亡びぬ火、名もなき剣   作:桜大好き野郎

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 ガンガン伸びるお気に入りと評価に感謝しながら、書かせていただいております。

 稚拙極まりないですが、温かく見守ってください。

 また、誤字脱字報告をしてくださる方々に、この場を借りてお礼申し上げます。



幕間:残された者たち

 

 

●歴史の裏●

 

 ガタンガタン、と街道を走る馬車が揺れる。

 幾つもの荷物を乗せた荷台に紛れて、少年は御者を務める父に問いかけた。

 

 

「ねぇ、まだ着かないの?」

 

「もう少しさ」

 

「それ、さっきも聞いたよ………」

 

 

 もう飽き飽きだ、とばかりに呟けば父とその隣の母は笑う。

 行商人として、それなりの不自由は感じつつも比較的にまともな生活をしている彼らの格好は身綺麗で、品の良さが目立つ。

 

 当然の如く、冒険者の護衛を雇っており、馬車の背後から陣形を組んで付いてきている。

 陽は傾き始めている。このまま進めば、日が落ちる頃には街が見えるはずだった。

 

 夜の街道というのは夜目の利くモンスターや山賊の格好の的であり、商人であれば誰だって遠慮したい時間帯。

 ひとまずそれに安堵を溢し、少年の父は冒険者へと声をかけた。

 

 

「護衛、頼みますよ。代金はしっかり払ってるんですからね」

 

「はいはーい…………ったく、一端の豪商気取りかよ………」

 

 

 四人チームの冒険者の柄は悪く、聞こえるか聞こえないか程度の声量でぶつくさ文句を言っているが、背に腹は変えられない。

 

 何せ、今回は急な移動だ。

 王都リ・エスティーゼの不審な金の動きは商人からすれば怪しく、裏に何かあると疑うには十分。王都の裏で蔓延る八本指の仕業だろうと当たりをつける。

 

 品揃え次第では上手く立ち回って稼ぐことは出来ただろう。けれど、自分たちが売るのは針や布など、生活用品のみ。どこでも売れる反面、競争相手は多い。

 

 巻き込まれる前に、と家族を引き連れての強行軍。目指すのは冒険者の多いエ・ランテル。装備の修繕等で針や布は入り用になるし、治安もそこまで悪くない。

 稼ぎは減るかもしれないが、命あっての物種である。強行軍について来れる馬持ちの冒険者を選んだが、そこだけが懸念点。

 

 

「おーい、旦那」

 

 

 街道の分岐に差し掛かった頃、背後にいた冒険者の一人が馬車の横に並ぶ。

 

 

「この先、右に進んだ方が近道ですぜ」

 

「しかし、エ・ランテルはこちらの道だろう?」

 

「そりゃ情報が古い。新しく道が開かれたんでさ。こっちなら陽が沈むよりも早く着きますぜ」

 

 

 冒険者の言葉に、父は胡乱な目つきを隠さない。そんな話は聞いたことがないし、この先は森林を突っ切る必要がある。

 万が一のことを考えるが、それを聞いた少年は目を輝かせる。この退屈な馬車旅に終わりが見えたからだ。

 

 

「ほんと⁉︎父様、早く行こう‼︎」

 

「こ、こら、お前は黙ってなさい」

 

「ほら、後ろで遊んでなさい。父様と母様は大事なお話をしてるのだから」

 

「ぼっちゃんの言う通り。ほら、行きますぜ。不安なら、オレらが先行すりゃいい」

 

 

 それでどうですかい?と精一杯の笑みを浮かべる冒険者。けれど、その目は笑っていない。傾いた陽の光が影となって、父からはそれが見えず、熟考のあと重いため息を吐いた。

 

 

「わかった。しかし、君たち全員が先行すること。それが条件だ」

 

「ぃよっし!オメェら、前行くぞ。旦那はオレ達の後をついてきてくだせぇ」

 

 

 嫌に素直に、従順な姿勢を見せる冒険者。その背中を睨みながら、父は訝しむ。

 

 だが、ここまで来て引き返す選択肢はない。もし罠だとしても、先に死ぬのは冒険者たちだ。

 

 

「あなた………」

 

「大丈夫だ。いざとなれば、お前達だけでも逃すさ」

 

 

 不安を浮かべる母を安心させるように笑みを浮かべて、父は冒険者の後ろをついていく。

 

 少しすれば予想通り、森林が見えてきた。無意識のうちに固唾を飲み込み、頭の中でシミュレーション。いつでも馬に乗せて家族を逃がせるように、縄を切る準備をしておく。

 

 

「………それで、到着はまだなのかな?」

 

「………まぁ、この辺りでいいだろ」

 

 

 先行する冒険者が口笛を吹く。やはり罠だったかと、懐のナイフで馬を繋ぐ縄を切ろうとするが、それよりも早く横から飛んだクロスボウが馬を殺す。

 

 森の中、樹々に紛れて出てくるのは10人ほどの山賊。下卑た笑みを浮かべ、手の中の鋼をちらつかせていた。

 

 

「んじゃあ、旦那。有り金と女と子供、そんで荷物。ぜーんぶ置いていってもらおうか?そしたらアンタの命だけは見逃してやる」

 

 

 へらへらと薄ら笑いを浮かべて、冒険者が振り返る。自分が圧倒的に有利であり、弱者を甚振る嘲笑。

 

 

「逃げなさい‼︎」

 

「あなた‼︎」

 

 

 馬車から飛び降りると、懐のナイフを取り出して冒険者の元へと走り出す。

 母の悲鳴のような叫びを置き去りに、雄叫びをあげてせめて一矢報いるという父の反撃は、けれどつまらないとばかりに嘆息した冒険者が止める。

 

 

「はぁ………生かして返してやるってのによぉ。オレの優しさを踏み躙ってんじゃねぇぞ‼︎」

 

 

 背中のメイスを振り翳し、豪快なスイングで父の上半身を叩く。ごろごろと転がる父はそれだけで満身創痍。攻撃を受けた右側は酷いもので、目玉が飛び出していた。

 

 ぼたぼたと口から大量の血を溢し、喃語に似た呻き声を上げながらガタガタと痙攣していた。

 

 

「生かして返しても、どうせ道中でモンスターに襲われるじゃないっすか」

 

「知るかよ。そこは巡り合わせってやつだろ」

 

 

 ゲラゲラと、父の必死の抵抗など歯牙にもかけず、それを嘲笑う冒険者。恐怖に震え、荷台からこっそりと覗く少年と父の視線が結ばれる。

 

 安心しろと言わんばかりに、ボロボロのまま穏やかに笑い、そして立ち上がる父。

 

 

ひへろ(逃げろ)‼︎」

 

 

 さっきの一撃で顎が砕けたのだろう。空気の抜けるような音が父の口から漏れる。それが逃走を促すものであったとわかったのは母だけであった。

 

 

「っ‼︎行きますよ‼︎」

 

「母様‼︎でも、父様が‼︎」

 

 

 母が少年の手を引いて、来た道を戻りながら走る。父の雄叫びが森林の中で響く。

 だがそれはすぐに、肉の潰れる音と共に消えた。

 

 その音に母の身体が一瞬強張るが、手の中の温もりが止まりそうになる足に力を入れてくれる。

 

 けれどーーー

 

 

「ぎっ⁉︎」

 

 

 絞められる直前の鶏のような、いっそ間の抜けた声を上げて母がそのまま倒れる。

 

 

「母、様………?」

 

 

 一緒になって倒れた少年。脳裏に最悪の予想が掠めるが、必死になってそれを追い出す。きっと脚がもつれただけだ、ただ転んだだけだと言い聞かせて母へと視線を向けた。

 

 そしてーーー絶句

 

 母の後頭部に刺さった矢。先端は完全に頭部に突き刺さり、驚くほど血は出ていない。けれど、ゆすっても叩いても、母が目覚めることはなく、沈黙したまま。

 

 

「母、様………」

 

 

 泣き叫ぶでもなく、慌てふためくでもなく、少年は目の前の光景を受け入れないでいた。

 

 ついさっきまで、父と母は生きていた。それなのに今は、二人ともいない。

 

 こんなものは夢だ。悪い悪夢だ。早く覚めろ。起きたらきっと、父と母がいて、今頃街に着いている頃合いだ。

 

 けれど、そんな少年の願望を嘲笑うかのように、遠くで山賊たちの声が聞こえる。

 

 

「こんの、バカ‼︎女を殺すなんて、何考えてんだ‼︎」

 

「お、おらぁ脚を狙ったんだ………で、でもよぅ、まだあったけぇかもしれねぇだ」

 

「ンな趣味の悪ィことするか‼︎このトンマ‼︎」

 

「チッ、久方ぶりの女だってのによ…………ガキに真似事させるか?」

 

「やめとけ。商品の価値が下がる」

 

 

 最早邪魔者はいないと、少年に聞こえるのも構わず世間話。苛立つものはなく、悲しむ涙も出て来ない。ただ、頭の中は恐怖でいっぱいで、震えることしか身体と脳が追いつかないのだ。

 

 

「オイ、さっさとガキをふん縛れ。逃げられたら面倒だ」

 

「はいはい。ったく、テメェらも落ちぶれたもんだよな。冒険者様が、オレたちみてぇな山賊と連むなんざ」

 

「ハッ!誰が安い金で命懸けるかよ。賢く生きなきゃこの世は渡れねぇのさ」

 

「さ、坊主。大人しく捕まっときな。運がよけりゃ長生きできるさ」

 

 

 山賊の一人が少年へと近づき、その腕を取って立ちあがらせようとする。そして、次の瞬間、一陣の風が緩く流れた。

 

 誰も気にしない、頬を撫でる程度の微風。

 だが、気がつけば少年は山賊の腕から離れ、知らぬ男が腕に抱いている。

 

 

「チッ、誰だテメェ‼︎」

 

 

 まるで降って湧いたような、知らぬ間にそこにいた男。山賊の一人が声を上げるが、男は振り返る事なく背を向けて歩みを進める。

 

 

「オイ、聞いてーーー」

 

「…………死者は、黙するのみ」

 

 

 ただ一言、掠れた声が耳に届く。それの意味がわからず、聞き返そうとして声が出ないことに気がついた。

 次いで、するりと横へとズレる世界。男に一番近い、先頭にいた男はわけがわからず。その最後方、馬上にいた冒険者たちは全てを認識していた。

 

 

(は?いつの間に、斬られーーー)

 

 

 キンッと男の刀が納刀した音に合わせて、その場にいた山賊と冒険者、合わせて十四の首が落ちた。

 どさり、と音を立てて地面に落ちる。

 次の瞬間、首を失った胴から血が吹き出す。

 

 十分な距離を取った男と少年に、その血飛沫一滴届かない。感情が追いつかず、理解もできない少年は徐に顔を上げた。

 

 感情を削ったような、罪悪感も達成感も感じていない無表情。ただ少し、ほんの少しだけ、目尻が下がっているように見えるのは、少年の見間違いだろうか。

 

 それが後悔なのか、ただの錯覚なのか、理解はできない。

 

 ただ、少年は気がつけばエ・ランテルの街にいて、気がつけばポーションと幾つかの金貨が入った袋を握らされていた。

 

 

「…………行け」

 

 

 朝日が山の間から顔を出し、街が俄かに騒がしくなり始める頃。

 男は何の説明もなく、ひとつの建物を指差す。それが法国の教会が併設された孤児院だと言うことは、少年には理解できない。ただ、頭の中にあるのは父と母のこと。

 

 

「父様………母様…………」

 

「…………死者を尊ぶ事、責めること能わず」

 

 

 男の口調は幼い少年に理解は難しく、まるで別言語のようにも聞こえる。だが何となく、励ましているのだろうとニュアンスは感じていた。

 

 男の手が少年の頭に置かれ、優しく撫でられる。その手つきが父のものに似ていて、次第に瞳に涙が溜まる。

 

 

「…………されど、汝、死者にあらず。生者、進む道しかあらず」

 

「ぅ………ぁあああああ‼︎‼︎」

 

 

 明け方の街に響く、少年の泣き声。父と母の死を受け入れた声だ。

 

 何事だ、と慌てて修道女が飛び出す頃には男の姿はない。

 ただその少し冷えた温もりは、少年の頭にしっかりと残っていた。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

●酒場の噂●

 

 

「なぁ、こんな噂知ってるか?」

 

 

 アンデット大量発生事件から数日、冒険者御用達の酒場にて。

 陽も暮れてすっかりと夜の帳が落ちた頃。

 

 ガチャガチャと喧騒が満ちる酒場。

 動き合わせて鎧が掠れ、装備が鳴る。

 音の洪水の中で、薄められた安酒を飲み交わしながら誰かが言った。

 

 

「ちょっと前に、ミスリルに上がったモモンさんとナーベさんの話なんだけどよ」

 

「またその話か?グレートソードを振り回してアンデットの群れを討伐したなんて、この街じゃ誰だって知ってるぞ」

 

「それとも、あの美人とお近づきに慣れる方法か?やめとけやめとけ。面はいいが、ありゃ男を尻に敷くタイプだ。ま、テメェがそれで喜ぶからいいかもしれないけどよ」

 

 

 同じ卓を囲む仲間が面倒だとばかりにため息を。何せ、ここ数日はその手の噂で持ちきりなのだ。

 

 曰く、鎧袖一触でアンデット全てを滅ぼした

 

 曰く、スケリトル・ドラゴン二体を一撃で仕留めた

 

 曰く、彼が歩いた後には死体しか残らない

 

 曰く、曰く曰く曰く曰く曰く曰く…………………誰も彼もが好き勝手に騒ぎすぎて、尾鰭が付きすぎた噂話。流石に食傷気味である。

 

 

「違ぇって!もっと別の、ヤベェ話だよ!」

 

 

 木杯をテーブルに叩きつけて、注目を集める。乱暴なその仕草に店員から白い目で見られるが、気にした様子はない。

 にやにやと、とっておきの秘密を暴露するかのような笑みを浮かべて、男は噂を口にする。

 

 

「いいか?実はな、近くの街道で首切り死体が出たんだってよ」

 

「…………はぁ?それがどうした?たまにあるだろ、その程度」

 

「そいつが十四人同時だったって言ってもか?」

 

 

 その言葉に、仲間たちは顔を顰める。明らかに胡散臭い、空想のような話。信じられないのはわかる、とばかりに反論をとりあえずは横に。男は話を続けた。

 

 

「いやな?その死体、どれも他に外傷ないらしくてな。切り口の綺麗な事綺麗な事。これはきっと、噂の亡剣の仕業だ!って話よ」

 

 

 男の話を聞き終えた仲間二人の反応は嘆息。途中までは面白かったが、最後の一言が余計である。

 

 

「…………バッカらしい。御伽話の存在だろ」

 

「第一、死体がそう残ってるわけねぇ。ホラ話に踊らされすぎだ」

 

「本当だって!この間孤児院にガキがひとり置き去りにされてたらしいんだけどよ、そのガキが商人の息子だって言うじゃねぇか。聞いたら護衛に裏切られて、両親は山賊の餌食。その確認の依頼をブリタの奴がやったってよ」

 

「ブリタ?………あぁ、あの鳥の巣頭の」

 

「ちょうどいい。ブリタのやつが飲みに来てるーーーおーい、ちょっと来いよ!」

 

 

 酒場の暗黙の了解と言うべきか、入り口に近いほどランクが低い傾向にあり、男たちは銀級。それよりも入り口に近い場所にいる赤毛の女性に声をかけた。

 

 

「何よ?言っとくけど、金は貸さないわよ」

 

「これでもお前より稼いでるんでね。それより、事件現場に行ったんだって?」

 

「ああ、それね。ひっどいもんだったわよ。死体に群がるモンスターの掃討、その後ぐちゃぐちゃになった死体の整理…………あーもう!思い出すだけで気持ち悪い」

 

 

 当時の光景を思い出したのか、ブリタが両腕を抱いて身震いする。ゴブリンや獣が死体に群がり、同じ依頼を受けた冒険者と協力してそれを追い払ったはいいものの、残されたのはぐちゃぐちゃにされた死体のみ。

 数の確認のために、それらを触って揃えて整理して………その感覚は未だに手の中に残っている。

 

 

「はぁ?こいつから聞いた話と違うぞ?外傷は首の斬り傷だけって話じゃねぇのか?」

 

「確かに、全部首は斬られてたけど、あんだけぐちゃぐちゃだと、そんなの分かるはずないでしょ」

 

 

 話の裏は取れたとばかりに、仲間二人が男に白い目を向ける。オレは噂を聞いただけだ、と両手をあげて降参を示す男。

 それを尻目に、何か思い出したのか「あっ」とブリタが声を上げる。

 

 

「でも、街道からちょっと外れたとこに、墓があったわ」

 

「墓ぁ?誰か埋めたのか?」

 

「埋まってたのよ。持ち物からその子供の両親だってことは判明したわ」

 

「へぇ?なら、誰かがその少年を助けたってわけだ。何か聞いてないのか?」

 

「教えてもいいけど、一杯奢りなさいよ」

 

 

 抜け目のない、と嘆息を。そして二人が男に視線を浴びせれば、観念したように頭を縦に振る。懐から銅貨数枚を取り出すと、ブリタに渡す。

 

 

「わかったわかった。これで買ってこいよーーーそれで、何て言ってたんだ?」

 

「へへん、毎度。それが不思議なもんでね、同じ事しか言わないらしいのよ」

 

 

 受け取った銅貨を素早く財布に入れながら、ブリタは話を続ける。

 

 

「何でも、灰色の瞳の剣士が助けてくれたんだって」

 

「灰色の瞳…………?」

 

 

 誰かが小さく呟く。だが、その場の誰もがそれ以上は追及しなかった。

 

 所詮は噂話。

 噂が真実かどうかを確かめる者はいない。

 この街では、噂が消える前に次の噂が生まれていた。

 

 

◇◆◇◆

 

 

●剣客と逃亡者●

 

 

 王国領土内に点在する森のひとつ。朝日すら満足に差し込まない深い森の中を、クレマンティーヌは歩いていた。

 

 街道から外れたそこは、人間の生存圏から外れた場所。

 言い換えれば、モンスターの巣窟でもある。

 

 レンジャーの技術を持つ者でもなければ、敵を察知するのは難しい。だがクレマンティーヌは、あえてその道を進んでいた。

 

 理由はひとつ――逃げるためだ。

 

 舌打ちを飲み込みながら、草をかき分けて進む。普段からは考えられないほど足取りは慎重で、時折背後や周囲を気にしては止まる。

 

 疾風走破の異名が泣くような、いっそ無様とも言える進行速度。けれど、治ったとはいえ、折られた右腕は未だ痛むし、無闇矢鱈に進んでも事態が好転することはないとクレマンティーヌは理解していた。

 

 

(チッ、何で私がこんな目に………)

 

 

 脳裏に呼び起こされるのは、灰色の瞳の剣士の姿。幽鬼のような立ち姿でいながら、その実力は自身では測れない。

 

 

(もしかして、ぷれいやー?)

 

 

 法国に伝わる、百年周期に訪れる存在。六大神のように人を庇護する存在もいれば、八欲王のように世界を震撼させる悪行を織りなす存在でもあるぷれいやー。

 

 あの男もその類か、と疑うがすぐに頭を横に振る。

 ぷれいやーはその身を特別な装備で身を固め、頂上の力を振るうらしい。反面男は強さはそうだが、しかし身につけているものに特別な力は感じなかった。

 

 ならば、法国が認知していないぷれいやーの子孫、神人だろう。漆黒聖典、その番外次席の存在を同じ存在だと思えば一先ずの納得はいく。

 

 

(とにかく、ここを抜けて、王国の外に………そしてーーー)

 

 

 そして、己は何がしたいのだろうか。

 

 ガジットを見捨てたことはズーラーノーンに既に知られているだろうし、法国に戻ることは不可能。王国と帝国に隠れ潜んでも、追跡の手はそのうち届いてしまう。

 

 商人や冒険者を襲ってその場を過ごそうにも、主武装であるスティレットは両断され、残るは副武装であるモーニングスター。

 

 例えスティレットが無事であっても、道を踏み外したが最後、あの男が首を刈りに来る姿は容易に想像できてしまう。

 

 

「…………はぁ〜あ、疲れちゃったなぁ」

 

 

 結局のところ、行く末は死しか待ち受けていない。

 諦めるように隠れていた薮から身を乗り出し、身体を伸ばす。途端に遠くから聞こえる、キィーキィーと猿にも似た声。恐らくゴブリンだろう、と当たりをつける。

 

 人よりも小さな体躯であるが、その残虐性は引けを取らない。集団で行動し、時には小さな村を襲うモンスター。

 

 樹々の乱立する場所では自慢のスピードは活かせず、ゴブリンは己を殺すだろう。

 

 それでいい、とは思わない。だが、疲れてしまったのだ。

 

 逃走に、思考に、何より生きることに。

 

 

「…………ま、らしいっちゃらしいか」

 

 

 散々人を殺してきた自分にはお似合いの末路。自虐的に笑い、森の奥から聞こえる、歓喜のような声に振り向く。

 十数匹のゴブリンの群れ。これならば痛みに悶える前に殺してくれそうである。

 

 安堵と、そして後悔。

 結局、兄を超えることはできなかったと言う、小さな後悔だ。

 

 腕を広げて、終わりを迎え入れようとするクレマンティーヌ。けれど、その傍をひとつの影が通り過ぎる。

 

 

「シィイイイイ‼︎」

 

 

 わずかな陽射しが捉えた、森の中での数度の煌めき。風を切り、枝木を切った斬撃。

 ゴブリンの群れは一瞬動きを止め、そしてそよ風が吹いてずるりと身体がズレる。

 

 取りこぼした三匹ほどが慌てて逃げ出し、森の奥に消える。残されたクレマンティーヌはぽかんと、そして突如として現れた人物は悔しそうに頭を掻いた。

 

 

「クソッ、また全部いけなかったか…………あ?誰だ?」

 

「ブレイン………アングラウス…………」

 

 

 クレマンティーヌが敵わないと認めた人間の内の一人。ガゼフ・ストロノーフに匹敵する男、ブレイン・アングラウスが目の前にいた。

 

 なぜこんな森の奥にいるのか。

 なぜゴブリンを斬って回っているのか。

 なぜこんなタイミングよく現れるのか。

 

 複数のなぜがクレマンティーヌの頭の中に駆け巡るが、結局のところ答えは出ない。両手をひらひらと上げて敵意が無いことを示す。

 

 

「はぁ〜あ、ホント最悪。武器は斬られるわ、こわ〜い奴に目をつけられるわ、挙げ句の果てにブレイン・アングラウス?疫病神かっての、あいつ」

 

「一人で盛り上がってるトコ悪ィが、こんなとこで何してんだ、嬢ちゃん?自殺志望者か?」

 

「そんなとこ〜。なに?説教でもしたいの?」

 

「いや………ただ、勿体ねぇ話だってだけだ」

 

 

 ブレインから見て、クレマンティーヌは一般的に英雄と謳われる領域に足を踏み入れている。

 

 もう少し鍛えればブレインと同じとはいかずとも、足元に届く実力は得られるだろう。それを放棄するなんて勿体無いと、つい思ってしまうのだ。

 

 それに対して、クレマンティーヌは鼻で笑う。鍛えれば追いつけると、夢見る少年を嘲笑うかのように。

 

 

「ハッ!無理無理、世の中には絶対届かない領域ってェのがあるの。知ってる?灰色の瞳の剣士。アレと比べたら、私やアンタなんて道端の小石だよ」

 

「ーーー今、なんて言った?」

 

 

 ぴくり、と反応するブレイン。器量が狭いと内心で嘲笑い、この調子ならその刀が自身の首を刎ねるのも時間の問題だろうと想定する。

 

 

「だ〜か〜ら〜、道端の小石だってーーー」

 

「違ェ。灰色の瞳の剣士って、そう言ったな?」

 

 

 まさか面識があるのかと、相手を煽るような仕草を止めて、ようやくブレインへと視線を向ける。

 キラキラと、それこそ少年のような、英雄譚に憧れる子供のようなそれに、思わず面食らう。

 

 

「そいつ、獲物は刀か?黒髪で、やつれたっつーか、削れたっつーか、そんな感じの顔だったりするか?」

 

 

(あー、なるほどね)

 

 

 矢継ぎ早に聞かれる質問に確信と納得を。

 

 

(こいつ、あの化物に憧れてるのか………)

 

 

 まぁ、クレマンティーヌからしてもわからなくもない。その剣技に惹かれるものがないと言えば嘘になるし、出会い方が違えば憧れを抱いていたかもしれないだろう。

 

 勿論、敵対しなかったかもしれないの話ではあるのだが。

 

 

(これは………使えるか?)

 

 

 にやり、と内心でほくそ笑み、くにゃりと身体を曲げて柔な表情を浮かべる。効くとは思わないが、女を出して損はない。

 

 

「襤褸を着てたなら、私とおんなじ相手だよ。それでさぁ、相談があるんだよね〜」

 

「あ?相談?」

 

 

 黄金姫と謳われるラナー王女や、聖王国のカルカほどではないと自認はしているが、ブレインが惹かれた様子はない。

 面白くない、と胸中で舌打ちを。僅かに警戒するブレインの緊張をほぐすように、笑みは崩さない。

 

 

「そいつの情報教えてあげる代わりにさぁ、私のこと匿って欲しいんだよねぇ〜」

 

 

 ついさっきまで死ぬつもりであったが、生き残れるチャンスがあるのならそれを掴む。ここにきてまだ死にたくないと、そう叫ぶ心がクレマンティーヌにまだあった。

 

 

「情報?碌なモンじゃねぇだろうな?」

 

「う〜ん、それじゃあこれは?」

 

 

 訝しむブレインの前に出したのは、両断されたスティレット。突然の事で、なんだ?と疑問を浮かべるブレインを嘲笑うかのように、クレマンティーヌは告げた。

 

 

「これ、ミスリルで作って、アダマンタイトでコーティングしてるんだよねぇ〜。それが真っ二つ、しかも剣筋なんて見えやしない」

 

「マジか⁉︎」

 

 

 この世で高硬度を誇るアダマンタイト。コーティングとは言え、それを両断したとなればまず間違いないだろう。

 もっと断面を見たい、と腕を伸ばそうとしたブレインだが、クレマンティーヌはそれを身体の背後に隠して悪戯に笑う。

 

 

「はい、ざんね〜ん。ここからは有料で〜す」

 

「チッ、そう言うことか…………」

 

 

 情報を小出しにして長く居座るつもりだと、クレマンティーヌの思惑に当たりをつける。

 

 正直、この場でクレマンティーヌを捕まえて情報を洗いざらい吐かせることもできるだろう。

 しかし、それで得た情報は正しいとは思えず、ならば相手の意図を汲んだ方がまだ確かな情報が出るかもしれない。

 

 メリットとデメリット、その両方を秤に乗せてブレインは悩む。そして、頭の中で秤が傾くと、渋々とそちらを選んだ。

 

 

「チッ、わかった。ただし、噂話レベルだったら叩き出すからな」

 

「い〜よ〜。それじゃあ交渉成立!あ、言っとくけど、馬小屋とかなしだからね。ちゃんとした部屋が条件だから」

 

「わかったわかった。王都で安宿確保してっから、そこでいいだろ?」

 

「なになに〜?部屋に連れ込んでナニするつもり〜?やらしい〜」

 

「こンの………っ‼︎」

 

 

いっそ、殴って情報を吐き出させてやるのが頭を過ぎるが、頭を振って冷静を心がける。今はまだその時ではない、と必死に言い聞かせていれば耳が捉える風切り音。

 

 反射的に刀を振るえば、空中で斬られる幾つかの矢。次いで聞こえるゴブリンの声。どうやら先ほど見逃した個体が仲間を引き連れて来たらしい。

 

 憂さ晴らしにちょうどいい、と獰猛に笑うと刀の鯉口を切る。

 

 

「手ェだすなよ?」

 

「わかってるって。そっちこそ、大事な情報源を潰さないようにしないとね〜」

 

「…………やっぱ早計だったか?」

 

 

 判断を誤ったかもしれないと後悔をひとつ溢す。けれど、すぐに意識は目の前のモンスターたちへ。

 

 憧れに追いつくために。

 灰色の瞳の剣士と、同じ高みに至るために。

 

 ブレイン・アングラウスは、再び刀を振るうのであった。

 

 

 

 

 

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