第9話『科学都市の呼び声』
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ヘリの後部座席から窓の向こうを眺めれば、ホールケーキに刺さった蝋燭に似たまばらなビル群が出迎える。それ自体はサンクトゥムタワーと呼ばれる巨大な建物の近辺とそう変わらないが、表面をガラスで張られた半球や、今にも転がり出しそうな正方形の施設など、所々に点在している印象的なランドマークはどこか実験的なニュアンスを感じられた。
「着いたら僕達はどうなるの?」
「どう、ね……基本的に拘束はしないわ。保護責任を全うするために、最低限の監視は付けるけれど」
「ほとんど観光客のような扱いなのでしょうか?」
「概ねそんな所よ。寝床も個室を用意しているし。違う点があるとすれば、毎朝私が実施する検査を受けてもらうことね」
「検査?」
「ええ。バイタルチェックはもちろんのこと、日によっては魔法の解析もするわ。その全てが未知で可能性を秘めているし……他の学園に貴方達を取られていたら、一体どれ程の損失になったのでしょうね」
運転席のリオは淡々と計器を操作しながら、操縦桿を軽く倒す。機体が緩やかに進路を変え、ミレニアムの中心部へと向かっていく。
「今日はこちらのタスクが多いから、それが落ち着く夜に実施するわ。それまでの間、別の生徒が貴方達の面倒を見るわね」
「そうなのですか。一体どんな方でしょう」
「優しい人だといいな!」
「少なくとも優れてはいるわ。会議の場では更なる混乱を呼ぶだけだから言わなかったけれど、実は過去に異世界から来た人を元の世界に帰したことがあるの」
二人はその言葉に目を見開き、互いに顔を見合わせた。それはつまり、帰れる可能性があるということだ。
「もうすぐ到着よ。揺れに気を付けて」
「到着ですか? まだかなり高いですが……」
「ミレニアムタワーの屋上に停まるの。この辺りでは一番高い建物だから、既に着陸直前よ」
「なるほどでございます。主様、酔ってなどはいませんか?」
「大丈夫だよ! コッコロちゃんは?」
「ふふっ。大丈夫でございますよ」
やがて機体がゆるやかに高度を落とし始める。外の景色がゆっくりとせり上がり、ごとり、と鈍い衝撃が揺らした。
ユウキがシートベルトを外して扉を開けると、その先には見覚えのない二人が待っている。車椅子に座った白髪の少女と、その横で立っている桃髪の少女だ。
「初めまして。貴方達が噂の異世界人でしょうか?」
「……部長、そういうことをいきなり聞くのはデリカシーがないよ」
「あら、確かにその通りですね。まずは自分から名乗るのが礼儀ですか」
前者が軽い咳払いをし、柔和な笑みを浮かべた。
「私は超天才清楚系病弱美少女ハッカー、明星ヒマリと申します。以後お見知りおきを」
「私はエイミ。しばらくよろしくね」
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「その、お二人は異世界から来た方を帰還させたことがあるとお聞きしているのですが。それは本当なのですか?」
軽く自己紹介を済ませ、ミレニアムタワーを出て少し歩いたところで、コッコロはおずおずと口を開いた。
「ああ、リオがそう言ったのですね。全く……誤解を生む言い方ですが、本当ではあります」
「そうなんだ! じゃあ僕達も帰れるのかな?」
「残念ながら、確実にそうとは言い切れません。何しろその例で使用した機械は、転移を行った際に自壊しているのですから」
「自壊……ですか」
「同じ手を使うにしても、似たような『施設』をもう一つ見つけなきゃいけないんだよね。部長とミレニアム中の廃墟で探してるけど、今の所は見つかってない」
「アビドス自治区も貴方達が動けた範囲に『施設』はなかったそうですし……それに、前回は既に転移されたプロセスを逆行していただけなので、転移先の座標の目星が付かなければ、そもそも『施設』を上手く利用出来ない可能性すらあります」
ヒマリはどこから投影されているのかも分からないホログラムディスプレイをテキパキと触りながら言葉を紡いだ。それを見て、ユウキは似たような芸当をしていたラビリスタを思い出す。
「つまるところ、現在の目標は二つです。一つは、『施設』を見つけ出すこと。もう一つは、転移先の座標を得ること。しばらくは前者の達成──『施設』の発見を待っていただけるとありがたいですね」
「では、これはどこへ向かっているのですか?」
「別の建物、エンジニア部のラボです。そこで貴方達に渡す物があるのですよ」
「そういえば、銃やヘイローが製作できるってリオさんが言ってたね。それのこと?」
「ユウキさんは察しが良いですね。長生き出来そうです」
「部長はデスゲームの主催者みたいな言い方だね。長生き出来なさそう」
「どうしてそんなひどいことを言うのですか?」
ヒマリが悲しげな目線で抗議するが、対するエイミは「ああ、ごめんごめん」と適当に流すだけだった。
「もう気付いてるかもだけど、キヴォトスじゃ銃とヘイローがないのはだいぶ目立つんだ。そのままだと絶対に面倒なトラブルが起きるから、それを減らすために携帯してほしいの」
「……その服装は……」
「安心してください。コッコロさんが考える通り、エイミの服装はちゃんとおかしいですよ」
「……それでも銃を持ってないよりはマシだよ」
全く反論になっていないうめきをエイミが発したところで、一行は大きな建物の前に着く。彼女が扉を開け、それ以外のメンバーは後に続いた。
教室六個分くらいの体積を有する室内はそのほとんどが空いており、物を沢山置くための広さというよりは巨大な物を作製するための余裕に見える。
「広いね、コッコロちゃん」
「はい。ラボというよりは工場でございますね」
「ウタハ! 例の二人を連れて来ましたよ」
ヒマリを呼び掛けを聞いて、壁際の作業台のそばに立っているウタハと呼ばれた少女がこちらを向く。彼女は一行の到着を待ちわびていたかのように口角を上げると、そこに置かれた銃やら何やらを両腕で抱え込んで歩き出した。
「ありがとう。意外と早かったね」
「思った以上に彼らの物分かりが良かったので。対価はリオが定期的に送信するはずなので、こまめな確認をお願いします」
「了解だ」
そして、ユウキとコッコロへと顔を向ける。
「二人とも、初めまして。私は白石ウタハ。エンジニア部の部長をしている。今回は会長から直々の依頼を受けて、君達専用の銃と偽装ヘイローを製作したという訳だよ」
「オイッス! 僕はユウキ。こっちはコッコロちゃん」
「初めまして。もしや、ウタハ様が抱えているそれらが完成品でしょうか?」
「うん、そうだよ。まずはこれを」
ウタハは手に握られた、ランドルト環のような形状をした小さな機械を二人に差し出した。
「耳の外側に装着する多機能デバイス──その名も『オービット』だ。体温や心拍数の測定、通話も出来るし、当然ヘイローを投影することも出来る。どちらの耳に着けてもらっても構わないが、オンオフはボタン式だから注意するように」
「おお……近未来的でございますね」
「カッコいい!」
ユウキはそれに飛びつくと、さっそく左耳に装着してコッコロに見せつける。
「どう? コッコロちゃん」
「いつにも増してクールでございます。初めてのアイテムでも難なく着こなすとは、流石主様ですね」
「ほら、コッコロちゃんも!」
彼女もまた、いつの間にかユウキの手の平に移動していたそれを受け取って、右耳に着ける。
「どうですか? 主様」
「……うーん、あんまり見えないかも」
「やはりそうですか。エルフの耳は長いですからね」
「でも、チラッと見えるのがオシャレだよ!」
「ふふっ。ありがとうございます」
「一番下のボタンが偽装ヘイローの表示切り替えだよ。試してみるといい」
ウタハの言う通りに二人が丸いボタンを押すと、互いの頭上に無色の、しかし確かに存在感を感じる輪っかが投影された。ホログラム特有のノイズは見当たらず、本当にそれが実在していると錯覚してしまうほどだ。
「わっ、すごいね!」
「私達のヘイローと同じように、よほど近づかないと見えない仕様になっている。ボタンはダイヤルのように回すことも出来るよ。好きな透過具合に変更が可能だ」
キュルキュルと回転させると、ヘイローがゆっくり消えたり現れたりしていく。二人はしばし遊んだ後、元の透明度に戻した。
「さて、お次は銃だ。まずはコッコロちゃん」
そう言ってウタハが差し出したのは、ハンドガンに大きな円筒が付いたものだ。
「サイレンサー──発砲音を抑制する機能が付いたハンドガンだね。君は身体が小さいから、こういう隠密向きの銃が似合うだろう。ああそう、これらはあくまで変な輩に絡まれないためのファッションだから、合わないと思ったら無理に使わなくてもいい。そのためにハンドガンを選んでいるんだ」
「……ありがとうございます。そんな所まで考えてくださって」
「マイスターとして当然のことさ」
コッコロは恐る恐るそれを握り、様々な角度からじっくりと見つめる。全面が黒に塗られているため、絶大な威圧感を放っており、むしろ見つかりやすいのではと思えるほどにはこのハンドガンは浮いていた。
「銃。主様をお導きするために、上手く扱えるよう練習をしなければなりませんね」
「そしてユウキ君。聞くところによると、動植物を活性化させる能力を持っているらしいじゃないか! 前回も感じたが、やはり触れたことのない原理に近づく製作は楽しいものだ──要するに」
ユウキは興奮気味の彼女にもう一丁のハンドガンを持たされる。それはコッコロが渡されたものと打って変わって、木目の付いた温かみを感じさせるデザインだった。
「キミの銃は特殊なものだ。構造自体には大した違いはないが、特筆すべきは装填された専用の弾丸。簡単に言えばドングリを加工したもので、そのまま撃っても使えるし、発射された弾丸を成長させるなんて芸当も出来るかもしれない!」
ウタハは言い切る前に、手の平に乗せた弾丸をずいとユウキの眼前に持っていく。
「ほら、ものは試しだ」
ユウキは返事の代わりに目を閉じた。すると、弾丸が熱を帯びた光を放ち始め、隙間から芽を出し、幹をぐんぐんと伸ばし、あっという間に三十センチを超えた。
「……どうかな?」
ユウキがようやく目を開けて聞くが、ウタハは開いたまま塞がらない口を手で隠すと、はっとしてからくるりと身体を回して背を向けた。
「出来るみたいだね! じゃ、私はこれを調べるから! 射撃の訓練でもしておくといいっ!」
そのまま上擦った声を出し、彼女は作業台へと駆け出した。
「……まぁ、そうなるのも無理はありませんね。これは間違いなく特異現象──正直、私も驚きを隠せません」
今度はヒマリがユウキの横にひょいと顔を出す。
「水分もなしに、これほどの速度で成長を促進出来るとは。一体どうなっているのですか?」
「僕も詳しいことは分からないよ。ドングリを強化しただけ」
「強化。この現象に適した名称とは思えませんが……無限の可能性を感じてしまいます」
顎に手を当ててじっと考えるヒマリ。少し経って、彼女の元にエイミが近づいた。耳打ちをされ、「そうですか」と短く返すと、ユウキとコッコロの方へ向き直す。
「そろそろ予約時間が迫っているので、私達はこれから射撃訓練場に向かいます。持たされただけでは宝の持ち腐れですから、最低限ないよりはマシくらいには腕前を上げておきましょう」
「はーい!」
ユウキは元気よく返事をし、コッコロの手を引いてヒマリとエイミについていく。もはや、ほとんど観光ツアーの様相を呈していた。