亡びぬ火、名もなき剣   作:桜大好き野郎

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理解の外側

 

 

 八本指が抱える拠点のひとつ。警備部門が訓練に使う施設にて。

 高い塀の向こうに広がる庭は、普段ならば警備部門に属する者が鍛錬しているだろう。けれど、今は違う。

 

 広大な庭を埋め尽くす程の人に溢れ、その中心部は切り抜かれたように輪が広がっていた。

 

 その中央で相対する二人の人間。男と女、そのどちらも身体は細く、骨と皮しか残っていないほど。

 土や吐瀉物等で汚れた襤褸を身に纏い、口の端から涎を垂らし血走った目で相手を見る。

 

 両者荒い呼吸を治めることなく、突如奇声を上げた女は男へと体当たり。バランスを崩した男の上で馬乗りになると、そのまま手の中にあるナイフを振り下ろす。

 

 まるでそれしか知らない子供のように、興奮からか声にならない声をあげながら。返り血で全身を汚しながらも、周りから上がるのは歓声と怒号。

 

 

「くそっ!ふざけんな、バカ!もっと粘れや!」

 

「大穴狙いすぎだ。黒粉中毒だぞ、あいつら」

 

「しかも、男の方はかなり漬け込んだんだろ?」

 

「うるせぇ!次だ、次!金ならまだ借りたらいい!」

 

 

 周囲にいるのはまだ家督を継いでいない貴族の者。人の生き死にを賭け事に、麻薬漬けにした奴隷を見せ物に。

 八本指それぞれが協力し、作り上げた闘技場は今日も今日とて盛況であった。

 

 そんな盛り上がりを見せる闘技場を一望できる屋敷の一室。この場を支配するゼロがつまらないと鼻を鳴らす。

 

 

「チッ、今日も現れねぇか………」

 

 

 警備から不審者の報告はなく、また首が落とされたと言う報告も上がってこない。

 まだ数回程度の開催であるが、その残虐性やエンターテイメント性から知名度は高く、知る人ぞ知るレベルだ。八本指全部門が協力しているので、当たり前なのかもしれないが。

 

 

「しっかし、こんな見え見えの罠に飛び込んで来るもんかねぇ?」

 

 

 ゼロの背後、部屋の隅でそう溢すのは六腕の一人、"千殺”マルムヴィスト。獲物であるレイピアを磨き戦闘準備は万端であるが、その視線には不信感がある。

 

 

「噂に聞く亡剣なら、ありえるかもね」

 

 

 それに答えるのは、"踊る三日月刀”エンドストレーム。五本の三日月刀が周囲を浮遊し、ウォームアップに余念がない。

 

 

「御伽話の存在を信じるなど、バカバカしい………」

 

 

 呆れた声を漏らすのは"不死王”デイバーノック。エルダーリッチでありながら魔法への探究のみを目的とする彼は、今回の騒動に乗り気でないらしい。

 

 

「だが………我々の邪魔をする存在がいることも、確か」

 

 

 ぽそり、と呟いたのは“空間斬”ペリュシアン。ウルミと呼ばれる長剣を、更に極限まで細くした特殊な武器は既に手の中に。

 

 

「ま、どうせ大したことねぇよ」

 

 

 “幻魔”サキュロントが軽い口調で締める。疑うことをやめないマルムヴィストが肩を竦めると、ゼロへと視線を向けた。

 

 

「そんで、ボス。オレたちゃいつまで待機してりゃいいんですかい?あんま長引かせても、王国に目ェつけられるでしょ?」

 

「わかってる。お前たちが暴れる時は、もうすぐだ」

 

「そりゃ、願望ですかい?」

 

「いや、確信だ。あの時の娼館の件、あれが奴の仕業なら………女を見捨てるはずがねぇ」

 

 

 

 窓の外、黒粉中毒者たちの醜い争いに、色めき沸き立つ貴族たち。噂話通りなら、御伽話をなぞるのであれば、この状況は捨て置かない。

 それに加え、今回は襲撃された娼館から連れ去られた女を人質にしているのだ。

 亡剣は必ず現れると、ゼロは断言できた。

 

 その予想が当たるといいですね、と皮肉を吐いてマルムヴィストは武器の手入れへと視線を戻す。

 人知れず拳を握るゼロの視線の先、闘技が行われる広場では司会が滞りなく演目を進める。

 

 

「さぁさぁ、ここからはメインイベント!薬中対健常者、それも女同士の戦いだ!」

 

 

 司会が指差すと同時に人混みが割れ、その先には襤褸を着たツアレ。

 セバスに拾われ、ナザリックの庇護を受けたはずの彼女。襲撃者について知っているかもしれないと攫われ、知らないとわかればこうして演目の一部へと。

 

 ボロボロだったはずの身体は、ナザリックの回復魔法により健康状態へ。愛嬌のある顔は恐怖で歪み、貴族たちの自虐心がそそられる。

 

 

「さぁさ、麗しの健常者か⁉︎はたまた獣のような薬中か⁉︎張った張った!」

 

 

 司会の声に煽られて、貴族たちは賭けを進める。後ろから煽られて広場へと押し出されたツアレ。

 その反対側には言葉を忘れた獣のような存在が、警備から抑えられその時を今か今かと待ち構えていた。

 

 正直に言えば、ツアレは泣き出したかった。

 最愛の人と出会えて、その主人から存在を認められて、これからと言う時だったのだ。

 幸せが大きいほど、その落差は酷い。心神喪失になるほどのショックだろう。

 

 けれど、下唇を噛み締めてツアレは前を向く。ここで泣いても、周りを喜ばせるだけだと知っているから。何より、セバスに申し訳ないから。

 

 

(セバス様………)

 

 

 ぐっと手の中のちっぽけなナイフを握りしめる。

 

 

(私に、力を………‼︎)

 

 

 脳裏に浮かぶ、セバスの姿。少しチクチクとした、けれども幸せな唇の感触を思い出す。

 もう一度だけでいい。彼と、もう一度口付けを交わすのだと、そんな現実逃避するかのような妄想で自身を奮い立たせる。

 

 

「さぁ、それぞれ賭け金は揃いましたか?それでは、本日のメインイベント、スタートォ‼︎」

 

 

 司会の掛け声に合わせて、女が解放。歩き方を忘れたのか、四足歩行のような動きで一目散にツアレへと。

 怖い、と脚が震える。構えたナイフの先が上下左右に揺れ、歯がカチカチと音を鳴らす。

 

 

(ッ‼︎まだ………こんな所で、死ぬわけにはーーー‼︎)

 

 

 それでも歯を必死に食いしばり、慣れない動きでナイフを振り上げる。そして、薬中の女がツアレに飛びかかった刹那である。

 

 

「ーーーは?」

 

 

 ころり、と転がる女の頭。力を失った胴体がもつれるように地面に転がり、遅れて血が吹き出る。

 

 固まって呆けた声を出したのは何もツアレだけではない。その周囲の観客や、司会も同じ反応だ。

 

 何せ、気づいた時には首が転がり、そして中央には見慣れない男が立っていたのだから。

 

 

「…………」

 

「な、なんだ、貴様ーーー」

 

 

 いち早く異常に気がついた司会が男へと脚を伸ばそうとする。けれど、不思議なことに身体は動かず、自身の意思とは裏腹に視界がブレる。

 

 首が落とされたのだと、そう理解する頃にはその意思はなく、最後に聞こえたのは納刀の音だけ。

 

 

「な、に…………?」

 

 

 キン、と納刀の音が再び響く。次の瞬間、観客たちの視界が、揃って傾いた。遅れて噴水のように噴き出した血が周囲を赤く染め、闘技場を血の海へと。

 

 ただ一人、無事だったツアレは限界だったのか、それとも異常な光景を目の当たりにしたショックか、崩れるように倒れて気絶。

 

 男はそれを一瞥するだけ。助けるでもなく、声をかけるでもなく。

 呼吸と血色から放置して問題ないと判断すると、その灰色の瞳を屋敷へと向けた。

 

 

「よォやく出てきたな」

 

 

 パリン、とガラスの割れる甲高い音が響く。次いで重いものが地面にぶつかる音と、撒き散らされる血飛沫。上空から叩きつけられるように落ちてきたゼロが口角を上げて、男を睨んだ。

 

 

「テメェが亡剣か………」

 

「…………無道の者」

 

 

 ゼロの問いには答えず、男は刀の柄に手を置く。けれど、すぐに挑もうとする様子はない。視線はゼロだけでなく、その周囲へと張り巡らされていた。

 

 やはり気づいたかと、ゼロはほくそ笑むと指笛を吹く。その音に合わせて、屋敷の窓や広場の死角、茂みの中からいくつもの鏃が覗く。

 その照準は全て男へと向けられており、逃げ場はない。

 

 

「やぁ〜っと追いついた…………」

 

「どれだけ楽しみにしてたのさ、ボス」

 

「ふん、さっさと終わらせよう」

 

「同意………」

 

「へぇ、案外強そうじゃん」

 

 

 遅れて屋敷から出てきたのは、残りの六腕。

 口調は軽いが、邪魔をされた鬱憤はあるのだろう。それぞれが獲物を構え、男の一挙手一投足に意識を向ける。

 

 

「ふん、テメェには散々邪魔されたからな。警備部門全員で出迎える、特別待遇だ。光栄に思えよ?」

 

「…………」

 

 

 会話するつもりはないのか、半身になった男は腰を低く落とすだけ。そこに焦りも後悔も見当たらない、灰色の瞳はどこまでも凪いでいた。

 

 さしものゼロでさえ足踏みするような状況でありながらも、男は生き残るつもりなのだ。それを察した六腕は苛立ちを。ただ一人、ゼロだけが獰猛な笑みを浮かべていた。

 

 動物の霊魂を憑依させて身体能力を底上げするシャーマニック・アデプト。身体に刻まれた“足の豹(パンサー)”“背中の隼(ファルコン)”“胸の野牛(バァッファロー)”“頭の獅子(ライオン)”の刻印を起動させ、男と同じように半身に構える。

 

 

「はぁああああ‼︎」

 

 

 一斉使用は制御が効かず、ただ真っ直ぐ進んで殴るだけしかできない。だが、単純故に強力。これまで幾人もの敵を屠ってきた、ゼロの切り札。

 

 

「死ねぇええ‼︎」

 

 

 ゼロが動き出したと同時に、背後の六腕たちも動き出し、番た矢が飛ばされる。

 

 迫る拳と剣。放たれる矢。

 

 ーーーだが、その全てが、僅かに遅い。

 

 キン、と納刀の音だけが、遅れて響いた。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 六腕の報復により連れ去られたツアレ。その救出に動いたセバスは、目の前の光景に思わず足を止めた。

 

 

(………これは)

 

 

 広場の中央。六人の男女が、円を描くように立っている。

 

 ーーーいや、違う。

 

 立ったまま、動かない。

 

 

 武器や拳を構えた姿勢のまま、視線を一点に向けたまま、まるで時が止まったかのように静止している。

 

 

(何かと戦っていた………?いや、戦おうとしていた?)

 

 

 セバスが一歩踏み出した瞬間、まるで思いだしたかのように全員の首がズレた。

 首が血の海の中を転がり、遅れて血を噴き出した胴体が崩れ落ち、大地を赤く染めていく。

 

 その中に沈む、ツアレを見た瞬間セバスは駆け出す。

 

 

「ツアレ‼︎」

 

 

 呼びかけには応じず、けれど抱き上げた身体に傷はなく、呼吸も安定している。とりあえずは一安心。ホッと胸を撫で下ろすセバスは、次に死体へと目を向けた。

 

 

(…………あの存在、ですか)

 

 

 その鋭利な切り口を見れば、誰の仕業かなど一目瞭然。ナザリックでも警戒対象に挙げられる男の仕業だ。

 

 死体の男たちはその存在に挑もうとしていたのだろう。けれど、勝ちを確信したまま落とされた首が語る。勝負の土台にすら上がっていないと。

 

 

(戦闘の形跡はない。恐らくは囲んだ段階で、既に…………しかし、なぜツアレだけが無傷?)

 

 

 腕の中で規則的な寝息を立てる存在に視線を落とす。

 彼女を保護した後話を聞いたが、そのような存在に心当たりはないらしく、ナザリック側の調査にも異常は見られなかった。

 

 

(何より不可解なのは、足跡が不規則なこと………)

 

 

 本来なら、指向性を持つはずの足跡。けれど、残されたものに指向性どころか一貫性もなく、好き勝手に踏み荒らしたかのようなものしか残っていない。

 

 

(転移魔法のような…………いえ、それだと足跡の説明がつかない………とにかく、アインズ様に報告しなければ)

 

 

 伝言(メッセージ)の魔法は使えず、影に潜む悪魔に頼むだけでいい。

 ちらり、と足元の影に視線を向けて、ここでの出来事を報告するように伝える。それを察した悪魔はすぐさま行動。視覚的変化はないが、気配で悪魔が移動したことをセバスは確認する。

 

 遠くの空を見上げれば、炎の壁が噴き上がっている。王都の一区画を包み込む、高さ三十メートルを超える壁。それはつまり、ナザリックの作戦が問題なく進められているということだ。

 

 

「…………急ぎましょう」

 

 

 アインズの慈悲があってこそ、こうしてセバスは作戦から外されてツアレの救出に迎えたのだ。

 ここで時間を浪費しては、今度こそ合わせる顔がなくなる。

 ひとまずはツアレを安全な場所へーーーナザリックへと運ぶためにセバスは動き出す。

 

 ーーー夜の闇に紛れて動く、悪魔が斬られたことなど知らずに。

 

 

 

◇◆◇◆

 

獄炎の壁(ヘルファイヤーウォール)

 

 

 相対するイビルアイの背後。逃した仲間達の方向から熱波が叩きつけられる。

 

 信じられない、と振り返った先に目にしたのは、夜の闇より暗い炎の壁。それに包まれたガガーランとティアが人形のように踊り、そしてゴミのように大地を転がった。

 

 炎が幻のように消えた後にも二人が動く気配は皆無。その場まで駆け寄りたい気持ちを抑え込む。信じられないが信じる他なかった。

 

 イビルアイにはわかっていた。

 あれが致命傷だということを。たったひとつの攻撃で苦楽を共にした仲間が二人殺されたということを。

 

 歯を食いしばって悲鳴を殺す。

 

 

「ギリギリのラインで止める予定でしたが、想定よりも弱かったようですね。あの程度の炎で死ぬとは。お悔やみ申し上げます」

 

 

 心の底から残念そうに男は深々と頭を下げた。そのあまりにも態とらしい態度に、イビルアイは最早感情を抑えることが出来なかった。

 

 彼我の実力差は理解していた。

 けれど、目の前の男は。銀のプレートに包まれた尻尾を持つ仮面の異形は、敵とさえ見做していなかった。

 

 立ち向かう者と逃げる者がいるから、先に潰しておこうと、その程度の認識でしかなかったのだ。

 

 

「難しいですね。死なない程度の手加減というのは………ん?」

 

 

 それまで朗々と語っていた男が言葉を止める。代わりに、頭に手を当てて遠くへと視線を向けた。

 街に放った部下から報告が入ったのだ。

 

 

『デミウルゴス様、ご報告です』

 

『ーーー現れたのですね?』

 

 

 部下の報告を全て聞くまでもなく、デミウルゴスは言い当てる。言葉を失い、そして一息の間の後に肯定を。

 

 やはり予想通りだと、仮面の下でデミウルゴスは笑みを浮かべ、次なる指示を飛ばす。

 だが、その隙を見逃すイビルアイではない。

 

 

魔法抵抗突破最強化(ペネトレートマキシマイズマジック)水晶の短剣(クリスタルダガー)‼︎」

 

「悪魔の諸相:豪魔の巨腕」

 

 

 通常よりも巨大な水晶の短剣が作られ、射出される。だが、デミウルゴスはそれを躱すでもなく身体で受け止めた。

 スキルで無効化された短剣はデミウルゴスを傷つけることなく、お返しとばかりに肥大化した右腕がイビルアイを襲う。

 

 

損傷移行(トランスロケーションダメージ)

 

 

 視界が真っ暗になると同時に衝撃を感じ、大きく吹き飛ばされる。視界がぐるりと回転し、自分がどこにいるかもわからない。

 

 石畳に叩きつけられ、衝撃でボールのように身体が浮かぶ。そしてもう一度叩きつけられ、ざりざりと滑っていく。

 

 しかしーーー無傷。

 

 直前で発動した魔法により、肉体ダメージは魔力ダメージへと変換されたのだ。それがなければ今頃、イビルアイは半死の状態に追い込まれていた。

 

 飛行(フライ)の魔法によりあり得ざる動きで起き上がったイビルアイ。

 自身の持ちうる手札で、目の前の悪魔をどこまで相手できるのか計算。だが、どう足掻いても勝てるビジョンが浮かばない。

 

 

(ッ‼︎何を弱気になっている‼︎)

 

 

 頭を振って、絶望に折れそうになる心を奮い立たせる。

 脳裏に呼び起こすのは二百年前のこと。世界を埋め尽くさんばかりの悪魔たちを、命をかけてたった一人で屠った女の存在。

 

 どれだけ絶望的でも、困難が目に見えていても、あの女はーーー亡剣は退くことをしなかった。

 いつだって、理不尽を嫌い、弱者の為の剣になっていた。

 

 

(ああ、そうだ。私だってこんな理不尽、受け入れられるわけがない‼︎)

 

「いくぞ、化け物‼︎」

 

「失礼ですね。私のことはぜひ、ヤルダバオトとお呼びください」

 

 

 恭しく腰を曲げるデミウルゴス。迫り来る水晶でできた騎士槍は痛痒なダメージさえも与えず、身動きひとつ乱せない。

 

 だが、それでいいとイビルアイ攻撃の手を緩めない。

 意識をこちらへと集中させて、悪魔共々街の外へ逃げるつもりなのだ。

 

 

(二人の死体は、ラキュースたちに回収してもらえばいい!今はとにかく、被害を少なくする‼︎)

 

魔法最強化(マキシマイズマジック)結晶散弾(シャドーバックショット)‼︎」

 

「悪魔の諸相:触腕の翼」

 

 

 けれども、それは読まれていたのだろう。

 イビルアイの手のひらから生み出された、拳より若干小さい水晶の散弾。それを受け止めるでもなく、背中から生やした気味の悪い触手で出来た翼を一振り。

 

 翼とは似ても似つかない、鋭利で平たい触手が射出され、水晶を破壊。そのまま射線上のイビルアイを傷つけた。

 

 

「ぐっ、ぁああああ‼︎」

 

 

 

 空中を飛んでいたイビルアイは撃墜。今の一撃で足に怪我を負い、残りの魔力も心許ない。悪魔を街の外へ連れ出す作戦は遂行不可能となった。

 

 それでもイビルアイは諦めない。墜落して体勢を整えていないというのに、攻撃の手は緩めない。手のひらから生み出される水晶の散弾は、けれど悪魔には届かない。

 

 

「はぁ………あまりにもしつこいですね」

 

 

 この後はモモン扮するアインズが乱入する予定。その目撃者のために生かしておくつもりだったが、その執念深さに辟易とするデミウルゴス。

 

 いっそ、別の存在を用意するべきかと本気で悩んだ瞬間であった。背骨を直接触られたような、不気味な悪寒が走ったのは。

 

 

「ッ⁉︎」

 

 

 それは本能的な行動。

 身体が勝手に動き、気がつけば大きく後退していた。デミウルゴス自身、意図しない動き。呆気に取られるよりも早く理解する。

 数秒前まで自分がいた空間に、男が立っていた。

 

 

「………亡剣、ですね?」

 

「……………………」

 

 

 温度のない、灰色の瞳がデミウルゴスを貫くだけで返事はない。その代わりとばかりに、男は半身になって腰を低く落とす。

 

 

「亡、剣…………、ッ‼︎逃げろ‼︎奴は、かつての魔神すら凌ぐ強さだ‼︎」

 

 

 男の背後、イビルアイからの警告。だが、それが聞き入れられないことは他でもない、イビルアイが理解していた。

 

 その程度で止まるのであれば、亡剣などと呼ばれていない。

 

 

「噂はかねがね。なんでも、数百年を生きるとか。本当ですか?」

 

「………………無道と語る言葉、なし」

 

「つれないですね」

 

 

 予想よりも遅い登場。恐らく周囲の配下たちを殺してまわっていたのだろうと当たりをつける。

 優先順位を図る為、配下たちには人を襲うように指示していたのだ。

 

 

(報告を挙げるようにしていましたが…………レベル八十台では話にならない、と。やはり、レベルは百と見ていいでしょう)

 

 

 敵対するデミウルゴスに焦りはない。目の前の存在、その行動ひとつひとつが手札を晒しているようなものなのだ。

 それはじわじわと追い詰められるのと同義であり、それさえ揃えば如何様にも対処できる自信がデミウルゴスにはあった。

 

 

(まずは小手調べ、ですね)

 

 

 翼を振るい、触手を飛ばす。先ほどよりも遥かに多い触手が放たれた。視界を埋め尽くす触手の群れは、しかし瞬きする間もなく全て両断される。

 

 また手札が一枚捲れたと、仮面の下でデミウルゴスは笑う。

 

 

(私でも目視不可能………つまり、速さに特化した構成。その分、攻撃力は低いーーーいや、条件次第で、一時的に跳ね上がる類と見ていいでしょうね)

 

「悪魔の諸相:豪魔の巨腕」

 

 

 次は肥大化した右腕が男へと迫る。

 デミウルゴスの予想ならば、この一撃は斬られずに躱す。だが、その背後には守るべき弱者の存在。

 

 抱えて退くか、見捨てるか。さぁ、どうすのだ、と胸中で悪辣に笑う悪魔。

 

 けれどーーー

 

 

「ーーーは?」

 

 

 予想に反して、男は動かないーーー否、動いたと認識できなかった。

 だというのに、次の瞬間、巨腕は中央から両断され、地面へと力なく落ちる。

 

 夢が幻か。そう錯覚するほどの光景。だが、スキルが解除され、肘まで抉れたフィードバックの傷が現実だと叫んでいた。

 

 

(くっ⁉︎条件を満たしていた?それとも、あの武器の性能⁉︎とにかく、今は距離をーーー)

 

 

 脳に響く痛みがデミウルゴスを襲うが、その程度で思考は乱されない。遅延戦闘を心掛け、手札を一枚でも多く捲るのが役目なのだ。

 

 

(最悪、私の死に問題はない。だが、ナザリックの名に泥を塗るわけにはいかない‼︎)

 

 

 背中の翼を広げて、デミウルゴスは飛翔。同時に、触手を振り撒いて追撃を妨害する。空中戦への対処を探るためだ。

 

 降り注ぐ触手の雨は建物を切り裂き、男の背後はもちろん、逃げ遅れた市民へと殺到するだろう。

 

 

「…………武技、天翔(あまかけ)

 

 

 刹那、上半身が地面に平行になるまで腰を落とした男の姿が掻き消えた。遅れて、触手が次々と両断される。同時に襲う浮遊感。そして、左側から燃えるような痛み。

 反射的に視線を向ければ、腕と翼が両断されていた。

 

 

「ぐっ…………悪魔の諸相:煉獄の衣‼︎」

 

 

 気がつけばデミウルゴスよりも遥か上空にいる男。肩越しの視線がデミウルゴスを射抜き、反射的に炎を纏う。

 

 防御用のスキル、その炎の隙間からデミウルゴスは確かに見た。

 

 男が()()()()()その瞬間を。

 ーーー纏った炎ごと、切り裂いた瞬間を。

 

 

(特性や魔法だけでなく、スキルまで斬りますか………‼︎武技ーーーこの世界のスキルによるもの⁉︎空中移動もその類か⁉︎)

 

 

 胴体を両断されようとも、デミウルゴスの思考は止まらない。男は既に大地へと降り立ち、落下するデミウルゴスを待ち受ける。敗北は決定的。だが、捲れる手札はまだ残っている。

 

 

「魔将召喚‼︎」

 

 

 翼も斬られ、落下するだけのデミウルゴスは五十時間に一度使用できるスキルを発動。その間に現れたのは憤怒の魔将(イビルロード・ラース)

 

 パッシブスキルとして見に纏う炎のオーラ。ゲームでは微弱な炎ダメージを与えるだけのそれは、この世界ではただ存在するだけで周囲を焼くものに。

 

 

(スキルや魔法を斬れると言っても、所詮は人間………‼︎ 装備にも炎への耐性はないと見ていい‼︎)

 

「ッ、この熱は……水晶防壁(クリスタル・ウォール)‼︎」

 

 

 雄叫びをあげ、男めがけて拳を振り上げる魔将。肌を擽る熱にまずいと察したイビルアイが前に出て、水晶で出来た防壁を張る。

 

 少しでも熱を防ぐことができればと言う、親切心。自身も熱に炙られる事を厭わない、その捨て身の覚悟に男は僅かに口元を歪めた。

 

 

「あっ、おい‼︎」

 

「…………武技、神域」

 

 

 だからこそ、水晶の防壁よりもさらに一歩踏み出した男。発動した武技により範囲内の情報が一気に流れ込む。その情報量に、思考が一瞬軋むが、それでも視線は揺るがない。

 

 薄暗く、仄かな熱を持つ瞳は魔将を、その先のデミウルゴスを捉える。

 

 

「ォオオオォオ‼︎」

 

「亡剣‼︎」

 

 

 魔将の叫びと、イビルアイの悲痛な声が重なる。これで殺せるとは、デミウルゴスも考えていない。だが、手傷くらいは負わせられると確信していた。

 

 しかしーーー

 

 

「…………武技ーーー」

 

 

 ぽつりと、男が零した言葉を最後に、世界から、音が消える。

 気がつけば鞘から刀が引き抜かれ、街を取り囲む炎に怪しく照らされていた。

 

 

「な、に………?」

 

 

 ずるり、とデミウルゴスの目の前で魔将が左右に両断される。遅れて世界が思い出したかのように動き出し、斬撃の軌跡に沿って暴風が吹き荒れた。

 その風に煽られてようやく、自身も両断されていることに気がつくデミウルゴス。

 

  左右に分たれた身体が宙を舞い、鮮血が大地に降り注ぐ。

 

 

(私が、負けた………?まさか、人間風情に…………?)

 

 

 理解はできる。状況も、敗因も。だがーーー

 

 

(……何を失った?)

 

 

 思考が、噛み合わない。

 連続しているはずの認識に、わずかな断絶がある。

 何か大事なものを失った喪失感がある。

 

 記憶でも、経験でもない。それらを束ねている何かが、欠け落ちている。

 

 

(いや、これは―――)

 

 

 その結論へと至る前に、思考そのものが切断された。

 ぼとりと、ゴミのように大地を転がる破片。それは確かに、先ほどまでデミウルゴスであった、何かに過ぎない。

 ちらりと一瞥した男の瞳に達成感はなく、ただどこまでも凪いでいた。

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