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アリスに依頼されたクエストをこなしてから数時間後、ミレニアム自治区に到着した初日の夜。ユウキとコッコロはミレニアムタワーにて、ちょうどリオの検査を受け終わった所だった。
彼女に結果をまとめている間はこの部屋で待つようにと伝えられたため、会議室で二人共、まるで忠犬かのように大人しく並んで座っている。
「実験お疲れ様でした。どうぞ、粗茶ですが」
扉を開けて中に入ってきたのは、ミレニアムの生徒会──セミナーの会計担当、早瀬ユウカだ。持っているお盆に手を伸ばすと、二人の前にそれぞれお茶の入った紙コップを置いていく。
「ありがとうございます、ユウカ様」
「いえいえ。それより、会長、愛想悪くしてませんでしたか? それだけが本当に心配で……」
「とっても優しかったよ! どうしたらいいか、的確に指示をくれたし。ね、コッコロちゃん」
「はい。迅速でございました」
「そうですか。……よかったぁ〜」
彼女はその一言を聞き、分かりやすく胸を撫で下ろした。隠そうともしていないその反応に、二人は思わず顔を見合わせる。
「会長、最近ここに戻ってきたばっかりなんですよ。それまでは行方をくらましてて、本当に苦労したんですから!」
「そうなのですか。とてもブランクがあるようには感じられませんでしたが」
「うん。会議の時もカッコよかったよね、ビシッと決まってた」
「まぁ、それなら良かったです」
素っ気ない返答。しかし、それ以上に口元が緩んでいる。ユウカはどうやら取り繕えた気でいるようだが、端的に言って、それは全く上手く行っていなかった。むしろ、そのアンバランスさが却って彼女の本音を雄弁に語っているという点で、最悪の一手であるとも言える。
「……ユウカ様は、リオ様のことを大切に思っていらっしゃるのですね」
「えっ!? あ〜、まぁ……」
状況を客観的に見れば当然の感想ではあるのだが、その返しは彼女にとって予想外の図星だった。
言葉が濁り、視線が宙を彷徨う。驚きと恥ずかしさで上気した顔は、にへらとしたままでしばらく動かなかった。
「……そうですね」
やがて、ユウカが観念したように小さく頷いた──その瞬間。がちゃりと、間の悪い音を立てて扉が開く。
「ユウカ? 何の話をしていたの?」
「きゃあああ!!!」
現れた当人の姿に、ユウカは文字通り跳び上がった。どたどたと足音を鳴らしながら後ずさり、壁に勢いよく激突する。
「なっ、なっ、なんで、今、なんで……」
「……大丈夫かしら? 疲れているのなら、無理に働かなくてもいいのよ?」
「いやっ、そういう訳じゃ……」
「今してた話は、ユウカちゃんがリオさんのことを──」
「わーっ!!! わーっ!!!」
ユウカはロケットスタートを決めると、会議用の大きな机を難なく飛び越えて、動き出したユウキの口を両手で塞いだ。
「……心配してたって話です!」
そして、やや食い気味にカバーを完了させる。その声は不自然なほどに大きく、乱雑な発し方だったが、それでもとっさの行動から生まれた凄味がそれっぽい雰囲気にまとめていた。
リオは目を見開くと、それからわずかに伏せる。
「……そうね。重ねてにはなるけれど、本当にごめんなさい。余計な心配をかけさせてしまって……」
「あーっ、もう! 今はいいですから! お客さんの前ですよ!?」
「それもそうね。謝罪はまた後にするとして──」
「いやその言い方もなんか違うと思いますけどね!?」
リオはユウカの非難に聞く耳を持たず、何事もなかったかのように椅子へと腰掛けた。二人の正面だ。
「今回の検査の報告を始めるわ。と言っても、言えることは一つだけ。原理は何も分からない、ということよ」
彼女はきっぱりと言い放った。それが、共同で行った様々な実験を経てリオが下した最初の結論だった。
「貴方達は実際に魔法を行使しているし、それは環境に影響を及ぼしている。質量やエネルギー、エントロピー含め、行使前後での明確な変化の観測は可能なようだけれど……貴方達が言うマナの流れなんて、何度分析しても手がかり一つすら発見できていないわ」
「そうなんだ。じゃあ、何が条件なんだろう?」
「私がコッコロと同じ手順を行っても魔法を行使出来なかった点を考えると、使用者について何らかの条件がありそうね。貴方達の表現に則れば、体内の魔力の有無……と言ったところかしら」
「魔力、でごさいますか」
「ええ。例えるなら、ゲームのMPのようなものね」
ユウキはふと、自身の母親を名乗っていた少女のことを思い出す。リオの言うMPという例えも、あながち的外れではないのかもしれない。彼はそんな考えを胸の内で静かに転がした。
「精霊についてもよく分からないわ。それ単体で見ればウイルスのような組成だし、存在していても何もおかしくはないけれど、マナと蓄えているという証拠は見つからない」
「なるほど。研究は難航しそうでございますね」
「そうね。でも、そもそも初めから簡単に行くとは思っていないわ。ゆっくりと、時間をかけて解き明かしていくつもりよ」
リオは手元のタブレット型端末をちらと見てから、二人をまっすぐに見据えた。その瞳には、未知への飽くなき探求心を宿している。
「今日の報告は以上。何か質問はあるかしら?」
「はい! はい!」
ユウキが元気よく片手を高く掲げる。
「ここまでの話とはあんまり関係ないんだけど……先生は見つかった? 確か、行方不明になったのは昨日だったよね」
「まだよ。こちらと手がかり一つない状況ね」
「そうなんだ。早く見つかるといいね」
「あの、それに関して私からも質問があるのですが。先生という方は、キヴォトスにおいてどれほどの力を持っていらっしゃるのですか?」
コッコロは小首を傾げ、胸元にそっと手を添えた。
「その方がこの社会の例外的な位置にいらっしゃる、ということは聞いております。しかし、どうにも事態の深刻さが掴めず……」
「そうね。一言でまとめるなら、
「バ、
聞き慣れない単語に、コッコロは思わず眉をひそめて同じ言葉を反芻する。
「ここ──キヴォトスは、学生が最も強い権利を持っている学園都市よ。それぞれの学園が領土を治め、互いに手を組んだり、いがみ合ったりして暮らしているわ」
「今朝の会議に出席してた人達が、それぞれの学園の代表なんだよね?」
「そう。貴方達も一目で分かったでしょうけど、決してこの都市は一枚岩ではない。思想の相違による対立は往々にして起こりうる──それに、未熟な者が学園の頂点に立たされることも」
リオはそこで言葉を区切り、目を伏せた。どこか遠くへ思いを馳せているとも、自嘲とも取れる表情だ。
「そういった悪い結果をもたらすケースが発生した場合に、先生は子供である私達に対して、精神的な成長を促したり、混乱した事態の収集を図ったりするの。責任を持った大人として、子供が善い結果を得られるように」
「なるほど。先生がいなくなると、各学園は最も大きなストッパーを失ってしまうのですか」
「そうよ。だから先生の存在は限りなく重要であり、それがない今のキヴォトスは、最悪の場合、学園同士の衝突──戦争に発展しても、何らおかしくはないわ」
有無を言わせぬリオの物言いに、ユウキとコッコロは揃ってこくこくと頷くのみだった。
「他に質問は?」
「はい」
ユウキの挙手とは対照的に、今度はコッコロがちょこんと右手を挙げる。
「『施設』の捜索の進捗は、どれほどのものでしょうか?」
「ヒマリからの報告を見る限り、明確に前進しているようね。新しい『施設』は発見されていないけれど──自壊した後の残骸をもう一度漁って分析し直したところ、使い方によっては転移を実施出来る可能性が生まれた、と連絡が来ているわ」
「そうなの!? 僕達、結構早く帰れそう?」
「その使い方というのは……?」
リオが手元の端末を軽くタップすると、三人が囲んでいる机の上に青白い光の粒子が立ち上った。光は瞬く間に幾何学的なラインを描き、精緻な三次元の都市図形を空中に浮かび上がらせる。
「おお……! カッコいい!」
「要塞都市エリドゥ。今は稼働していないこの都市を演算装置として利用すれば、『施設』の代わりになるとのことよ」
「では、残すは転移先の座標の取得のみ、ということでよろしいのですね?」
「絶対にそうとは言い切れないわ。演算時の安全を確保するために、エリドゥで発生した魔物の対処も考慮しなければならないし……ただ、現状はそう受け取ってもらっても構わないわね」
不確定要素は多いものの、それでも見えた帰還への明確な道筋。ユウキとコッコロは互いに顔を見合わせると、嬉しそうに微笑み合った。
「何から何まで……本当にありがとうございます」
「何か、僕達に手伝えることはない?」
「手伝い……? 貴方達は研究対象として十分な貢献をしているのだから、そういったことは考えなくても問題ないわよ」
「そういう訳にもいかないよ。僕達は研究されるためだけに生まれたんじゃないんだから、色んな形で少しでも恩を返したいんだ」
「困った時は、お互い様々! でございますね」
「うん、そういうこと!」
ユウキが力こぶを作って鼻を鳴らした。リオは彼の威勢の良い姿を、腹をくくるようにじっと見つめる。
「……そう。なら、貴方達の提案を尊重しようかしら」
そして、机上に展開されていたエリドゥの三次元マップが光の通る道を組み替え、今度は地図を形作った。外縁には不穏な赤色の点が密集している。
「これは?」
「ミレニアムの全体マップよ。ここに赤い点で示されているように、今のミレニアムの郊外は魔物の発生によって深刻なダメージを受けているの」
「輪の形にびっしりだね。かなりひどい感じ」
「ええ。かなりひどい感じよ。……明日、この状況を打開するために郊外地区奪還作戦を開始するわ。だからそれに参加してほしい」
「なるほど、戦力となれば良いのですか。承知しました」
「もちろん参加するよ!」
「ありがとう。詳細は追って連絡するわ」
リオは言い切る前にホログラムを消去し、手元の端末をの電源を切る。
「自室の場所は既に知っているかしら?」
「はい。ヒマリ様が教えてくださいました」
「ならいいわ。二人とも、また明日」
「また明日!」
ユウキは椅子から立ち上がって、リオに向けて大きく手を振った。コッコロもそれに続き、深々とお辞儀をしてから、扉を開けて部屋を出て行く。
部屋に自分以外誰もいないことを確認すると、リオは溜息を一つ吐いた。
「今の時間は……」
腕時計に視線を落とし、時間を確認する。
午後九時。明日の朝から作戦が始まることを考えると、そろそろ寝る準備をする頃だろう。被害に遭って住む場所をなくした生徒は、今この瞬間もシェルター生活を余儀なくされている。一刻も早く安全を確保しなければならないのだから、当然寝坊は許されない。
「居住区を奪還すれば、次はエリドゥの点検かしら」
現在のエリドゥの管理者はヒマリだ。その理屈で行けば私がわざわざ点検をする義理はないが、効率の面で十中八九彼女の方から頼まれるだろう。今の内に点検表でも作成しておこうか。
そんなことを考えながら、彼女は椅子から立ち上がり、置かれたままの紙コップを二つ回収する。
「異世界。私一人では何の手がかりも見つけられないような、困難な問題──だからこそ、独りよがりな姿勢では、いつか必ず取り返しのつかない事態を引き起こすでしょうね」
戒めとして、口を尖らせてリオは呟いた。そしてドアノブに手を掛け、扉を引き──この部屋に入って来た時よりも格段に重くなったそれに、溜息を吐く。
「……まさか、こんなに疲れが溜まっているだなんて」
「あっ、会長! 話し合いは終わったんですか?」
「ええ、そうね。特に滞りもなく」
「そうですか。それは良かったです」
ユウカは相槌を打つと、それ以上言葉を紡がず、しかしその場に留まったままで足元を見つめたり、あらぬ方向を向いたり、挙動不審としか形容出来ない動きを見せた。指で毛先を弄び、何かを言い出そうとしては飲み込む、そんな沈黙が数秒続く。
さしものリオも、そんな彼女の様子を見て、言い出せない何かがあることを悟った。
「何か言いたいことでもあるの?」
「えっ、あっ、その、えーっと……はい!」
ユウカは耳まで真っ赤に染めながら、もう逃げ場なんてどこにもないのだと、まるで自分を鼓舞するかのように拳を握りしめた。
「もし、会長が悩むようなことがあったら……いつでも相談してくださいね。私だってセミナーのメンバーですから」
伝わるように過剰なくらい口を大きく動かして、それでも襲ってくる恥ずかしさからは逃げるように俯いて。彼女は出せる全力を以てその言葉を捻り出した。
「こっ、これだけです! じゃあまた明日!」
「……ありがとう。頼りにしているわ、ユウカ。また明日」
「……〜〜!! はいっ!」
空気の抜けていく風船のように、ユウカはその場から弾かれたように駆け出す。廊下の向こうへと消えていく足音は、静まり返ったタワーの中にリズミカルな、しかしどこか慌ただしい余韻を残した。