頭いいキャラの使い方が難しい………‼︎
リ・エスティーゼ王国。
その王城である、ロ・レンテ城の一室、第三王女ラナー姫の私室にて。
調度品は一級のものなれど、部屋自体は驚くほどに質素、王族の割には酷くこざっぱりとした部屋という印象。
けれどその中央、白磁の椅子に腰掛けるラナーの美貌は、きっとどれだけ部屋を飾ろうとも劣る事はないと、背後に仕えるクライムは断言できる。
黄金姫と名高いラナーの美貌はもちろんであるが、何より目を見張るのはその心優しさ。
平民の、それもスラムで死を待つばかりの自身を、側付きの騎士として取り立てくださった恩人。くすり、と笑いかけられる度に、その背筋が自然と伸びる。まぁ、その原因は他にもあるのだが。
「クライム、そう緊張しなくていいわよ」
「王女様とお喋りしに来ただけ。やましい事はない」
ラナーとテーブルを挟んで向こう側。優雅な所作で紅茶を置く蒼の薔薇のリーダー、ラキュース。そして、その背後に控えるのは双子忍者の片割れ、ティアだ。
二人ともラナーにも負けず劣らずの美女であり、世の男ならば誰しもが羨む空間。それに加え、二人ともアダマンタイト級の実力者。
一人の戦士としての尊敬。同時に、万が一の場合を考える騎士としての緊張。身体が強張るのも仕方がない。
「ふふ、どうかしら、クライム。緊張をほぐすために、一緒に紅茶を嗜むなんて」
鈴を転がすような、甘い声色でラナーに誘われる。ちらり、とラナーが視線を注がれるのは隣の空席。
魅力的な提案で、蠱惑的な話だ。その指示に従いたくなる衝動に駆られるが、歯を食いしばって耐える。騎士として、応えるわけにはいかないのだ。
「いえ、私はここで」
場違いな自分が、主人と英雄の間に入れる訳がない。背筋を正せば、かちゃりと下賜された鎧が鳴る。
それだけで自分の使命を思い出し、そして立場を確かなものに定めてくれる。
そんなクライムの心象などお見通しなのだろう。くすくすと笑うラナーに、思わずドキリと胸が高鳴る。
「ふふふ、それは残念」
「あまり従者を困らせちゃダメよ、ラナー?」
ねぇ?と同意を求められるようにラキュースから視線を送られるが、答えられるわけがない。「お戯れを、アインドラ様」と返すので精一杯だ。
そうして紅茶を一杯嗜んで。一呼吸置いた二人の話は次の話題へ。
「そう言えば、ラキュース。亡剣って方は知ってるかしら?」
「………それは知ってるわよ。誰もが知ってる、御伽話でしょ?」
「そうじゃなくて。実在してるんじゃないかって噂の方よ」
一度その正体の調査に動いたのでしょう?とラナーに問われるが、ラキュースは苦笑いを零す。
「知ってるとは思うけど、依頼は失敗よ。だから、私たちもその実在まではわからないわ」
「そう………残念ね。実在していたのなら、クライムが喜ぶのに」
「ひ、姫様⁉︎」
突然振られた話題に、クライムは驚く。けれど、その美麗な顔をツンとさせてラナーはそっぽを向く。
「知らないと思ったの?クライムが夜な夜な、道場に行ってることは私の耳にも入っているのよ」
「い、いえ、それは…………」
実際、貴族派から突かれたら面倒な程度で、そこまで大きな問題ではない。けれど、ラナーから責められると、まるで自身が大罪を犯した罪人のように思ってしまう。
しどろもどろになり、どう言い繕っても言い訳にしか聞こえないと悟って言葉も出てこない。
あわあわと慌てるクライムだったが、けれど耐えきれないとばかりにラナーがクスリと笑いを漏らす。
揶揄われていたのだと、そう判断するには十分だった。
「ひ、姫様………」
「ふ、ふふ………ごめんなさい、クライム。けど、必死な貴方が可愛くて」
揶揄われていたことに、反感を抱くはずもない。けれど、その黄金のような笑みに、クライムはそれ以上言葉を続けられなかった。
コロコロと笑うラナーと、惚けるクライムを現実に引き戻したのはラキュースだった。
「はいはい、ご馳走様。全く、クライムの事となるとおかしくなるんだから………」
毎度毎度の事で慣れた様子のラキュース。それが少し恥ずかしくて、けれど表に出さないように表情筋に力を込める。
「それより、急にどうしたの?そんな噂、ごまんとあるわよ」
「でも、少し前から首斬り事件が起きてるでしょう?私の領地で被害はないけれど、王都では既に数件。八本指に縁のある施設ばかり狙われてるから、亡剣が現れたって噂よ?」
確かに、王都だけに留まらず、あらゆる領地で発生している首斬り事件。共通しているのは、どれも良い噂を聞かない人物だったり、施設だということのみ。
発生場所も、時間も、全てばらばらなそれに、御伽話の亡剣が関わっていると噂されるのも仕方がない。
けれど、クライムの脳裏には一人の男が思い浮かぶ。
(…………あの方なら)
いつか見た、ブレインの一刀を難なく受け止めた、灰色の瞳の剣士。自身では遠く及ばない、天上に座するあの剣士ならばと、そう考えてしまう。
伝承の中と同じ刀を持ち、幽鬼のようなあの男ならば、目撃者の少なさにも納得がいく。
「冒険者としての、ラキュースの見解を聞きたいわ」
「…………正直、助かってる部分はあるわ」
冒険者とは思えない、その白魚のような指先がティーカップの淵を撫でる。
言葉とは裏腹に、憂いを秘めたその表情は、仕草も相まって美しいの一言。
「処された貴族は全員、後ろ暗い噂がある人たち。それに、八本指の拠点も幾つか落とされてたわ。ラナー、貴女からの依頼で、黒粉の栽培地の調査依頼があったでしょう?」
「えぇ…………まさか?」
「その通り。全員、首を落とされてたらしいわ。でしょ、ティア」
「間違いない。私たちの仕事、横取りされた」
ちらり、とラキュースが目配せすれば、ティアが答える。
黒粉と呼ばれる、王国内で蔓延する麻薬。その拠点の侵入、襲撃の依頼だったが、ティアとティナの担当箇所は既に機能していなかった。
村ひとつ、その周囲を壁で取り囲み、護衛も付けた要塞。けれど、蓋を開ければ全員の首を落とされていたのだ。男たちの欲の捌け口であったのだろう、ボロボロになった女性たちを含めて。
その鮮やかな斬り口とやり方は、間違いなく昨今噂される亡剣の所業。
元の生活に戻ることは不可能だった彼女たちに、救いなど与えられるはずない。けれど、どうしてそこまでやるのだと、そう憤る気持ちがラキュースにないかと言われれば嘘になる。
「私たちの仕事が減ったことは、素直に感謝するわ。けど、そのやり方は評価できないわ。私刑を容認すればどうなるか、わかるでしょう?」
「えぇ。現に、被害に遭った貴族の領地は酷いものらしいわね」
後継が育ってないのか、それとも八本指に操られているのか。後釜の貴族は領地で好き放題。貴族派内ではその引き継ぎも曖昧なようで、統率は取れていない。
幸い、六大貴族と呼ばれる重鎮達は無事であり、そのお陰で一先ずの均衡は保たれているが、それも時間の問題だろう。
窮地に追い込まれる貴族派がどうなるか、ラキュースには予想はつかない。ただ、敗れかぶれのクーデターを起こす可能性は否めない。
「貴族の私として、今回の下手人は認められないわ。必ず捕まえてみせる」
「頼もしいわ。ねぇ、クライム?」
「え、は、はい………」
えらく歯切れの悪い返事を思わずしてしまう。
クライムとて、やり方が悪いという事は今の話の中で理解できる。だが、脳裏に浮かぶ男をラキュースたち蒼の薔薇が捕えられるのか、と言う疑問がつい出てしまったのだ。
「………やる気あるのはリーダーだけ。私たちは特に。胡散臭い貴族が死ぬなら万万歳」
「コラ、ティア‼︎」
一瞬生まれた微妙な間。助け舟のつもりなのか、それとも単なる愚痴なのか。ぽつり、とティアが言葉を零した。
王族の前でなんてことを言うのだと、すかさずその脳天にラキュースが一撃入れる。
「痛い。リーダーの鬼」と患部を抑えて抗議するが、当然聞き入れられない。
くすくすと、面白い寸劇に笑うラナーに気にした様子は見られない。
「はぁ、まったく…………ごめんなさいね、ラナー」
「いいえ、気にしないで。それより、そろそろ時間は大丈夫?」
「ん、そうね。そろそろお暇させていただくわ。クライム、またね」
「少年、また今度」
腰を上げたラキュースとティアの二人。失礼のないように頭を下げると、素早く扉へ。そんな事しなくていいのに、と笑うラキュースたちを見送ると、再びラナーの側へ。
話を反芻しているのか、思案顔の主人の顔に少し見惚れ、すぐに頭を振って邪な考えを追い出す。
平民と王族。立場が違いすぎる身として、この恋心に蓋をしなければならない。ぐっと奥歯を噛み締めて、耐え忍ぶクライムの耳に、ラナーの小鳥の囀りのような声色が届く。
「ねぇ、クライム。あなたから見て、噂の人物はどう思う?」
「…………私ごときの意見など」
「あなたの意見が聞きたいの。お願い」
無意識のうちなのだろうが、上目遣いで頼まれてしまえばクライムには断れない。あの時の男と、噂の人物が同一だと確証はないけれど、素直な感想を吐露する。
「…………一介の戦士として憧れがない、と言えば嘘になります。それだけの力があれば、どれだけラナー様のお役に立てるのかと」
「今でも十分なくらい、あなたは立派よ」
「ありがとうございます………」
ラナーからの褒め言葉は嬉しいが、それよりも胸中に渦巻くのは口惜しさ。
自身にもっと才能があれば、その一端さえあれば、ラナーの負担を減らせるというのに。
「………そう、ええ。ありがとう、クライム」
今はただ、その温和な笑みに応えるべく、遮二無二の努力を決意するクライムであった。
◇◆◇◆
クライムが退出し、お付きのメイドも部屋の外へ。一人残るラナーの表情に、先ほどの面影はなく、感情も何もない、無のみが浮かんでいた。
頭の中を駆け巡るのは、手に入れた情報。籠の中の鳥の様なラナーであるが、ラキュースから聞いた情報を初め、メイドの他愛もない噂話からさえも有益な情報を引き抜く。
そうして、数多の情報の中から導き出された答え。
(噂の人物ーーー亡剣は確かに存在する)
噂話や御伽話、そして僭称の類でもなく、その名を受け継いだ本人がいると確信していた。
元を辿れば300年前からある御伽話。理不尽を斬り、不条理を許さない、孤高の剣士。そのモデルがいたのは間違いなく、そして物語と同じ手口を難なく行えるとなると、自然とそう答えが出る。
(問題は、出現ポイントがわからないこと)
首斬り事件は王国内だけでなく、帝国でも起こっているのだ。まるで複数人の仕業かと思われるが、それだと目撃情報の少なさに説明がつかない。
よって、亡剣は単独。特殊な移動手段を持っている、ということはわかる。
クライムは接触した事があるようだが、定期的にというわけではないのだろう。ならば、流浪の身にして、目についた悪人を斬っているという事になる。制御は難しいだろう。
(この程度の事、あの人たちなら既に理解しているはず。なら、どうやって計画に組み込むつもり?)
王国民一万人を拉致し、偽りの悪役をと英雄を生み出す計画。
民が巻き込まれる事に忌避感を覚えることなど、ラナーにはない。ただ、精々役立ってくれと思うくらいだ。
ラナーの目的はクライムのみ。
あの可愛らしい子犬のような瞳で、ずっと、いつまでも、自分を見つめるようにしたいのだ。
そのためならば、国民どころか国全てを売り払う。こんな腐敗しきった国など、遅かれ早かれ崩壊するのだ。ならば、少しでも自身の役に立ってるくらい問題ないだろう。
(けれど、万が一の可能性は………)
もし、亡剣がラナーの協力者ーーーナザリックに勝利を収めたら、ラナーの計画もご破産。その時、どの様な手を打つ事が最善か。
(………理念で動く相手、ね。扱いづらい部類だわ)
利で動くのならば買収できる。
名で動くのならば誘導できる。
だが、理念で動く者は、折れない。
その先が例え、地獄であろうと道を譲る事はない、ラナーが苦手とする相手だ。
(どう転ぶにしろ、万が一の保険は必要ね)
「おや………その思考は、我らへの不審に繋がりかねませんが?」
瞬間、背後から聞こえた穏やかな声に、背筋が冷たく撫でられる。だが、それを表に出すような、下手な真似はしない。
腰掛けていた椅子から降りると、片膝をついて臣下の姿勢を向ける。一国の王女にあるまじき行動であるが、目の前の存在はラナーにとってのパトロンであり、絶対者の
「ご冗談を、デミウルゴス様。この身、この命、全てはアインズ・ウール・ゴウン様のために捧げておりますわ」
「なら、いいのですが」
嫌に友好的な笑みを浮かべたデミウルゴスは、その姿勢が正しいとばかりに頷く。
主人を失った椅子へと、まるで当然とばかりの仕草で代わりに腰を下ろすと、異形の尻尾を振ってラナーへと質問を投げかける。
「では、報告を聞きましょうか?」
「はい、デミウルゴス様」
そうしてラナーの口から紡がれる、亡剣の情報。噂話や御伽話から集めた答えにしては的を得ていて、デミウルゴスの口角は自然と上がる。
全くもって、面白い個体だと。
他の人間には遠く及ばない、その知能と精神は、正に精神的異業種と呼ぶに相応しい。
何せラナーは、ただクライムを側に置いておきたいが為に、自分の国をナザリックに差し出すのだ。
悪魔らしく、契約を破棄して絶望に歪んだ顔を見てみたいという欲に駆られるが、ナザリックの利益をもたらす間であれば我慢してやってもいいだろう。
(それがわかっているからこそ、こうして頭を下げているのでしょうが)
「ーーーと、愚策いたします。いかがでしょうか?」
「いやはや、素晴らしいですね。情報が限られる中、そこまで献策を立てるとは」
ぱちぱちと、デミウルゴスにしては珍しく賞賛の拍手を送る。
それほどまでに、ラナーが出した作戦はデミウルゴスの好みであり、何よりナザリックの方針に沿っていた。
恭しく頭を下げるラナー。そして、拍手が止んだタイミングで、ふと質問を投げかけた。
「褒美、という訳ではありませんが、ひとつだけお伺いしたいですわ」
「ふむ…………いいでしょう。ただし、ひとつだけです」
「ありがとうございます。それではーーーデミウルゴス様ご自身は、亡剣をどう評価されているのですか?」
気持ちよく、悪辣に指を立てていたデミウルゴスの笑みが、わずかに深まる。
予想の範囲内であり、そして、最も核心に近い問い。
この女は、黄金姫と呼ばれる個体は、デミウルゴスに対して知恵比べできると思っているのだ。
喉の奥でくつくつと笑う。ナザリックにおいて、至高の御方から賢くあれと、そう創られたデミウルゴスに対抗できると、そう思い込んでいるのだから。
(面白いですね。この滑稽劇がいつまで見れるものか………それもまた一興)
「興味深い個体ですよ。ナザリックの策に組み込まれる程度には、価値がある」
「なるほど………最近の亡剣事件、そのいくつかはナザリックが?」
「質問はひとつだけ、ですよ」
「失礼しました」
実際、直近の事件、その多くはナザリックの仕業。亡剣の反応を見るための、些細な刺激に過ぎない。
ご丁寧に教えてやるつもりもない。知恵比べをしたいのなら、そこまで読んで見せろというデミウルゴスからの挑戦状。
薄く笑みを浮かべたラナーはそれを受け取り、そうして意味を読み取る。
(…………矮小な人間の、滑稽劇とでも思っているのでしょうね。いいわ。侮るなら侮りなさい。視界に入らない駒ほど、動かしやすいものはないわ)
「では、アナタならこの個体を、どう扱いますか?」
「無論、誘導しますわ。亡剣の英雄化、それが目的なのでしょう?」
そこまで読み解いたかと、デミウルゴスはより一層笑みを深めた。ならば、ナザリックが求めているものも、自ずと理解できるだろう。そして、同時にその対抗策も。
(構いません。幾ら知識が優れていようと、所詮籠の中の鳥。動かせる手足は少なく、我々の障害にはなり得ないのですから)
(精々、見下していればいいわ。私にはただ、クライムがいればいいのだから)
互いに笑みを浮かべたまま。その思考は、確かに交差していた。
ーーーだが、その視線が決して交わることはない。
やがて、デミウルゴスは満足げに席を立つ。その背を見送りながら、ラナーは静かに微笑んだのだった。