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パンッ、パンッ、と乾いた破裂音が鳴り響く。的を狙い、引き金を引き、それの繰り返し。使ったマガジンが二十を超えた辺りでは、もうユウキは見違えるほどに腕を上げていた。
「……よしっ」
装填した弾を撃ち切り、少しリフレッシュするために射台を離れる。そばに置かれた椅子に身を預け、エイミに渡されたペットボトルで水分を補給していると、ふと遠くのエリアが目に入った。射撃訓練場はこの施設の一部分であって、他にも様々な武器を練習するエリアが用意されているのだ。
ユウキが眺めているのは手榴弾エリア、そこで一心不乱に投擲を繰り返している黒髪の少女だった。何かをひとりごち、飛び跳ねたり、頭を抱えたり、全身で感情を表現している。
「ヒヨリみたいだなぁ」
ユウキが抱いた感想はそれだった。元気があるのは良いことだ、陰ながら応援しておこう、そんなとりとめのないことを考えながらボーッとしていると、今度は少女と一瞬目が合ったような気がした。
それはユウキにとって、雲が信じられないくらい速く流れている気がした時のような、空腹を越えて食欲が失せた時のような、目の疲れが起こした錯覚にも思えたのだが、直後にそうではないと理解する。彼女がこちらに向かって一目散に走って来たのだから。二人の間にはかなりの距離があったにも関わらず、黒髪の少女は瞬く間にユウキに接近した。
「貴方はもしや、勇者ですか!?」
「ゆ、勇者……?」
「はい! 鎧を着ていて、剣を持っていて……RPGに出てくるプレイヤーそっくりです!」
彼女はキラキラと目を輝かせ、良い返答を期待している。ユウキは軽く頭を掻いて助けを求めるように周りを見回してから、誰もいないと分かり、観念するように視線を戻した。
「まあ、そんな感じかな? 多分」
「やっぱり!」
少女は一層はしゃいで、それから自身の胸に手を当てた。
「私はアリスと言います、勇者見習いのアリスです! 突然ですが、私の依頼──クエストを受注してほしいのです!」
「クエスト。困ってることがあるってこと?」
「はい! アリスは今、この投擲アイテムの練習をしているのですが……」
アリスの手に握られているのは、赤と白のコントラストが映える球体だ。
「これは『モンスタースフィア』という、モンスターを捕獲できるアイテムなんです! 今日ウタハ先輩に作ってもらったばかりなので、上手く扱えるのかが不安で。実際に捕まえる横で、見習いの私を指南してくれますか?」
「そういうことね。もちろんいいよ!」
「ありがとうございます!」
ユウキがサムズアップをすると、その腕をアリスに引っ張られてぐいぐいと身体を持って行かれる。コッコロに連絡だけ入れておこう、と思って『オービット』をいじりながら、二人は施設を出た。
◆
射撃訓練場から徒歩で三、四十分ほど。行き交う人の数が大きく減り、最先端な街の中に不気味な寂しさを見出だせるような郊外へ足を踏み入れた所で、人目もはばからずに跋扈する魔物達が点々と姿を現し始めた。
「ようやくですね! なぜだか、モンスターは活気のある中心部には現れないんです。スポーンポイントでもあるのでしょうか?」
「僕がいた大陸では、魔物は縄張りを作っていたよ。人が多いとそれが難しいんじゃないかな?」
「なるほど! そういうことだったんですね、流石勇者です!」
「だから、そろそろ気を付けたほうがいいかも。いつの間にか袋のネズミってのが一番怖いから」
ユウキは大通りのど真ん中で地面を指差し、「こういう広い所から離れないように」とアリスに釘を刺す。彼女はこくりと頷き、今までよりも周りを警戒しながら歩き出した。
「勇者はどこから来たのですか? 少なくとも、最近までアリスはキヴォトスでモンスターを見たことがありません。キヴォトスの外から流れて来たとか?」
「うん、そんな感じ。こことは全然違う雰囲気の場所から来たんだ。王様がいて、国があって、魔法もあって……良い所だよ」
「なら、どうしてここに来たのですか? やはり冒険がしたくなったから! でしょうか!」
「うーん、そうじゃないんだ。突然ここに転移させられたんだよ。その原因もまだ分かってない」
「えぇ、そうなんですか!? それは大変です!」
「それに、僕がいた場所──ランドソルは、完璧に平和とは言い難いんだ。壊されないように頑張ってはいたけど、まだまだ戦いの途中だし、もしかしたら、僕がいない間に大変なことになっているかもしれない」
「それは魔物がいるからですか?」
「ううん。何と言うか、ちょっと困った人達がいてね」
その時、路地裏からひょっこりと一匹の魔物が飛び出してきた。頭に一枚の葉っぱを乗せたタヌキ──ワッパダヌキと呼ばれる魔物だ。
「あっ、あのモンスター! お目当ての子です!」
「そうなの? ペットにしたいみたいな?」
「はい! 色々な物に化けられる所が、ゲーム開発の役に立ちそうなので!」
アリスは声を上げると、即座にモンスタースフィアを握った右腕をぶんと回す。
「初球でデッドボールです!」
直後、それは弾丸が如く凄まじい勢いで放たれた。そばにいるユウキの前髪がふわりと浮き上がり、それが元の位置へと戻るより早くにワッパダヌキへ直撃する。キャン、と弱々しい鳴き声のみを残して、開いたスフィアの中へ吸い込まれていった。
「ナイス捕獲、かな?」
「いえ、まだです!」
地面に落ちたスフィアは、一瞬の静止の後、内側から暴れるようにして小刻みに跳ね始めた。硬質な音を立てながら不規則に転がり、やがてその動きが限界に達したかのように大きく跳ね上がる。
次の瞬間、弾けるように外殻が開き、ワッパダヌキの身体が勢いよく吐き出された。
「うわーん! 失敗してしまいました!」
「そっか。そこで抵抗されたらダメなんだね」
「そうなんです! もう一回当てないと……!」
アリスが歩道に転がったスフィアを回収しようと駆け出す。それと同時に、ワッパダヌキは路地裏へ身を隠すために地を蹴った。
「あっ、待ってください!」
「させない!」
ユウキは右の腰に着けられたホルスターへ手を伸ばし、迷いなくハンドガンを抜く。照準を逃げるワッパダヌキの先へ向けると、呼吸すら挟まずに引き金を引いた。
放たれたドングリ弾は石畳へと叩きつけられ、爆ぜるように芽吹き、瞬く間に幹を太らせながら異様な速度で成長していく。捻じれながら伸び広がった木は、まるで意志を持つかのように枝葉を広げ、壁となって逃走経路を完全に塞いだ。
「ナイスです、勇者!」
アリスはスフィアを拾い上げ、再度投げつける。それは寸分違わずワッパダヌキへと迫ったが、しかし、触れる直前で乾いた音と共に白煙が弾けたかと思うと、魔物の輪郭が一瞬にして掻き消えた。
次に現れたのは、タヌキの面影を微塵も残していない、簡素なY字のスリングショット。宙へ放り出されたスフィアは、その間隙を嘲笑うかのようにすり抜け、何もない空間を撃ち抜いていく。
「避けられたのですか!?」
狼狽するアリスを横目に、ワッパダヌキは元の姿に戻ると、包囲網を抜けて大通りを素早く走り抜けた。
「追うよ、アリスちゃん!」
「はい!」
二人も負けじと足を動かして、ワッパダヌキとの距離を縮めんとする。魔物は逃げながらも器用に変身を挟み、石をスリングショットで飛ばしてくるが、その度にユウキが剣を振って受け流した。
「すごいです! これが勇者の剣さばきなんですね!」
「まぁ、慣れてるから、ねっ!」
だが、その応酬も長くは続かない。寸分違わず同じ動作をし続けられる生物なんていないのだ。ワッパダヌキのステップにわずかな乱れが生じたのを、ユウキは見逃さなかった。
「……今!」
ここまで繰り返していた受け流しを止め、真っ直ぐに石を弾く。それはワッパダヌキの足元へと滑り込み、完全に体勢を崩した。
いける。ユウキはそう確信した。アリスも同じだったようで、彼女は強く踏み込んで一気に間合いを詰めていく。
「ゲットです!」
息を合わせたように、アリスの腕がしなる。二投目のスフィアは、先程よりも鋭く、迷いなく一直線に飛んでいく──はずだった。
「……あれ?」
振り抜いた手に、スフィアがない。
おかしい、確かに持っていたはずだ、とアリスは思考を巡らせながら、ワッパダヌキを通り過ぎて着地する。
「どうしてでしょう、すっぽ抜けた? いや、そんなはずは……」
「避けて、アリスちゃん!」
「避けてって、何を──」
「上だ!」
アリスは反射的に顔を上げた。そこには、本来あるはずのない、視界を覆い尽くすほどの巨影。
十トントラックが空を切り裂いて迫っていた。
「えぇっ!? この大きさ、避けろと言われても……!」
その言葉を見透かしていたかのように、突如アリスの背中が強く押され、落下地点から弾き出される。ユウキがドングリ弾を地面に撃ち、幹を素早く伸ばしたのだ。
「あっ、ありがとうございます!」
「全然いいよ。それより……この状況は中々マズイね。アリスちゃん、周りを見てみて」
言う通りにアリスは首を回した。すると、建物の割れた窓から、路地の向こうから、あらゆる暗がりの中で無数の目が光る。こちらを覗いている。すぐに逃げ場はないと直感した。
「ここ、ワッパダヌキの縄張りみたいだ」
「……なるほど。投げる瞬間に、他のモンスターからスフィアを狙撃されたのですね」
「そして、あのトラックに化けているのがこの縄張りのリーダー。マスターセンリだよ」
直後、トラックを中心に、一際濃い白煙が周囲を満たした。次第にその中で曖昧な輪郭が形を結び、現れたのは、ワッパダヌキの八倍はあろうかという巨岩のような巨躯。
頭には大ぶりなモンステラの葉を被り、鼻の下から左右に伸びた細長い髭が、呼吸に合わせてゆらゆらと揺れている。手の平には、ギリギリで直撃から逃がしたであろうワッパダヌキ──爆風か何かで頭部の葉っぱがなくなっている──が一匹。瞳はじっと二人を見つめていた。その意図は品定めか、警告か。
「うーん。簡単には帰してくれなさそうだね」
「ボス戦、つまりは光の剣の出番ですね! 出でよ──あ、あれ?」
アリスは背に手を回して何度も探る。しかし、予想に反してそこには何もない。
「……ああ、そうです、光の剣は射撃訓練場に置いたままでした! うわーん! 勇者見習い失格です!」
彼女はがっくりと肩を落とした。やる時とはまさに今のはずなのに、という悔しさが胸を満たす。
ユウキはそれを見ると、剣を鞘から静かに抜き放ち、
柄をアリスの方へ向けて差し出した。
「じゃあ、アリスちゃんはこれを使って。僕は銃でなんとかするから」
「い、いいんですか……? 勇者の大事な剣では……」
「大丈夫だよ。アリスちゃんは勇者になりたいんだよね? だから、その予行演習ってことで」
ユウキは柔和な笑みを浮かべる。その言葉を受け取った瞬間、アリスの表情が変わった。
不安で揺れていた瞳に確かな光が灯り、そしてその熱が足の先まで広がっていく。差し出された剣を握る時には、もう迷いはなかった。
「……はいっ! アリス、精一杯頑張ります!」
そうして二人は武器を握り、マスターセンリへと向き直った。