◆
キヴォトスに転移した初日の夜。大きな焚き火を囲む中で、合図もなく惹かれ合う二人がいた。
「へぇ〜! コッコロちゃんは皆の分のご飯も作ってるんですね、すごいです☆」
「いえいえ、私自身がやりたいことですから。それに、そこそこの頻度で外食にも行っておりますよ」
「あの、最近気になってるんですけど。自分でご飯を作るとなると、何人分くらいからお得になるんですかね? もしそっちの方が安上がりなら、お料理に手を出してみても良いかな〜って」
「二人からでも十分お得でございますよ。あくまで私が住んでいる町での話なので、ノノミ様の住まいの近辺がどうかまでは分かりませんが」
コッコロは菜箸で焼肉をつつきながら返答する。丁度、両面が良い焼き色になった一枚を見つけた。
「このお肉はもう焼けておりますね。どうぞ、主様」
ユウキの取り皿に持っていき、彼がそれを食べるのを眺める。
「おいしいですか?」
「うん! 美味しい!」
「ねぇ、さっきノノミちゃんが安上がりって言った気がしたんだけど、気のせい?」
「いえ、気のせいではありませんよ〜」
「おお! ついに節約を覚えたの!?」
「そうしないとホシノ先輩が何も受け取ってくれないからですよ。私の貯金なんて全く気にしないでいいのに」
ノノミの発言に対し、ホシノは「いやいや、気にするよぉ」と言いながら背を向けた。別の会話の輪に入ったのだろう。
「どこもこうなるのでしょうか。主様も、出会ったばかりの頃に申し訳ないからとアルバイトを始めておりましたね」
「でも、それが尚更愛しくもありますよね! 向こうも私達のことを考えてくれてるんだなぁ……って☆」
「おっしゃる通りでございます。だからこそ、甘えて下さった時の嬉しさもひとしおですね」
「この前なんか、ホシノ先輩が自分から耳かきをしてほしいってお願いしてくれたんですよ! 最近あんまり甘えてくれなかったので、もう嬉しくて……!」
「それは嬉しゅうございますね。私の方は全くの真逆で、むしろ耳かきをお願いする方が増えてしまいました。楽しいですし良いのですけど」
「わぁ、すごいです! 耳かきが上手いんですかね? 良ければコツとか教えてもらったり……?」
「コツでございますか。うーん……やはり、どこを掻くのが気持ち良いか、何度も確認を取ることでしょうか。耳垢を取り除くのが主目的ではありますが、それを行うとより満足いただけることが多いですね」
「なるほどなるほど……道具は何を使ってますか?」
「ヘラ型の竹耳かきです。梵天も付いておりますね」
「お、私も一緒です! やっぱりあれが一番良いですよね〜」
「はい。感触が最も良いですし、耳かきをする側の方が耳垢を見やすい形状なのも高得点でございます」
「ですよね! いや〜、まさか耳かき談義が出来る方と出会えるなんて思いませんでした!」
焚き火のパチパチとした音に混じりながら、二人の会話は穏やかに続く。そんな空気の中へ、焼き網を覗き込みながらセリカが顔を出した。
「ノノミ先輩、このお肉もう取ってもいい?」
「あ〜……もう少しだけ待ちましょうか、セリカちゃん。ここがまだ赤いです」
「あ、ホントだ! 一応確認取っておいて良かったわね〜、流石ノノミ先輩!」
褒められたノノミは嬉しそうに胸を張り、「ふふ〜ん♪」と小さく鼻を鳴らす。
「主様、お口にタレが付いておりますよ。お拭きいたします」
「ん!」
一方、コッコロは慣れた手付きで紙を取り出し、ユウキの口元を丁寧に拭った。
「セリカちゃん、最近頑張ってるんですよ。私が一番多く借金を返済するんだ〜、って」
「たくましく成長なさったのですね。どういったお仕事をなさっているのですか?」
「色々ありますよ〜! ラーメン屋だったり、チラシ配りだったり……沢山掛け持ちしてますね。ちゃんと休めてるのか心配になっちゃいます」
「ああ、よく分かります、その気持ち。主様も毎日山のように予定を詰めていますから、気が気でないのです……大したことないとおっしゃってはいますが」
「勘繰っちゃいますよね〜。でももう最近はこっちが慣れてきて、せめて集まる場でゆったりしてもらおうって気持ちになってます」
「なるほど。宿屋のような……良い心構えですね」
コッコロは小さく頷きながら、網に並んだ肉を丁寧に裏返した。
「ですが、少々怖くもあります」
「怖い……それはどうしてですか?」
「主様は人と仲良くなるのがお上手ですので。いつ私の元から巣立ってもおかしくないな、と」
そう言いながらコッコロはちらりとユウキを見る。
当の本人はホシノと何かを楽しそうに話しており、こちらの会話など聞いてもいない。
「私は主様をどこまでも導くと心に決めております。しかし、嫌な想像というものはいつまでも付き纏うものですね」
「……そうですね。私も分かります」
ノノミが重々しく頷いた。
「ホシノ先輩、我が強いんです。先走る度にきちんと謝ってはくれるんですけど、正直もうしないって言葉はあんまり信じられません」
「やはり、そういうものなのでしょうか」
「不安ですよね。私がしていることが正しいのかとか、そういうことも含めて」
ノノミは少し考えるように視線を上げる。
「でも、だからこそ。いつ怖いことが起きてもいいように、少しでも今を良い日にしたいなって。私はそう思います」
「それは諦観ということですか?」
「いいえ? そうではありません。悲しくて落ち込んだ時に、私達の気持ちを持ち上げてくれる貯金を作るということです☆」
ノノミはにこっと笑った。
「きっとその日は突然です。私達の思いなんて関係なく、踏みにじるようなものですらあるかもしれませんから」
「……ありがとうございます、ノノミ様。同じお世話係として、貴方と出会えたことを誇りに思います」
偶然が生んだ、運命的な同志との出会い。コッコロとノノミのご近所付き合いにも似たお世話談義は、ホシノがお開きにするまでずっと続いた。