頭の悪い私が、頭のいい話を書こうとすると四苦八苦する羽目になる。
原作者や、二次創作を描く方々の知能が欲しい…………!!
リ・エスティーゼ王国、その地下通路。
かつては王族の脱出経路として用意された廃坑道。だが今では、犯罪者たちの巣窟と化していた。
その一角、薄暗い部屋の中、円卓を囲んで八人の男女が座している。
誰も彼もがうすら笑みを浮かべているが、その眼は笑っていない。
張り詰めた空気の中、視線だけが互いを値踏みするように交差していた。
彼等は王都を裏で牛耳る犯罪組織ーーー八本指。
麻薬、奴隷、警備、窃盗、暗殺、金融、密輸、賭博の八つの部門からなる組織であるが、彼等に結束などという言葉は存在しない。
利用し、蹴落とし、奪い合う。
それが彼等のやり方だった。
いつものように腹の探り合いがメインの会議が進行するが、けれど、幾人かの表情はどこか硬い。
ここ最近、妙な被害が続いているからだ。
「それで、コッコドール?お前さんのトコの娼館、襲われたってな」
部門長の一人がふと、偶然思い出したように問いかける。その態とらしい演技に舌打ちを零して、奴隷売買部門長であるアンペティフ・コッコドールは答える。
「うるっさいわねェ………どっかのバカのせいで、店がひとつ潰されたわ」
ただでさえ、ラナー姫が奴隷売買を違法と定める法案を出して以降、奴隷売買部門の業績は露骨に落ち始めていた。
そこにきて、順調にいっていた娼館が壊滅したのだ。
「被害は?」
「………地上の受付と警備だけ。地下は無事よ」
不幸中の幸いというべきか、被害はそこまで大きくない。けれど、それで済む話ではないのだ。
八本指が運営する娼館が潰された。それが何よりの問題であった。
「まったく、どこのバカがやらしたのよ。商品の廃棄には気をつけろって、口を酸っぱくしていってたのに…………」
親指を噛みながらぶつぶつと文句を垂れるコッコドール。そこに声がひとつかかる。
「それで、死体はどうだ?」
「そんなもん、アンタが一番知ってるでしょ、ゼロ。いつも通りよ。みんな揃って首を落とされてたわ。地下にいた奴らの、誰にも気づかれずにね」
首を切るジェスチャーをして、べぇっと舌を出す。やはりか、と内心で零して思案するのは警備部門長の闘鬼ゼロ。
その実力はアダマンタイト級にも引けを取らないと噂で、だからこそ今回の件の異常さに反応する。
「また亡剣の仕業か………」
「なんだい、ゼロ?アンタ、御伽話を信じてるのかい?顔に似合わず繊細じゃないか」
コロコロと上品に笑うのは麻薬取引部門長、ヒルマ・シュグネウス。嘲笑を込めたそれにゼロの頭に血が昇るが、舌打ちを零してそれに耐える。
「テメェのトコは、被害少ねェから言えるンだよ」
「おや、うちだって被害は出てるよ。主に、犯罪に手ェ染めた客だけどね………まったく、
「ふん、そんなやつ厄介な剣士で、厄剣でいいわよ」
「呼び名など、どうでもいいだろう。それよりも、そいつの対策案だ」
埒が明かないと、部門長の一人が声を上げる。直接的な被害はなくとも、八本指の殆どは被害に遭っているのだ。
気づけばその場の全員の首が刎ねられ、商売の邪魔をする剣士の存在。
苦々しい思いであるが、影も形も掴めないその存在に、誰も彼も内心苛立ちを秘めていた。
「っと言っても、今まで通り裏でやるしかないんじゃないのかい?」
「ゼロ、警備部門長としてなんとかできんのか?」
「できたらやってる。だが場所も、時間も、統一性がねェ。的を絞れねェンだよ」
「んもう!ホンット厄介ね!アイツさえいなければ、もっと大々的にできるのにィ!」
「お前さんには無理だろ、コッコドール。ただでさえ、落ち目なんだからよ」
「うっさいわね!賭博と金融は無事だからっていい気になってんじゃないわよ!」
人的被害が出ないからか、偶然と片付けるにはあまりにも不自然すぎるほど無傷な二つの部門。
もしや、どちらかが雇った殺し屋か?と疑いの目がかけられているが、その証拠は一つとして出ていない。
嫌味と罵倒の応酬が始まろうとしたその刹那、バンッと空気を叩き割る音が響いた。
一瞬にして注目を集めたゼロは、拳の形に抉られたテーブルから腕を抜き、他の部門長を睨む。
「この件、オレが預かろう。ただし、テメェらにも手伝ってもらう」
「………はぁ?何言ってんのよ、アンタ。自分は役立たずだってさっき言ってーーーぐぇっ⁉︎」
呆れたように嘲笑うコッコドールだったが、その首をゼロの拳が掴む。奴隷売買部門の護衛が腰を上げてゼロへ飛びかかろうとするが、相手は英雄級の人間。
威圧的に睨みを利かせると、怖気付いた護衛は一歩も踏み出せない。
ガタガタと震える護衛を一瞥し、そちらへとコッコドールを放り投げる。ガチャガチャと騒がしい音を立てて、もみくちゃになるコッコドールたちを見ずに、ゼロは言葉を続けた。
「言いてェことはわかる。だが、コイツは共通の厄介者。排除しねぇ限り、オレたちはいつまでもチマチマと商売しなけりゃならねェ………違うか?」
ゼロの言葉に、部門長たちは黙り込む。謎の剣士の存在は、全員にとって厄種。協力して排除するのが普通なのだが、その隙に寝首を掻かれる心配故にそれはしてこなかった。
「…………アンタなら、排除できるって言うのかい?」
「あぁ。その為に、テメェらは情報と金をオレに寄越せ。そいつの存在を掴めたら、オレを含めた六腕で殺す」
「情報と金だと?ふざけたことを。持ち逃げするつもりだろう‼︎」
賭博部門長が声を荒げる。それに陰ながら同意するのは金融部門長。その剣士の被害がないからこそ、楽観視しているのだ。
けれど、そんな二人もゼロの睨みで竦み上がる。どれだけ金があろうと、目の前の暴力装置を止められる事はできないと、そう理解するには十分だった。
「はぁ………麻薬取引部門は賛成するよ。他は?」
「…………暗殺部門もだ」
「………窃盗部門も、従おう。ただし、成果は上げてくれ」
「わかってる…………コッコドール、テメェは?」
過半数の賛成により、組織の設立以来初となる、協力体制が敷かれることは確定。それを理解できず、個人の感情で嫌だと宣うのならばゼロにも考えがあった。
けれど、流石にそこまで愚かではないのだろう。咳き込むコッコドールはゼロを睨みながらも、それに同意した。
「ゲホゲホッ…………チッ。はいはい、わかったわよーーー覚えてなさいよ」
ぽつり、と呟かれた言葉は聞き流し、ゼロは満足げに頷く。
警備部門長としては勿論、一人の拳闘士として、謎の剣士と戦える状況を、少し楽しみにしているのだ。
「はぁ〜あ………それじゃあ、とっておきの情報教えてあげるわ。潰された娼館の近くで、身なりのいい爺さんが目撃されてるらしいわよ?」
「なに?コッコドール、なぜそれを早く言わない?」
「だぁって、ウチの商品を連れて行ってるのよ?損害賠償含め、搾り取ってやるつもりだったのよ」
「今は止めな。それより、その爺さんだよ。仲間ってことはないかもしれないけど、情報源になるかもしれない」
「決まりだな。何処の誰だか知らねぇが、手ェ出した報いは受けさせてやらぁ」
王都の地下深く。協力を覚えた犯罪者たちは、まだ見ぬ剣士へと怒りを向ける。
だが、その怒りは届かない。
首を刎ねられるのが、誰になるのかーーーそれを知る者は、まだいない。
◇◆◇◆
王都の一角、亡剣の弟子が建てたと噂される道場にて。
陽は高く、いるのは非番の騎士だったり、冒険者やドワーフ。自主的にトレーニングを重ねる彼等の目は真剣であり、一振り一振りを大事に積み重ねている。
今日も今日とて、木剣がぶつかり合う音と掛け声が入り混じる中、一人の男の背に声がかけられる。
「すまない、そこの御人。ブレイン・アングラウスはここにいるか?」
「ブレイン?アイツならあの小屋の中だよ」
素振りの最中に声をかけられ、不機嫌そうに振り返り、そして、その人物を確認した瞬間、男の身体は凍りついた。
「そうか。すまない、感謝する」
「お、おうーーーじゃない!は?え?な、なんで、こんなとこに………?」
狼狽える男を置いて、ブレインがいると言う小屋へと足を運ぶ。
何度も改修されたのだろう、ツキハギだらけの小屋。建て付けの悪い扉がキィイイと音を立てて開かれる。
聞いていた通り、荷物や道具に紛れてブレインがいた。
入り口からはその背中からしか見えないが、まるで新しいおもちゃをもらった子供のように、切断された武器を翳している。
角度を変え、窓から差し込む陽の光に照らしては確かめる。その奇怪な行動は周囲からすればドン引き。
「どうすんだよ、アレ。鍛錬のしすぎで遂にぶっ壊れたか?」
「あれ?オレが聞いたのは、最近、宿に女連れ込んで絞られてるって話だぞ?」
「どっちにしろ、ヤベェじゃねぇか。殴ったら治ると思うか?」
「殴る前に、殴られるに酒樽ひとつ賭けられるわ」
そんな周囲からの声もお構いなし。だと言うのにその背中から放たれる、強者特有の圧力に訪問者は苦笑い。
「ーーーブレイン・アングラウス」
静かな声だった。だが、剣士達はその声を知っていた。
その場にいた全員が振り返った瞬間、小屋の空気が止まる。立っていたのは、王国最強の戦士。
「ーーーガゼフ………ガゼフ・ストロノーフか⁉︎」
「ああ、久しいな」
驚きのあまり瞠目し、動きを止めるブレイン。手に持っていた武器の破片を思わず落としてしまうほどの衝撃だ。
しかし、それも無理はない。
何せ、王国の剣と名高いガゼフが、道場に足を運ぶなど夢にも思わない話だ。
「驚いた………しかし、なぜだ?」
「クライムから話を聞いてな。それに、私個人としても、お前とはもう一度顔を合わせておきたかったからな」
カラカラと笑ったガゼフの足元に転がる、武器の破片。それを拾い上げてみればわかる、鋭利な切り口。その断面を指でなぞる。潰れも歪みもない。剣士ならば理解できる、並の技量ではなし得ない技。
自分では不可能なそれに、ガゼフは満足げに笑う。やはり、ブレインは己を超える素晴らしい剣士であったのだと。
「アングラウス、この後暇なら飯でもどうだ?」
「あ、あぁ、構わないが………」
「よし、決まりだ。美味い飯にありつける場所に案内ーーー」
「はいはーい!お昼ご飯持ってきたわよ、ダーリンーーーって、はぁ?」
突然の展開で思考が追いつかず、呆然とするブレイン。それに追い打ちをかけるように、扉が乱暴に開かれた。
そこにいたのはクレマンティーヌ。
匿われたのはいいものの、肝心のブレインは碌に部屋に帰ってくる事なく、顔を合わせても情報交換のみで、何とも無味無臭の生活を送っていたのだ。
少し困らせてやろうという、軽い悪戯心での来訪。後は、存在を周知させて途中で捨てられないようにする打算。
そんな目論見は、けれどガゼフという予想外の存在に裏切られた。
なぜ最強の剣士がこんな所に、と思考停止するクレマンティーヌを置いて、会話は続けられる。
「なに?アングラウス、お前結婚していたのか⁉︎」
「違う!………ただの、居候だよ」
「ふむ………そうか。ならばお嬢さん、一緒に食事などどうだろうか?」
「は?私?…………なに?口説いてるの?」
「やめとけ、ストロノーフ。面はいいかもしれないが、中身は最悪だぞ、こいつ」
「はぁ?剣術バカに言われたくないんですけどぉ〜?日用品もない、殺風景な部屋に案内された気持ち分かる?」
「何言ってんだ。物ならあるはずだぞ?」
「刀の整備用品は日用品には含まれませ〜ん」
聞いている周囲だって理解できる、犬も食わない二人の会話。どうやら噂は正しいようだと、祝福するような、それでいて妬むような会話が周囲ではコソコソと繰り広げられる。
この調子ではゆっくりと会話もできないだろうと、ガゼフはブレインとクレマンティーヌの腕を掴む。
「積もる話は後にしよう。まずは食事だ!」
「は?お、おい⁉︎」
「わ、私は行くなんて一言もーーー⁉︎」
「遠慮するな。食べることも、立派な戦士の努めだ」
振り解こうにも流石は周辺国家最強。抵抗虚しくズルズルと引きずられる二人。
残された面々は何が何だかわからず、通り過ぎた嵐の後をただ茫然と眺めるほかないのであった。
そうしてガゼフが二人を連れて訪れたのは自宅。王国戦士長という立場であるというのに、案内された自宅は質素ということばがお似合いで、いっそ少し稼いでいる平民の家だと言われた方がまだ納得のいくもの。
噂では、ガゼフの自宅には巨大な剣が刺さっているなんて言われていたが、そのような物はどこにも見当たらない。何の特別さもない、強いて言えば剣を振るう程度の広さのある庭があるだけの、普通の家だ。
「王国戦士長って、稼ぎ悪いのぉ?」
「オイ!」
「ハハハハハ!なに、構わない。王の剣として、必要最低限の給金さえ貰えれば充分なのだ。無論、部下もいる身としてそれなりに頂いてはいるがな」
ふ〜ん、と聞いておきながら興味なさげなクレマンティーヌ。
元々の故郷であるスレイン法国では、立場が上になるほど神の身近で仕えられると言って給金等が下がるシステムだったが、それに似たものかと当たりをつける。
もちろん、腐敗貴族の横槍等が入った結果なのだろうとも予想しているが。
「聞いておくが、ストロノーフ。何故自宅に呼んだ?」
「王都の美味い飯屋など、私は知らなくてな。代わりに、うちのばあやの作る料理は絶品だぞ」
どうやら人を雇える程度の給金はあるらしく、自宅から香る腹を刺激する匂い。
下手な食堂よりも香ばしい匂いに、思わず二人の腹が鳴る。カラカラと笑ったガゼフが先導して、家の中へと入る。
「ばあや、今帰った」
「おや、お帰りなさい、ガゼフ様。………おやまぁ、お客人はお一人と聞いていましたが?」
「ああ、すまない。一人増えてしまった」
出迎えたのは小柄な老婆一人だけ。ガゼフ宅の使用人というにはあまりにも普通で、実は剣を使えたり、元凄腕の剣士ではないと、歩き方や手つきだけでわかる。
だが、料理の腕は確かなようで、扉を開けた瞬間、強くなった香りに、二人の口内は涎が溢れる。
「まぁまぁ、それはそれはよござんした。ガゼフ様が初めてご友人を連れてくると聞いて、腕によりをかけて作りすぎてしまったところでしたの」
「ばあやの飯を腹一杯食べられるとは、嬉しい誤算だな」
片やほけほけと口に手を添えて笑い、片や口を開けて笑う。まるで年老いた母とその息子のような関係の2人は、きっとお似合いなのだろう。
それから案内された居間にある、少し大きめのテーブルに所狭しと並べられた食事の数々。
身体を使う戦士たちにはうってつけの、肉を中心とした品々は輝きを放っており、食欲をダイレクトに刺激する。
「積もる話もあるでしょう。しがないババァは退散いたしますよ」
それだけ言って姿を眩ませるばあや。
三人揃ったテーブル。合図もなく、それぞれが食事にありつく。
飢えた獣のように肉に齧り付くクレマンティーヌとは反対に、ブレインの所作は丁寧。意外なものだ、と瞠目し破顔するガゼフは、豪快に肉を噛みちぎる。
暫く言葉もなく、食事の音だけが場を支配していた。
そうして、用意された食事が三人の胃袋へと殆ど収められてきた頃、ガゼフが言葉を口にした。
「そう言えばアングラウス。あの破片はどうした?見た所、ミスリルで出来ていたようだが」
「あぁ、あれか」
肉に突き刺していたフォークを横に置き、ブレインは懐から武器の破片を取り出す。
何度見てもその鋭利な切り口は見事なもので、思わず感嘆のため息が漏れる。
「こいつはオレの目標のひとつだ。今は無理だが、いつか必ず超えてみせるさ」
「………なに?お前がやったのではないのか?」
「ああ。状況はわからんが、元々この女の武器でな」
「ちょっ⁉︎」
齧り付いていた肉を皿に落とし、クレマンティーヌが隣のブレインを睨む。
戦士だと言うことは、ガゼフにはバレているだろう。だが、それ以上の情報は漏らすまいとしていたというのに、バラされたのだ。
ほぅ、と興味と期待を寄せたガゼフの視線に、クレマンティーヌは言葉を無くす。
どうしたものか、と頭を掻いて悩み、そして諦めたのかため息混じりに声を出す。
「はぁ…………ただヤッバイ奴と敵対しただけ。武器はそん時に斬られたの。見えもしない速さで、ね」
「ほぅ………そんな御人がいるのか………名は何と言うのだ?」
「さぁ?わかってるのは灰色の瞳をした剣士だったって事だけ」
これ以上は情報料貰うからね、と吐き捨てて、再び食事へと戻るクレマンティーヌ。
隣で聞いていたブレインは、まるで我が事のように誇らしく胸を張る。
届かない高みだと、そう嘲笑するガゼフではないと思って視線をそちらへと向けるが、当のガゼフは思案顔。思っていた反応と違い、怪訝な表情をブレインは浮かべた。
「ストロノーフ?」
「ん、あぁ、すまない………そのような御人、一目会いたいと思っただけだ」
あからさまに何か隠しているのか、視線の泳ぐガゼフ。腹芸は不得意らしく、ブレインの表情はより険しくなるばかり。
これは隠し通せないだろうと、両手を軽くあげたガゼフは、その胸中を吐露する。
「…………言っておくが、他言無用で頼むぞ?実は先日の会議で、貴族派閥から灰色の瞳の剣士を捉えるよう、議題が上がってな」
「は?なんでまた」
「当ててあげる。この間、娼館が潰された件でしょ?」
クレマンティーヌの言にガゼフは何も言わない。ただ、渋い顔をするだけであり、即ちそれが答えである。
「娼館?なんでまた、貴族がそんな事気にするんだ?」
「これだから剣術バカは…………八本指なら知ってるでしょ?娼館はそのお抱えで、その貴族は常連か、そいつらの手先ってこと」
疑問を浮かべるブレインに、クレマンティーヌが噛み砕いて説明してやれば納得したように、あー、と言葉を零した。
「…………まだ、断言できる材料はない。噂程度だ」
「でも、貴族がわざわざ王都の件に首突っ込むなんて、それしかないでしょ?それともなに?治安がどうの、なんて言い訳を信じてるの?」
ズバズバと核心を突くクレマンティーヌの言葉に、ガゼフは何も言い返せない。
声を上げた貴族派の人間は、確かに後ろ暗い噂が絶えないし、普段なら王直轄領の治安悪化など両手をあげて喜ぶはず。裏があると疑われても仕方がないだろう。
けれど、ガゼフは王の剣として、政治に口を突っ込む事はしない。門外漢であり、助力どころか足を引っ張ると考えているからだ。
そんな姿勢だからこそ、法国から国を腐らせる癌の一部だと切り捨てられるのだと言葉なく、呆れたようにクレマンティーヌは視線を逸らす。
「あー………なんだ?つまり、ストロノーフ。お前はその剣士を捕まえたいってことか?」
「…………私自身、どうしたいかわからん。その刃が民に向くとも限らんからな。だがーーー」
少なくとも、報告されているのは八本指が関わっていると噂されるものばかりで、ガゼフとしては胸の空く思い。
だが、その刃の向かう先がわからない以上、放置することはできない。水を仰ぐように飲んで、沈痛な影を落とす。
「バ〜ッカみたい」
それにくだらない、と吐き捨てるクレマンティーヌ。
強さは認めるが、それ以外に価値はないとしているのか、視線を向ける事さえしない。
「なんで捕まえられる前提なの?言っとくけど、アンタが十人集まろうと無駄骨だからね?」
「オイ…………だが、オレも同意見だ。少なくとも、あの人は民草に刃を向けることはしねェよ」
「…………それは、相対した者の感想か?」
「まぁな。あの剣筋に、邪なモンはねェさ」
「そう、か………」
ひとまずはブレインの言葉を信じ、胸を撫で下ろす。ただ、私刑による断罪を国が認めて良い訳がない。
刃を交えることはしたくはないが、もし話を聞き入れてもらえないのであればと、密かに覚悟を決めていた。
言葉なくとも、その雰囲気だけで全てを察したクレマンティーヌ。取り入って、その名の元に保護してもらおうとも考えていたが、その計画は既に棄却済み。
ブレインの元にいた方が、まだ生き残る目があるというものだ。
苦々しくため息を零した瞬間、遠くから聞こえる足音。微かに金属がぶつかる音の混じった足音に、心当たりはあるかとブレインがガゼフに視線を寄越す。
「…………ふむ、おそらく私の部下だろう。何かあったか」
ゆっくりと席を立つガゼフと同時に、うるさいほど強く扉が叩かれる。
「戦士長!ガゼフ戦士長!」
「わかったわかった、そう焦るな。どうかしたのか?」
ゼェゼェと肩で息をする部下を落ち着かせようと、ガゼフは敢えて行動を緩慢に。けれど、部下の様子は変わらず、無礼を承知でその手を取る。
「お急ぎください!に、西区で、首無し死体が!中には貴族もいると!」
「なに?ーーーすまない、二人とも。急な仕事だ」
「西区か………そこそこ近いな。行くか?」
「冗談。アンタ一人で行って来なよ。私は二度と、アイツに会いたくないの」
ついてくる気満々の様子でブレインは腰を浮かせ、逆にクレマンティーヌは呆れた様子で席を立つ。
そのやり口に心当たりはある。もしや、を考えて二人は動いたのだ。
「………アングラウス。その御人の容姿はわかるか?」
「あぁ………だが、手を貸すつもりはないぞ?」
「それでいい。ついて来てくれ」
もしまだ犯人が、灰色の瞳の剣士が現場にいるのなら、ブレインが反応するだろう。それを目論んでの同行許可。
簡易的な装備に身を包み、早く早くと急かす部下の後を追う。その道中、僅かな血の香りがふわりとガゼフの鼻を擽る。
反射的に振り向くが、陽も落ちていない昼時。そこそこ多い人通りに紛れて、匂いは追えない。
「ストロノーフ?どうした?」
「いや………」
立ち止まったガゼフを怪訝そうに見るブレイン。一瞬、ほんの一瞬だけ香った血の匂いと、視界の端を掠めた灰色の瞳。それを気のせいだと片付けるのは容易いこと。
何より、早く早くと急ぐ部下を放っておけず、後ろ髪を引かれる思いを振り切り、ガゼフは現場へと向かうのであった。
立ち並ぶ屋根の上。
幽鬼の如く歩く灰色の瞳の剣士の存在に、気づく者は誰もいなかった。