これは本当に初めてのジャンルなので、今まで以上に痛い文章になってると思います。
温かい目で見てもらえると嬉しいです。
朝は、静かだった。
まだ目覚ましが鳴る前だというのに、雨宮カグヤは自然と目を覚ましていた。
眠気を振り払うでもなく、ただぼんやりと天井を見上げる。
視界に映る見慣れた白い天井は昨日と何も変わらない。
けれど、カグヤの中ではすでに今日という1日の流れが無意識のうちに組み立てられていた。
ゆっくりと身体を起こし、窓へ目を向ける。
カーテンの隙間から差し込む朝の光はまだ弱く、街も完全には目覚めていない。
だが、その静かな空気の中で、カグヤの胸の奥には小さな違和感が残っていた。
――来る。
理由はない。ただ、そう分かる。
いつ、どこで、何が起こるのかまでは見えない。
ただ、ぼやけた輪郭だけを持った“予感”が、頭の奥底に沈んでいる。
それは形を持たないのに妙に重く、確かにそこにあった。
「……まだ、朝か」
小さく呟き、カグヤはその感覚を振り払うように立ち上がった。
考えても仕方がない。起きるなら起きる。それだけだ。
制服に着替え、鏡の前に立つ。
茶色の長い髪を手早く整えながら、鏡の中の自分を見つめる。
整いすぎている、と他人にはよく言われる顔だった。
無表情でいるだけで近寄りがたいとも言われる。
けれど、彼女にとってはただ見慣れた顔でしかない。
綺麗だとか、そういう評価に興味はなかった。
何も感じない。何も映らない。
鏡の向こうの自分が、ただそこにいるだけだった。
視線を外し、そのまま部屋を出る。
廊下を歩く足音は驚くほど静かで、自分だけがこの家の中で浮いているような気がした。
リビングに入った瞬間、明るい声が飛んでくる。
「おはよ、お姉ちゃん」
振り返ると銀色の長い髪を揺らしながらやって来たのは、妹のミコトだった。
カグヤとは正反対の、明るく人懐っこい笑顔を浮かべている。
「……おはよう」
「今日も早いね。ていうか、またちゃんと寝てないんじゃないの?」
「…寝てる」
「絶対嘘」
即答だった。
カグヤは特に反論しない。反論する理由もなかったし、半分くらいは当たっている。
テーブルにはすでに朝食が並んでいた。
味噌汁の湯気が立ち上り、焼き魚の香ばしい匂いが漂っている。
卵焼きも綺麗に巻かれていて、どれも手抜きのない朝食だった。
「ヒミコ姉さんは?」
「もう出る準備してるよ」
その言葉通り、奥の部屋から柔らかな声が聞こえてきた。
「カグヤ、起きてたのね。ちゃんと食べていきなさいよ」
桃色のショートヘアを揺らしながら顔を出したのは姉のヒミコだった。
エプロン姿のまま、穏やかに微笑んでいる。
「……うん」
短く返し、席に着く。
箸を手に取り、食事を口へ運ぶ。
味噌汁の温かさも、焼き魚の塩気も、卵焼きの甘さもちゃんと分かる。
でも、それだけだった。
美味しいと思う感情が、その先に続かない。
ただ身体に必要だから食べる。
それだけだった。
「今日は遅くなるかもしれないから、先に寝てていいわよ」
ヒミコがそう言う。
「……分かった」
「無理しないでね」
その言葉に、カグヤは僅かに顔を上げた。
ヒミコの優しい声。優しい表情。
それが少しだけ胸に触れる。
何か返したいと思った。
でも、うまく言葉にならない。
「……うん」
結局、出てきたのはそれだけだった。
ミコトがそのやり取りを見て、小さく息を吐く。
「ほんと、お姉ちゃんって不器用」
「……そうかも」
「そこ否定しないんだ」
軽く笑うミコトに、カグヤは何も返さない。
食事を終え、静かに席を立った。
「行ってくる」
「行ってらっしゃい」
「気をつけてね、お姉ちゃん。私もあとで行くよ」
2人の声を背中に受けながら玄関の扉を開ける。
朝の空気は冷たく、静かだった。
けれど――違和感がある。
ほんのわずか、空気が歪んでいるような気がした。
目には見えない。けれど確かに感じる。
何かが近い。
まだ“起きていない”だけだ。
「……」
カグヤは小さく目を細めたが、それ以上考えることなく歩き出した。
いつも通りの通学路を、いつも通りの速度で。
何も変わらない朝の中へ。
そして、その“裏側”で、まったく違う朝が始まっていた。
「やっべえええええええ!! 遅刻!!」
バンッ、と勢いよくドアが開いた。
振袖大輝は靴を履きながらパンをくわえ、そのまま家を飛び出すという、漫画みたいな遅刻スタイルを見事に再現していた。
「目覚まし三回止めたの誰だよ!…俺か!!」
もちろん自分だ。
誰もいない部屋にツッコミを入れながら、階段を一気に駆け下りる。
シャツは半分しかボタンが留まっていない。
ネクタイも曲がっている。髪も手で整えただけで寝癖が少し残っていた。
どう見ても寝坊した人間の姿だった。
それでも――
「振袖くん、おはよー!」
「おはよー!」
通学中の女子たちが振り返って手を振る。
整った顔立ちと高い身長。
その雑な格好でさえ妙に様になってしまうのが、振袖大輝という男だった。
「悪い! 今マジで余裕ねえ!」
片手を振り返しながら走り抜ける。
息が切れても足は止まらない。
曲がり角を勢いよく曲がり、信号をギリギリで渡り、そのまま段差を軽く跳び越える。
「っしゃあああ、間に合うかこれ!!」
バスケ部で鍛えた脚力はこういう時だけ妙に頼りになる。
着地して再び走り出した、その時だった。
ふと、視界の端に違和感が走る。
黒い、何か。
形のない影のようなものが、一瞬だけ彼の視線の中で横ぎった。
「……?」
思わず足が鈍る。
胸の奥がざわついた。
けれど、その正体なんて分かるはずもない。
「……気のせいか!」
すぐに振り払う。
そんなことより今は遅刻の方が重大だ。
「うおおおおおおおお!!」
再び全力疾走を始めた。
朝の街に、騒がしい足音が響く。
静かな少女と、騒がしい少年。
同じ時間、同じ街で朝を迎えながら、その歩幅はまだ交わらない。
この時点では、まだ何も始まっていなかった。
ただ、それぞれの日常があるだけだった。
けれど、その日常はもうすぐ壊れる。
その兆しに気づいているのは、今のところただ1人。
雨宮カグヤだけだった。
※大幅に変更しました(5/5)