ゆかりさんと、アリアルさんと。   作:竹@竹林にて。

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喫煙所にて

 

「やあ、ゆかりさん。奇遇だね」

「あ、どうも」

 

 スタジオ外にある喫煙所で紫煙を燻らせながらゆかりはスマートフォンを弄っていた。そこへ、缶コーヒーを片手にアリアルが入ってくる。軽く返事をしてゆかりはスマートフォンへと視線を戻す。アリアルはそんな彼女の斜め隣りに座ると、カシュっとコーヒーをタブを開けて口を付ける。

 

「どうでした?さっきの収録は」

「ちょっと微妙、かな。如何せん新人だからね。まだマスターの方も調声には苦労してるみたいだし、一度休憩を入れようって話になってとりあえずここに来させてもらったよ」

「はぁ。結構大変そうですね」

 

 アリアル。Coefontという最近設立された事務所に所属するソフトウェアトークで、その声質など初めて聞いた時ゆかりは目を見開くほどに驚いた。この実力なら早くから妹のミリアルや弟分のアベルーニ共々即座に活躍できるだろうと思っており、実際既に引く手数多となっている。一方で、彼女は少し変わり者な面もある。より正確に言うならば、所謂残念系美人にカテゴライズされるタイプの女性だ。博識なようで簡単に騙されたり、子供向けのホビーを目を輝かせながら楽しんだり。それもまた彼女の魅力であると、少なくともゆかりは考えているのだが。

 そして、このアリアルだがゆかりが不可解に思うのが喫煙所での彼女の振舞いである。時折入り浸っては煙草を求めて集まってくる他の音声ソフト達と会話を弾ませたり、かと思えば一人で適当な飲み物を傾けながらスマートフォンに視線を落としたり。兎に角、一見するとやってくる喫煙者と同じように過ごしているが、彼らとは一線を画す特徴がある。煙草を吸わないのだ。喫煙所が混みあって来れば席を立つなどの気遣いを見せてくれるので大きな問題にこそならないが、それを不思議がる音声ソフトも少なからずいるのも事実で。

 

「そういえば、ですが」

「うん、どうしたんだい?」

「アリアルさんは煙草とか吸わないんですか?」

 

 そこで、ぴくりと反応を見せた。まずったかな、なんてゆかりは思ったが、アリアルは気まずそうに視線を逸らして、絞り出すように言う。

 

「…昔、興味があって吸ったことはあったよ。でも、僕にはちょっと合わなくてね。なんでだろう、ただ匂いを嗅ぐだけなら全然問題ないし、なんなら煙草の匂いも好きなくらいなのにね。そういう体質なのかな」

 

 そうですか、とゆかりは相槌を打ってアリアルの顔へと視線を移す。その表情は恥ずかしさを誤魔化すような、撮影時に見せる表情とは違った幼げで可愛らしさすら感じるもので。くすり、とつい笑みが零れてしまう。

 

「…あぁ、恥ずかしい!このことは皆には内緒にしてくれよ、ゆかりさん!」

「はぁいはい、分かってますって」

 

 むぅ、とアリアルはまだ不服そうにじとりとゆかりに視線を送る。それを受け流しながら、ゆかりは二つ目の問をぶつけてみることにした。

 

「じゃあ、どうして喫煙所によく来るんです?煙草の匂いが好きだとか、会話が楽しいからだとかかもしれませんが…。あ、追い出したいわけではないのでそこは誤解ないようにしてくださいね」

「ああ、その点は大丈夫だよ。ゆかりさんはちょっと言葉足らずだけど優しい人だってのは知ってるし、他の人からも聞いているから」

 

 む、と今度はゆかりが眉をしかめる番だった。他の人って誰なんだろう、後で聞きだしてみよう。そう心に誓いながらも、とりあえずはアリアルの回答を待つ。

 

「…うん、言っちゃっていいかな。僕がここに来るのは色々目的があって、それこそ会話を楽しんだり煙草の匂いを感じたかったり。半分くらいはゆかりさんの言ってたのと同じ理由だよ」

「それなら、もう半分は?」

「うーん、会いたい人が良く来るから、かな?」

「会いたい人?」

 

 そう言ってゆかりは首を傾げる。ここの喫煙所を頻繁に利用するなんてコウ先生らの男性陣やアイちゃん先輩くらいのもの。たまにマキさんなんかも来るが、それこそたまにだ。他に誰がいるだろう?

 

「おっと、これはまだピンと来てない感じかな?」

 

 そう言ってアリアルは座席から軽く腰を上げる。そうして、ゆかりの口元から煙草を奪う。

あ、とゆかりが困惑と抗議の入り混じった言葉を零すのとほぼ同時、注意力の抜けた無防備な唇に柔らかいものが押し付けられる。

 

「分かったかな。僕の目的の半分、いやそれ以上はあなただよ。ゆかりさん」

 

 けほ、と小さく咳を零して灰皿にもう残り少なかった煙草を押し付けた。

 

「これでも僕は目的の為なら小さなことでも努力を惜しまない主義でね。———いつか必ず手に入れてみせるよ。だから、その時までよろしくね」

 

 あ、煙草は同じ箱のを後で渡すから、さっきの一本は許しておくれ。

そう、耳まで赤く染まった照れ顔に気付かないふりをしてアリアルは喫煙所を去っていく。その後ろ姿に言葉を失いながらぼんやりと眺める。

 

「ゆかりーん、ちょっと煙草一本貸して…ってなんて顔してんの?」

「あ、ま、マキさん。顔って、どうしたんです?」

「いや、なんてぇか真っ赤っかよ?風邪でも引いた?」

「あ、ああ、いや、大丈夫です!特に何かあったわけでは!」

「そ、そう?ならいいけれど…」

 

 そうして、煙草を一本マキに渡して、自分も同じように煙草に火をつけるも、残った唇の感触を思い出してばくばくとした動悸が止まってくれる気配はない。

 なんてものを残してくれたんだ。ゆかりは内心独り言ちて口内に一層強く感じるほろ苦さに意識を集中させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ、姉さん。ちょっといいです?」

「やあ、どうしたんだいミリアル?」

「吸っては直ぐに咳き込んで火を消す癖に、なんで煙草なんて買ったのですか?」

「あぁ、これかい?…まぁ、必要経費ってやつさ」

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