亡びぬ火、名もなき剣   作:桜大好き野郎

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 今回、捏造と独自解釈が酷いかもしれません

 2026.3/16 二次創作日間ランキング14位入りを確認
 皆様のおかげです。誠にありがとうございます


英雄の影、強者の誓い

 

 

 ナザリック地下大墳墓

 

 かつてゲームのデータにすぎなかったギルドが何の因果か実態を持ち、中にいたNPCたちも意思を持って動き出した、異形種のみの存在が許された別世界。

 

 十の階層からなるナザリック、その第六階層。

 青々と茂る森林の中に、ぽつりと佇む円形のコロッセオが佇んでいる。地下だというのに天には星々が煌めく世界で、ナザリックを代表する守護者たちが、そこに集っていた。

 

 

「報告をお願い」

 

 

 守護者統括であるアルベドが指揮を取る。同席する守護者たちへ視線を巡らせた。

 

 

「斥候に向けた影の悪魔(シャドウ・デーモン)三体、消されました」

 

 

 口火を切ったのは仕立てのいい服に身を包んだ嫌に丁寧な口調の悪魔、第七階層守護者、デミウルゴス。

 

 

「抵抗すら、報告できずにです」

 

「魔獣たちもおんなじだよ。ぜ〜んぶ斬られてた」

 

「エ、八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)も、全滅みたいです………」

 

 

 

 続いて答えるのは第六階層守護者、双子のダークエルフ、アウラとマーレ。

 それぞれの回答に「そう………」と静かに返した。

 

 

「つまり、アインズ様に唾を吐いた痴れ者の正体はわからない、ってことでありんす?」

 

「ソノヨウダナ」

 

 

 第一〜第三階層守護者、ゴスロリ服に身を包んだ真祖の吸血鬼、シャルティアが首を傾げ、ライトブルーの甲殻を持つ蟲人、第五階層守護者コキュートスが頷く。

 

 それぞれが得意分野ではナザリック最強であり、この世界にて比類なき強者。守護者がほとんど勢揃いした光景は圧巻であり、同時に弱い人間ならばその場の空気だけで死に至るほど、濃密な重圧が場を支配していた。

 

 理由はもちろん、ナザリックに最後まで残ってくださった至高の御方。

 モモンガーーーアインズ・ウール・ゴウンを未熟と嘲り、侮辱した愚者が現れたからだ。

 

 シャルティアの言葉にゆるゆると首を振ったアルベドは、その内心の苛立ちを表に出さないように努めながら反論する。

 

 

「いいえ。これだけでも相手がかなりの実力者、と言うことはわかるわ」

 

「そうですね。影の悪魔や八肢刀の暗殺蟲、そのどちらもが不可視化できる存在です。それを看破できるスキル、あるいは装備を持っていると予想はできます」

 

 

 ナザリックが誇る知恵者二人の頭脳は他の守護者達の及ぶところではなく、素直に賞賛を。けれど、やはり疑問というのは浮かぶもので、遠慮のない質問が二人に飛んだ。

 

 

「ん?でもその程度なの?それなら今すぐにでも殺しに行った方がいいんじゃない?」

 

「そうしたいのは山々よ。けれど、アインズ様からの御命令は情報収集のみ。これがなぜだかわかるかしら?」

 

 

 アルベドが出した問題に、答えるものはいない。けれど、すぐに答えを貰うのはなんだか悔しいと、シャルティアが手を上げた。

 

 

「わかったでありんす!アインズ様はきっと、そいつをペットにするつもりでありんす!」

 

「はぁ?シャルティア………アンタさぁ、少しは考えてものをーーー」

 

「当たらずも遠からず、と言ったところだね」

 

「ウソォ⁉︎」

 

 

 呆れてツッコミを入れるアウラであるが、デミウルゴスの言に目を見開いて驚いた。ダメ元で発言したシャルティアも例外なく、声を揃えていたのだが。

 

 それはさておいて、デミウルゴスはちらりと、その宝石でできた瞳をコキュートスへと向ける。

 

 

「時にコキュートス。君は我々が見えない速度で抜剣できるかな?」

 

「私ニハ居合ノスキルハナイ。ダガ、不可能ダ。レベル差ガナケレバ、視認ハ容易イ」

 

「もし出来る存在がいたとしたら?」

 

「ーーーソレハ、私ヨリモ優レタ戦士ダロウ」

 

 

 冷気を含んだ息を零しながら答えたコキュートス。その答えに眉を顰めたのはアウラとマーレ。

 

 

「コキュートスより強い?ありえないでしょ、そんなの」

 

「そ、それに、武人武御雷様への、ふ、不敬じゃないですか?」

 

「いや、あくまで仮定の話さ。コキュートスも、答えづらい質問に答えてくれてありがとう」

 

「構ワヌ」

 

 

 戦士として、そのような相手と一度刃を交えてみたい。

 そう思ったのか、コキュートスの口から白い冷気が静かに零れた。

 

 

「コキュートスの言った通り、我々のレベルは同じ。ならば動体視力が追いつかないことはない。監視の僕たちが殺されたのは、それが原因だろうね」

 

「つ、つまり………その、男の人は、レベル100ってこと………ですか?」

 

「えー?影の悪魔も八肢刃の暗殺蟲もそこまでレベル高くないじゃん。精々80くらいじゃない?」

 

「いや、敵を甘く見積もることは愚者がすること。我々の監視を看破した事も含め、レベル100と見ても問題ないだろう」

 

 

 自分たちと同等の力量を持つかもしれない。だが、その結論に守護者たちに驚きは少ない。

 

 確かに、この世界では珍しいかもしれないが、所詮は下等生物である人間。至高の御方々に創造された自分たちに敵うはずないと、そう信じているからだ。

 

 

「そ、それって………かなり強いってこと、ですよね?」

 

「強者ニ違イナイ」

 

「だからこそ、アインズ様は動かれない」

 

「アウラ、アインズ様が連れてきた魔獣がいるでしょう?アレと同じ扱いよ」

 

「あー、なるほど………珍しいペットってことね。つまり、アインズ様はペットとしてその男を飼うつもりなの?」

 

「アインズ様のペットなんてご褒美枠、そんなぽっと出の下等生物なんかに渡すわけないでありんす!」

 

「その通りよ。第一何がアインズ様の琴線に触れたのかしら………それさえわかれば、私がペット枠に入れるのに………」

 

 

 至高の御方の寵愛を得ようと、日夜励む女たちの思考は明後日の方向へ。

 止めようにも、シャルティアとアルベド。そのどちらもナザリック内でも物理に特化した存在。暴れ出さないだけの理性は残っているが、それも時間の問題だろう。

 

 こほん、と咳払いひとつ零して、デミウルゴスは話を続けた。

 

 

「勿論、ペットにするかどうかはわからない。だが、我々ナザリックが、ひいてはアインズ様が負ける可能性など皆無。この男を泳がせることで得られる利益があるのだろう」

 

「利益、ダト?」

 

「そう。まず、この男が単独で動いているとは限らない。もし背後に勢力があるとすれば、それを炙り出すおつもりだろうね」

 

 

 おお、と守護者内で声が上がる。

 

 

「それって、もしかして他のプレイヤー?」

 

「可能性は低いが…………プレイヤーの関与も否定はできない」

 

「じゃ、じゃあ、アインズ様に、その………未熟って言った事は、見逃すんですか?」

 

「それはあり得ないよ。アインズ様がモモンと言う冒険者としての身分を作った。それから導き出される答えはひとつ」

 

 

 ピッと人差し指を立てて、悪魔は笑う。最初は何故?と思っていた物事が、全て一本の線に繋がるのだから。

 それを知らず、わからず、気がつけば人間たちはアインズの手のひらの上を踊っているだけなのだから。

 

 

「ーーー英雄は二人もいらない、ということだよ」

 

「…………ドウ言ウ事ダ?」

 

「亡剣と言う存在は、人間からすれば希望なのだろう。アウラ、亡剣の噂は知ってるかな?」

 

「え?えーっと………確か、めちゃめちゃ疾くて、強い人間?」

 

「り、理不尽を斬る、なんてことも………き、聞いてるよ?」

 

「一太刀デ全テ終ワラセ、何百年モ生キテイルトモ、噂ガアル」

 

 

 聞けば聞くほど、荒唐無稽な話である。噂をそのまま鵜呑みにしてしまえば、亡剣という存在は何百年も生き存え、弱肉強食の理に抗う無謀を行う人物ということになってしまう。

 

 至高の御方ならばまだしも、只人にそんな事は不可能。そう結論づけるのが自然だった。

 

 

「そう、なんとも可愛らしい噂だろう?つまり、亡剣は弱者たちの希望。その希望を、アインズ様は利用なさるのだろう」

 

「り、利用………ですか?」

 

「例えば、この男を英雄として祭り上げ、表舞台へと導き出す。そして、アインズ様はそれを討たれるだろうね。希望を失った人間達は新たな英雄モモンを信奉し、喜んでナザリックに支配されるということだよ」

 

 

 おお!と再び声が上がる。

 

 

「流石アインズ様!人間達にもお慈悲を与えるなんて!」

 

「う、うん!や、やっぱり、アインズ様は偉大だね」

 

「ソレヲ読ミ解ク、デミウルゴスモ流石ダ」

 

「よしてくれ、友よ。アインズ様のお考え全てを読めているとは思わないさ。きっと、私程度には想像がつかない策を、彼の方は秘めているのだろう」

 

「それだけじゃないわ」

 

 

 どうすればアインズのペットになれるか談義は終わったのだろう。話に割って入るアルベドであるが、会話を聞き逃している素振りない。

 

 

「アインズ様は恐らく、その背後にも目を向けているはずよ」

 

「ほう?その根拠は?」

 

「デミウルゴス、貴方もわかっているでしょう?亡剣を表舞台に引き摺り出すついでに、その背後関係を洗う。一緒に上がってくるならよし、捨て駒にするなら、亡剣の口から吐かせるおつもりでしょうね」

 

 

 アルベドの言葉に、デミウルゴスは何も返さない。ただ、知恵に秀でた者が同じ答えに辿り着いたことで、より確信を強めるだけ。

 メガネを抑えながらニヤリとほくそ笑み、守護者たちへと視線を向けた。

 

 

「このように、その男の存在を利用することで、世界征服へ大きく進められるだろう」

 

「その男の不敬は見逃せないけど、今は耐えるべきだと言う事は理解できたわね?特にシャルティア?」

 

「ぐっ………‼︎わ、わかったで、ありんす………」

 

 

 絶対に理解できてないだろう、とアルベドとデミウルゴスの認識通り、殆どの内容はシャルティアに理解できていない。

 けれど、ここまで強く言われたら手を出す事は控えるべきだと嫌でもわかる。

 

 

「それでは、引き続き各自命じられた仕事をこなしつつ、情報収集に徹すること。いいわね?」

 

 

 了解!と力強い返事を聞いて、解散。後はこの会議で分かったことをまとめて、精査して、アインズに報告するだけ。

 

 けれど、ひとつだけ。

 議題に上がらなかった、微かな違和感が小骨のように喉の奥に引っかかる。

 

 

「影の悪魔に物理攻撃は効かないはずよね…………けれど、死体は斬られていた?」

 

 

 噂を遡れば大凡300年前から存在している亡剣。長命種でもない人間がその期間生きているとは思えず、導き出した答えはプレイヤーか、亡剣の字は称号だと言う事。

 

 自身たちならば影の悪魔など、片手間もかからずに倒せる相手。

 けれど、物理無効の存在を刀で斬ることは、どちらも不可能だ。レベルどうこうの話ではなく、(システム)として無理である。

 

 

「この世界の存在じゃない?…………いえ、飛躍しすぎね。もっと単純に、特性そのものを斬っている?」

 

 

 それが本当だとすれば、この上なく警戒しなくてはならない相手。万が一、アインズに傷をつけられるのであれば事である。

 

 

「アインズ様はきっと、それさえも見越しているはず。けれど、それでも動かないと言う事は…………ダメね。想像つかないわ」

 

 

 自分一人ではアインズの深謀は計り知れない。報告の前に、デミウルゴスともっと話し合う必要がある。

 

 愛しい御方にお目通りできると浮き足たっていた感情は沈み、アルベドは踵を返してデミウルゴスを呼びに戻るのであった。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 リ・エスティーゼ王国

 人間国の中でも肥沃な大地を持ち、多くの人間を育む国。

 

 けれど、その豊かさは次第に国を堕落へと導き、民は領主貴族たちに蔑ろにされ、犯罪組織が水面下で蔓延り、政治は王派閥と貴族派閥に別れて日夜くだらない押し問答を繰り広げるだけ。

 

 国としては周辺国家からも軽く見限られており、隣の帝国に併呑された方がまだマシだと言う声もある。

 

 そんな国の王都に、ナザリックの執事セバス・チャンはいた。

 

 任務は、この世界独自の魔法体系の調査。表向きは令嬢に仕える執事。その主は、プレアデスの一人であるソリュシャン・イプシロンだ。

 

 本日もまた魔術師ギルドで巻物(スクロール)を購入した帰り。王都の地理を覚えるため、セバスは散策していた。

 

 表通りは平穏そのもの。だが、その裏に犯罪組織が巣食っていることを、既に掴んでいた。

 

 

(………血の匂い?)

 

 

 竜人であるが故に優れた嗅覚が捉えた、微かな血の匂い。それも一人二人ではなく、大量の人間が流す匂いだ。

 

 比較的に治安の良い王都での流血事件に、思わずセバスはそちらへと脚を向ける。万が一、困っている人がいればと考えてしまうのは、その創造主の善性故だろう。

 

 足早にそちらへと向かえば、そこは路地裏。人一人すっぽりと覆えるボロ袋から覗く、ボロボロの人の腕。その隣には首を無くした死体が転がっていた。

 

 

(血の匂いはここから………?いや、ここだけではないはずです)

 

 

 セバスは袋の中を確認する。

 外側の袋よりもさらに酷く、暴力の限りを尽くされたであろう女性。元は美しかったであろう顔は二倍ほどに腫れ上がり、聞こえる呼吸の音も僅か。この世界の魔法では、助かる確率は五分と言った所だろう。

 

 

(ナザリックの財を使ってまで、彼女を救う価値は…………)

 

 

 ソリュシャンが預かっている、万が一にと渡されたナザリック製の巻物。第六位階の回復魔法ならば、怪我や病気も含めて回復することは出来るだろう。

 

 だが、たかが人間を何の利益もなく、徒にナザリックの財を消費してまで救う価値はない。

 

 ナザリックの者として、この場は無関心を貫いて去るのが賢いのだろう。だが、その様な姿をセバスの創造主、たっち・みーが見たらどう思うか。

 あの弱きを救うことを善しとした、正義の味方のような御方に、今後顔向けできるだろうか。

 

 呪いの様に纏わりつく、創造主の意思とナザリックの執事としての矜持。天秤にかけることさえ不敬なそれが、セバスの動きを止めていた。

 

 ーーーだからこそだろう。

 

 背後から声が響く。

 

 

「…………誰だ?」

 

「ッ⁉︎」

 

 

 掠れた声に、思わず身体が強張る。

 力が制限されているとはいえ、腐ってもレベル100。背後を取られるような事も、ましてやそれに気が付かないことなど有り得ない。

 

 振り返って攻撃しなかったのは、ただ腕の中に弱った存在がいたから。それが無ければいまごろ、セバスの拳は背後を貫いていただろう。

 

 

「…………………どちら様、ですかな?」

 

 

 たっぷりと一拍置いて、固唾を飲み込んだセバスが投げかける。

 理性が、腕の中の存在を見捨てて攻撃しろと叫ぶ。

 本能が、腕の中の存在を優先しろと叫ぶ。

 

 振り返れば最後、ありえないとはわかっていても、隣の死体のように首を落とされそうな気がして身動きが取れない。

 

 

「…………その娘子に、薬を」

 

 

 狙いはこの娘か、と判断。彼女を渡すことに躊躇いはない。だが、救う事はできないだろう。

 

 

「…………隣の男は、貴方の仕業でしょうか?」

 

「…………無道を働いた、故に」

 

 

 ちらり、と横目で男の死体を覗く。

 虚を突いたのか、いつ斬られたかも理解していない表情のまま落とされた首。断面も見事なもので、少しも潰れた箇所はない。

 

 背後の男は相当の実力者だと理解するには十分すぎる材料。油断することはできないと、セバスは無意識のうちに唇を舐めていた。

 

 

「…………私の主人は回復魔法を使えます。そちらの方が、確と回復できるかと」

 

「…………そう、か」

 

 

 セバスの言葉に納得したのか、首筋をなぞる様な殺気が霧散する。ホッと胸を撫で下ろすセバスであるが、安易に振り返る事はしない。

 殺気は消えたとはいえ、まだ値踏みするような視線は止んでいないのだから。

 

 

「…………強き者」

 

 

 ぽつり、と溢された背後からの声。

 

 

「…………非道に走ること、無かれ」

 

 

 それを最後に気配は霧散。ようやく振り返った先には何もなく、遠くから王都の喧騒だけが聞こえていた。

 

 声からして男、それも気配を悟らせないかなりの強者。

 

 

「アインズ様に報告を…………いや、その前に」

 

 

 ちらり、と腕の中の存在に視線を向ける。

 もしかすれば先ほどの男を目撃しているかもしれない。だからこれは必要な措置だ。

 

 そう自身に言い聞かせて、セバスは借り受けている屋敷へーーーソリュシャンの元へと歩き出す。

 助け出せる理由ができたと、誰に向けるわけでもない言い訳を内心で零しながら。

 

 

◇◆◇◆

 

 

ーーーこれは夢だと、己の中の何かが叫ぶ

 

 地図にも載らない、小さな村。それが己の世界の全てであった。

 開墾したばかりの畑がいくつかあるだけで、他には何もない村。

 

 代わりに友がいた。愛しい人がいた。愛の結晶がいた。

 村の中は全員が家族であり、仲間。誰かが困れば手を差し伸べる、それが自然であり、誰も疑問を持つことがなかった。

 

 ーーーそれがいつからあったのか、誰も理解できなかった。

 

 気がつけば見たことのない、天上の神々の居城が村の近くに建っていた。

 そこに住むのは間違いなく頂に座する力を持つ存在。人間の理解の範疇を超えた先に居る六人は、手を広げて大々的に宣言する。

 

 君たちの為に、国を興してやろう、と。

 

 

 それに反対したのは、誰だっただろうか。

 友かもしれないし、または己だったのかもしれない。

 

 確かに、モンスターの襲撃に怯える事はなくなるのだろう。神々の庇護の元、安寧を得られるのだろう。

 

 けれど、その生き方は。

 しかし、その生存方法は。

 見ず知らずの存在に全てを預けて得られるその繁栄は、家畜と何が違うのか。

 

 村の中で話し合い、昼夜言葉を交わし、そして結論を出す。庇護は断り、我々は我々の道を歩むと、そう決めた。

 

 だが、神々はその答えを気にいることはなかったらしい。

 

 それを伝えた瞬間、神の怒りに触れた村は瞬きの内に滅ぼされる。抵抗さえ許されない、息をつく暇もない出来事。

 

 生まれ育った村が燃える。

 開墾した畑を守ろうとした友が、雷に撃たれて消える。

 家を守ろうと、無駄な抵抗と知りながら水を運ぶ隣人が土の中へと飲まれた。

 

 何が何だかわからず、ただ泣くばかりの幼子を抱いて、我が妻諸共、燃えてゆく。

 

 神々は嗤う。

 これが末路だと。

 従わない者への、神罰なのだと。

 

 ーーーああ、何が神か。斯様な者が、神であるはずがない。

 

 せめて一矢報いようと、鍬を振り上げる。けれど、まるで路傍の石を投げ捨てるかの如く、抵抗は無駄に終わる。

 

 薄れゆく景色の中、我は誓う。

 

 非道への報復を

 

 横逆への反抗を

 

 無道への抵抗を

 

 幾星霜経とうとも、その誓いだけは未だ薄れることはない

 

 

◇◆◇◆

 

 

「お〜い、あんちゃん。こんなとこで何してんだ?」

 

 

 ふと、聞こえた声に男の意識は覚醒する。いつの間にか寝ていたと理解するのに、数秒の時間を。

 

 夢を見ていたようであるが、次の瞬間には忘れている。それを惜しむ感情は無く、淡々と視線を巡らせて状況を整理する。

 

 暗がりで分かりづらいが、どうやら鍛冶工房らしく、槌や鉄が月下に微かに照らされていた。

 目の前のドワーフからは酒の香りがしており、髭に隠れた頬は真っ赤。今も尚、手に持った酒瓶を煽り、酒精混じる吐息を漏らしている。

 

 

「ウィ〜………ま、何だっていいか。こんなとこで寝たくなる夜もあらぁ」

 

 

 ガッハハハ!と豪快に笑うドワーフに、理性は残っていない。

 呆れる感情もなく、男は邪魔になるだろうと腰を上げた。

 

 

「ん?おいおい、どこ行くつもりだよ、あんちゃん。ちったぁ話に付き合ってくれよぅ」

 

「…………疾く、横になれ」

 

 

 幽鬼の如く立ち上がる男を押し留め、ドワーフは話を続ける。

 

 

「まぁまぁ、聞けよ。オレの倅の話なんだけどよぉ。ゴンドっつー、これがまぁ、不出来な息子でよ。簡単なルーンひとつ刻めねぇときた。アンタ、子供は?」

 

「…………覚えおらぬ」

 

 

 ぴくりと、男のこめかみにちくりと痛みが走る。

 その正体がわからず、少し呆ける男を他所に、ドワーフは酒瓶を傾けた。

 

 

「なんだ、訳ありかい?まぁ、いい。深くは聞かねぇさ。それよりゴンドだ!不出来だが可愛いやつでよぅ。いつかこのオレを超える、ルーン鍛冶師になるんだって息巻いてよぅ。奇人、遺火も舌を巻くほど打ち込んでるのよ、これが」

 

「…………見上げた志」

 

「お?わかるかい、あんちゃん。そうとも、ゴンドの奴に才はねぇ。だがな、あいつには誰にも負けねぇって言う志がある!胡座をかいてるバカどもよりも、数倍マシさ!」

 

 

 空になった酒瓶を叩きつけ、ドワーフは豪快に笑う。

 息子を愛するその姿にどこか親近感を覚え、男の口角が自然と緩む。浮かせた腰を再び下ろすと、ドワーフはニヤリと笑って手を出した。

 

 

「こんないい夜は久々だ!あんちゃん、腰の獲物見してみな。これでもドワーフの中じゃちったぁ名の知れたモンでね。火髭なんて言われとる。そのオレが直々に見てやらぁ!」

 

「…………頼もう」

 

 

 緩慢な動作でゆっくりと引き抜かれる男の刀。どんなものかとニヤニヤと笑うドワーフだが、その刀身の全貌が明らかになるにつれ、その笑みが影を潜める。

 

 

「こいつぁ………」

 

 

 月の光を反射して、怪しく光る男の刀。

 遊びなど一切なく、ただ斬る事を目的として作られた武器。

 

 何より目を引くのは刻まれたルーンの存在。

 刀のような薄い鋼に打ち込む事は難しく、何よりその製法は人間側の技術。鍛冶屋としてライバル視している存在に協力するドワーフなどいない。

 

 

「刻まれてるのは、『鋭利』『修復』『切断』の三つだけ…………どいつも簡単なルーンだが、同時に刻むとなると…………銘は何だ?誰が打ったモンだ、こりゃ?」

 

 

 すっかり酔いが覚めたのか、先ほどとは打って変わってしっかりとした視線が男を捉える。けれど、男はゆるゆると首を横に振るだけ。

 

 

「…………銘は、在らず」

 

「銘が無ェだと?嘘こけ、このすっとこどっこい!こいつァ相当な業物だぞ⁉︎そいつを無銘で通す奴なんざーーー」

 

 

 いない、と言いかけて、その先の言葉がぴたりと止まる。

 いたのだ。自らの師に倣い、自身の作品を全て無銘で通した酔狂な弟子の存在を。ドワーフだけでなく、人間からもバカにされつつも、その腕は確かなものであった存在を。

 

 

「まさか、遺火の弟子の作品………それも、失われた作品のうちのひとつ。あんちゃん、こいつをどこで手に入れた⁉︎」

 

「…………知らぬ」

 

 

 掠れた声で紡がれたその答えに、カチンと頭に来るものがある。

 舐めてるのか、てめぇ!と、そう罵詈雑言を吐こうとして、けれどいつの間にか男の手の中に戻っていた刀に視線を奪われる。

 

 離したはずもない。むしろ、柄を強く握っていたはずの刀。間違いなく自身の手の中にあったはずのものがなく、思わず手元と刀へと視線が往復する。

 

 

「…………この刀に、替えはない」

 

 

 どこか懐かしむように、僅かに口角を上げて刀をしまう。

 

 

「…………良い、夜であった」

 

「お、おい!」

 

 

 言葉少なく、それだけ零して男はドワーフの前から姿を消す。ゆらり、と身体が揺れたと思えば、次の瞬間には消えていたのだ。

 

 酒が見せた夢か幻か。

 目の前で起こったことが信じられず、ただ漠然と、その手に触れた伝説の名残を、確かめるように握りしめた。

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