コネクティング・アーカイブ   作:魚か?

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第11話『勇者の資格』

 

    ◆

 

 ドングリ弾を放つハンドガンを握っているユウキ、彼の剣を両手で握りしめているアリス。そして正面には、三メートルほどの巨体を有している、ここ、ワッパダヌキの縄張りのリーダー──マスターセンリ。三者三様の構えで睨むこの膠着状態は、たったの一秒が十秒にも二十秒にも感じられる。

 いつ動き出すべきか、どう攻めるべきか、それぞれが脳をフルスピードで回転させる中で、最初に動き出したのはマスターセンリだった。

 その身のこなしは、一言で表すならば『柔』。何の構えもなく、一瞬の予備動作もなく、ただ相手に接近するだけの最低限を最大効率で出力した。

 転がっているような、重力に身を任せているような不可思議な軌道を描き、それは真っ直ぐにアリスへと向かっていく。しかし、黙ってやられるような勇者見習いではない。

 彼女は息を吐くよりも早く、後方へと跳び上がった。

 

「……あれ? いつもより、なんだか身体が軽いです!」

 

「僕がアリスちゃんを強化してるから! やりたいように、好きに戦って!」

 

「はい! 流石勇者です!」

 

 心からの賛辞を口にし、アリスは落下地点を、つまり狙いを定める。彼女は明確な考えがあって今の動作をしているのだ。

 相手が最低限をわざわざ選択して戦うのなら、むしろ下手な雑魚よりも、その動作の終着点は読みやすい。

 

「──ここですっ!!」

 

 アリスはマスターセンリの攻撃に合わせ、カウンターの一閃を叩き込んだ。瞬時に両腕を盾のように突き出されるが、それでも命中は命中だ。彼女は確かな手応えを感じた。

 着地し、剣を右へ左へと振り抜く。受け流されてはいるが、それでも持ち前の怪力がもたらした身軽な剣撃は、少しずつ、しかし確実に、マスターセンリの体力を削いでいた。

 だが、その均衡はあまりにもあっさりと崩れ去る。振り抜いた剣を掴まれる形で。

 

「なっ、そんな!」

 

 切ろうとしても引こうとしても、掴まれた剣はびくともしない。まるで地面に突き刺さったかのような固定をされ、力で負けるはずないのに、とアリスは反射的に考えたが、直後にそんなことを考えている場合ではないとかぶりを振った。

 

「だったら、こうです!」

 

 彼女は迷わず剣から手を離し、そのまま踏み込んで柄頭へと鋭い蹴りを叩き込む。

 ダメ押しの鈍い斬撃。巨体が数歩たたらを踏み、剣を手放した。それを奪い返すと同時に、アリスはさらに踏み込んでいく。

 しかしその瞬間、ドンと鈍い音が鳴り響いた。マスターセンリが自らの腹を叩いたのだ。白煙が爆ぜるように噴き出し、アリスの視界は奪われる。

 

「……変化ですか」

 

 相手の得意分野に無理に付き合う必要はない。そう考えた彼女は身を翻すと、瞬時にユウキの元まで駆けた。そして彼の腰に片手を回し、布団のように肩に担ぐ。

 

「うわわっ、何!?」

 

「歯ぁ食いしばれ! です!」

 

 そのまま腰を落とし、全力で真上へ跳び上がった。爆ぜるような跳躍は白煙の層をぐんぐんと突き破り、肌にまとわりつく濃霧を一瞬で置き去りにする。

 次の瞬間、視界が開けた。

 

「これで、どこから攻撃されるかが分かります!」

 

「そうだけど、すごいパワーだね、アリスちゃん……!」

 

「はい、勇者見習いですから!」

 

 上空へと抜け出した二人が見下ろすと、地表付近で未だに渦を巻いている煙が流れを変える。巨大な何かが動き出した証拠だ。

 

「鬼が出るか蛇が出るか……」

 

「来るよ!!」

 

 ユウキが声を上げたのとほとんど同時に、煙が内側から弾けるように押し広がり、その中心を裂くようにして現れる。その姿は──節のある、鋼鉄の装甲をまとった巨大な蛇だった。

 

「本当に(ビナー)でした!?」

 

 それは滑らかに躯体をしならせながら、空間そのものを泳ぐようにしてこちらへ真っ直ぐ迫ってくる。そして迷いなく大口を開いた。

 ユウキは視界いっぱいに暗い口腔が広がるのを見て、反射的に引き金を引く。連続して撃ち込まれたドングリ弾は落下する二人と一緒に口の奥へ吸い込まれると、爆ぜるように芽吹き、幹を太らせながら互いに枝を絡ませ合って即席の足場となった。それは同時に、閉じようとする顎を内側から押し返す楔としても働く。

  

「急いで出て! 長くはもたないよ!」

 

「はいっ!」

 

 木に乗ったアリスは、ユウキを担いだままで幹から幹へと飛び移っていく。枝が軋み、裂ける音が足元から伝わる中で、それでも必死に上へと向かい続けた。

 背後からはエネルギーを圧縮しているかのような質量のある音、それと橙色の光が彼女達を煌々と照らす。

 

「ここでゲームオーバーになる訳にはいきません!」

 

 最後の幹から身体を離し、二人が口から飛び出したその直後、極太の光線が轟音と共に空へと突き抜け、遅れて衝撃が肌を打った。

 

「か、間一髪でした……!」

 

 アリスは息を吐きながら、地面へと着地した。上手く凌げてはいる。しかし、安堵するには早い。

 ビナーに変化したマスターセンリは、宙を滑るように身をくねらせ、再びその巨頭をアリスへと向けた。口が開かれ、その奥で橙色の光が収束を始める。

 

「また……次は、どこに避ければ──」

 

 戦況の先を読むために、彼女は視線を周囲へと走らせる。建物、路地、瓦礫。少しでも有利になるように。

 しかし、見つけてしまった。

 光線の射線上に、一匹の小さな影を。

 

ワッパダヌキ(あの子)!? どうして……」

 

 アリスの脳を思考が駆け巡る。解を得るには数秒もかからなかった。単純なことだ。

 マスターセンリが現れた時、十トントラックがここに落ちてきた時──その時に、この子は頭に乗せていた葉っぱを落としていた。

 

「……まさか、葉っぱを探しに!?」

 

 既にビナーの口にはエネルギーが十分に集積している。後は放たれるだけ、当たるか避けるかの段階だ。

 避ければアリスは継戦が望める。しかし、この子は。

 

「──勇者ッ!」

 

 アリスは迷わなかった。肩に担いでいたユウキの身体を、射線の外へと全力で放り投げる。

 

「アリスちゃん!?」

 

 彼の驚きが宙に消えた。アリスは地を蹴って向かう。一直線に、ワッパダヌキの元へ。

 距離が詰まる。伸ばした腕が届く。肘を折り、胸の中で抱きしめる。

 その瞬間、アリスとワッパダヌキは、始めて視線が合った。

 

「待って、アリスちゃん──!!」

 

 刹那の後、彼女の世界が白に塗り潰される。音も、熱も、圧も、何もかも全てが一度に叩きつけられる。身体の所在が分からない。地面との境界が分からない。何も見えない、聞こえない。それでも、アリスはワッパダヌキを手放さなかった。

 やがてゆっくりと視界が戻り、耳鳴りが止み、世界が輪郭を取り戻した頃、背後から重い足音が近づいてくるのが分かった。それがマスターセンリだということも。

 

「……アリスの、負けでしょうか」

 

 逃げ場がない。身体が動かない。とどめを刺される。彼女はそう思った。しかし、その予想は裏切られる。

 マスターセンリはアリスの眼前まで歩いてくると、その膝をゆっくりと地に落とし、頭を垂れた。

  

「……え」

 

 マスターセンリは静かに片手を差し出す。アリスの腕の中で震えていたワッパダヌキが、そっと顔を上げた。一度だけアリスを見て、それから小さくキャンと鳴き、マスターセンリの手の平へと跳び移る。

 そして、マスターセンリは立ち上がり、アリスに背を向ける。振り返ることなく、ゆっくりと歩き出した。

 

「大丈夫!?」

 

 駆け寄ってきたユウキの声に、アリスは首を回して返答した。

 

「大丈夫です」

 

 ゆっくりと立ち上がり、ふらつく足元に気を遣いながら、彼女は少し離れた場所に転がったモンスタースフィアを拾い上げる。

 

「帰りましょう、勇者」

 

「捕まえるのはいいの?」

 

  ユウキの言葉を聞いて、アリスはスフィアに視線を落としてから、静かに口を開いた。

 

「……ビームを受ける直前、あの子の目を初めて見ました。その時、あの子は、アリスを見てひどく怯えていたんです。アリスは、それが答えだと思います」

 

 スフィアを握る手に力が入る。

 

「あの子を無理やり捕まえるのは、勇者のすることではありません。私がするべきことは──あの子が仲間になりたそうにこちらを見てくれるよう、頑張ることだったんです」

 

 アリスはそこまで言うと、スフィアをスカートのポケットに収めた。それから深呼吸をして、顔を上げた。

 

「ですから、これからはそうします。見習いから、本当の勇者になるために!」

 

 彼女は歩き出す。それを見て、ユウキもすぐに足を動かした。

 

「また手伝って欲しいことがあったら、その時はいつでも言ってね。力になるよ」

 

「はい! 今日はありがとうございました、勇者!」

 

 別に勇者ではないんだけどな、とユウキは思ったが、野暮ったいので言わないことにした。

 

 

 

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