ⁉︎」

 

「そ。ちょっとお姉さんについてきて欲しいんだよね〜。もちろん、拒否権はないんだけど」

 

「させると思うのであるか?」

 

 

 ダインが一歩前に出て、その巨体でンフィーレアを完全に隠す。チッ、と舌打ち一つ溢して女はーーークレマンティーヌは苛立ちを隠さず牙を向く。

 

 

「弱ェ奴が一丁前に強がってんじゃねぇよ」

 

「弱いかどうか、確かめてみますか?」

 

「ハンッ!この国で私に敵う奴なんざ、精々数人。ガゼフ・ストロノーフに、ブレイン・アングラウス、蒼の薔薇のガガーラン…………アンタらじゃ役不足ってこと」

 

 

 クレマンティーヌに言われずとも、それは漆黒の剣自身が重々承知していること。例え四人揃って、過去一の連携を見せたとしてもクレマンティーヌの髪を数本切れるくらいだろう。

 

 苦々しく思いながらも、誰一人として逃げようとはしない。歯を食いしばり、視線はクレマンティーヌと男から外さない。

 

 

「ンフィーレアさん、今のうちに逃げてください。できればモモンさんを呼んでくれると嬉しいです」

 

「えぇっ⁉︎」

 

 

 ダインの影に隠れて、小声でニニャがそう指示する。見捨てろと言うのか、と続けようとした言葉はニニャの手に塞がれた。

 言葉少なく、ゆるゆると力なく首を横に振る。それは死を覚悟した戦士の顔。力不足を嘆く後悔の仕草。

 

 それを見てしまえば何も言えず、はくはくと声にならない声を溢して、ンフィーレアは意を決する。

 

 

「お別れの挨拶は済んだかな〜?」

 

 

 そんな事などお見通し、とばかりにクレマンティーヌが声をかける。見抜かれていることにドキリ、と心臓が跳ねるがそれならそれで構わない。

 

 夜の帳が降りているとはいえ、全く人気のない大通り。人払いのような、そう言った類の魔法道具(マジックアイテム)なのだろう。

 

 

「ンフィーレアさん、行って‼︎」

 

「っ‼︎はいーーー」

 

 

 ニニャの声に押されて走り出そうとするンフィーレア。そして、口が裂けるのではないかと思うほど口角を上げるクレマンティーヌ。ぞくり、と皮膚が粟立つのを無視して漆黒の剣が臨戦体制を整えた。

 

 

「…………その意気や、よし」

 

 

 けれど、掠れた中にどこか喜色を孕んだそれは不思議と夜気の中をよく通った。

 一瞬、誰もが何を言われたのか理解できず、動きを止める。

 

 その沈黙を破ったのは、クレマンティーヌだった。

 

 

「はぁ?アンタ、さっきから静かだと思ったら何?緊張して狂っちゃった?」

 

「…………矮小なる者」

 

「…………あ゛?」

 

 

 初めの頃から変わらない、微動だにしない表情。けれど、眉尻が少し下がったそれはどこか嬉しそうで、懐かしそうで。

 そんな調子のままクレマンティーヌに向けられた言葉は、最も容易く彼女の逆鱗に触れる。

 

 

「いま、何つった?」

 

 クレマンティーヌの声が低くなる。その視線を向けられていないというのに、漆黒の剣とンフィーレアは思わず呼吸を止めた。

 英雄級の実力者が発する殺気により、空気が張り詰める。

 その中で男は、変わらぬ調子で言った。

 

 

「…………去るがよい。無道を広めなければ、目を瞑ろう」

 

「舐めてんじゃねぇ‼︎」

 

 

 刹那、クラウチングスタートの様な構えを取ったクレマンティーヌ。

 

 

「疾風走破、能力向上、能力超向上‼︎」

 

 

 複数の武技を発動し、瞬きの間に距離を詰める。手の中のスティレットには魔法が込められており、刺突と同時にその魔法を解放できる代物。

 込められているのは火球(ファイヤーボール)雷撃(ライトニング)のふたつ。切り札であるが、目の前の男にぶつけることに躊躇いはなかった。

 

 

(隙だらけだってのに、隙がない………?気味が悪い。さっさと殺して、ンフィーレアを回収。この苛立ちは後ろの屑どもにぶつけてやればいい)

 

 

 周囲の景色が横に流れる。

 大地も建物も、すべてが線となって後方へと。息を吐く暇もなく、クレマンティーヌは男に肉薄する。後はいつも通り身動きひとつしない男にスティレットを叩き込めばいいだけ。

 

 ただそれだけであり、何万回と繰り返してきたこと。けれど、クレマンティーヌの背筋を撫でる謎の悪寒。長らく忘れていたその悪寒の名はーーー

 

 

 

 

「…………忠告は、した」

 

「ッ⁉︎ 死ねっ‼︎」

 

 

 微動だにしない男と視線がぶつかる。今更になって本能がやばい、と警鐘をあげていた。けれど、もう進むことしかできないのだ。

 

  スティレットが突き出される。男は動かず、けれど、手の中に馴染んだ感触は返ってこない。

 

 ちらり、と視線を一瞬だけ落として、すぐにに目を見開く。何せ、手の中のスティレットは柄だけ残して両断されているのだから。

 ミスリルで作られ、オリハルコンでコーティングされた武器が自然に折れたとは考え難く、そして鋭利な断面がそれを否定する。

 

 クレマンティーヌは見ていない。

 男が刀を抜いた瞬間を。

 

 いや、そもそも、抜いたのかどうかすらわからない。

 

 

(いつの間に⁉︎獲物を抜いた素振りもないのに⁉︎ーーーまずっ‼︎)

 

「…………未熟」

 

 

 突然の事で思考が止まる。

 目の前の男から、目には見えない死の気配が溢れていた。

 

 クレマンティーヌの脳はこの状況を打開せんと、昔の記憶を掘り起こす。

 

 

 ――クソみたいな人生だった。

 

 何をやっても、何を成しても、兄を超えられない。

 

 優秀な兄。

 神童とまで呼ばれた男。

 

 父も母も、兄ばかりを見ていた。

 期待も、賞賛も、すべて兄のもの。

 

 自分はその横に立つ、ただの添え物だ。

 

 何をしても言われる言葉は同じだった。

 剣を振っても。

 魔法を学んでも。

 任務を成功させても。

 

――さすが、あの方の妹だ。

 

 違う。

 

 そうじゃない。

 

 それは私の力だ。

 

 何度、そう叫びたかったか分からない。

 

 だが、誰も聞いてはいなかった。

 

 誰もクレマンティーヌという人間を見ていない。

 

 見ているのは、ただ一つ。

 

 兄の影だ。

 

 法国のエリート部隊に所属しても、それは変わらなかった。

 

 むしろ酷くなった。

 

 最初に人を殺した時、吐いた。

 

 胃の中が空になるまで吐いた。

 

 手が震え、三日はまともに眠れなかった。

 

 だが教官は笑った。

 

 

「兄はもっと冷静だったぞ」

 

 

 その言葉を聞いた瞬間、吐き気が止まった。

 

 ああ、なるほど。

 

 結局それか。

 

 何をしても、何を感じても、比べられるのは兄だ。

 

 その時、ようやく理解した。

 

 この国では、私は永遠に"あの男の妹”でしかない。

 

 ふざけるな、と何度も思った。

 

 自分は兄の出涸らしなどではない。

 クインティアの片割れなどと呼ぶな。

 

 私は私だ。

 

 手に入れた実力は、決してお飾りなどではない。

 

 見返してやる、と幼い頃から決意していた。

 

 父を。

 母を。

 国を。

 

 そして何より――兄を。

 

 自身を軽く見た奴等の鼻を明かしてやると、そう決めて。

 

 だから法国を飛び出した。

 

 正義も、信仰も、くだらない。

 

 そんなものに縛られていたから、あの国は私を見なかった。

 

 ズーラーノーンは違った。

 

 あそこでは、誰も兄の名前を出さない。

 

 ただ一つだけ聞かれた。

 

 ――お前は、何人殺せる?

 

 だから答えた。

 

 笑って。

 

 いくらでも、と。

 

 気づいた時には、もう何も感じなくなっていた。

 

 人を殺しても。

 拷問しても。

 

 ただ、退屈だった。

 

 だから、遊ぶことにした。

 

 そうでもしないと、自分が空っぽだと気づいてしまうから。

 

 

(………今更、思い出してどうする)

 

 

 捨てたはずの過去を思い出して、こんな時でも過去は自身に絡みついていて、気がつけば頬を伝うものがあった。

 

 

「…………」

 

 

 刹那、クレマンティーヌを襲うのはその命を断つ斬撃ーーーではない。刀の峰打だった。

 

 不可視の一撃はそれだけでもかなりの破壊力。

 進行方向を前から真横へと強制的に変えられ、クレマンティーヌは地面を転がる。全身を強かに打ち、右腕が変な方向に曲がっているが、それでも確かに呼吸はしていた。

 

 

「…………(わっぱ)、薬をふたつ」

 

「へ?ーーーは、はい!」

 

 

 目の前で何が起こったのかわからず、唖然とする中ンフィーレアに投げかけられた言葉。

 灰色の瞳に睨まれて、思わず背筋が伸びるンフィーレアが慌てて自宅へと駆け込む。

 

 ドタンバタン、ガシャンと騒がしい音を立てて少し。入っていくときよりも少し怪我の増えたンフィーレアが男へとポーションを渡す。

 

 

「あ、あの、こちらです………」

 

「…………かたじけない」

 

 

 ポーションを受け取り、律儀に金銭を渡す。どこか浮世離れした雰囲気の男は空気を読むことを知らない。

 

 夢見心地のような、寝ぼけているようなンフィーレアと漆黒の剣からツッコむ声は上がらなかったのだが。

 

 購入したポーションの内ひとつは懐に。そして残るひとつは動く気配のないクレマンティーヌへと振りかけた。

 そこでようやく何をしているのか理解したンフィーレアと漆黒の剣。男の奇行を慌てて止めようとするが、既にポーションは空っぽである。

 

 

「ちょ⁉︎何してんだよ、アンタ⁉︎」

 

「助けてもらっておいてなんですけど、正気ですか⁉︎」

 

「ンフィーレアさん、離れておいてください‼︎」

 

「すぐに起きぬと思うであるが、念のためである‼︎」

 

「は、はい‼︎」

 

 

 蜂の巣を突いた様な、上へ下への大騒ぎ。それを気にすることなく、男は緩慢な動作で片手をあげて注目を集める。

 

 

「…………此奴もまた、無道の贄。斬るに値しない」

 

「あー、もう‼︎このおっさん、何言ってんのかわっかんねぇ‼︎」

 

「んん………うるっさいなぁ、もう………」

 

 

 ルクルットの心からの叫びが夜の闇に響き、同時にその声にクレマンティーヌの意識が覚醒する。

 

 予想以上の復活の速さにぎょっとする漆黒の剣。慌てて男の後ろに隠れる。

 覚醒早々に鼻腔を擽る、薬草の匂い。それだけで自身の身体を濡らしているものが何かを理解した。

 

 近くにいた男を気怠げに睨み、ため息をこぼす。

 

 

「はぁ………なに、アンタ。英雄気取り?」

 

「…………我、英雄に在らず」

 

「あっそ。だったら何で私なんか助けたの?」

 

「…………無道の贄故に。だがーーー」

 

 

 かちゃり、と男が腰の刀に手を伸ばす。鯉口が切られ、鞘から僅かに覗く刀身。月の光を反射するそれは、嫌でも全員の視線を集めた。

 

 

「…………罪を犯した事実は変わらぬ」

 

「…………あー、はいはい。だったらさっさと殺せば?貴重なポーションを使ってまで、ご苦労様」

 

 

 ひらひらと手を振って、何なら首元を晒して男を煽る。けれど、男が動くことはなく、そしてまたクレマンティーヌの首が突如として別れることも起こらない。

 

 いつまで待たせるのだ、と苛立ち混じりにクレマンティーヌが睨めば、男の瞳と視線が交差する。

 

 どこまでも変わらない、灰色の瞳。だが、不思議と呑まれそうになる、深淵のような眼だった。

 それを見つめてどれほど時が経ったのかわからない。けれど、夜の闇に染みる掠れた声がクレマンティーヌの耳を叩き、意識を引き戻す。

 

 

「…………無辜の者に刃を向ける時、その首を落とす」

 

 

 鞘に戻された刀の音。

 その静かな裁定に、誰も意を唱えられなかった。

 

 

「…………()け」

 

「はぁ………………はいはい。あーあ、ガジっちゃんには悪いけど、こんなヤバい奴がいるならさっさと逃げとくんだった」

 

「は?ちょ、アンタ。まさか他に仲間がーーー」

 

「んじゃ、ばいばーい。もう会わないことを祈ってるよ」

 

 

 ペテルの制止を聞かず、折れた右腕をぷらぷらと揺らしてクレマンティーヌは夜の闇へと消える。

 遅れて耳を撫でたのは、夜の街から微かに届く喧騒だった。漆黒の剣の胸中にあるのは安堵ではなく、不安。あれほどの実力者の仲間なのだ。もしかすればを考えて顔色が一気に青くなる。

 

 

「ルクルット、今すぐギルドに行って報告‼︎ニニャとダインはンフィーレアさんの護衛‼︎」

 

「あいよ‼︎」

 

「りょ、了解‼︎」

 

「ンフィーレア殿、こちらである」

 

「わ、わかりました」

 

「それと、貴方も。話を聞かせてもらいますよーーー聞いてます?」

 

 

 ペテルが振り返った先、男は夜の空を見上げている。目を閉じて、聴覚に神経を尖らせているのだろう。

 再びゆっくりと開いた瞳は、ペテルとは反対方向へと視線を向けた。

 

 

「…………非道の音」

 

「は?ちょっと、待っーーー」

 

 

 動き出そうとした男を止めようと、ペテルがその肩を掴もうと手を伸ばすが、それは虚空を切る。

 

 間違いなく掴める、という確信があっただけに驚愕を隠せない。一瞬だけ自身の手のひらへと意識が向き、そして再び男へと視線を向けた時にはその姿はどこにもない。

 

 

「何だったんだ………?」

 

 

 そのペテルの疑問に答えられる人間は、どこにもいないのであった。

 

 

◇◆◇◆

 

 

「遅い……遅すぎる………」

 

 

 地下墓地に響く声。カジットは苛立たしげに指を鳴らした。

 

 あの女は時間を守るタイプではない。

 だが、ここまで遅れるとは思えない。

 

 

「……何かあったか?」

 

 

 蒼の薔薇や、ブレイン。クレマンティーヌさえ届かぬ高みにいる存在が邪魔をしたのかと勘繰るが、いやいやと頭を振る。

 その所在は念入りに確認しているし、拠点にしている街から離れたという報告は上がっていない。

 

 裏切りの可能性を考えるが、その線は低い。別に信頼しているわけではなく、単にクレマンティーヌにメリットがないのだ。

 

 ガジットの計画に便乗して、法国から更に遠方へと逃げる。それがクレマンティーヌの目的。今この瞬間に逃げたとしても、王国を抜けることはできないだろう。

 

 カジットは舌打ちした。ンフィーレアのタレント能力を利用して叡者の額冠を使用する計画に狂いが生じる。だがーーー

 

 

「構わん」

 

 

 どうせこの街の人間は死ぬ。一万が九千になる程度の違いだ。

 

 ンフィーレアの存在は惜しいが、もう待てない。儀式の時刻は迫っている。

 

 

「ガジット様、報告します」

 

「どうした?」

 

 

 弟子の一人が急ぐように、ガジットの側に傅く。手の中で死の宝珠を転がしながら、ガジットはその弟子に視線を向けた。

 

 

「現在、墓地に一人の男が迷い込んでいます」

 

「その程度、貴様らで対処すればよかろう」

 

 

 迷い人一人の存在など、今更だ。

 何せガジットが行おうとしている儀式は死の螺旋。街をアンデッドの群れで覆い、次々と生まれるアンデッド達の溢れる負のエネルギーで自らを不死の存在へと押し上げるものだ。

 

 隠れ潜んでいた頃とは違い、儀式を始めようとする現在、そんな奴は殺してしまえばいい。けれど、弟子はゆるゆると頭を横に振った。

 

 

「私共の力ではどうにも………差し向けたアンデッドたちは瞬く間に殺されてしまいました」

 

「ふん、面汚しめ…………まぁ、よい。これより儀式を始める」

 

 

 ガジットの掲げた宝珠が怪しく光る。まるで神の威光でも見たかのように弟子達は平伏し、祈りを捧げた。

 

 

「さぁ、死の宝珠よ!この都市に死を撒き散らせ‼︎」

 

 

 ガジットの言葉に反応して、一際輝きを強める宝珠。これでようやく願いが叶うとばかりに、輝いた未来を信じて、ガジットもまた笑みを深めるのであった。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 アンデッドの群れが共同墓地で大量発生。エ・ランテルに住まう冒険者はこれを掃討せよ。

 

 そんなギルドの命令に従い、モモンはナーベを連れて現場へと駆けつける。

 

 この世界では弱いアンデッドを放置していれば、いずれ強いアンデッドが生まれる傾向があるらしく、墓地は城壁のように囲まれていた。

 門を開けばアンデッドが街に溢れると言われたが、ならばとモモンは門を飛び越えて中へと侵入。

 

 知名度を上げるための、英雄的行動。この被害を抑えた時の成果を皮算用して、そして目の前の現実に肩透かしを食らった。

 

 

(なんだ、これは………)

 

 

 確かにアンデッドが群れをなしているが、低級のスケルトンやゾンビばかり。それも十や二十程度の群れがほとんど。

 

 大量発生と聞いていたので、ついゲームのイベントのような、地平線を埋め尽くすばかりのモンスターとは行かずともそれに準ずる物だとばかり思っていたのだ。

 

 

「はぁ………ナーベ。上へと飛んで、発生源を調べろ」

 

「かしこまりました。飛行(フライ)

 

 

 生きる者を憎む性質なのか、ナーベとモモンに寄ってくる様子はなく、城壁の上からこちらを見る騎士達へのアピールのためにグレートソードを振るう。

 

 しかし、その内心はほぼ虚無作業に近い。適当に振って、スケルトンやゾンビを蹴散らすたびに歓声が上がるが、達成感のなさにため息さえ漏れる。

 

 

死の支配者の賢者(オーバーロード・ワイズマン)死の支配者の将軍(オーバーロード・ジェネラル)とは言わないけどさ………せめて、死者の大魔法使い(エルダーリッチ)くらいは出てくれよ)

 

 

 この世界はレベルが低いとは思っていたが、これは予想外すぎる。

 ゲームでは装飾の一部でしかなかったルーン武器など、目を引くものは多少あるがその程度。他プレイヤーの影さえ掴めない。

 

 

(亡剣だっけ?今のところ、そいつがプレイヤーとして濃厚だよな…………)

 

 

 漆黒の剣から聞いた、亡剣の噂。ギルドへと寄る際に、ナーベ経由でナザリックには報告してある。

 もしプレイヤーならば要警戒。現地の人間ならばそれで良い。流れ作業に身を任せ、思考に意識を費やす事少し、奥へ奥へと進むうちに雰囲気が変わる。

 

 

(………なんだ?)

 

 

 あからさまに何かが変わったわけではない。ただ何となく、漠然と何かが変わったという感覚。

 今まで味わったことのない、その不思議な感覚に困惑するモモンの耳に、ナーベの声が届く。

 

 

「モモン様」

 

「様はよせ。どこで誰が見ているかわからん」

 

「し、失礼しました!」

 

「それで、何かあったのか?」

 

「はっ。中央に霊廟があり、群れはそこから発生しているものかと。それに………」

 

「ん?どうかしたのか?」

 

 

 珍しく言い淀むナーベ。不思議に思ったモモンが投げ掛ければ、下僕にあるまじきと自らを叱咤するナーベ。

 

 自分に思考はいらない。ただ、至高の御方の手足となればよいのだと、そう言い聞かせる。

 

 

「いえ………奥の方にはここよりもマシな軍勢がいるのですが…………それを、ゴミムシが一人で相手をしておりました」

 

「…………は?」

 

 

 モモンの口から思わず間の抜けた声が漏れた。

 

「ゴミムシ、だと?」

 

「はい。人間の男です。装備は粗末。ですが――」

 

 

 ナーベが一瞬だけ言葉を探す。

 

 

「――異常です」

 

 

 モモンは兜の中で無い眉をひそめた。

 

 ナザリックではナーベの戦闘能力は低い方だろう。だが、この世界では圧倒的な強者。ギルド以外の存在を見下す傾向のある彼女が異常と評する人間など、普通は存在しない。

 

 

「案内しろ」

 

「はっ」

 

 

二人は霊廟へと向かう。

 

奥へ進むほどアンデッドの密度は濃くなる。

 

 スケルトンナイト。

 ゾンビソルジャー。

 さらには集合する死体の巨人(ネクロスウォーム・ジャイアント)まで混じっている。

 先程までとは明らかに違う環境。

 

 だがーーー

 

 

「…………死体だけか」

 

 

 その偽りの生命を終えた死体しかなく、倒されたアンデッドの残骸が、道を埋めていた。足の踏み場もなくなるほどのそれは、一歩踏み出すたびに骨を砕き、内臓を潰して足元を汚す。

 

 不愉快な道を歩き進めた先、男がいた。

 

 眼前には数百を超えるアンデッドの軍勢。けれど、男は臆した様子は見せず、ただ公園を歩くように、自然な足運びでその軍勢へと足を運んだ。

 

 

「お、おい‼︎」

 

 

 大望の餌が来たとばかりに、アンデッドが男に群がる。思わず声を上げたモモンであるが、次の瞬間目を疑った。

 

 何せ、一瞬のうちにアンデッドたちが両断されたのだから。

 

 明らかに剣で斬られた痕跡。けれど、男が腰の刀を抜いた様子は見えず、まるでそういったスキルであるかのように一定の間合いに入ったアンデッドが次々と斬られていく。

 

 スケルトンナイトの上半身が滑り落ちる。

 

 ゾンビの胴が、遅れて崩れる。

 

 内臓の卵(オーガン・エッグ)が頭から左右に切り開かれる。

 

 それらはすべて、男が触れる前に斬られていた。

 

 

「…………」

 

 

 モモンは立ち止まった。

 

 理解が追いつかない。現地の人間のレベルを考えれば、目の前の光景はありえないのだ。

 

 アンデッドの中には斬撃耐性や物理無効があるものもいるというのに、それにも関わらず結果は変わらず。

 

 

「……なんだ、あれは」

 

 

 まるで出来の悪い映画を見ているようで、思わず呟く。その瞬間、男が振り向いた。

 

 灰色の瞳と視線が交わる。

 一瞬、本当に一瞬だけ。そして男は、興味なさそうに視線を外した。

 

 

「…………未熟」

 

 

 そう呟いて、再びアンデッドへと歩き出した。

 

 アンデッドが倒れる。

 

 また一体。

 また一体。

 

 剣は振られているのだろう。だが、見えない。

 

 速すぎるのか、それとも何か別の理屈なのか。

 

 モモンは思わず笑いそうになった。

 

 数百のアンデッド。普通の街なら壊滅する戦力。個人で立ち向かう事など考えられない物量差だ。

 

それを前にして、この男は、灰色の瞳の男は凪いだ様子を崩さない。

 

 

「もしかして、こいつが…………」

 

 

 ーーー噂の亡剣なのか?

 

 

「…………そこの御人」

 

 

 男の声に、はっと我に帰るモモン。長年激流に揉まれた岩のような、あらゆる感情が削れた表情に似合った掠れた声。

 ともすれば聞き逃しそうになる声は、不思議と戦場でよく響く。

 

 

「…………()く、去れ。力無き者、生き残れぬ場ぞ」

 

「ーーーモモン様、あの糞虫を殺す許可を」

 

 

 敬愛するモモンを貶され、ナーベの怒りは一瞬にして臨界点を超える。

 第三位階まで抑えろと命じていたはずの魔法であるが、手元で発生するのは第七位階、連鎖する龍雷(チェイン・ドラゴン・ライトニング)

 

 もしこのままモモンが承認すれば、ナーベは一切の躊躇いなくその魔法を男へとぶつけるだろう。

 流石にまずいと、慌ててナーベと男の間に割って入る。

 

 

「やめろ…………私たちは冒険者だ。この事態を見過ごすわけにはいかない」

 

「…………蛮勇」

 

「モモン様、やはり殺しましょう」

 

「やめろ、と言っている」

 

 

聞く耳持たず、と男はモモンたちから視線を外し、減る様子のないアンデッドの軍勢へと再び目を向ける。

 

 けれど次の瞬間、初めて男が大きくその場を飛び退いた。一拍遅れて男がいた場所から、巨大な骨の手が生える。

 

 

「チッ、勘のいい………」

 

 

 霊廟が舌打ちと共に姿を現したガジット。同時に、男のいた場所の土が盛り上がり、骨の手の主が姿を現す。

 

 

「スケリトル・ドラゴンか………」

 

 

 第六位階以下の魔法が通じない、骨の龍。偽りの生命で動く龍はその空洞の中で赤く灯る瞳をモモンと男へと向けた。

 

 

「冒険者風情が、邪魔をするでない‼︎」

 

 

 ガジットが死の宝珠を掲げると、もう一度大地が盛り上がり、もう一体のスケリトル・ドラゴンが姿を現した。

 一体ならばミスリル級冒険者チームで討伐可能。だが、それが二体同時となればアダマンタイト級の冒険者でなければ不可能だろう。

 

 

「行け、スケリトル・ドラゴンよ‼︎そやつらを殺せ‼︎」

 

「はぁ…………任せた方がいいか?」

 

「…………疾く、去れ」

 

 

 黒幕っぽいやつが出てきたと思えば、やはりこの程度。ならば男の実力を見る試金石として扱う方がまだマシか。

 

 そう判断したモモンは一歩引くと、獲物を譲る。咆哮を上げたスケリトル・ドラゴン二体が男へと突進。骨の身故に見た目より軽いとは言え、それでもその重量はそのまま脅威に等しい。

 

 けれど、男は静かに目を閉じると、ここに来てようやく刀に手をかける。その刀身が拝めるか、とモモンが視線を向けるが、その刹那に男の姿が消えた。

 

 モモンの思考が止まるよりも早く、気がつけばスケルトン・ドラゴン二体の頭部が落ちていた。

 偽りの生命を終え、崩れ去る骨の身。その向こう、後方にいたガジットの目の前に男は既にいた。

 

 

(っ⁉︎瞬間移動⁉︎いや、魔法詠唱者には見えない………ならばーーー)

 

「なっ⁉︎なぁっ⁉︎」

 

「…………道に背く者」

 

 

 何が起きたか分からず、困惑と喪失、驚愕と落胆。様々な負の感情が入り混じった表情のまま、ガジットの首が落ちる。

 

 首と一緒に転がる死の宝珠。男はそれを一瞥すると、興味がないとばかりに視線を外す。

 

 

「…………理に、非ず」

 

 

(なんだ、あいつは………)

 

 

 兜の奥、モモンは幽鬼の如く佇む男に視線を固定する。

 襤褸のような外蓑に身を包み、騎士や戦士と言うよりは冒険者のような装備。それも、これといった特殊能力もないように見える。

 

 ならば刀が特別なのかと思考するが、今の状態ではそれを調べることはできない。

 プレイヤーにしてはあまりに見窄らしく、冒険者にしてはあまりに強すぎる。

 

 

(これは、何だ?)

 

 

 あまりにも不可解な存在に、モモンの警戒度は自然と上がる。

 

 

「………素晴らしい腕前だ。よければ名前を聞かせてもらえないだろうか?」

 

 

 まずは情報を、と友好的に近づくモモン。けれど、男はそちらを一瞥することなく、反対方向へと歩き出した。

 

 

「お、おい!」

 

「…………名に、価値など非ず」

 

「糞虫風情が、不敬が過ぎるわ。魔法最強化(マキシマイズマジック)連鎖する龍雷(チェイン・ドラゴン・ライトニング)‼︎」

 

 

 あまりにもな態度に我慢の限界が来たのだろう。モモンの制止を振り切って、ナーベの魔法が男へと迫る。

 

 眩い光を放つ雷龍は刹那の間に男を飲み込み、肉も骨も灰と化すだろう。けれど、その予想とは裏腹に、魔法が男に近づいた瞬間に()()()

 

 無効化でもなく、打ち消すでもない、初めて見る現象にナーベだけでなく、モモンからも驚愕の声が上がった。

 

 ちろり、と襲撃者であるナーベに男が視線を向けた。灰色の瞳から感情は読めないが、普通に考えれば殺人未遂。怒らない方がおかしい。

 そして、今の状態のモモンが目の前の男相手にナーベを守り切れるかも怪しいのだ。

 

 

「ま、待ってくれ‼︎仲間の非礼は詫びよう。だからーーー」

 

「…………幼子が待つ」

 

 

 興味なし、と視線を外し、男は今度こそ消えるようにしてその場を去る。

 

 

「モモン様!あの糞虫を追撃します!」

 

「よせ、放っておけ」

 

「ですが‼︎」

 

「あの程度で、私の威光が汚れることはない。それより、あの男の動向を探れ。必要ならば、ニグレドの助力も許可する」

 

「ーーー御心のままに」

 

 

 怒髪天を突くとばかりのナーベを落ち着かせ、ナザリックへと連絡させる。取り敢えずは意識を逸らしたことにホッと安堵。

 そして脳裏で考えるのは、あの男のことだ。

 

 

(この世界の人間とは比べ物にならない強者…………あれが亡剣の可能性はある。けど、御伽話の題材になるくらい昔ってことは、亡剣っていうのは世襲制の称号だったりするのか?実はプレイヤーの子孫とか………)

 

 

 様々な可能性を考えるが、全て推測の域を出ない。あとはナザリックからの報告を待つしかない。

 

 別に捕まえて何がしたいわけではない。ただ、自らに向けられる刃は少ない方がいい。元々ただの一般人でしかなかった己にのし掛かる心労を、少しでも少なくしたいだけの願望。

 

 けれど、モモンは知らない。

 

 ナーベの報告の内容を。

 

 至高の御方に唾を吐いた不敬者がいる、と連絡した事を。

 

 それにより、報告を受けた守護者の一人がその美麗な顔を歪ませ、髪を振り乱しながら怒り狂っていることを、知らないのであった。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。